瀬崎祐の本棚

http://blog.goo.ne.jp/tak4088

花  55号  (2012/09)  東京

2012-10-16 18:52:15 | 「は行」で始まる詩誌
 「夏のおわり」秋元炯。
 「向日葵」「病み猫」「バケツ」「アスファルトの上の蝉」という4編の4行詩からなる。タイトルの通り、夏のおわりの風物を淡々と切りとっている。描写に徹しているようで(おそらく意図的にそのように描こうとしたのだろう)、それでいながら作者の思いが描写をおこなう言葉の選び方にあらわれているところが興味深い。真っ黒になった向日葵についても、”枯れ始めている”などとは書かずに、「仁王立ちのまま/往生している」という擬人法で描いている。
 「病み猫」全行を引いておく。

   家の猫が急に病んだ
   人目をさけて 部屋の隅に蹲っている
   外はまだ夏
   蝉の声が喧しい

この作品は、家の中の音を失ったような静かな情景と、聞こえてくる音から推せられる外の情景の対比が眼目となっている。外は明るく、中は暗い。それは生と死につながっていくのだが、今は喧しく鳴いている蝉の寿命もごく限られているところが空しさを引き寄せている。
 詩誌の終わりの方に載せられた短文によれば、作者は最近俳句を始めたとのこと。詩作においても、物事の切り取り方にその影響が出始めているのだろうか。捉え方は異なるのだが、4行詩ばかりをあつめた三好達治の「南窗集」や「山果集」などの作品を思い浮かべた。
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詩集「生家へ」  柴田千晶  (2012/10)  思潮社

2012-10-13 09:32:44 | 詩集
 作者は詩人であると同時に俳人でもある。「赤き毛皮」という句集も出版している。
 この詩集では詩作品の冒頭、途中に俳句が置かれている。「あとがき」によれば、「俳句が内包するイメージと格闘するように詩を書き続けてきた。」とのこと。
 たとえば、「顔」という作品の冒頭に置かれた句は、「銅鏡に映らぬ目鼻梅真白」。この句につづく世界で、誰も「ほんとうの顔を知らない」わたしは夕子と呼ばれ、無念だ無念だとつぶやく嬰児を産み落としていく。次の句が挟みこまれるとわたしは路子と呼ばれ、その次には和江と呼ばれ、幸江にもなる。暗くどんよりとした澱のようなものから生えた四つの句を、詩作品が浸している。
 そうして形づくられる世界には、夥しい数の死者ばかりがあらわれる。拾いあつめた流木で焚いた風呂に一緒に入った拝島さんも死者のようだし(「雁風呂」)、見知らぬ女が「あなたの男をお返しします。」「少し弱っていますが、まだ生きています。」といって置いて行った甕の中の鰻も、もう元には戻れないのだ(「鰻」)。いつも背後に寄り添っているような死を感じ続けることによって生を(それは性とも同義なのだろう)確かめているようだ。

   窓の下を廃品回収車が通過してゆく。壊れたものたちを満載して、夜の底を攫っ
   てゆく。私も急がなければ。片羽根の白い蛾が畳で羽搏いている部屋の隅から、
   黒い影がいざり寄ってきて、仰臥している私の足もとからゆっくり這い上がって
   くる。私の男が帰ってきたのだ。男は私の腿を抱きしめ頬を擦り寄せている。愛
   しいひと。指先に触れた男の眦が深く裂け廃棄物の祭明かりが見える。男の中に
   鳥居があり、小さな地蔵たちがうねりながら赤く灯っている。
                             (「青葉木菟」より)

 作者は「詩と俳句が遙かなところで強く響き合う、そんな世界を目指し」たとしている。二つの短詩形によって構築された世界が、より陰影に富んで奥行きのあるものになっていることは間違いないだろう。
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詩集「闇の割れ目で」  浜江順子  (2012/09)  思潮社

2012-10-11 19:19:30 | 詩集
 第6詩集。119頁に25編を収める。
 作品は固い言葉でおおわれており、醜いものをこれでもかと突きつけてくる。それは卑猥なものであったり、煩雑なものであったり、汚濁なものであったりする。私たちが無意識のうちに避けようとしてしまうものを、意識的に探し出しては検証している。そこから初めてあらわれるものが作者には必要だったのだろう。

