友人との旅の終わりは小樽であった。本来は朝里川温泉に泊まるはずだったのだが、私の都合で旅程を短縮した関係で、朝里川温泉の宿の変更ができなかったのである。そこで、宿を調べたガイドブックを見ながら、別の宿を次々当たってみたのだが、全部いっぱいで断られてしまった。
仕方なく、最後の宿に電話してみることにした。そこは料金は安いのだが、ユースホステル形式、というのが気になった。電話してみると、空いているとのことだった。男女別相部屋、とのことだったので、個室にはできないか、と聞くと、「その人数でしたらできますよ」とのことだったので予約した。
いざ出かけてみると、造成地の端に派手な黄色い建物がぽつんと立っていた。そこが今夜の宿、「小さな旅の博物館」という民宿だった。部屋に通されると、確かに個室は個室なのだが、どう見ても普通の部屋であった。夕食は1階の広間で皆一緒に食べた。お客はライダーの人が多いようである。男性が多いが、女性も何人かいる。年齢層は私たちよりも上のようだ。それまで泊まってきた宿との違いにかなりとまどった。しかし、室内のあちこちに懐かしいグッズが展示され、鉄道関係の物もたくさん飾られている。きっと宿の人の趣味なんだろうな、と思って興味深く見せてもらった。
夕食後風呂に入り、しばらくしてミーティングということになった。一人一人自己紹介をした。ニックネームも一人一人付けてもらった。その中で、二人の女性と一人の男子学生のグループの話が気になった。何でも、礼文の「せいかんそう」というところで知り合い、そうとう楽しい時間を過ごしたらしい。礼文では、学生は見送りのために海に飛び込み、女性の一人は飛び込みをけしかけたのだそうだ。しかも、そこで知り合った三人は、富良野、そして女性の一人が小樽から旅立つのを見送りに、ここ小樽までずっと一緒に旅してきたのだそうである。
旅先で知り合った人同士が一緒に旅を続ける!聞いたことのない旅のスタイルだった。そんなことをさせてしまう「せいかんそう」というところはどんなところなのだろう、と興味が湧いた。しかも、三人は「にきち」という人の作った木彫りのペンダントをしている。こんなお揃いの物を買いたくなってしまうような場所が礼文にはあるのである。どうやら礼文島は、たった半日だけ訪れるような場所ではなかったようだ。
自己紹介の後は、酒を飲みながら、皆でたくさんの歌を歌った。多くは知らない歌だったけれど、歌っているうちに、皆が昔から知り合いだったような、不思議な一体感を感じていた。
翌日、私たちもフェリーターミナルに向かった。何と、あの三人のうちの一人の女性が、見送ってくれるというのである。ターミナルまで車に乗せていくことになった。昨日までの私なら、初めて出会った人を乗せていくなんて、信じられないことだけれど、昨晩の経験が、そんなわだかまりを消し去っていた。ターミナルに着くまで、狭い車内で四人は、ひたすらしゃべり続けていた。
三人のうち一人が、舞鶴便で出発した。二人はそれを見送ると、私たちの乗っている新潟便の見送りに来てくれた。テープを落とし、住所を書いた紙を落とした。フェリーに乗った時は雨がぱらついていたが、フェリーが動き始めると、陽が射し始めた。二人は、私たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
私たちは長かった北海道の旅のことを思い返し、感無量だった。そして私は胸の中で、「『せいかんそう』に行こう!」と決意していた。でも、それが実現するのは二年後のことになるのである。
仕方なく、最後の宿に電話してみることにした。そこは料金は安いのだが、ユースホステル形式、というのが気になった。電話してみると、空いているとのことだった。男女別相部屋、とのことだったので、個室にはできないか、と聞くと、「その人数でしたらできますよ」とのことだったので予約した。
いざ出かけてみると、造成地の端に派手な黄色い建物がぽつんと立っていた。そこが今夜の宿、「小さな旅の博物館」という民宿だった。部屋に通されると、確かに個室は個室なのだが、どう見ても普通の部屋であった。夕食は1階の広間で皆一緒に食べた。お客はライダーの人が多いようである。男性が多いが、女性も何人かいる。年齢層は私たちよりも上のようだ。それまで泊まってきた宿との違いにかなりとまどった。しかし、室内のあちこちに懐かしいグッズが展示され、鉄道関係の物もたくさん飾られている。きっと宿の人の趣味なんだろうな、と思って興味深く見せてもらった。
夕食後風呂に入り、しばらくしてミーティングということになった。一人一人自己紹介をした。ニックネームも一人一人付けてもらった。その中で、二人の女性と一人の男子学生のグループの話が気になった。何でも、礼文の「せいかんそう」というところで知り合い、そうとう楽しい時間を過ごしたらしい。礼文では、学生は見送りのために海に飛び込み、女性の一人は飛び込みをけしかけたのだそうだ。しかも、そこで知り合った三人は、富良野、そして女性の一人が小樽から旅立つのを見送りに、ここ小樽までずっと一緒に旅してきたのだそうである。
旅先で知り合った人同士が一緒に旅を続ける!聞いたことのない旅のスタイルだった。そんなことをさせてしまう「せいかんそう」というところはどんなところなのだろう、と興味が湧いた。しかも、三人は「にきち」という人の作った木彫りのペンダントをしている。こんなお揃いの物を買いたくなってしまうような場所が礼文にはあるのである。どうやら礼文島は、たった半日だけ訪れるような場所ではなかったようだ。
自己紹介の後は、酒を飲みながら、皆でたくさんの歌を歌った。多くは知らない歌だったけれど、歌っているうちに、皆が昔から知り合いだったような、不思議な一体感を感じていた。
翌日、私たちもフェリーターミナルに向かった。何と、あの三人のうちの一人の女性が、見送ってくれるというのである。ターミナルまで車に乗せていくことになった。昨日までの私なら、初めて出会った人を乗せていくなんて、信じられないことだけれど、昨晩の経験が、そんなわだかまりを消し去っていた。ターミナルに着くまで、狭い車内で四人は、ひたすらしゃべり続けていた。
三人のうち一人が、舞鶴便で出発した。二人はそれを見送ると、私たちの乗っている新潟便の見送りに来てくれた。テープを落とし、住所を書いた紙を落とした。フェリーに乗った時は雨がぱらついていたが、フェリーが動き始めると、陽が射し始めた。二人は、私たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
私たちは長かった北海道の旅のことを思い返し、感無量だった。そして私は胸の中で、「『せいかんそう』に行こう!」と決意していた。でも、それが実現するのは二年後のことになるのである。