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たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

作家性と個性

2008-07-11 19:08:19 | 音楽・アート
個性と個体差の違いがわからないのは文化とはいわない」というエントリーを読んで,学校での課題に対して,無意味に変なことをする子供が増えている…みたいな話だと理解しました。
ここでいわれているのは「基礎ができてないのに,個性もくそもあるか」みたいな話で,それはそれでそう思うのですが,もうちょっと違う言い方で。
わたしは以前,アートというのは作家性であると書きましたが,この視点で言うと,アートに必要な個性とは「作家性」であります。つまり個性とは「人と違う」ことではなく「その人とわかること」となります。「個」性だからそうですよね。そうなると人と違うことをやってもいいのですが,その人とわからないとダメ。つまりハチャメチャで,本人すら再現性が無いものはダメだし,ハチャメチャをやっても一貫性がないとダメとなります。
個性を作家性と捕らえるのはすごく自然だと思うのですが,なぜかあまりそういう風にはいわれず,「人と違ったこと」だけのように誤解されている気がします。これ大きな間違い。
ちなみに基礎が必要とされるのは,結局表現力として基礎が無いと誰でもできることになってしまうのと,自分でその表現を制御できなくなり,そこに作家性が生まれないからです。あと身体性とかそういうのも作家性になるわけですから,やっぱり技術が必要となります。体力や指先の技術を使わない「発想」という点でも,やはり経験や知識がその原動力となるわけで,その人の経験から生まれるアイディアにこそ作家性が生まれるわけでしょう。
もちろん作家性が優れていても,評価されない場合もあります。いろんなものの評価は,特定のものさしだけでは決まりません。エンターティメント性や,問題解決力,実用性,まぁ芸術家,デザイナー,職人など作品を作る人はいろいろいますが,それぞれ一番大事なものは違います。作家性が通用しないけどほかの部分で成功する人もいます。ですから,若いときはいろんな可能性のために,いろんなものを探る必要があると思います。
わたしは若い頃は個性は要らないとは,あまり思いません。ですが,人と違うことが個性だと思うは,やはり大きな誤解で,そういう個性は目指すものではないでしょう。
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アート表現と人生の承認

2008-07-08 22:39:33 | 音楽・アート
最近,以前から持っているDVDキースジャレットの「アート・オブ・インプロヴィゼーション」を久しぶりに観た。このDVDは演奏映像を交えたインタビュー集でキース本人へのインタビューが半分くらいあるのですが,最初にキースに「音楽以外に大切なものは?」という質問をぶつけ,あっさりと「たくさんあるよ」と答えてます。よくよくみるとこの答えがこのDVDのテーマのようにも思えてきました。キースは音楽から音楽が生まれるわけではなく,その人の経験から演奏(芸術)は生まれる。だから,その人の人生のすべては意味があると言ってる様にも思えました。
「人生には等しく意味がある」というのは「自虐の詩」という漫画の締め台詞だったりしますが,そうかキースも同じことを言っていたのかと(笑)。
人間は若いときはたくわえの無いまま未知の世界を切り開いていきますから,自分の過去を振り返ったりしませんが,歳をとるとそういうわけにもいかないので(苦笑),まぁ自分のこれまでの人生の上に,いろんなものを作っていくわけです。わたしの場合,いつこれが切り替わったのかはっきり覚えてませんが,あらゆる経験がすべて自分の表現につながるという意識は,20代から持っていた気がします。
わたしは昔から自分を表現する欲求は強く,仕事も大きな仕事をすることより,自分の名前が残ることを第一に考えていたような気がします。先日会社で偉い人の話を聞いて,その人たちの仕事と自分を比べてみて,少しそう思いました。
わたしは自己表現というのは,人間の根本的な欲求だと思ってます。それがうまく満足できない人は,人生をこじらせる可能性が多いと思います。ちょっと前に,彼女ができない引きこもり犯罪者には,彼女が必要なのでは?みたいな話があり,かなり引っかかったのですが,パートナーがいないつらさは性欲よりも,表現の受け入れ相手,つまり自分を観てくれる人がいるか?ということが本質のように思います。
最近ネットへの犯罪書き込みが問題になってますが,これも自己表現が間違った形で出てきたものだと思います。
人生のすべての経験が,その人の表現の糧になるとはおもいますが,表現方法自体が間違っていれば,間違った形でしか人の前には現れる,受け入れられずますますこじれます。人はみな表現者になれると思いますが,表現のする場所,それが受け入れられる場所がうまく回ってないなという気はします。
場が増えてるように思うのに,まるで,観客のいない,巨大な舞台だけが用意されているような…そんなつかみどころ無い場というか。
うまくまとまらないけど,すこしそういうことを考えてました。
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JASRAC

