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たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

音楽ビジネスはレコードからライブへ

2009-09-13 12:14:40 | 音楽・アート
ビートルズのリマスター版が発売されたというニュースをNHKが盛んにやってました。そんなに大騒ぎするほどのものだろうか?と思ったりもするんだけど,経済効果があるのかしら?。でも買うのは年配の人がほとんどなんだろうなぁ…。
若い人が音楽にどのようにお金を使うか?というのはどうも年寄りからすると判りにくくなっているように思います。ブライアン・イーノへのインタビューが興味深かったのですが,「既に音楽に歴史は無い」とか「レコードが安価になり音楽が水の様になった」とかいわれると,レコードビジネスは若い人向けには難しくなってるのだろうなと思います。
一方で「パフォーマンスが重要になっている」みたいは話はとても興味深いです。
などと思いながら一方でyoutubeに優れた音楽映像作品が投稿されているのとか見ると,音楽と映像が新たなアートというか,つまり音楽も既に映画とかのように,複数の人が協力し合って作る総合作品になってるのだなぁなどと思います。単純に音楽をCDに焼いて売ってもそれは記録やプロモーションとしては重要なものですが,メインのビジネスにはなりにくい。そしてリスナーは映像も含めた総合的な作品を求めている。でもyoutubeの作品にも普通はお金は払わない…と。
そういう中で映像など作りこまれた部分,またはコンピュータミュージックの様にやっぱり作りこまれた部分とライブパフォーマンスってどういう風に融合していくのだろう?と思っていたら初音ミクのライブの映像を見て,これはおもしろいなぁと。まぁこれもボーカルが打ち込みなので生演奏ではないのですが,映像が打ち込みに生演奏感を与えるのに成功してるのではないでしょうか?
わたしはジャズなどを演奏していたせいか,すべてあらかじめ用意している音楽を結構低く見ていて,全部打ち込みのライブなどは,レコードをかけているのと同じじゃないか?とか思っていたりします。もちろんレコードをライブ会場で聴いても,会場の一体感がうまく出れば,それなりに楽しめるとは思いますが,なかなかそうならないのが実際でしょう。でもこの映像を見るとたぶんあらかじめ打ち込まれたボーカルでもたぶん会場は盛り上がり一体感が出たのではないか?という気がします。
もちろんこういうライブは初音ミクみたいなものに限らず,これまでの歌手も用意された映像に合わせてパフォーマンスをしたりしてきてる様です。寡聞にもわたしはあまりそういうライブを実際に観てないのであまり実感が無かったのですが,結構ライブパフォーマンスも以前とは大きく変わってきたのだなぁと思いました。音楽もこうやって新しい表現形態になり,そしてリスナーがお金を払っても音楽接するような場があれば,それはそれで未来は明るいのかもしれません。
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表現と倫理と新しい表現

2009-06-06 09:23:15 | 音楽・アート
性暴力PCアダルトゲームをソフ倫が許可しなくしたというニュース。個人的にはへーって程度で特になんとも思いません。わたしも昔一時期エロゲームをやったことありますが,性暴力のシーンがメインのゲームや興味ないしやったことない。もちろん,それが主じゃなくてもTVドラマやマンガだって男女の暴力シーンがストーリ上出てくることはあって,アダルトゲームの場合,描写が過激になることもありますが,そんなのなくてもいいやとも思うので,別にそういうのを禁止されるのは特に困りません。
ですが,あくまでも自分の趣味じゃないから別に規制してもいいんじゃない?というのは,ちょっと身勝手すぎる気もします。確かに現実の暴力を助長するような表現はよくないと思いますが,どの表現が現実の暴力を助長するかはとても線引きが難しく,合意を得ることはたぶん無理でしょう。ですから,社会的に悪い影響があるからという理由で表現を規制することを当たり前にしてしまうと,別の規制で,もしかしたら自分が好きな作品を規制することになるかもしれません。
…という仮定は成り立つんですが,では,自分の場合,どういう作品のどういう表現がなくなると困るのか?と想像するにどうも思いつきません。なんだろう?例えば映画やドラマで男女の絡みがなくなっても別に困らないし,決闘シーンがなくなっても困らない。もっと極端に昔の日本みたいに,男だけ女だけの様になっても困らない。映画とかドラマとかにこだわりがないからか?…じゃぁ音楽とかで,何か特定の表現(楽器とかフレーズとか歌詞とか?)が禁止されると困るか?…どうでしょう?
もちろんこれらはわたしが消費者というか表現の受け取り手だからで,表現するほうからすると得意な表現が禁止されるというのは死活問題ということはよくわかります。ただ純粋に表現を受け取るほうの立場でいうと,規制である表現ができなくなっても,別の新しい表現は常に出てくるし,その中によりすばらしい表現というのはあるのではないか?という気がして,特定の表現事態がなくなることは,そんなに致命的な感じもしない気がします。逆にもっとエロい表現が生まれる可能性もあるんでしょう。
もちろん,これらはわたしの勝手な思いだし,表現自体はなにがあっても規制はすべきではない…という立場もよく理解できます。まぁ今回の規制も流通に乗せないといことであり,表現自体が規制されたとはいえないといえばそうなんでしょうが。
結局のところ今回の件は各論(暴力規制)と全体論(表現を規制すること)に対する自分の意見が食い違ったりするから,なかなか難しいなぁと思いました。
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いまどきの若者と音楽とJASRAC

