多文化共生なTOYAMA

多文化共生とは永続的なココロの営み

東日本大震災:米児童から震災見舞い 前橋市にメッセージなど87点

2011-05-09 10:08:14 | 多文化共生
(以下、毎日新聞【群馬】から転載)
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東日本大震災:米児童から震災見舞い 前橋市にメッセージなど87点 /群馬
 ◇元国際交流員のジャメロさん、橋渡し 福島から転入26人へ

 「みなさんのことを心配しています」「この手紙であなたたちが笑顔になれますように」。東日本大震災に心を痛めた米コロラド州の児童から前橋市に、メッセージカードと手描きの絵が計87点寄せられた。約20年前に前橋市役所に国際交流員として勤務し、現在はコロラド州の小学校に勤めるワニース・ジャメロさんが、児童に呼び掛けたという。最大震度5強を記録した前橋市にも、海を越えて思いやりの気持ちが届いた。

 市教育委員会によると、ジャメロさんは90~93年、同市が初めて採用した国際交流員として企画調整課(現文化国際課)に勤務。国際交流事業の企画や、在日外国人向け雑誌発行などの仕事をしていた。

 ジャメロさんがメッセージカードと一緒に送ってきた手紙には「もし私にできることがあれば、何でも言ってください。この贈り物は日本が受けた被害に比べ、あまりに小さいかもしれませんが、世界の人々が、あなたがたを励ましているということが伝わればと考えました」と書かれていた。

 「水と食料と住む場所がありますように」「平穏に暮らせますように」など被災地を想定したとみられるメッセージカードもあり、ノートなどの文房具も一緒に届いている。

 このため、市教育委員会は、福島県から前橋市に転入してきた児童・生徒26人にメッセージカードを託すという。【塩田彩】

日系ブラジル人にすし作り指導 諏訪の店主、日本文化伝える

2011-05-09 10:07:53 | 多文化共生
(以下、信濃毎日新聞から転載)
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日系ブラジル人にすし作り指導 諏訪の店主、日本文化伝える
5月8日(日)

日系ブラジル人にすしの握り方を教える小平さん(右から2人目)

 諏訪市城南のすし店主でアマチュア落語家の小平晴勇(はるお)さん(60)は7日、自身が経営する店の厨房(ちゅうぼう)を使い、諏訪地方在住の日系ブラジル人にすし作りを指導した。日系人からの要望を受け、小平さんが日本文化の魅力を伝えようと実施。今後も外国人への指導を続けるという。

 同市高島の日系人で会社社長の中村賢治さん(39)が知人を通じて小平さんと知り合い、落語でも活躍する小平さんの明るい人柄からすし作りの指導を要望。中村さんの呼び掛けに、7~40歳の4人が集まった。

 小平さんは、酢飯や卵焼きの作り方、エビの仕込み方などを手ほどき。エビの握りでは42年の職人歴を生かしてあっという間に美しい形に仕上げた。将来、ブラジルですし店を開きたいという茅野市宮川の派遣社員木田ファビオトシオさん(34)は「すごい上手…」と感心した様子だった。

 中村さんは、小平さんが指導する様子を国内のポルトガル語フリーペーパーに投稿する予定という。小平さんは「日本のすしで海外の人と関わりたい」と話していた。

介護福祉士目指し猛勉強中 インドネシア男性3人

2011-05-09 10:07:28 | 多文化共生
(以下、神戸新聞から転載)
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介護福祉士目指し猛勉強中 インドネシア男性3人 

介護福祉士試験の合格を目指し勉強する(左から)アハマドさん、ペラモノさん、ウィルダンさん=たつの市揖西町、桑の実園

 日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づき介護福祉士候補生として、2009年からたつの市揖西町の特別養護老人ホーム「桑の実園」で働き始めたインドネシア国籍の男性3人が、猛勉強に励んでいる。受験まで残り1年を切り、外国の人たちにとって難しい漢字や過去の問題などに取り組んでいる。

 ムハンマド・ウィルダンさん(25)、アハマド・リヤントさん(27)、ペラモノさん(25)の3人。いずれもインドネシアの看護大学を卒業し、母国の看護師資格を持っている。

 3人は週3日、午前中に2時間、施設内で授業を受ける。指導するのは、韓国などで日本語を教えた経験があり、介護福祉士の資格も持つ丸尾とし子さん(46)=同市龍野町。外国人用に法律用語を易しく解説したテキストなどを使いながら、日本語の意味を丁寧に教えている。

 介護福祉士の試験では、医学や介護の知識などが幅広く問われる。3人は看護師の知識があるため医療分野は得意だが、例えば「白内障」という単語が出ても「目」という漢字が使われていないため何の病気か連想できず、手こずることがあるという。

 3人が昨年度の試験問題を解いたところ73~81点だった。合格ラインは平均点から決まるが、80点以上あれば安全圏だという。来年1月の試験までに、全員が合格できる実力を目指す。

