瀬崎祐の本棚

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詩集「祭りの夜に六地蔵」 服部誕 (2023/10) 思潮社

2024-01-11 11:00:39 | 詩集
第8詩集。116頁に21編を収める。
「謝辞」として、書肆山田で作者の5冊の詩集出版にたずさわった故・大泉史世氏に捧げられた一文が別刷りで添えられていた。

「昭和町駅前交差点の南北」。そこは大阪地下鉄(メトロ)の駅の上であり、二つの通りが交わる交差点になっている。孫娘の誕生日祝いに招ばれていたのに、どうも方角を間違えたようで、学生時代に何度か訪れたぼろアパートへ向かってしまったのかもしれなかった。わたしは過去へ向かうのか、それとも明日へ向かうのか。

   途方に暮れてわたしは
   昭和という名の駅前交差点まで引き返す
   見わたせばそこは見知らぬ街角
   いったいわたしはどちらの時間へ行くつもりだったのか

地下道から地上にあがったときに方角を見失ったことは誰でもあるだろう。この作品ではそれとともに時間まで見失ったところが詩となっている。最終連は「それくらいのあいだは/過去も未来も/しばし時間を止めて/待っていてくれるだろう」

「昼下がりの幸福について」は、昼下がりの箕面線で見かけた双体の道祖神(のような男女)を詩っている。この現世からは異なる次元にいるような二人の有様は大変に印象的であった。

「下り線のホームから」。朝の通勤時間は向かいの上り線ホームは混んでいるのだが、線路を挟んだこちら側はわたしひとりなのだ。すると、「上り線ホームの/列の先頭に並ぶ人が」手を振ってくれたのだ。「あれは誰だっただろう」と考えながらわたしは頷きかえすのだ。

   ずっと前
   わたしも列の先頭に並んで
   向かいのホームに
   ぽつんとひとりだけ立っていた人に
   手を振ったことがあった

   あれは誰だっただろう

齢を重ねたわたしはもう通勤電車には乗らなくなっており、時間を超えて再会した昔のわたしに「今日も元気で/いってらっしゃい と」気持ちを送るのだ。

一時はかなり理知的な作品を発表していた作者だったが、今回の詩集では感性がやわらかくにじみ出してくるような作品となっている。言葉の手触りがしなやかになっており、肩の力を抜いた自然体で伝わってくるものがあった。
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