お知らせ
■来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。
■『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。
■『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。
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■昨日に続いてBelgian Journal of Linguistics 21 (2007) The Study of Language and Translationから。
Halverson, Sandra L.:A Cognitive Linguistic Approach to Translation Shifts
翻訳による変化(shifts)についてはCatfordやVinay & Darbelnetらによって枠組みが作られてきたが、この論文ではそれを包摂し、より説明力のあるアプローチを提案する。つまり、翻訳のshiftsは認知言語学で言うconstrual(事態把握)操作に由来するものであり、基本的に認知的である。
もっともひっかかったのがこの論文で、やっていることはAttention/Salience, Judgement/Comparison, Perspective/Situated ness, Constitution/Gestaltといった4つの基本的な「事態把握」construal概念を使って、原文と翻訳の違いを説明しているだけなのだが、これをChestermanのS-universal(言語にかかわらず翻訳で発生する起点言語との相違のこと。たとえば干渉、標準化、明示化など)やtertium comparationisの議論と結びつけようとしているのである。
しかしshiftの問題をconstrualだけで説明できるものだろうか。そもそも認知言語学のconstrualの概念は単一言語内でのヴァリエーションを想定したものではなかったか(たとえばLee, David (2001). Cognitive Linguistics: An Introduction. Oxford Universiry Press)。これを翻訳のような言語間の問題に適用することはできるが、その場合はサピア=ウォーフ仮説への態度決定も迫られるだろうし、言語の違いによるshiftを排除することは不可能だろう。
construalについての議論は次の論文にも見られる。
Lehtinen, Marjatta: Clause structure and Subjectivity in English and Finnish: What Changes in Translation?
これは英語とフィンランド語の節の構造とthe construal of subjectivity(主観的把握=認知言語学では認知主体が客体の中に身を置く状態のことを言う)の関係を、翻訳を媒介に検討したものだ。英語の他動詞構文は、フィンランド語訳では自動詞の「存在」文となり、いわば「地」と「図」の逆転が起きる。逆にフィンランド語の主観的事態把握を含む自動詞構文は、英語では他動詞構文か、別の語彙的手段によって表現される。しかし、この論文ではこうした翻訳におけるchanges(shiftと同義)の原因は、各言語の類型的差異(主語のカテゴリーや語順、他動詞構文プロトタイプ使用における差異)にあるとしている。この論文と先のHalverson論文では説明しようとする対象が異なるという点は割り引くにしても、こちらのほうがまっとうなアプローチに思える。
construalの翻訳への適用はかなり危うい面がある。主観的把握subjective construalについては池上嘉彦先生も『雪国』冒頭の文のサイデンステッカー訳を素材にして書いていたと思うが、あれとて英語と日本語の類型的対比に結びつけるよりはサイデンステッカー訳がおかしいのだと考えた方がいいと思う。そう考えることで翻訳規範の問題にもつながる。もしパラレルコーパスがあれば、construalの類似と相違が検証できるだろう。大量のパラレルコーパスを作らせる実験研究も可能かもしれない