桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

登山の記74・摩周岳2

2006-07-31 21:48:48 | 旅行記

なかなか摩周岳へ取り付けない理由が、歩いているうちにわかった。摩周岳には摩周湖に接して火口がある。展望台からはそれはわずかしか見えないけれど、実はこの火口が結構大きく、登山道は摩周湖の縁から、摩周岳の火口をぐるりと回ってようやく摩周岳に取り付いているのであった。

それにしても、摩周湖の縁から離れた登山道は気持ちの良い道であった。摩周湖の縁では木々に覆われ、見通しはほとんど利かなかったが、摩周湖の縁から離れると、草原の中の道となり、火口の縁では、シラカバなどに覆われた明るい登山道であった。

しかしそれもやがて終わり、ついに摩周岳の山体に取り付く道にかかった。これが実に大変だった。急な斜面を一気に登るように道が付けられている。樹林帯の中で、足下は湿っており、とても滑りやすい。風通しも悪く、汗が噴き出す。なかなか足が進まないうちに、ひょっこり視界が開け、山頂に着いた。山頂は火口壁の一角で、ごつごつした岩場であった。そこから西の方へ向かって、荒々しい火口壁が続いている。

山頂から主として眺められたのは、摩周湖ではなく摩周岳の火口であった。火口の向こうに火口壁がそそり立ち、その向こうに摩周湖の青い湖水が眺められた。後ろを振り返ると、遙か遠くに斜里岳がなだらかに裾野を広げている。

空は曇っていたけれど、主立った景色はだいたい眺めることができた。山頂でようやくかきめし弁当を食べることができた。甘辛く煮含められたカキとアサリ、フキが実に美味しい。昔に比べて貝類が少なくなったのは気のせいだろうか。しかし、味は昔と変わらないのが嬉しい。

お腹も一杯になり、山頂からぐるりと周囲を見回して下山した。ちなみに摩周岳の標高は857メートルである。1,500メートルクラスの山に登ったくらい疲れた。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記73・摩周岳1

2006-07-29 13:27:41 | 旅行記

展望台から摩周湖を眺めると、正面に大きな火口を持った山が見える。と言うか、摩周湖の写真には、まず間違いなくこの摩周岳が一緒に写っていると言ってよい。

私は摩周湖には何度か足を運んだことがあるが、夏場はいつも霧であることが多い。だから、摩周岳の姿は冬に2度見たくらいである。

ある年の夏、清里YHからドライブに出た私は、厚岸駅でかきめし弁当を買ってどこかで食べようとドライブを続けていた。この時は、清里方面では天気が今ひとつで、釧路方面は晴れているという、いつもとは異なる天気だった。釧路方面から弟子屈方面へ向かって進んでいくと、摩周湖を形作るなだらかな山と、その横に鋭く聳える摩周岳が見えてきた。空は雲一つ無い青空である。私は摩周岳の山頂でかきめし弁当を食べようと決めた。

展望台の駐車場に車を置き、山登りにしては軽装で、摩周湖を形作る外輪山の縁を歩き始めた。結構アップダウンがあり、歩きにくい。また、見通しが良くなく、湖も見えない上、結構蒸し暑い。

歩いていくうちに、見た顔の男性が前から歩いてきた。礼文で以前一緒になった人だった。その人も私を覚えていてくれた。挨拶を交わして更に進むと、やはり見た顔の面々が歩いてきた。YHで同宿の人たちだった。西別岳を登り、そのまま摩周湖まで縦走してきたのである。西別岳はさほど高さはないが、皆かなりばてているところを見ると、結構ハードなコースなのだろう。

それにしても、歩いても歩いても、摩周岳の山体に登る気配がない。アップダウンのある道を進むばかりである。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記72・御座山④

2006-07-23 21:00:34 | 旅行記

最後のひと登りの後、樹林に囲まれた平らな場所に出た。すると目の前に避難小屋があった。避難小屋は頂上直下にあるとガイドブックにあるので、どうやら間もなく頂上であるようだ。避難小屋の目の前には、シャクナゲの巨大な株がある。花が咲いた時の見事さが思われた。

平地を囲む樹林の一角が途切れて、明るくなっているところがある。登山道はここへ続いている。そこへ進むと、いきなり目の前がぱっと開け、八ヶ岳連峰が目に飛び込んできた。右手には大きな岩山が現れた。ここを登ると山頂である。

空は相変わらず雲一つ無く真っ青である。はやる気持ちを抑えて岩を登っていく。登っていくに連れて周囲の山々も目に入ってくる。そして間もなく、山頂にたどり着いた。御座山全体は鬱蒼とした木々に覆われているが、なぜか山頂部分だけはごつごつした岩山なのである。

