桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

6年ぶりの金沢の旅

2016-03-04 21:34:36 | 旅行記
北陸新幹線に乗って、金沢21世紀美術館で開催されている井上有一の書展を見てきた。金沢に行くのは実はこれで6回目。前回は学年旅行で来た6年前だった。

2/27(土)

前夜が宴会だったので起きるのが大変だったが、何とか起きて前橋8:39発の高崎行きで高崎駅へ。9:05発のはくたかで一路金沢へ。途中駅から乗るので自由席に座れない可能性が高く、今回は指定席を取っておいた。軽井沢や長野で降りる客が多く、金沢に着いたときは、自由席よりも指定席の方が埋まっていたくらいだった。

金沢駅に到着して昼飯に予定しているすし玉(回転寿司)へ。食べログの評価も高く、11:40の時点で既に20人くらい並んでいたので、名前を書いてホテルに荷物を預けに行く。ホテルは金沢駅西口に最近できたところ。

荷物を預けてすし玉に戻ると5分ほどで呼ばれて席へ。のどぐろやがすえびなど、地元の魚を使ったセット物の握りを3種類ほど頼んだ。観光地値段ということもあってか寿司そのものがやや小さかったが、さほど腹も空いていないのでちょうどよかった。

昼食後金沢駅からバスで21世紀美術館へ。土日は100円で市内の主要観光地を回るバスに乗れるのだが、他の路線バスは200円ということで、ぎゅうぎゅう詰めに混んでいた。

21世紀美術館に来たのは6年ぶり。あのときは現代芸術を少し見ただけだったが、今回は現代書の巨匠とも言える井上有一の生誕100周年記念展ということで、今回わざわざ遠路はるばる見に来たわけである。井上有一は文字の形や線質よりも、書くという行為そのものを体現した結果としての文字といった趣の書を書いた。作品は迫力とか力感といったものではなく、執念とか情念といったものが全面に表出したものが多く、その圧倒的な存在感に、見ていて疲れてしまうほどであった。

一方で、小品には軽妙洒脱な趣のあるものもあり、また、晩年に制作したコンテによる作品では、紙面を掻きむしるようにして書かれた文字に表れた、稚拙美というほかない趣の中に、大字書に通じる執念や声にならない叫び声が聞こえてくるようであった。

群馬県立近代美術館が所蔵する「東京大空襲」という作品は、自らの戦争体験に基づいた作品であるが、一見してすぐに中国・明末の傅山の狂行草書を想起させる趣があり、傅山の作品に比肩しうる日本の書家は井上有一しかいないと実感した。

ただ、初期に書かれた多字数の小字作品の傑作「自我偈」や、群馬県立近代美術館が所蔵する傑作「噫横川国民学校」は展示されていなかったし、回顧展と言いながら展示作品がそれほど多くなかったのが残念であった。それにしても、「噫横川国民学校」を「東京大空襲」シリーズとともに購入した群馬県立近代美術館のキュレーターには拍手喝采を贈らずにはおれない。

その後石川県立美術館に立ち寄り、兼六園は翌日訪れることにしてホテルに戻った。一休みして夕飯を食べることになっているなべ太郎に向かった。バスを降りると思いがけず雨が降っている。犀川沿いの通りは観光客もおらず、川沿いに日本風の家屋が建ち並び、ほんのりと明かりがともって何とも言えず良い雰囲気である。ここはかつてのお茶屋街であったが、現在では料亭やレストランやカフェなどに改装されているのである。なべ太郎もその一つ。

実はなべ太郎も3回目。初めて来たのは教員になった年の秋。同期採用の金沢大出身の人が企画した能登金沢旅行の時。2回目は10年前に金沢・高岡・富山の高校の視察に来たとき。宿泊先が金沢だったので、私が案内した。その時以来10年ぶりなのだが、その間相変わらず人気を誇っており、しかも土曜の夜ということもあって、1ヶ月前に予約を入れておいた。

仲居さんの案内で2階の部屋へ。2人なのに6畳くらいの部屋でちょっと落ち着かない。飲み物を頼み、突き出しはこの店の名物のイカの和え物。これも前回と同じ。ここは鍋奉行の出番はなく、仲居さんが全部目の前で調理してくれる。魚が5種類くらい、牡蠣、はんぺん、タケノコ、大根、エノキダケ、春菊、椎茸、ぎんなん、しらたき、そしてきび餅が付く。これを3回に分けて煮て盛りつけてくれる。最後にきび餅を煮てくれ、それを食べた後、残った出汁でおじや。これにはキャベツの浅漬けが付く。