2009-03-15 08:16:53 | 音楽・アート
年寄りっぽいサブジェクト:-)。
/.jpで,いまどきの若者は,非圧縮よりMP3の音を好むという話を読んで,へぇぇー,と思いました。興味深いけど,考えられることを書くと。普段MP3を聴いていたら,MP3の方の音をなじみある音と思うこと自体は不思議じゃないし,もしかして,音楽コンテンツ自体が,圧縮されることを考慮して作っていたら,MP3されることで変な音にならないようになっている可能性もあります。小さい音が消えるので聴きやすくなるのでは?という考察をしている人がいたのですが,それはどうかなぁ,一概にいえないかな。あと量子化雑音で音が変わるのが好みになってるというのは,音楽に種類によってはありえます。まぁコンテンツによるんだよねぇ。わたしみたいに北欧のジャズとかを聴く人は,ちょっとMP3の音はさびしすぎるかなと思うけど。
…。
その話は置いておいて,別件で,いまどきの若者はYouTubeがCD購入のきっかけになるというのを読んで,へぇー。と驚くのはその内容というよりも,そういうことをレコード協会が認めたということのほうに驚くという感じです。まぁそういう人もいるし,今後増えていくでしょう?というのは,何年も前から言われていたのに,コンテンツ業界は,ネットは音楽ビジネスの弊害になる,って感じの立場だったので,これで方針が変わるんでしょうか?。まぁYoutubeも映像とか包括契約してたりするので,音楽もそういう風になるのかもしれませんけど。
そして,「初音ミク」チャートインの話。初音ミクの音楽がメジャーレーベルからCDになっていく話ですが,注目はメジャーからでるのにJASRACに登録しなかったって事ですね。それゆえに二次利用しやすい形を残したまま,メジャーからCD化したということ。
JASRACに登録しないままメジャーから出すのはいろいろ抵抗もあったと思うけど,良くやったものだと思います。そしてこういう形でヒットがでたり,二次利用やYoutubeとの連携とか,そういうのがヒットの重要な一因になると,ますますこういう動きは広がっていくだろうし,そうするとJASRACの方も,権利管理の規約を変えざるを得ない方向になるのだろうなと思います。
…というわけで,著作権が今のコンテンツの状況に合わないといわれ続けて10年以上経ってますが,ついに変わり始めるのかな?と思ったので,そう書いておきます。
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優れた作品は普遍性と時代性が両立する

2009-02-27 06:50:49 | 音楽・アート
ふと思ったこと。
絵とか音楽とか小説とか…。これらは芸術でもあるんですが,名作と呼ばれるものは当時多くの人に愛されたものである場合が多い気がします(例外もあるけど)。多くの人に愛される作品というのはエンターティメント性が高いと思います。エンターティメント性が高いものは「時代性」を多く含みます。でも,その作品が芸術となるには,今の時代だけではなく10年後50年後100年後も人に愛される必要があります。つまり「普遍性」が必要だと思います。
逆にエンターティメント性がまったくない芸術作品もあるのですが,そもそもそういう作品は作者が食べていけなくて作られなかったり,誰も見向きもしないので,すぐに破棄されたりします。芸術性だけではなかなか残る作品は生まれません。
つまり芸術作品として後世に残るには,芸術につながる普遍性とエンターテイメントにつながる時代性の両方を持っていることが必要だと思います。
現在芸術と呼ばれる昔の音楽や絵画や,また文学や,そういうものも当時は大衆を喜ばせる人気作品だったのだよなぁと時々思います。今の人がそれらの作品を高尚なものと大事に評するのは悪くはないけど,それだけの作品じゃなかったということだし,逆に今のエンターテイメントから芸術が生まれる可能性もだいぶある気がします。
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紅白

2009-01-01 22:09:07 | 音楽・アート
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。というわけで,新年なのに去年暮れの話で申し訳ありませんが,昨夜の紅白の話。
…。
ここ数年の紅白を観ていて,日本の民衆の中の歌謡というかポップスというか,まぁ流行歌というのはこういうものなのだろうとよく思う。そういう意味では紅白という歌番組はよくできてると,楽しむよりも感心する。紅白を「定番だからつまらない」「NHKだから嫌い」「古臭い曲が多いから嫌い」「自分の好きな人がでない」とか批判するのは簡単だけど,もし自分が「子供から老人まで,普段TVを観ていて特に音楽ファンでもない人が全員楽しめる歌番組を作れ」と言われたら,たぶん途方にくれるだろうし,最近の紅白のラインナップだったら,「まぁこんなものかな」と思ってしまうだろう。たぶん10代,いや今年はポニョもあったから10歳以下も対象だったかな?,それから老人までそれなりに楽しめるように作る歌番組というのはそうそうない,いや作るほうは大変だろうなと思う。そういう意味でわたしは紅白って結構すごい番組だと思うんですよ。あまり音楽的な啓蒙を促すようなところはないのだけど,音楽番組がすべからくそういうものである必要もないと思うし。
今回の面子は,最近デビューしたての若手もでるが,半分以上,三分の二くらいは昔ヒット曲を出した往年のベテラン。で歌うのは最新の歌ではなく,かってのヒット曲ばかりだった。いくら名が売れた歌手であっても,最新の曲よりもやっぱり昔大ヒットした曲の方が,視聴者にはなじみなわけで,そうなるのだろう。最新の曲のプロモーションにはならないわけで,出演者はどういう心境なのだろうか?とも思うけど,まぁコンサートに行っても往年のヒット曲の方が客が喜ぶというのもよく聞く話だから,それはそれでいいのか。エンヤが企画物として出ていて,オリノコフロウを歌わされていた。確かにエンヤを代表する曲だけど,本人的にはどうだったのだろう?…と思ったらもう一曲知らない曲を歌っていたのだけど,本人の出演条件だったのだろうか?。
今年面子はなぜか演歌歌手が多かった。若い人も御大もそれなりにいたのだけど,プログラム的にも前半からバンバン入ってきて,いつもだとJ-Popは前座で進むと演歌になるという進行とは異なっていたのだけど…以前クローズアップ現代で言っていたような,演歌が色んな層に流行っているということの反映だろうか?。
なんだか,ニューミュージックとかそのあとの80年代とか90年代とかむしろその時代のヒット曲や面子がごっそり抜け落ちてる気がする。水谷豊や布施明が歌った曲はザ・ベストテンでも一位になった曲だけど,ユーミンや達郎,陽水とかその辺ごっそり抜け落ちてるなぁ。まぁ出演拒否したのかもしれない。あと小室ファミリー系とかが抜けてるのも,まぁそういうものか。
つまりちょっと30代後半から40代前半くらいの世代にとっては,結構つまらない紅白になっているような気もする。働き盛りな年代だから,TVなんて興味ないよという年頃なのかな?。子育てが大変で昔のヒットソングとか興味ないよという年頃なのか?。
まぁそんな感じのことを観ていて思った。
まぁいずれにせよ,紅白というのは,今の音楽マーケットを表すものではなく,今の民衆の心の中にある音楽をごっそりとまとめているという意味で,なかなか見ものであると,思う。歌番組としてはものすごくへんてこなプログラムだと思うんだけどね。まぁNHKすごいよということで。
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小室哲哉氏雑感