   魚は陰部の泉にゆっくり放たれ
   酸欠にあえぎながら
   香油を湿らせた中心部をいまにも食いちぎろうとしている
   自らの美貌をうまく飼いならしても
   世界はコトリともせず
   宇宙の車輪を空回りさせるだけだ
                       (「ヘリオガバルスの汁」より)

 作者は「痛みが着地するところはどこだ?」(「すりぬける」より)と探している。”闇の割れ目”にすでにいるのだろうか。それともそこで起こることを構築することによって作者自身の”闇の割れ目”を造りあげようとしているのだろうか。

   ああ、良く寝た日だったとつぶやいたそば
   から睡魔は砂時計のように指からこぼれ
   おち、突風に加担していく。陰謀も無謀も
   はらはらと美しく宙に舞い、奇妙なリズ
   ムで侵入を図るのだが、外では一滴も流
   れない血が、底の内部ではどくどくと孤
   独に流れている。
                       (突風の底へ」最終部分)

読んで愉しくなるような作品では決してないのだが、それでも書きつけて突きつけてくる重さを、確かに感じる。
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詩集「影と水音」  荻悦子  (2012/09) 思潮社

2012-10-08 19:22:32 | 詩集
 103頁に13年間余に書かれた22編を収める。
 五感で触れたものが作者の中にあったものを揺らす。そうして作品は生まれてくる。
 「樹間」では、雨がやってきて、それとともに懐かしいものが訪れる。

   訪ねてきた人が昔の話をした
   記憶にない
   知らない私が
   馴染みのない子供と一緒に
   切り倒された木に上がって
   やじろべえのように揺れている

 私のなかにはいろいろなときの私がいて、ときおり私を訪れてくるのかもしれない。雨が止んで、「杉の林では/私に忘れ去られた子供が/両腕を上げ/太い材木の上を/傾いて歩いている」。懐かしいものは通り過ぎて、世界ではなにかが新しくなっている。詩が書き終えられるとともに、なにかが新しくなったのだろう。作品が終わるということはそういうことだろう。
 その一方で、物語は花に恐ろしいものへの変容を要求し、私も捕らえたはずの魚に変容させられたりする。「黒種子草(くろたねそう)」も不気味である。花の背後には絶えず含み笑いがあるのだ。

   針状に茂る葉を刈り尽くす
   午後の日ざしが
   とろり蜂蜜に宿って
   匙から逃げ去り

 そして硝子の水差しの底には捨てたはずの緑色の蕊がくねっているのだ。うわべは穏やかそうに見える日ざしのなかの風景は、物語を求めようとしてどこか信用しきれないものになっている。
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詩集「象とY字路」  小川三郎  (2012/10)  思潮社

2012-10-07 22:37:47 | 詩集
 109頁に21編を収める。
 どの作品も小躍りしたくなるほどに面白い。それは読んでいると苦くて、やりきれなくて、身体がちくちくとしてきて、といった具合なのだが、詩に書かなければならないことは、所詮はそういうことなのだ。
 ここには徹底的に人間がいる。他人との関係がある。それがすべてだと言ってもいいほどに。どこまでもその関係がまとわりついてきて、その中でもがいている。誰かが背後からしがみついているので、身体の動きが重い。だから気持ちも重いのだ。
 「Y字路」は、「道が分かれていたのなら/その間に建っている家に住みなさいと」言っていた母の教えにしたがって暮らしている私の話。分かれ道にやってきた人は、みなあぶら汗をかくほどに考えて「どちらかを選んで先に進む。」すると、「そのたび/分かれ道が少し歪む」のだ。

   私はここでもっと単純なことについて
   ゆっくりと考えたかったのに
   歪むにつれて
   分かれ道のことは複雑になり
   なのにまだまだひとは来て
   そのたび家がぎしぎしいって
   立っているのが辛い日もある。

 0か1で成り立つデジタル機器のように、人は二者択一で物事を判断しなければならないのだ。アナログな選択は許されないので、ここには爽やかな風やおだやかな木々草花などの美しい自然はない。あるのは人工的な風景ばかりなのだ。
 「平屋」は、私が以前に住んでいたことがあるような気がする家についての作品。亡くなった「ばあちゃん」が、私の記憶も野菜のようにもいでいってしまったのである。だから今の私には、平屋をなつかしむことだけが許されているのだろう。

   物置の横にはしごがある。
   あれで屋根にのぼって落ちた。
   私は悔やんでいるのだろうか。
   そうではなくて
   つらいだけだ。

 「街煙」や「午後の電車」については詩誌発表時に感想を書いている。


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