2008-04-26 15:30:40 | 音楽・アート
JASRACに公取の立ち入り検査が入ったという話。一昨日のニュースになってネットは大騒ぎしていましたが,意外に普通のTVなどのニュースでも大きく取り上げていました。社説でもそうだし。この関心の高さは何なんだろう?。
JASRACについては,いろいろ思うところはあるけど,あるだけにネットで喜んでいた人も多いような喜び方はちょっとしづらく思いました。特に今回の調査は放送で包括契約をしている件で,だからといって包括契約をやめて,一曲一曲をカウントするというのも,いくら情報処理技術が進んでいるとはいえ,結構大変なことでしょう。いっそのこと放送で曲をかけるのはやめよう…とかなると別の意味で音楽業界の受けるダメージは大きいと思うのだけど…。
もっとも現状はJASRACが実質的に日本のほとんどの曲の著作権を管理していているので,放送局もJASRAC以外の曲をかけようと思わない。かけようと思っても,JASRAC以外の契約するのが面倒だからかけないという意味で,JASRAC以外の選択肢がなくなっているという事実はあるのでしょう。放送に関しては利便性は高くても,JASRACの管理曲は作者自身でも細やかな管理が出来なくなるなど,柔軟性が極めて低いので,やはり異なる管理契約形態を持つような他の管理団体にもある程度シェアを広めて欲しいと思います。
…となるとどうなるのが良いのでしょうか?。放送にとか音楽の利用形態ごとに著作権料を管理するような別のプール組織を作ってそこにJASRACとそれ以外の管理団体が入るという手もあるよな…とも思います。JASRACの管理分野を,放送,ネット,店舗,一般とか分断して,それぞれでのプール組織を作るとか,そういうマトリクス(縦軸が管理団体,横軸が利用分野とか)みたいのが出来ればいいのかな?。
でも,それはそれで新たな階層が出来て,煩雑になるとか,その団体は独占状態じゃないのか?とかそういう話も出てくるでしょう。ちょっと難しいか。
いずれにせよJASRACがお金取ってることが問題なのではなく,放送も含めてすべてのメディアメディアに対して,徴収権をもっているので,柔軟な対応が出来ないって事なんでしょう。今回の立ち入り調査が,なにかJASRACのあり方を変えるきっかけになるのかどうかわからないのだけど,おかしなことにならないようにして欲しいと思います。
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パクリとオリジナリティと人物と

2008-04-20 12:43:15 | 音楽・アート
一流アートというか表現において,オリジナルとか,パクリとかそういう話。

もともとは「漫画のトレースの話から始まっていて,漫画において,他の人を参考に描くところから始まるのは多くの人がやっていたと。で,そこに対してのとあるブログでの突っ込みで,「オリジナルな部分が無いから『パクリ』と認定される」というのがありました。
これに対しては,わたし的には同感なんだけど,この「オリジナル」っていうのがなんなのか?というのが,ちょっと曲者だと思います。アートというのは,「作家性」であるというのを,私は良く感じるのですが,作家性とオリジナルというのは異なります。作家性というのは,その作品に,その作者が出るって意味ですが,オリジナリティは独自なものということで,作家性とは必ずしも一致しません。奇抜で誰も見たことが無い作品を作れば,それはオリジナルかもしれませんが,ヘタをすると「意味不明」になり,観る人の誰の心にも届かないかもしれません。しかし,その奇抜さをずっと続けて,そこにある共通性が生まれてくれば,その共通性を見て,人はそこに作家性を感じます。
自分の経験からすると…。音楽を例に挙げると,若い時は,だれも書いたことがない様な曲を書こうとか,演奏しようとかする。奇抜で誰も書いたこと無い,または難しすぎて,誰も演奏できないような曲を…。そうやって前衛的になりすぎて,誰も意味がわからないところに落ち込む場合もあります。
でも,長く表現を続けてきて,あるスタイルがその人の中に確立されたら,人の曲を,単にコピーして演奏しても,その人が演奏してることがわかる…っていうのはよくあります。ですから,音楽ではスタンダードを演奏したり,人の曲をコピーしても,演奏者の表現になることがよくあるのです。
最近よく思うのは,表現のゴールはここの様に思います。誰の表現をトレースしようが,その人が出ている…そうなれば,その人の作品といえるでしょう。
もちろん,その人とわかる独自の作家性を作るために,まず誰も聞いたことのない様な奇抜な表現をやります。その模索があって初めて作家性が出る部分もあるでしょう。でも「誰もやってない=オリジナル」がアートのゴールでは無い気がします。そして,作家性が確立してる作家の作品はパクリであるとか無いとか,そういう問題でも無い気がします。手塚治虫の例が出てましたが,手塚治虫はさまざまな作品を残してますが,誰が見ても,彼の作品とわかる十分な作家性があったと思います。だからパクリかどうかは大きな問題じゃなかったように思います。
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曲の多様性がコピーを防止する?