2008-11-08 10:05:41 | 音楽・アート
今週は小室哲哉氏の逮捕がTVのニュースで話題でした。小室哲哉氏の往年の活躍を知っていると,それなりに騒ぎになるのはわかるのですが,でもネタ的には芸能ニュースネタだよなぁと思ったりもします。
小室氏は98年位かなぁ…仕事で一度だけお会いしたことがあり,まぁ仕事上,恩があるのであまり悪くいうつもりはありません。当時すでに大スターでしたが,シャイな感じの人だったなぁと思ってます。その後,だんだん周りにいる人が…とかいう話は聞いていて,まぁ今回のような話になったのでしょうか。
わたしは30歳くらいまでは,ジャズとかロックとかが好きで,演奏,特に即興の質というのが音楽の尺度で一番重要視していたので,当初TMNの様な音楽は評価してなかったのですが,その後テクノとか聴く様になったこと。あと若い頃は芸術というのは作家本人が納得することが重要と思っていたのが,この歳になると,表現というのは相手に伝わってなんぼなので,伝えるための努力はしなければいけないと思うようになったこと。そういう心境の変化もあり,今となっては当時の小室氏の音楽や,ヒットメーカとしての力量は評価してます。まぁ音楽自体には熱狂的にはなりませんでしたが。
確かに大ブームを作った人というのは,時代性を持ってしまうので,過ぎてしまうと,古臭さをかえって感じてしまうものですが,長く続けていくことで生まれる表現というのもあるので,以前の様なムーブメントでなくても良質の音楽を継続的に作っていってほしいなぁと思っていたので,今回の逮捕劇は残念だったりもします。
まぁ芸能界はちょっと位罪を犯しても実力がある人は復活するみたいなので,これを機にいろんなしがらみを捨ててまた復活してほしいものです。
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役者という芸術

2008-11-04 21:22:23 | 音楽・アート
電車の中のTVを見ていたら田村正和がCMをやっていました。電車の中なので音声は出ませんが,どんな声でどんな風にしゃべっているかが想像できます。すごいな,と思いました。
田村正和というと,最近はどんな役をやっても髪型も演技も同じようなものです。俳優というと演じる人だから,どんな役でも演じるのがいい役者の様に一見おもいますが,田村正和を見てると,他の演技をするとはとても思えません(笑)。そういえば,なくなった丹波哲郎も「演技するうちは一流じゃない」というようなことをいってました。普通にそこにいるのが求められるようになって一流みたいな話でした。
そういう意味でいうと田村正和も演技せずそこでいつもの様にしてるだけでいいわけで,一流なんだろうなと思いました。
田村正和というと実は30年位前からTVで見ていました。昔は時代劇に良く出ていました。田村兄弟の仲で一番二枚目役でした。昔はもっといろんな演技をしていたような感じでしたが,まぁ印象はあまり変わらないので,大きな方向性は変わってない気がします。
まぁでも例えばこういう個性派の役者の場合,新人のときはどうしていたのだろう?。新人のときから「わたしはこういう役しか出来ない」とかいっていたらたぶん使ってもらえません。まぁ田村兄弟は親も有名人なのでそれなりに最初からスターだったのかもしれませんが,やっぱり最初からそうだと敬遠されると思います。それに本人も最初から受けるスタイルに確信があるとも思えないので,やっぱり若い頃はいろいろと試行錯誤をしたのではないでしょうか?。でも,あるスタイルが受けて,そうしてスタイルを作っていったのかな?と思いました。
こういうのは音楽や絵画とかはそうで,若い頃はいろんなスタイルを吸収し,試していくのですが,どこからかは自分のスタイルを作ることが重要になります。誰が聞いても観てもわかるようになることが一流になるということでしょう。それはわかるのですが,他人になるべき役者もそうなのか?…そうなんだなぁと,田村正和を観て思いました。
となるとなんにでもなりきれるという北島マヤはまだ一流とはいえないのか…などと思ったりも;-p。
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08/09/21:Bugge Wesseltoft solo( at リキッドルーム)

