MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

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来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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事例にもとづく漸進的転移を利用した同時通訳

2008年05月11日 | 通訳研究

Miwa, H., Iida, H. and Furuse, O. (1998). Simutaneous Intepretation Utilizing Example-based Incremental Transfer. In Proceedings of the 36th annual meeting of Association for Computational Linguistics Vol. 2. p.855-861.
センテンスが完了してからではなく、漸進的な形で機械翻訳を実現しようという試みである。漸進的incrementalでなければならない理由が面白い。対話は連続的に進行するのだから、コミュニケーションの整合性coherencyの中断を避けなければならないというのである。基本的には収集した事例から抽出した構成素の境界パターンの対応を利用し、それに通訳者の経験的知識を合わせて漸進的翻訳(同時通訳)を実現しようとする。関心が接触するのは「通訳者の経験的知識」のところだ。この論文では人間の通訳者が同時通訳の場面で使用する「強力なセンテンス・プラニング」として、能動態と受動態の変換、長い疑問文を付加疑問文にする変形、主題化変形が挙げられている。
面白い試みだが、疑問もある。ひとつは、起点言語と目標言語の構造的ペアのシンクロによって漸進的翻訳を生み出すとはいっても、構成素(項)の逆転(入れ替え)が不可避であろうという点、さらに、通訳者が行う漸進的翻訳(これを一般に順送りの訳という)はあくまでも記憶の制約を回避するための方策であり、「整合性の中断」が避けられるというのはその結果(の一部)にしか過ぎないという点である。そもそも通訳者の「順送りの訳」は発見的方法heuristicであってアルゴリズムとして形式化できそうにない。そこをどうするのかという問題もある。また通訳者の経験的知識も論文に現れた限りでは狭すぎるし、ここに挙げられた例の程度ではセンテンスが完了してからの翻訳でも整合性の中断は問題にならないように見える。コンピュータ翻訳の場合はメモリの制約は考えなくていいのだから、ここまで漸進的である必然性があるのだろうか。実際の同時通訳でも、センテンス遅れなどはざらにある。これは筆者たちの目的がダイアログの同時通訳の実用化にあるためと思われる。なお、未読だが通訳者の知識を機械翻訳(同時通訳)に利用しようという論文として、Loehr, Dan (1998) Can Simultaneous Interpretation Help Machine Translation?  Lecture Notes in Computer Science Vol. 1529.がある。これは通訳者の使う'techniques'を抽出して利用しようというものだが、漸進性は特に問題になっていない。こうしたtechniquesや経験的知識のことを通訳研究では一般に「strategies」と言うが、この論文はそれを考える上でヒントになる。
漸進的な機械同時通訳については松原さんなども沢山書いているので今後も紹介していきたい。