山頂からの眺めは見事の一言に尽きた。北には浅間山が聳え、薄く煙を吐いている。北西には先ほど眺めた北アルプス連峰が見える。西には雄大な八ヶ岳連峰が聳え、その北には北八ヶ岳連峰と蓼科山が続いている。

そして何と言っても感動したのは、南アルプス連峰を眺めることができたことである。一番手前にすっくと聳えているのは甲斐駒ヶ岳である。その右にひときわ高く、ちょっと首をかしげたように立っているのが北岳である。その奥に聳えるのは間ノ岳か農鳥岳であろう。いつかあの山々の山頂に立ちたいものだと思った。(富士山が見えたかどうかは、写真がないので覚えていない。)

その時までに私は深田久弥の本を読みあさり、100名山ガイドや200名山ガイドを読んできたので、山座同定もだいたいできるようになっていたので、山頂から見える山を、それぞれ名前を持った山として確認できたのは嬉しかった。

標高2,000メートルの山頂ながら、風もなく、実に気持ちの良い天気である。私達は早速お昼にした。めいめいでお湯を沸かしてコーヒーやラーメンを作ったりしているうちに、S先生お手製のキムチ鍋が出来上がった。これがとても美味しいのである。さすがに気温は低めなので、体が温まった。

山頂には1時間以上はいただろうか。のんびりとした時間を過ごし、周囲の光景を堪能し、気持ちを残しつつ下山した。下山途中では、登りの途中で拾った白樺の樹皮を忘れずに拾っていった。この樹皮には後に山口誓子の句「啄木鳥や落ち葉を急ぐ牧の木々」を書いて、グループ展に発表した。

下山後も、途中の道から車を止めて御座山を振り返った。ついさっきまであのごつごつした岩山の山頂にいたのだと思うと、何とも感慨深かった。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記71・御座山③

2006-07-21 23:54:30 | 旅行記

何回かの短く急な登りを経ながら、気持ちよい尾根歩きを続けた。高度が上がるに連れてシャクナゲが増え、場所によっては辺り一面シャクナゲの群落、というところもあった。6月後半が見頃だというが、満開の時の美しさが思われた。S先生は前回はその時期に登ったということだった。

途中で、白樺の幹から剥がれ落ちた大きな樹皮を見つけた。拾って広げてみると、半紙より一回り大きく、長方形である。表面はアイボリー色で、傷も少ない。私はすぐに書作品に使えると思い、帰りに拾って帰ろうと思い、道ばたの岩の上に置いておいた。

シャクナゲが少なくなってきた辺りで樹林帯を抜け、頭上に大きな青空が広がった。北西の方角の視界が開けた。遠くには北アルプスの峰峰が並んでいる。白馬岳、五龍岳、鹿島槍ヶ岳の姿が、小さいながらもはっきりとわかる。手前には北八ツ連峰が並んでいる。中でもひときわ高く丸い山頂を見せているのが蓼科山であった。いずれも未踏の山で、登山意欲をかき立てられた。(蓼科山は翌年登頂を果たした)

道は平坦となり、樹林帯を出たり入ったりしながら続いていく。目の前には針葉樹に覆われた山塊が見え、どうやらそこが山頂部分らしい。道は一端下り、鞍部にたどり着いた。ここから最後のきつい登りが始まる。山頂は針葉樹に覆われているが、ガイドブックには、木の生えていない岩ばかりの山頂の写真が載っている。山頂がどうなっているのかが大いに期待された。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記70・御座山②

2006-07-19 21:31:48 | 旅行記

御座山行きは、中間テストの中日に設定された。紅葉も終わりに近いものの、まだかなり楽しめると思われた。メンバーはW先生、S先生、I先生の4人。S先生は、シャクナゲで知られるこの山に、大分前に登ったことがあるそうだ。

10月中旬のある日。私が家を出た時はまだ辺りは真っ暗だったが、集合場所から1台の車に乗って高速を飛ばしていくうちに空も白み始めた。雲一つ無い素晴らしい天気である。素晴らしい山行になることが期待された。

佐久で高速を降り、国道を南下した。北相木の方に向かって東に折れ、山道をどんどん登っていく。集落の切れ目辺りから山の方へ向かう細い道を折れ、夏場は野菜畑と思われる畑の中を進んでいくと、登山口に着いた。

辺りには真っ白に霜が降りている。車は一台だけ停まっており、私達の他に登山者はこの車に乗ってきた人だけらしい。平日ということもあって、とても静かな山行になりそうである。

登り始めはまず針葉樹林の中を行く。見通しはきかず、ジグザグに続く道をひたすら登って高度を稼いでいく。それが終わると、落葉樹に覆われた、明るい尾根筋の道に出た。登山道には一面に落ち葉が散り敷き、サクサクと音を立てて落ち葉を踏みしめながら登っていった。木々の間には真っ青な空が覗いている。風もなく、この先の登山への期待がさらに膨らんだ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記69・御座山①

