MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

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来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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等価のレベル

2005年03月10日 | 翻訳研究
Zwaan, R. A. & Radvansky, G. A. (1998) Situation Models in Language Comprehension and Memory. Psychological Bulletin, Vol. 123 No. 2, 162-185.という比較的長い論文がある。これはvan Dijk and Kintschの状況モデルSituation Model(Johnson-Lairdの場合はMental Model)の言語理解と記憶検索の面での役割をレビューした論文だ。状況モデルというのは、記述された事態の心的表示である。いわゆるスキーマは状況モデル構築のための素材となる。この論文の中で、なぜ状況モデルが必要かについて5項目を挙げているが、そのうちのひとつに「翻訳を説明するために必要だ」というのがある。著者によると、オランダ語のVerkoop de huid niet voordat je de beer geschoten hebtは逐語訳ではDon't sell the skin before you've shot the bear.となる。しかし正しい翻訳はDon't count your chickens before they're hatched.である。なぜならこのことわざの等価equivalencyは語彙・意味レベルにではなく、状況レベル、即ち'Do not execute an action before the preconditions for that actions have been met.'というレベルにあるからだ、と著者は言う。
この主張を言い換えれば、翻訳における等価は「比較のための第三者」のレベルにあり、それは状況モデルに他ならない、ということになる。日本語ならこの「比較のための第三者」を介して「捕らぬ狸の皮算用」になるだろう。しかしこの主張はおかしい。「比較のための第三者」の想定が、再び起点言語(目標言語)と「比較の為の第三者」を比較するための第三者を必要とするという無限後退を引き起こす点はひとまず置くとしても、著者たちの主張によれば起点言語と目標言語にはつねに対応する表現がなければならないことになるからだ。ここで言われている「状況モデル」のレベルとは、翻訳研究のタームで言えば「パラフレーズ」である。著者たちが、対応する表現が目標言語にないときはこれ(状況モデルレベル)を使え、と言っているのかどうかはわからない。しかし、彼らの主張は基本的にはdomesticating translationということになる。そしてそうなる根拠は示されていない。
新刊とは言えないが、E. G.サイデンステッカー(2004)『流れゆく日々:サイデンステッカー自伝』(時事通信社)(安西徹雄・訳)。2段組で400ページを超えるかなり浩瀚な自伝。