 ペラモノさんは「仕事にも慣れてきた。一生懸命勉強して合格を目指したい」と話す。

(古根川淳也)

(2011/05/08 09:00)

在住外国人生活相談員が活躍

2011-05-09 10:07:04 | 多文化共生
(以下、中国新聞から転載)
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在住外国人生活相談員が活躍

 福山市の松永支所でポルトガル語と英語を使いこなせる「在住外国人生活相談員」2人が活躍している。同支所管内は、市内のブラジル人の約8割が集中する実情に合わせ、4、5月にそれぞれ配置した。

 ポルトガル語担当の梶田・ミエコ・ミシェレさん(24)は、ブラジル・サンパウロ市出身。6歳で来日し、中学時代から福山市で育った。英語担当の長谷川美紀さん(32)は府中市出身で、東京都で会社勤めをしていた。2人は同支所の松永市民課で相談を受け付け、他の課でも各種制度の説明などをする。

 市の窓口全体で2010年度にポルトガル語とスペイン語で対応した相談件数は計4138件。うち同支所が3478件(84%)を占める。相談内容、外国人登録や在留資格などが1084件で最多。税金、保険や年金―と続く。

 市内のブラジル人は656人(3月末現在)。うち同支所管内は526人に上る。

【写真説明】在住外国人生活相談員を務める長谷川さん(左)と梶田さん

留学生ボランティア団体、被災地へ出発

2011-05-09 10:06:37 | 多文化共生
(以下、読売新聞から転載)
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留学生ボランティア団体、被災地へ出発

 震災や原発事故の影響で、離日する外国人留学生が増える中、復興を支援するための留学生によるボランティア団体が近く結成される。


 発起人で、シンガポール国籍の東大生、クー・カーチャイさん(23)は、「まず被災地で必要とされている支援は何か把握したい」として6日夜、宮城県石巻市に出発した。

 文部科学省が全国の国公私立大70校を抽出調査したところ、4月20日時点で、東北地方の大学で64・9%、全国では13・4%の留学生が帰国するなどして通学圏内にいなかったという。

 3年前から留学中のクーさんも、春休みに一時帰国した母国で、親戚から「日本に戻らない方が良い」と注意されたという。デパートで客が日本産の果物を買い控える光景も目の当たりにした。

 「必要以上に日本が危険だという印象が広がっている」と感じたというクーさんは4月、母国で仲間と一緒に音楽のチャリティーイベントを開催し、風評被害をなくすために日本の現状を説明。参加者から集めた約130万円の義援金は被災地に寄付した。
(2011年5月7日03時04分 読売新聞)

現地ボランティア経験者に聞く 被災地は今

2011-05-09 10:06:19 | 多文化共生
(以下、京都大学EXPRESSから転載)
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現地ボランティア経験者に聞く
被災地は今

3月11日発生した東日本大震災で、甚大な被害を受けた東北地方。堀彩香さん(農学部・3年)はその復興のためにいち早く現地入りし、ボランティアを経験してきた一人だ。彼女は被災地で何を見て何を感じたのか、話を聞いた。【4月30日 京都大学EXPRESS=UNN】

盛岡出身の堀さんは、実家からの連絡で震災について初めて知らされた。「とにかくはじめは家族全員の安否を確認するので必死でした」という彼女だったが、連日変わり果てた故郷の姿が報道されるのを目にするうち、「自分も何かできることをしたい」という想いに駆られたという。友人の紹介で「被災者をNPOとつないで支えるプロジェクト」に参加。3月28日には現地入りした。

彼女が行ったのは、被災地におけるマイノリティ層からのニーズ調査。避難所を一つ一つ訪問し、老人や障害者、外国人など特別な支援を必要とする人々の話を聞いて回る、地道な作業だ。「コミュニティによってはまず馴染むのに苦労しました」と堀さんは語る。「外部からきた人間に対して、どうしても警戒心を抱いてしまう方もいるようです」

調査を重ねる中である老婦人と出会った。大正生まれという彼女は「東京大空襲よりもずっと悲惨な眺め。モノよりも何よりも、この悲惨さを伝えてほしい」と訴えた。被災者の気持ちに寄り添い、共感することの難しさを悟った。
「ボランティアに行く前には『どうすればいいんだろう』と悩んでいたし、行ってきた後も『どうすればよかったんだろう』という思いが消えません」と堀さん。「拾い切れなかった声がきっと数多くあります。達成感もありますが、無力感も同じぐらい感じました」

「一度ボランティアに行っただけなので、偉そうなことは言えません」と謙虚な姿勢を崩さない。それでもボランティアに赴くこと自体に意味があると信じている。「被災地に赴くことで、私たち若者が関心を持っていることを伝えられる。そこに大きな意味があると思います。自分の中で『こうすればよい』という答えははっきり出ないかもしれないけれど、まずは足を運んでみて欲しい」

【伊藤寛幸】