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詩集「白くぬれた庭に充てる手紙」 望月遊馬 (2024/07) 七月堂

2024-08-16 22:48:33 | 詩集
第5詩集か。帯文は川口晴美。129頁に18編を収める。
目次には載っていないが「光の声」と題した散文詩が栞のように挟み込まれている。この作品を序文のように読みながら詩集に踏み入っていく。

「島に伝わる七つの伝承をもとに」との附記がある「宮島奇譚」の章の作品は圧巻である。7編の作品の始めに「藝藩通志」という書からの引用がおかれ、そこから作者が紡いだ物語が展開されている。
「1.猿の口止め」は「盥に、水をいれて/しずまったもの くぐりゆくものを」「そっと迎え入れる大晦日」を詩っている。除夜の鐘のあとに子どものあしおとがして、みずおとが聞こえ、そして追いぬいてゆく光があるのだ。そびえる大鳥居を、

   くぐるたびに みあげれば
   朝焼けがある 数羽の鳥の群れがよぎる
   鳥は外部であり
   敬虔な羽ばたきをせなかに閉ざしている
   (おまえの上空にも、微笑のような月。)

縄跳びをする少女は婆と重なり、「おもさのなかへは/まだ見ぬ季節のものをそっと容れよう」とする。

   しかし 冬を呼んではいけない
   冬を呼んだら 猿たちが目ざめる
   (猿たちはいつも小数点のなかにある。)
   (ほんとうは にんげんの欲望を胸に焦がしている。けれどもそれは、貴族階級のしぐ
   さだから、猿はふわふわと踊る。そのことだけは確かだ。)
   (こぶしのなかには あなたもふくまれていて、)

作者は遠い昔に他の島から連れてこられた猿にこだわっている。「ひとつの素描による夕焼けの物語」の章の作品でもあらわれる猿たちは作者にはどのような存在なのだろうか。新しく与えられた場が伝承の地となり、その光景の中で言葉を発していく、その意味を探っているのだろうか。そうした猿の末裔たちが、今みだりに発せられる言葉を研ぎ澄ましている。

こうして7つの島の伝承が作者を絡め取って言葉を紡いでいる。そこにこれまでは見えなかった新しい伝承が産まれ、島を覆いはじめているのだ。

「かすかなひと」。漂着した白い舟からはこびとの船員があらわれ、わたしは彼らがいる庭を守ろうとしている。

   白い舟は 湾を周回し
   わたしは口をおさえて 港をあとにした
   どんなに苦しくても 消えいりたいと思ったとしても
   言葉をすてることはなかった そんなあなたに
   わたしは わたしのことばを相続します

言葉を発することは、そこに新しい光景を作り出すことにほかならない。この作品でも、たおやかだが、それでいて鮮やかな色彩で描かれた光景が現出している。

前詩集「燃える庭、こわばる川」に続いて、宮島や広島といった作者がこだわる風土から立ち上る”気”のようなものに突き動かされて作品が生まれている。そこには作者だけが見ることのできる風景があらわれ、その風景との交流がさらに言葉を産んでいる。前詩集以上にすさまじく濃密な世界を孕んだ詩集であった。
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