2008-10-01 21:03:33 | 音楽・アート
ちょっと遅れましたが,ライブレポート

Jazzlandレーベルの総帥ブッゲ・ヴェッセルトフトのソロコンサートに行ってきました。ブッゲは好きなミュージシャンで,ライブは2回ほど見てますが,今回のライブは全く知らなくて,数日前にmixiで知ったくらい。そもそも会場がリキッドルームだし,ライブの形態も,場所柄か,DJを前後にはさんだクラブ形式。実際ジャズファンらしき人はお客の中にはほとんどいなかったのだけど,ブッゲの日本での主なファン層っていうのは,現在こういう感じなんでしょうか。クラブに行くのは以前ROVOのライブとかでよく行っていたけど,座る場所もあまりなくて,演奏の順番もわからないこういう形式は,お年寄りにはちょっとつらいものがあります(苦笑)。そうはいっても今回は19時半過ぎに当たりをつけていったら,20時過ぎからブッゲの演奏が始まり,非常にラッキーでした。
で,ブッゲの演奏。現在の最新盤「IM」を意識したようなピアノのソロの演奏でした。もちろんそれはブッゲ風というか,エレクトロニクスをフル活用したソロピアノで,サンプラーとかエフェクタでその場で弾いたピアノの音を加工しループさせさらに演奏を重ねていくという形。ピアノは鍵盤を弾くだけじゃなくて,たたいたり,弦を押さえたりして多彩な音を出していたし,自分の声や手拍子とかもサンプリングしてました。簡単なシンセももってきていて,ベースパートぽいところをサンプリングしたりもしてました。
演奏のアブストラクトな感じは,ちょっと難解な感じで,なんとなくプリペアド的な印象を受けるのが,白人らしいなと思います。ピアノの演奏自体はいわゆる白人ヨーロッパジャズ的で,演奏するとさすがにしっかりしたテクニックを感じますが,そもそもあまりピアノを弾かない(苦笑)。現場で弾いた音をその場でサンプリングして,それに合わせてソロを弾くと言うとジャコパストリアスをはじめとして,ギターやベース奏者とかに多いのですが,そもそもそれらはギターとかがピアノに比べ同時に出せる音が少ないので苦肉の策としてテクノロジーを使っている感じがします。でも,ブッゲの演奏はそもそもピアノだし,なぜこういうことをする必要があるのか?と最初のうちは思ってましたが,ブッゲの演奏はピアノの伴奏のためにサンプリングをするわけじゃなくて,むしろサンプリングの方がメインです。最初のほうはピアノを割りと弾いてましたが,演奏が進むにつれて,むしろ楽器の演奏よりも,エフェクタやサンプラーをいじっている方に熱が入ってきました。つまり,彼の演奏はピアノメインというよりは,音源を生で作るDJという感じがしました。
出音はピアノソロなのでそこまで激しいビートを刻んでという風にはならないのですが,エフェクタを積極的に使い,ピアノから声までを駆使した多彩な音で,お客は飽きることなく盛り上がってました。
が,最初に書いたとおり,この辺の客ってブッゲのファンなのかとちょっとその辺が不思議な気分でした。あとどうでもいいことかもしれないけど,たまたまなのかクラブはそういうものなのか,演奏中に電話してるやつがいて驚きましたよ。
まぁそれはいいとして,ブッゲの演奏は久しぶり。非常にオリジナリティが高い演奏だし,それを若い人に楽しく見せるというあたりも含めすばらしい演奏でした。こういうのブルーノートとかピットインとかでやるのは無理なのかなぁ…とかちょっと思いました。
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赤塚不二夫というトリックスター

2008-08-10 12:15:27 | 音楽・アート
赤塚不二夫氏がなくなって今週はちょっとした話題だったように思います。わたしはもちろん赤塚作品は漫画,TVともに幼少時からお世話になった世代ですが,わたしが物心ついた頃には,すでに巨匠だったので,どのように有名になってかという時代の空気はしりません。
ただ,いつくらいか,わたしが子供の頃TVをみると良く赤塚不二夫がTVのバラエティとかクイズ番組とかに出てるのを観ました。ふと思うと,いま漫画家でどんなに有名な人でも,TVに良く出ているような人はほとんどみません。やくみつるくらいか?。マンガ夜話とか,専門的な番組に出てる人はいますが。
わたしが子供の頃というよりは正確にはもっと前になるのでしょうが,TVは創成期で,TVにはいろんな人が出てました。放送作家や作家,翻訳家とかがTVに出てるっていうのはよくある話で,大橋巨泉とかも翻訳家から放送作家をへて司会者とかになってました。漫画家も当時は新たに脚光を浴びてきた職種で,赤塚不二夫のTV進出も,そういう中での試みだったのかもしれません。
今はTVでTV関係者以外で顔出しするというと学者が多いのですが,制作側と完全に分かれている印象があります。昔のTVに漫画家や作家が出てるのは,一緒に製作スタッフとして入っている感じがして,なんか渾沌とした手作り感がTVにはあったなぁ,とか思いました。
TVやマンガというメディアが成熟して分業が進んだからなんでしょうが,それゆえにそれぞれの純潔感が増し,クオリティが上がっているもの,ごった煮な感じがなくなって,少しさびしい感じもします。
マンガ家がTVとかにでて制作とかに積極的にかかわっていくっていう試みは,もしかしたらもうでてこないのかもしれません。そして赤塚不二夫氏はその最初で最後の漫画家だったのかも,そんなことを思いました。
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「崖の上のポニョ」は子供映画だけど,宮崎監督の苦悩が見え隠れするところが興味深い