2006-07-17 22:14:02 | 旅行記

職場の低山友の会の秋の例会をどこにしようか、という話になった。今回は先生方の都合が付かず、いつものメンバーは3人だけ。新しく1人の先生が加わって、4人で行くことになった。

その頃購入した本に「200名山に登る」というものがあり、私は暇があると読んでいた。この中に、群馬と長野の県境にある御座(おぐら)山という山が紹介されている。初めて耳にする名前である。高さは2,000メートルを少し超えるくらい、車があればかなり時間を短縮でき、往復4時間ほどで登れるようだ。上信越道の佐久インターから登山口まで1時間ほどというのも好都合である。今回はこの山に登ることに決め、準備を進めた。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記68・幌尻岳⑫

2006-07-15 21:21:29 | 旅行記

薪の煙のにおいがわずかにし始め、沢の音が少しずつ大きくなってくると、小屋は近い。足早に登山道を降りきると、目の前に小屋が現れた。ひとまずのゴールである。小屋の中で簡単な食事を済ませ、デポしておいた荷物を改めてザックに詰め直した。(実はこの時、シートを忘れてしまったことに下山してから気付いた。きっとその後誰かが利用してくれたことだろう。)

ウェーディングシューズに履き替え、いきなり小屋の前の渡渉である。しかし、行きの時と異なり、簡単に水の中に入れる。怖いもの無しという感じで、ざぶざぶと渡渉を繰り返した。夕べの夕立の名残か、心持ち水量が多いように思われる。一番深かったところでは、足の付け根まで水が来て、下半身はすべて水に浸かってしまった。

心洗の滝の前の難所も、ひょいと跳び越えてしまった。行きの時はなかなか一歩を踏み出せなかった最初の渡渉も、全く問題なく済ませ、ついに渡渉が終わった。ここで靴を履き替えようとも思ったが、もう幌尻岳に来ることもないと思ったし、下半身もずぶぬれで、登山靴をぬらしたくなかったので、ウェーディングシューズのまま取水ダムまで歩くことにした。

木々の合間からのぞく空は相変わらず曇っている。いや、小屋を出た時よりも心なしか暗くなってきた気がする。そんなことを思っているうちに取水ダムに到着した。するとそれに合わせたかのように、大粒の雨が落ち始めた。登山靴に履き替え、カッパを着て歩き始めると、雨は本降りになった。しかもごろごろと雷の音までする。予想通り、今日も夕立がやってきたのである。これは、この後下山する人たちはきっと渡渉で難儀するだろうと思われた。そして、早く登り始めて良かったと、胸をなで下ろした。

後は降り続ける雨の中を約二時間、林道歩きを続けた。これほど長時間、ざぁざぁ降りの中を歩いたのは、これが初めてである。最後の方では、歩いても歩いてもゲートが見えないので、もううんざりしてしまった。何か叫びだしたい衝動に駆られた頃、目の前にひょいとゲートが現れ、私の幌尻岳行きは終わりとなった。

私がそれまでに経験した登山は、疲れはしても、どちらかと言えば楽しい経験ばかりであった。しかし、この幌尻岳登山では、登山の怖さをほんの少しばかり知ることができたような気がして、良い経験ができたと思った。

ウェーディングシューズは、その直後に行った清里のYHで、泊まり合わせた知人がその直後に幌尻岳に登ることを耳にし、1,000円で譲り渡した。この人はその後晴れの幌尻岳に登ることができて感動したと後で教えてくれた。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記67・幌尻岳⑪

2006-07-13 21:33:21 | 旅行記

霧の中、何人かの人が次々に山頂にやってきた。代わる代わる写真を撮して下山していった。私も30分ほど山頂にいたが、ガスが晴れる気配もないので、そのまま下山した。

私が下山した後には、私の後に登り始めた若い男の人が残った。この人はちょっと変わった感じの人で、小屋に着いた時には、靴は最初の渡渉の所に脱ぎ捨ててあったスニーカーを履いており、ザックを背負うほかに、大きなビニール袋に入った荷物をちょうど布袋さんのように担いでやって来たのだった。

私が下山し、姿がガスに隠れると、突然シンバルのようなものを鳴らす音が聞こえた。法要で鳴らしているものと同じような音である。いったいこの人は何のためにこれを鳴らしているのだろう。山頂に戻って見るのも変なので、そのまま下山した。私はすぐに別の登山者とすれ違ったが、その人が登頂したとおぼしき頃に、その音は鳴りやんだ。ちょっと見た感じも変わった感じの人だったが、いったい何のためにそれを鳴らしていたのか、今もって謎である。