2008-03-08 18:06:02 | 音楽・アート
宇多田ヒカルがCDと配信用でマスタリングを変えるって話。試みとしてはちょっと面白いな…とおもいました。
CDと配信だと音質が違うので,音質にこだわるならマスタリングを変えるべきでしょう。そういう音質面でもいい配慮という風にも取れますが,たぶん熱心なファンだとCDを持っていても配信から買いたくなるという様な効果もあるのかな?とおもいます。ただそうであれば,配信用とCDをぜんぜん印象が違うように変えて欲しいというか,ミックスから変えてもいいのでは?という気もします。
ディジタルコピーが問題になってますが,問題になるなら,最初からたくさんの種類を作っておいて,それぞれの単価を下げておくという手もあると思います。それだと人手がかかって大変…ということなんでしょうが,一枚のマスターが百万コピーして売られるというのも,そろそろ濡れ手にあわ過ぎたのかな?というか,もともとは音楽だってそういう商売じゃなかったのでは?という気もします。
まぁ今回のCDはCDとしては今までのCDと同じような価格帯の様で,その辺はちょっとがっかりなんですが,コピーするより,聞くためにちょっとお金を払うほうが楽だし,毎回違っていて新鮮だ…とか,そういう価格設定にすれば良いのに…とおもいます。CDが出来てもライブ演奏の良さが変わらないように,一回性とか多様性をひとつの曲にも持たせられたらコピーとか言う問題は少し小さくなるようにおもいます。
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今年のグラミーはハンコック

2008-02-15 07:37:05 | 音楽・アート
今年のグラミーのアルバムはハンコックだったらしい。なんとジャズ部門ではなく全体の最優秀アルバムとのことで,驚きました。
このアルバム…実はぜんぜん聴いたことなく,アルバムの存在すら知りませんでした。ただ日本で「これまでの功労」とかいう人もいるでしょうが,そんなことは無いでしょう。アメリカではそれなりに売れてるというか話題になっているはず。以前,サンタナがグラミーを取った時も似たようなことを言っている人がいましたが,あの時も日本では話題になってなかったサンタナですが,アメリカではしっかりチャートトップとかを取ってました。
アメリカと日本のチャートはすでにまったく関係なくなっているので,別にアメリカで売れてる曲が日本で話題にならなくても当然ですが,評論家とかが自分がウォッチして無いからっていい加減なことを言うのは困ります。
さて,ハンコックのコメントにマイルスやコルトレーンが出てきてますが,マイルスやコルトレーンが全盛だった頃にはまだグラミーはなかったので,彼らが主要部門で受賞して無いのは当然といえば当然なんですが,でも,その後の主流のジャズの継承者としてはハンコックが初めての受賞のような気がします。
このアルバムは…買ってみようと思います。いずれにせよハンコックの受賞はジャズファンとして素直にうれしいです。おめでとうございます。
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MP3の価格

2007-12-21 21:42:29 | 音楽・アート
先月ちょっと書いたRadioheadのネット販売実験,今月から日本でも行われてます。で,買いました。本当はネットじゃなくてCDが出てから買おうと思っていたのですが,どうもCD自体が出る見込みが見えないので。
この実験,値段は買うほうがつけていい…ということでいくらが適当なのか?と。もちろんradioheadは大好きなバンドでどうせCDが出たら真っ先に買うので,聴いてみたいというのではなく,所有したいという思いがあります。一度聞けば終わりというわけではないのでCDを買うような感覚でつけようとは思いました。本当はお金を持ってる人はたくさん払って,若い人とかは安く払うというのもありなのでしょうけど…。やっぱりCDが基準になってしまったなぁ…というの感想。
CDが3000円だとすると,ネットで販売ということでMP3に圧縮されている,またジャケットなどがついていない…という事を考えると,どうも3000円払うつもりにはならず…。正直に書くと半額よりもちょっと安いくらいの値段で買いました。まぁでもCDで再度出て,1,2曲でもボーナストラックがあったらCDかうだろうなぁとは思ってます。
MP3だからPCMよりも価値が低い…という考え方は,わたしが音屋だからかもしれません。実際今回のアルバムは,あまりサウンドの広がりを意識せずに,圧縮によっても曲の印象が変わらないような感じになっているように感じましたが,やっぱり非圧縮のも聴いてみたいなぁ…という気はしてます。
今回の実験,日本ではドコモの利用者じゃないと買えないというのがどうも妙な実験だなぁ…という気はしてます。でもクレジットだと学生とかだと持ってない…ということなのでしょうか?。よくわからない業者にクレジットカードの番号を送付するよりも安心…という気もしていて,まぁわたしはドコモユーザなのでこれはこれで良いとは思いましたが,コンビニ払いとかも可能にしたら,もうちょっと売れるだろうなぁ…とは思っております。
実際どれくらい売れたか…,あと今度のアルバムの内容自体の評判もちょっと気になってます。どうでしょう?
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Radioheadのネット販売実験

