8/18,19
以前北岳に登ったときに八本歯のコルから振り返ってみた鳳凰山の姿が忘れられず、いつか登りたいと思っていました。また、稜線の真っ白い砂地に咲く赤いタカネビランジの花も見てみたいとずっと念願していました。
本来は夜叉神峠から薬師岳小屋泊まりで登る予定でいたのですが、今年のコロナ関連の諸事情から、急遽青木鉱泉からドンドコ沢を登って鳳凰小屋に泊まり、稜線を歩いて中道を下ってくるルートに変更しました。災害で不通になっていたドンドコ沢のルートが8月8日から再開したのも、このルートを選んだ理由です。
「日本百名山」の深田久弥が、小林秀雄(評論家)・今日出海(作家)と一緒に登ったこのルート。寝不足のまま登った今日出海は、登山中に深田久弥の命を受けた小林秀雄からステッキで叩かれながら登ったと書き残しています。確かにふらついた足下ではいつ崖下に転がり落ちるかわからないほどの急峻なルートでした。
しかし途中にはいくつもの滝がちょうど良い具合に位置しており、滝に着くたびに休憩して涼風に吹かれながら息を整えました。中でも最後に見た五色の滝は姿も美しく、水しぶきも心地よいものでした。そして、滝の右の崖には今回の登山の目標の一つでもあるタカネビランジがたくさん咲いていたのも印象的でした。
五色の滝を過ぎると傾斜が緩やかになり、沢の中の砂地を歩いて行くと鳳凰小屋に着きました。鳳凰小屋はまさに昔ながらの小屋という感じでしたが、山小屋でカレーを頂くのは初めてで新鮮でしたし、ソーシャルディスタンスを広く取った部屋で隣になった方とは話も弾みました。小屋の下に咲くタカネビランジや、山梨で絶滅危惧種に指定されているシラヒゲソウも見ることができました。
翌朝は、最初の地蔵岳までの登りが実にきつかった。今回の登りで一番大変だったかも知れません。前半の樹林帯の登りは斜度もきつく、砂地に出てからは砂に足を取られて思うように進めず困りました。でも賽の河原に着くと、目の前に甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳がどーんと聳えているのが目に入り、いずれも昨年登頂した山だと思うと、実に感慨深いものがありました。振り返ると後ろには観音岳の向こうに、雲海の上に青く聳える富士山が眺められました。
地蔵岳のオベリスクには登ることができないので、途中まで上がり、ちょうど見頃のホウオウシャジンとタカネビランジを探してカメラに収めました。また、タカネビランジの花の咲く向こうに甲斐駒ヶ岳や北岳が聳える様子をカメラに収めたかったので、そうした場所を探して写真を撮っているうちに、ずいぶんと時間が経ってしまいました。本来ならこの時期はたくさんの人が山にいるはずですが、この日は平日でもあり、コロナ騒動でそもそも山にはほとんど人がいません。単独行の私は記念写真を写すのに難儀しました。
アカヌケ沢の頭から眺めた景色も素晴らしかったです。ここでようやく北岳・間ノ岳・農鳥岳の白峰三山が姿を見せました。振り返ると北には八ヶ岳・蓼科山。北西はるか遠くには北アルプスの山々。さらに遠くには火打山・妙高山まで見えます。北東方向には浅間山など上越の山々から金峰山を初めとする奥秩父の山々、東には深田久弥終焉の地である茅ヶ岳が見えました。
ここからは深田久弥も賞賛した真っ白い砂の道が稜線に沿って続きます。これをたどりながら、右手にはずっと北岳を眺め、足下にはタカネビランジの花を見ながら、雲一つない空の下、心地よい風に吹かれながら軽快に進んでいきます。それにしても、めったにない最高の天気なのに、北岳にも間ノ岳にも誰も登っていないというのはなんとも不思議です。(ひょっとしたらトレランの人などが登っているかも知れませんが)
鳳凰山の最高点の観音岳に到着しました。ここは岩が積み重なっており、たまたま一緒になった方々(前夜鳳凰小屋でテン泊された自衛隊の皆さん。日頃の訓練の甲斐あって立派なガタイにテン泊用の大きな荷物を背負って軽快に歩いて行くのはさすがだなぁと思いました。)に写真を写していただくことができました。それにしても若い方はスマホで写真を撮り慣れているだけあって、皆さんこちらがお願いしたとおりの写真を写して下さるのが嬉しいです。(昔はなかなか上手く撮れず、思い通りの写真が撮れるまで何人もの人にお願いしたり、撮影後に手元不如意でカメラを落とされカメラが壊れてしまい、同行していた人のカメラを借りて写真を写さなければならなくなったりしたこともありました。)観音岳からの眺めも素晴らしく、30分ほど、誰もいない山頂での時間を楽しみました。特に、山頂から見える多くの山々に登頂したことがあるのは、これまた毎度のことながらなんとも感慨深いものがありました。
観音岳から薬師岳までも、真っ白い砂が敷き詰められた美しい稜線でした。正面に富士山、左手に白峰三山、足下にはタカネビランジ。美しい光景をまさに独り占めしながら到着した薬師岳の広い山頂には誰もいません。自衛隊の人たちも直前に下山をし始めたところでした。やむなく山頂標や行先標の上にカメラを置いて、セルフタイマーで記念撮影をしました。そして、この後もう見ることができない山々の姿を目に焼き付け、毎度の事ながら後ろ髪引かれる思いで中道を下りました。
中道は聞きしに勝る長さ。うんざりするほど下り続けますが、途中わずかに平らなところがあり、そこで息をつくことができました。標高が下がるにつれて気温が上がっていくのがよくわかります。終わりに近づいたところでトレランの男性に抜かれましたが、この方はこの日の6時に青木鉱泉を出て約6時間でここまで走ってきたとのこと。毎度の事ながらトレランの方のすごさには感心させられます。
もううんざりと思った頃に廃屋が見え、登山口の林道に出ました。右手に沢の音を聞きながら林道を下ります。青木鉱泉の手前に川を渡る近道があると聞いていましたが、先頃の大水で川を渡るのが困難だとの情報を耳にしていたので、そのまま林道を、青木鉱泉の入り口の橋まで進み、橋を渡って青木鉱泉に戻りました。駐車場では先ほどのトレランの方と再会し、やはり近道で川を渡るのに難儀したとのことでした。私のすぐ後に続いていた自衛隊の皆さんも近道を通って川を渡るのに難儀したようで、結局林道を最後まで歩いた私の方が早く着くことができたようです。
今回の鳳凰山は、素晴らしい天気に恵まれ最高の登山でした。しかし、最初の地蔵岳の登りと最後の中道の下りは、ここ何回かの登山の中では特にハードなものでした。
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