瀬崎祐の本棚

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詩集「ひめ日和」 網谷厚子 (2024/07) 思潮社

2024-07-30 18:06:14 | 詩集
第12詩集。89頁に20編を収める。

20編の散文詩型の作品は、段落なしの1連で提示される。そこに書かれた言葉は存在感を持ったひとつの集合体のような趣で読み手に迫ってくる。

「ひめ日和」。月が欲しいと何者かに懇願する話者がいる。わたしは尻軽女ではないと言い、鬼かもしれないとも言う。そんなわたしは今夜は弾けてしまいたいのだ。それらの記述は、頻繁に空白を挟み込んだ短い息づかいでなされている。思いつめたような懇願と希求が溶けあった言葉のかたまりが置かれている。最終部分は、

   羽衣を探し出すことも 空飛ぶ車に乗ることもできずに
   老いていくのだろうか だから 今だけ 生まれたまま
   の姿で 空を飛んでもいいじゃない 月が欲しいの 絡
   まった指先を 空高く伸ばし ひしゃくを描いて なな
   つぼし 月をすくい取って 欲し

作品タイトルにある”ひめ”というのは、女性のある形、ある有り様を指しているのだろうか。その”ひめ”になる日和には”月”が不可欠だったのだろうか。月の満ち欠けが女性の肉体の周期性にも関わってくるようで、妖しげな一夜があらわれてきている。

「水渡り」。深い霧の中でのあなたとの会話。そこは水が迫っている場所で、何もかもが湿り気を帯びている。

   あなたはわたしに聞く 逢いたかった人に逢えましたか
    何年も 何十年も 同じ問いを今初めてするように 
   わたしも 今初めて答えるように 逢いたかった人には
   逢えませんでした ひとりうなずき ひとり笑う

言葉を交わしているのに、互いの姿は見えていないような頼りなさがある。頼りないのはあなたとの関係なのか、それともわたしたちが居るこの世界なのか。やがて「あなたは さようならも言わず 向こう岸へ滑り出していった」のである。本当は、逢いたかった人がいると思い込みたかっただけなのかもしれない。

作品の表出の形とも相まって、どの作品にも軽さを振り捨てたところで響いてくるものがあった。
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