2007-11-11 13:56:07 | 音楽・アート
先月くらいだっけ?。Radioheadの新譜がネットで発売されました。といってもとりあえずダウンロード販売とディスクのネット予約。この話は私も知っていて,実は買おうかと件のサイトもずいぶん覗いたのですが,とりあえずまだ買ってません。
と思っていたら,「お金を払ってダウンロードした人は約40%だった。
という記事が…。一方で「ITmediaのレディへ記事が、あまりに印象操作が過ぎる件」という匿名日記が…。あぁーなるほどITMediaは「ほーら,ネットではお金誰も払わないよ」っていいたい記事だったのか。で匿名日記はそれを批判してると…。
実は実際にRadioheadのサイトで買った人をmixiとかで観てたりするのですが,確かに結構0円でダウンロードした人がいるようです。でも,それって「学生だからクレジットカード持ってなくて…」っていう人がほとんどなんですよね。今回のネット販売,radioheadは「実験」と称してるようで,そういう意味では大々的に世界中に売り出した…と言うわけでも無いでしょう。まぁプロモーションしないというのも「実験」なのかもしれませんが,つまりそこまで本気で枚数を売ろうとしてるようには見えない。ネットだから世界中からアクセスできるし,もちろん日本からもダウンロードできたのですが,用意されたサイトは英語のみ。しかもやってみたらわかりますが,恐ろしく不親切です(苦笑)。コアなファン以外はお断り…っていう雰囲気がものすごく出てます。そういう意味では,ちょっと気軽に買う…という感じではありませんでした。
実はわたしは,英語だけのページに,自分のクレジットカード番号を打ち込むのを躊躇して(仕事だったらやるとは思いますが),そのうち,日本語のページが出来るとかパッケージ販売をするだろうと見越して止めた口です。そういう人多いんじゃないですかね?。
そういう意味では,別に半分以上が0円でダウンロードしたのも不思議ではありません。日本で売ろうと思ったら代引きとかそういうこともやるでしょう。
これはあくまでも実験ですから,こういう条件でやったらこれくらいになるというものです。むしろ120万枚それでも売れて,単価が安くても,レーベルやディストリビュータが介入して無い分,アーティストには普段より多くのお金が入ってるかも知れません:-p。「これでもやっていける」とRadioheadは思ったかも:-p。
まぁでも一方で,こちらとしては,レーベルディストリビュータはともかく,日本語のページとお金を払う手段をもう少し充実させて欲しい…とは思いました。このアルバム欲しいんだけどなぁ…。さて,どうやって手に入れよう…。
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ITがリスナーのためになるかは現状はわからない