下山時にはもうカール全体がガスに覆われてしまい、何も見えなかった。命の泉のところまで来ると、大人数の団体とすれ違った。話している内容を聞けば、この団体(約30人はいただろう)は、夕べは小屋で宿泊するつもりで登り始めたのだが、ちょうど夕立に遭って額平川が増水して動けなくなり、大人数ということもあって、心洗の滝のところでビバークしたというのである。この団体にはガイドの人が2,3人付いているように見えたが、これは懸命な処置だったと思う。ちょうど羊蹄山でガイドが無理に登山を強行した結果、登山者が亡くなった事件の後ということもあったのだろう。

それにしても、この団体のメンバーには申し訳ないが、この団体が小屋に泊まっていたらどうなっていただろうか?夕べのようにゆっくりとスペースを取って休息を取ったり、眠ったりすることはできなかったと思う。単独行の私は小屋の隅に追いやられ、ひもじい思いをしていたに違いない。

そんな思いを抱きつつ、樹林帯の中を足早に下った。今日も夕立が来そうな予感がしたからである。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記66・幌尻岳⑩

2006-07-11 21:42:16 | 旅行記

いよいよ山頂目指して稜線を進み始めた。ガスはますます増えてくる。これは山頂での展望は望めないようだ。でも、これも仕方がない。もう二度と来ないかも知れないのである。

できるだけガスのかからないうちに山頂に着きたいので、脇目もふらずどんどん登っていく。登山客もほとんどいないので、ズンズン進んでいける。幌尻岳の素晴らしいところは、百名山の一つに数えられながら、人が少ないことである。雨飾山を初め、百名山に数えられた山での混雑にはうんざりしていたので、このような静かな山は本当にありがたい。それでも、昔の幌尻岳にすれば、登山客ははるかに多くなったのだろうが。

カールの一番深くなる辺りでは、辺りは完全にガスに包まれてしまった。もう山頂では何も見えまい。ちょっとガッカリしながら、最後のひと登りを登った。奥新冠からの登山道が山頂直下で合流するのだが、それにも気付かないほど、辺りは真っ白であった。

ガスの中に、ひょいと山頂標が姿を現した。丸太を斜め切りにしたものに、幌尻岳山頂と記されたものが、鉄パイプで固定されている(鉄パイプを使っているのはいささか興ざめでもあったが)。その後ろに立って写真を撮ってもらった。辺りはもちろんガスで何も見えない。でも、深田久弥が登った時も同様であった。深田久弥は山頂ではガス、ということが多いが、私は幸いに、羅臼岳もトムラウシも素晴らしい天気だった。幌尻岳では珍しく深田久弥と同じ状況になったわけである。そんなことも登頂をより感慨深いものにした。登頂の時の思いを言葉で表せば、やはり深田久弥の言葉を借りるのが一番ふさわしい。

「頂上でも白い気体のほか何も見えなかった。しかし私は満足であった。」        (深田久弥「幌尻岳」)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登山の記65・幌尻岳⑨

2006-07-09 22:49:32 | 旅行記

空が見え始め、樹林帯を出た。稜線に出たらしい。すると左手に、三角形の山が見えた。戸蔦別岳である。札幌のK宮さん達が登った時は、幌尻岳とこの戸蔦別岳をまわったとのことである。戸蔦別岳は特殊な岩石でできているため、珍しい高山植物も多いと聞いたことがある。空は相変わらず曇りである。

少し行くと、命の泉の看板が出ていた。斜面を少し下ると、岩の間から水が流れ出ているところがある。雨模様が続いているのか、水は結構な勢いで流れ出している。手ですくってみると、あまり冷たくなく、むしろ生ぬるい感じである。山の清水は冷たいもの、という先入観があったので、この生ぬるさは意外であった。私は、山ではあまり水分を補給しないので、水は二口三口飲むだけで済ませた。

そこから先は稜線歩きが続く。ハイマツが見え始めると、急に目の前が開け、幌尻岳の北カールの全景が目に飛び込んできた。私は思わず歓声を上げた。今までに見たことのない地形である。カールの最奥部にはわずかに雪も残っている。登山道はカールを囲む稜線の上に付いており、カールを半周したところに、最高点の頂上がある。今私がいる辺りのちょうど真正面の所に山頂があるのである。

足下の斜面には、エゾノハクサンイチゲやミヤマアズマギク、ウズラハクサンチドリなどの高山植物がたくさん咲いている。大雪山などとは地質も植生も異なるのだろう、お花畑の面積は広いものの、花の種類や密度も少なく、全体として地味な感じがした。

歩いているうちに、カールの向こう側からどんどんガスが湧いてきた。これはそのうち辺り一面がガスに覆われてしまうに違いない。私は足を速めた。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする