(以下、ニッケイ新聞から転載)
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2009年10月10日付け
第22回=日本発=小島祥美=ひるまない岐阜県=義務でない外国人子弟の教育
岐阜県在住の日系ブラジル人は製造業を中心とした派遣労働に多く従事していますが、彼(女)らの雇用状況は昨年の未曾有の経済危機により大きく変動しました。
ソニーの家電工場やトヨタ自動車の下請け企業等で就労し、地域経済を支えてきた日系ブラジル人は、景気悪化に伴い真っ先に「派遣切りの対象」として白羽の矢が立ったのです。岐阜県とは、就業者に占める外国人比率(2・3%)が全国1位という地域です(05年国勢調査)。
日系ブラジル人の派遣切りは、将来に希望や夢を抱き、懸命に日本の学校やブラジル学校で学ぶ子どもまでにもしわ寄せがいきました。
日本の学校の場合、多くの高校や大学の推薦入試が年内に、一般入試が1月以降に実施されます。こうした時期と保護者の失業が重なり、苦労して日本語を習得してやっと手にした県立高校合格通知を手放すこととなった子ども、家計を助けるために進学せずに働くことを選んだ子どもなど、子どもの心情を考えると、悔しい、遣る瀬無い事態が起こりました。
しかし、私が出会ったこうした日系ブラジル人の子どもの中に、親や家族を恨んだりするような子どもは誰一人いませんでした。
NPO法人可児市国際交流協会では、市内在住かつ日本の高校へ進学する外国人生徒2人に対し毎年奨学金を授与しています。これは地域住民の寄付で運営する教育基金で、同協会の事業として04年度に開始しました。今年4月、すべての申請者に奨学金が授与されました。経済的に困難な子どもが多く実在している現実を目の前にし、地域が少しでもお手伝いできたらという地域住民の柔軟な判断です。
一方、ブラジル学校に通う子どもについては、保護者の失業等の理由で授業料の支払いが難しくなって学校を辞めたり、自宅に待機したりという事態が起こりました。
日本にある多くのブラジル学校は正規の学校としての認可がとれず「私塾」扱いのため、地方自治体からの助成金もありません(岐阜県、静岡県、愛知県、三重県では各種学校の認可基準を緩和し、ブラジル学校計5校が認可されました)。また授業料に消費税が課せられ、通学定期券も認められていません。
こうしたブラジル学校に通う子どもの就学を支えようと、岐阜県はいち早くその支援施策を検討しました。「現下の厳しい経済情勢及び雇用情勢を踏まえ、離職者等の雇用支援・対策等について全庁的な協議・情報共有を行うため」とし、08年12月8日に岐阜県緊急雇用対策本部が設置されました。
その中で県国際課は、「県内の外国人労働者1万8571人が12月下旬までに少なくとも1700人が失業し、かつ解雇の計画が前倒しされて1月末までに約3千人が失業する。その結果、県内に所在するブラジル政府認可校4校と無認可校3校に就学する1千人の子どもが1月には400人に減少する」と、ブラジル学校の変動数を12月25日時点で試算しました。また、県内の公立小中学校に在籍する外国人児童生徒の異動状況も調査しました。
これらを踏まえて岐阜県は、09年1月13日、全国に先立ち「ブラジル学校支援策(*)」の発表と至ったのです。
岐阜県が発表したこのブラジル学校緊急支援策について文部科学省は、「学校法人の認可を受けていない所は公の支配に属しておらす、公金支出は憲法89条に抵触する」(中日新聞09年2月12日)とし、岐阜県の支援策を認めない姿勢を示しました。その結果、多くの議論と波紋が各地で広がりました。
これに対し、子どもの姿が「見える」地方自治体は、決して怯みませんでした。とりわけ岐阜県国際課の担当者は、「幼児教室への公金支出をめぐり、東京高裁判決が支出は問題なしと判断した判例(最高裁も同様)」(東京高裁91年1月29日判決、昭和61年(行コ)第51号公金支出差止請求事件)を知り、この教室のある埼玉県吉川市まで行き、子どもが安心して就学できる策を模索しました。こうした地方自治体の尽力が実を結び、県内の計5市1町においてブラジル学校で就学が困難になった子どもの就学支援がついに実現しました(09年4月以降も継続)。
未だ日本に暮らす外国籍の子どもは就学義務の対象外とされ、日本の公教育において子どもの学習権が保障されていません。このような現実の中、子どもの姿が「見える」地域住民や地方自治体は、国籍を問わず、地域に暮らすすべての子どもの就学を支える取り組みを実践しています。
それは、「デカセギ」者から「定住・移住」者となった日系ブラジル人が、地域では住民の一員として位置づけられている証といえるでしょう。
保護者の就労によって、子どもの学習権が保障されないような国であってよいのでしょうか。子どもの教育環境を整備することは大人の責務だと私は思います。すべての子どもが将来に夢や希望を描けることのできる社会になることを心から願い、私はこれからも微力ながら一助になるお手伝いを続けていきたいです。
*【ブラジル人学校への緊急支援策】市町村の取り組みについて、外国人離職者の子どもに対してブラジル人学校等が行う授業料の減免に着目した一定額の補助(補助率2/3)を市町村振興補助金により支援する等という内容。
小島祥美(こじま・よしみ)
愛知淑徳大学専任講師。大阪大学大学院にて博士号取得(人間科学博士)。埼玉県草加市生まれ。小学校教員、NGO職員を経て、研究のために岐阜県県可児市へ転居。日本で初めて全外国籍児童の就学実態を明らかにした研究成果により、可児市教育委員会の初代外国人児童生徒コーディネーターに抜擢。可児市の様々な実践は、外国人の就学を保障するモデル的な実践として全国から視察者が絶えない。2007年4月より現職。NPO法人可児市国際交流協会運営委員、愛知県小牧市多文化共生協議会委員長など
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2009年10月10日付け
第22回=日本発=小島祥美=ひるまない岐阜県=義務でない外国人子弟の教育
岐阜県在住の日系ブラジル人は製造業を中心とした派遣労働に多く従事していますが、彼(女)らの雇用状況は昨年の未曾有の経済危機により大きく変動しました。
ソニーの家電工場やトヨタ自動車の下請け企業等で就労し、地域経済を支えてきた日系ブラジル人は、景気悪化に伴い真っ先に「派遣切りの対象」として白羽の矢が立ったのです。岐阜県とは、就業者に占める外国人比率(2・3%)が全国1位という地域です(05年国勢調査)。
日系ブラジル人の派遣切りは、将来に希望や夢を抱き、懸命に日本の学校やブラジル学校で学ぶ子どもまでにもしわ寄せがいきました。
日本の学校の場合、多くの高校や大学の推薦入試が年内に、一般入試が1月以降に実施されます。こうした時期と保護者の失業が重なり、苦労して日本語を習得してやっと手にした県立高校合格通知を手放すこととなった子ども、家計を助けるために進学せずに働くことを選んだ子どもなど、子どもの心情を考えると、悔しい、遣る瀬無い事態が起こりました。
しかし、私が出会ったこうした日系ブラジル人の子どもの中に、親や家族を恨んだりするような子どもは誰一人いませんでした。
NPO法人可児市国際交流協会では、市内在住かつ日本の高校へ進学する外国人生徒2人に対し毎年奨学金を授与しています。これは地域住民の寄付で運営する教育基金で、同協会の事業として04年度に開始しました。今年4月、すべての申請者に奨学金が授与されました。経済的に困難な子どもが多く実在している現実を目の前にし、地域が少しでもお手伝いできたらという地域住民の柔軟な判断です。
一方、ブラジル学校に通う子どもについては、保護者の失業等の理由で授業料の支払いが難しくなって学校を辞めたり、自宅に待機したりという事態が起こりました。