2007-07-30 19:52:07 | 音楽・アート
もう梅雨明けしたで良いんじゃないですか?という天気が火曜から続いていると思うのですが…というわけで,今日も朝から洗濯し布団を干した後,午後から横浜へ行き散髪してきました。
さて全然別の話…
プリンスが新譜を新聞のおまけとして配ったらしい」という話を聞きました。プリンスらしいといえばプリンスらしい試みだなぁとは思いました。リンクは既存の音楽流通業界のやり方に対する反論…といして殿下の行動を捉えているし,実際そういうメッセージなんだとわたしも思いますが,一方でインターネットによる流通技術の変化に対する新しいビジネスモデルの模索ともいえると思います。つまり殿下のやり方は確かにIT技術の発展により可能となっていて,既存の流通のやり方は崩壊していく可能性はあるのですが,一方で技術の発展により新たに流通で利権が発生する可能性もあるわけです。
音楽の話してはありませんが,「YouTubeを動画識別し著作権を管理」という話とかを聞くと,現状はまだ困難があったとしてもそのうちネットに乗ってる音楽をすべて管理する技術が生まれてくるかもしれません。JASRACが料金の徴収員を使うことによって徴収したりするのは今となってはずいぶん時代遅れで理不尽な部分も多いようにも思いますが,あれもシステムを作ったがゆえにつかんだ利権ともいえます。レコード業界がレコードのプレス,販売流通を抑えているのも利権です。であれば,インターネットでコンテンツの判別をできるシステムができれば,それは新たな流通利権になると思います。
もちろんアーティスト自身が自分で自分の作品を流通させるっていうのもすでに可能となってますが,殿下のように大量の作品を捌ける人ならともかく,そうでない人がシステムや管理する人を配置してやっていくのが本当にビジネス的に成り立つのか?,CD自体をプロモーションにしてライブで儲けるとか,そういうのが可能なのか?とかいうのを考えると,そこを肩代わりしてやっていく業界がでてくる可能性もあるでしょう。
つまり,IT技術が既存の流通形態を崩壊させる方向はあっていても,新しいやり方が,本当に音楽家とリスナーを直に結ぶものになるのかは,現状は良くわからないのだと思います。現状はあくまでも過渡状態でいろんなことが試みられているので,一見希望があるようにも見えますが,技術により何ができ何ができなくなるか,そこでどれくらいの市場ができどれくらいの人がどういう風にかかわっていけるのか,今のところ良くわからないのだなぁ…と。
ぜんぜん違う話ですが,最近仕事のパソコンを持って歩くことがセキュリティ上制限されるようになったのをみるに,技術の発展はいったん人を便利にはさせたけど,他の技術的発展によって,再びそれが制限されることもあるのだなぁ…と感じております。
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ダビング器は売り上げに貢献してるのか?弊害なのか?

2007-06-06 20:31:56 | 音楽・アート
ネット上にストレージを貸し出すことが著作権侵害との判決という記事を読んだときは,どうして著作権侵害になるのかわからない…って思ったのですが,……….

ストレージの利用がなぜ著作権侵害なのか」というページを教えていただいたので読みました.
うーん,なるほど…と.つまり実態とかを考慮せずに法律に適用すると,違法といえる….か…,そもそも法律はそうである…ってことなのか?.そんなことのようです.

そういえば,むかーし,カセットテープの高速ダビング器を貸し出すという商売があった気がしますが,それと同じ論理の様です.ダビングする環境を貸し出して,それを商売にする…ってことが違法と見なせるようです.そういえば,あれは違法といわれてもあまり反感は覚えませんでした.

まぁでも,あれは音楽を聴くというと,生以外は,LPをかけるか,エアチェックするか,レコードやラジオを録音したカセットを聴く…という形態しか無かった時代で,つまりラジカセかステレオコンポだけだったわけで,そこでカセットをダビングすると自分の保管用か,人にあげる場合でしょう?って感じでした.まぁ保管でダビングするなんていうのはほとんどやらないので,実態として自分一人で聴くならダビングは不要だったのです.
でも今の時代を考えると,音楽の聴き方は多様で自分一人で音楽を聴くとしても,ステレオコンポで聴くこともあれば,PCで聴くこともある,iPodで聴くこともあるし,わたしはやらないけど携帯電話で聴く人もいる.それだけ多様なのですが,時間は一次元なので,同じ人が同時に聴くことは普通はありません.同じ曲を聴くにしても同時じゃないのに,家で聴くときと,外で聴く時を両方パッケージを買え(もしくは金払え)っていうのは,ちょっとなぁ…という気がします.そもそも,音楽を聴く形態を増やして,より音楽を聴く機会を増やそうとしたのも,業界ではないのですか?…という気がします.
つまりダビング器の頃と違い,現在のダビングは自分一人で音楽を聴く場合にも頻繁に行われるし,それで音楽を聴く機会を増やしてるのではないでしょうか?.
だいたい音楽をコピーされるのがイヤなら,音楽出版は全部LPかラジオにすればいい.そうするとみんなめんどうでダビングしなくなりますよ.音楽も聴かなくなると思うけど:-p.

…というわけで,今回の判決は法律が現状にあってないっていうのが大きいように思いますが,音楽出版業界がうまく訴状を作ったって気がします.まぁリンクしたページに書かれいてる著作権法をみても,法律はユーザよりは権利者の権利を守るために作られている…って感じですから,そうなってしまうのでしょう.
まぁ…でも,確かに言い分はわかりますが,音楽は聴くための形態が増えたことで売り上げが増えたのだから,そのために,ダビングされるリスクが増えるのは当然なわけで,それをユーザが一方的に不利益を被るような法律の運用はどうかな…とは思います.まぁ今回の判決がどういう影響をおよぼすかは,まだわからないので,なんともいえませんが….
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