鍋物はもう絶品。魚も良いものを使っているのだろうが、何しろ煮え具合がちょうど良い。出汁も関西風で飽きがこない。きび餅は口直しなのだろうが出汁を吸って、ちょうど雑煮の餅を食べているような感じ。そして何と言ってもおじやが美味しい!ここのおじやは卵も入れずアサツキも散らさず、出汁とご飯だけ。これが素晴らしい!ほんの少し焦げており、お焦げも味わえるのも良い。鍋物だけで既にかなりお腹いっぱいなのだが、2回おかわりして全部食べてしまった。キャベツの浅漬けがこれまたいい口直しになる。最後にマンゴーのシャーベットでごちそうさま。ちなみにロケーション的にお値段もかなり張ると思いきや、鍋料理が1人前4,000円ほど、今回は鍋の他に刺身も頼んでこれが1人前1,000円、あとはビール1本と日本酒1本、梅酒1杯でサービス料が付き全部で15,000円でおつりが来るとは驚き。

日本酒や梅酒も頼んで、そんなに飲んだつもりはないのにかなり酔っぱらってしまい、この日はホテルに戻ってそのまま寝てしまった。なべ太郎はぜひまた来たい。

2/28(日)

7時過ぎに起床し、朝食会場へ。普段は和風居酒屋だが、朝は朝食会場にもなる。バイキングだが、ルートインなどと比べて明らかに品数も多く、また関西圏に近いためにお粥もあって大いに満足した。

9時にチェックアウトして、今日も100円で乗れるまちバスでまず兼六園へ。兼六園に来るのは10年ぶりだと思う。まず兼六園の向かいにある金沢城趾へ行く。ここに来るのは25年ぶり。あのときはまだ城趾に金沢大学の校舎が建ち並んでいた。現在ではすべて撤去されて、かつての金沢城の建物が徐々に復元されつつある。

兼六園に行くと、先頃降った雪は既になくなっている。時間が早いせいかさほど人はいない。向田邦子が兼六園を訪れたときのことを綴ったエッセーのことを思い出しながら、兼六園で一番有名な二本脚の徽軫灯籠で写真を写した。向田邦子が訪れた50年ほど前の兼六園では、池に白鳥が飼われており、その白鳥に弁当のおかずをねだられて困ったなどという話も思い出していた。現在の池には、自然に飛来した鴨がのんびりと泳いでいるだけである。

池を一周して、日本最古とされる噴水を見て園外へ出た。帰りはバスを使わず、歩いていくことにした。昼食を予定している近江町市場に行く途中にある尾山神社(明治期に建てられた近代洋風建築で、ステンドグラスの入った山門が有名)に立ち寄った。ここも10年ぶり。青の時は大雨が降っていたが、今日はとても天気がよい。そう言えば、金沢を訪れたときは結構天気の悪いことが多かったのを思い出した。

そのまま歩いて近江町市場へ。ここは人でごった返していた。昼飯は22年前と6年前に来たときに寄った近江町食堂で魚を食べることにしている。特に場所は調べておかなかったが、恐らくこの辺だろうと見当を付けて進んでいくと、ちょっと引っ込んだところにちゃんと店があった。11時半だったが既に満席で、数人が並んでいる。15分ほど待って店に入り、着いてから30分ほどで席に着けた。

いろいろ珍しい魚の名前が並んでいる。6年前には名物の海鮮丼を食べており、今回は初めから刺身か煮魚、焼き魚を食べるつもりでいたので、刺身定食にし、黒板に書いてあったキンキの煮付け(特大)を追加して2人で分けて食べた。刺身はどれもぷりぷりして美味しかった。キンキの煮付けは味がよく浸みてとても美味しかった。ただ甘辛く似ただけでは飽きがくるところ、山椒の実と唐辛子が入って味を引き締めていたので、全部食べ尽くすことができた。骨もひれもしゃぶり、食べた後は手も口のまわりも魚臭くなってしまった。隣にいた男性は1人でこれを食べていたが、ぺろりと平らげていた。

お腹いっぱいになって、腹ごなしに金沢駅まで歩いた。お土産を見繕い、始発なので自由席に座り、雪をかぶった立山連峰は寝てしまって見逃し、約2時間半で高崎に着いた。1泊2日の旅だったが、何だかすごく遠くまで旅行に行ってきたような気がした。
コメント
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