瀬崎祐の本棚

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詩集「還るためのプラクティス」 今宿未悠 (2023/08) 七月堂

2023-11-19 00:23:51 | 詩集
92頁に19編を収める。

「卵管采」。羊歯が生えているそこは、湿っぽく日の光も乏しい薄暗さの場所なのだろう。話者は羊歯のくるりと丸まった先端を「母性なのかもしれない」と思い、「卵子だったころのこと」を身体感覚として感じている。卵管采は卵管の先端に位置しており、排卵を感知した卵管が卵細胞を取り込む際の触手の役目をするのだ。

   揺らぎ乱れる静寂のなかで羊歯に捉えられ
   くるみあげるようにつつみこむように
   先端から含まれて 闇に溶け込んで
   ああこうだった、と諒解する

卵管采である羊歯が卵子となった話者をくるみあげている。移動能力を持つ精子とは異なり、すべての移動が他者の作用による卵子は受動的な運命を背負っている。卵管内部の繊毛によって子宮へと送られる卵子は、すでにそのときには新しい生命を有しているか否かが定まっているのだが、「眠気が襲って」「記憶が混濁する」話者はどこへ送られていくのだろうか。

どの作品も大変に生々しい。身体感覚ではあるのだが、それは皮膚感覚ではなく粘膜のそれである。組織の境界としての皮膚は他者を拒絶するが、粘膜は他者を迎え入れるためのものだ。その生々しさは常に湿り気を帯びているようだ。

次第に支離滅裂になっていく「採血」はめっぽう面白かった。注射針のなかに血管から流れ出ていく液体と、豪雨で氾濫しそうな隅田川が重なる。そして爆風にまきあげられた犬を追っていくわたしが握る処方箋はどろどろになって溶けていく。てんやわんやの末に、

   自律神経が不安定な私とサンダルを飛ばされてしまった薬局の人がずぶ濡れになった雑巾
   みたいな犬を見ながら、空中で混乱している!

「河川/果実」は「夜遅く/いちじくは実の内側に花をつける」とはじまる。女性は否応なく見えない部分で成熟していくのだろう。花はやがて実になり、

   全てが内側で起きていることだから誰にも分かりようがない、ずっとそう思って、ずっと
   耐えていて、枝が重みで撓って、月が欠けた後に、表皮が張り詰めて張り詰めた挙句に限
   界を迎えてしまっためりめり裂ける音がする実がはじけてこぼれるこぼれて落ちる

このように、この詩集の作品には近頃のジェンダー問題など覆ってしまうほどに強い女性としての身体感覚がある。絡みついてくる魅力があった。
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