2008-07-26 17:21:26 | 音楽・アート
ジブリの宮崎監督の最新劇場アニメ。観てきました。興行成績もいいようですが,ネットで大人が書いている批評(特に子供と観たとかじゃなくて)を観ると,「期待と違っていた」とか「意味がわからない」とかそういう批評が多くてちょっと驚きます。そうなんでしょうか?。わたしはこの映画は純然たる子供向けの娯楽アニメを宮崎監督が目指して作ったものだと受け取りました。そういう意味では非常にわかりやすかったです。作画がとてもすばらしく引き込まれましたし,映画としては良いアニメ映画だと思います。

ポニョは子供向けアニメでしょう。しかも娯楽であり。子供に教育をしようとかそういう想いもないから,非常に単純なストーリだし,たぶん宮崎監督がやりたかったのは,映画を観た子供が楽しい思いをすることだけであり,それ以上の含蓄はないと思います。批評家はそこに何かメッセージを読み取ろうとして四苦八苦してるようだけどたぶん,そんなものはない。深読みするだけ無駄ではないでしょう。

ストーリ的には人魚姫のプロットをそのままなぞってますが,主人公を少年少女にすることで恋愛的な要素はほとんどありません。ポニョの造詣が不気味だという人も多いようですが,子供はあれくらい不気味なものが結構好きだったりするように思います。実際に琴線に触れたかはわかりませんが,宮崎監督が子供に受けようとした感じはわかりました。ストーリに謎や矛盾が多いこと。キャラの行動が教育的にどうよ?と思われる点がいくつかあるところも,エンターテイメントとして子供がワクワク,ドキドキする様に描こうとしてそうなっているだけだと思います。

と考えると,あまりこの映画について語ることはなく,単に童心に還りハラハラドキドキ観れるかがポイントになります。

とはいえ,せっかくですから,大人の,しかもオタク的な思考でこの映画を観て,少し語ってみるとします。

わたしとしては,宮崎監督が子供映画を作ろうとして苦悩しているのが良く見えて,それが面白しろかったです。最近の宮崎監督がずっと試行錯誤しているのは,おそらく萌えの排除ではないでしょうか。ハイジもクラリスもラナも無邪気で無垢な女の子して描いたのにファンには萌えの対象にさています。それを監督は良く思ってない気がします。もののけ姫で「戦闘美少女」を描ききった宮崎監督は,おそらくオタク受けのいい萌アニメとして観られることを嫌がり,女性に性的な要素を廃することを模索している気がします。そこで,「千と千尋」では,主人公の女性を造形的にかわいくない様にあえて描きました。それでも「湯女」と揶揄したり萌えたりするアニメファンは結構いました。ではいっその事と,主人公の女性を老婆にしたのが「ハウル」なんでしょうけど,やっぱり男性ハウルとの心のつながりを描く段階で,やっぱり老婆であるところに耐えられなかったのかこの段階で美少女にしてしまいました。そこで今回は主人公を少年にしているし,ヒロインのポニョは化け物。もしくは赤ん坊のような幼稚な存在。周りを固める人たちも老婆とお母さんくらい。保育園の女友達はあまり好意的に描かれてないし,出てくる時間も短い。徹底的に萌えを避けようとしてるように見えます。

本作は,自分の思うように作品を受け取ってもらえないとか,作家として新しい表現を探索するという意味で,宮崎監督の試みが伝わってくるし,良質なオリジナルな子供アニメを子供に見せたいというそういう意気込みはものすごく感じる作品で,わりと成功しているように思います。でも,宮崎監督の癖,というか,おそらく作品を成立させようとして,受ける部分を入れようとすると,従来の作品と類似部分がどうしても入ってきます。今回のカーチェイスのシーンも過去の作品を連想し,受けた人が多いようです。でもこういう批評を読んでいると,新しい表現を入れようとしても,作品として成立させようとする段階でどうしても過去に成功した手法が入ってしまうのだなぁという,商業作家としての性みたいのを感じました。

作家としては今まで誰も見たことがないのに,なるべく万人に受け入れられて,そして今回の作品の場合は,純粋に子供に喜んでもらいたい,そういうものを目指したのでしょうけど,そのためには,どうしてもああいう逆にいびつな女性キャラの配置にしなくてはいけなくなる所に,逆に優れた女性キャラクリエイターとしての宮崎監督の苦悩が見え隠れするようで,そしてビックネームゆえに期待され,それと戦っているのだなぁというのが見えて,ちょっと興味ぶかかった
です。

というのは深読みすし過ぎなんですが,純粋に子供心になり楽しむのがこの作品の正しい楽しみかただし,監督もそれを望んでいるのでしょう。
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