日本にある多くのブラジル学校は正規の学校としての認可がとれず「私塾」扱いのため、地方自治体からの助成金もありません(岐阜県、静岡県、愛知県、三重県では各種学校の認可基準を緩和し、ブラジル学校計5校が認可されました)。また授業料に消費税が課せられ、通学定期券も認められていません。
こうしたブラジル学校に通う子どもの就学を支えようと、岐阜県はいち早くその支援施策を検討しました。「現下の厳しい経済情勢及び雇用情勢を踏まえ、離職者等の雇用支援・対策等について全庁的な協議・情報共有を行うため」とし、08年12月8日に岐阜県緊急雇用対策本部が設置されました。
その中で県国際課は、「県内の外国人労働者1万8571人が12月下旬までに少なくとも1700人が失業し、かつ解雇の計画が前倒しされて1月末までに約3千人が失業する。その結果、県内に所在するブラジル政府認可校4校と無認可校3校に就学する1千人の子どもが1月には400人に減少する」と、ブラジル学校の変動数を12月25日時点で試算しました。また、県内の公立小中学校に在籍する外国人児童生徒の異動状況も調査しました。
これらを踏まえて岐阜県は、09年1月13日、全国に先立ち「ブラジル学校支援策(*)」の発表と至ったのです。
岐阜県が発表したこのブラジル学校緊急支援策について文部科学省は、「学校法人の認可を受けていない所は公の支配に属しておらす、公金支出は憲法89条に抵触する」(中日新聞09年2月12日)とし、岐阜県の支援策を認めない姿勢を示しました。その結果、多くの議論と波紋が各地で広がりました。
これに対し、子どもの姿が「見える」地方自治体は、決して怯みませんでした。とりわけ岐阜県国際課の担当者は、「幼児教室への公金支出をめぐり、東京高裁判決が支出は問題なしと判断した判例(最高裁も同様)」(東京高裁91年1月29日判決、昭和61年(行コ)第51号公金支出差止請求事件)を知り、この教室のある埼玉県吉川市まで行き、子どもが安心して就学できる策を模索しました。こうした地方自治体の尽力が実を結び、県内の計5市1町においてブラジル学校で就学が困難になった子どもの就学支援がついに実現しました(09年4月以降も継続)。
未だ日本に暮らす外国籍の子どもは就学義務の対象外とされ、日本の公教育において子どもの学習権が保障されていません。このような現実の中、子どもの姿が「見える」地域住民や地方自治体は、国籍を問わず、地域に暮らすすべての子どもの就学を支える取り組みを実践しています。
それは、「デカセギ」者から「定住・移住」者となった日系ブラジル人が、地域では住民の一員として位置づけられている証といえるでしょう。
保護者の就労によって、子どもの学習権が保障されないような国であってよいのでしょうか。子どもの教育環境を整備することは大人の責務だと私は思います。すべての子どもが将来に夢や希望を描けることのできる社会になることを心から願い、私はこれからも微力ながら一助になるお手伝いを続けていきたいです。
*【ブラジル人学校への緊急支援策】市町村の取り組みについて、外国人離職者の子どもに対してブラジル人学校等が行う授業料の減免に着目した一定額の補助(補助率2/3)を市町村振興補助金により支援する等という内容。
小島祥美(こじま・よしみ)
愛知淑徳大学専任講師。大阪大学大学院にて博士号取得(人間科学博士)。埼玉県草加市生まれ。小学校教員、NGO職員を経て、研究のために岐阜県県可児市へ転居。日本で初めて全外国籍児童の就学実態を明らかにした研究成果により、可児市教育委員会の初代外国人児童生徒コーディネーターに抜擢。可児市の様々な実践は、外国人の就学を保障するモデル的な実践として全国から視察者が絶えない。2007年4月より現職。NPO法人可児市国際交流協会運営委員、愛知県小牧市多文化共生協議会委員長など