桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

書道について38

2007-11-26 22:19:19 | 日記・エッセイ・コラム

○2年生の頃⑥

2年生の後期に入ると、同級生達の間から、グループ展をやろうという話が持ち上がった。

大学の中には大学会館という大きなホールがあり、展示施設も2箇所ある。そのうち1つを使って、書コースの同学年のメンバーによる書展を開くことになったのであった。このような展覧会は、私達より4つ上の先輩達が開いて以来とのことだった。私達はグループの名前を「筑志会」と名付けた。名付けたのは梅ちゃんという女の子で、筑波を志して集まってきた、ツクシのようにすくすく伸びる学生達の集まり、という意味で名付けたとのことだった。

皆12月頃から制作を始めた。全体として小品が多かったが、私を含めた男子は2尺×8尺の大きな用紙を使って制作した。私はそれまでずっと練習してきた張瑞図の書風で行草作品を書いた。また、かねてから書いてみたかった漢字仮名交じり書も制作することにした。

途中先生方にも見ていただいた。岡本先生は器用にも張瑞図風のお手本を書いて下さった。先生が張瑞図風の作品を書かれたのは後にも先にもこの時くらいだろう。漢字仮名交じり書は村上先生に見ていただいた。先生は書風や形式については何も言われなかったが、下地に淡墨で書いた3つの円を、書くならもっとしっかり書くようにと言われた。

また、私が先生に本文を墨液で書いたと話したら、先生は「私は生まれてこの方墨液というものは使ったことはありまへんなぁ。」と笑いながらおっしゃった。私はその言葉を聞いて凍り付く思いがした。それ以降私は、展覧会に発表する漢字仮名交じり書は、必ず磨墨した墨で書くことにしている。

同級生のS君は、北魏造像記風の楷書で作品をものしたが、岡本先生に皆が見ている前で酷評されたのをよく覚えている。その後先生は、北魏の造像記風の見事な楷書作品のお手本を書かれた。彼は在学中ずっとこの時書いてもらったお手本の書風で楷書を書き続けた。

同級生のN君は、呉昌碩風の行草書の作品を書いた。これまた見事な仕上がりで好評を博し、彼はこれ以降在学中はずっと呉昌碩風の作品を書き続けた。

他にも皆今までに取り組んだことのないような作品に取り組んだ。中でも女子のHさんは、大字仮名に取り組んだ。針切の書風をもとに半切作品を書いて村上先生に見せたところ、先生は「これでは畳針切れですなぁ。」と笑い声を上げ、彼女が書いたのとは全く異なる、何とも優しい書風の、そして針切の特徴をしっかり捉えた、見事な手本をものされた。あれだけ立派なお手本をもらいながら、彼女はその後書にはあまり熱心に取り組まないまま卒業していった。H君は前衛書に取り組んで見せた。Iさんはろうけつ染めに取り組み、出来上がった生地を使ってクッションを作って展示した。(続く)

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書道について37

2007-11-17 23:00:02 | 日記・エッセイ・コラム

○2年生の頃⑤

2年生は学園祭の中心学年である。私は責任者を任されたが、到底器ではないと自分でわかっていたので、主として書類整理に徹し、作業は同級生や後輩に任せた。

我が書コースは、作品を展示できるようにする作業(これを”表装”という)は、学生達で行っていた。この仕事は夏休みが終わり、2学期の授業が始まるのと同時に始まるのであった。学生達に出品用の書類を渡し、出品料と共に回収し、学年毎の締め切りが来るたびに作品を回収・督促し、提出された作品を見ながら、それにぴったりのパネル(代々制作・保管されてきたもの)を探し、装飾用の鳥の子紙を貼り付け、作品は裏打ちをし、乾燥させた後切り抜いて、パネルに貼り付けて完成、という手順を幾度となく繰り返す。

この年は2尺×8尺サイズの作品を制作した人が多く、最後はそのサイズ用のパネルが不足してしまい、上級生に良いパネルを割り当て、下級生は補修したパネルを利用して急場をしのいだ。

一方で展覧会用のポスターと案内はがき、出品目録の制作も自分達で行う。当時まだ存命中だった伊藤伸先生にお願いして、先生所蔵の無名の造像記拓本をお借りして、それをコピーし、グラフィックデザイン専攻の友人に頼んで、ポスターに仕立ててもらうのである。はがきと出品目録は印刷会社に依頼する。ポスターとはがきはすんなり出来上がるが、出品目録は直前まで出品表を出さない人がいたり、留学生の人が突然作品を変えてきたりして、毎年ミスが出る。私が担当した時も、留学生の人が展覧会前日になって作品の題名を変更してきて、結局目録では変更できなかった。

ポスターは大学内の主たる場所に許可を得て掲示する。その手続きも学生が行う。学生のバイト先にももちろん掲示してもらう。学生がよく出かける東京の書道用品店や書店にも掲示してもらう。案内はがきは学生で手分けして宛名書きをして、大学の書コースのOBOGに出す。

作業途中には、3年生や4年生の女子の先輩が毎年何やかやの差し入れをしてくれるのも恒例のことになっている。差し入れをしない分、3年や4年の男子の先輩は、暇な時に顔を出して手伝ってくれたりする。でも、時に厳しい注意を受けたりもした。

あれこれ細々とした作業を続けていくうちに10月を迎え、学園祭当日を迎える。黒板を外し、教室の机を全部片付け、大書室にはフロアーマットを敷いて土足で上がれるようにする。伊藤先生の研究室から応接セットを運んできて大書室に置く。寮に住んでいる学生は、机上作品展示のためのテーブルクロスに使用するために、クリーニングし立てのシーツを持参する。カーテンを引いて、作品を学年順にひとまず並べる。並んだら伊藤伸先生を呼んで、並べ替えを行う。位置が決まったら作品を吊るし、キャプションを付ける。華道クラブにお願いして花を飾る。朝から始まった作業が全部が修了する頃には、日が暮れかけている。

当日は交代交代に受付を行い、来客の応対をする。卒業した先輩や、退官された先生、他の専攻の友人達が訪れてくれるのは嬉しいものである。

期間が終了すると、片付けはあっと言う間である。パネルから作品を剥がして作者に戻す。翌日には何事もなかったかのように授業が再開されるのである。

毎年そんなことをしているので、在学中は学園祭の他の出し物はあまり見に行っていない。

6年間の在学中、9月から10月にかけて毎年こんなことを繰り返してきた。この経験は、就職して今の学校に勤めることになってから、大いに役立っているのも事実である。

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書道について36

2007-11-05 21:57:35 | 日記・エッセイ・コラム

○2年生の頃④

我が書コースでは、秋になると学外演習と称して、東京や関西などの博物館に出かけて見聞を広めたり、合宿を行って篆刻の実習を行ったりしていた。

2年生の時は、北京の故宮博物院に行く話が持ち上がっていたが、折しも天安門事件が起こり、その話は沙汰止みとなってしまった。その代わり、東京にある博物館を回ろうということになった。

東京国立博物館、畠山記念館、永青文庫、センチュリーミュージアム、日中友好会館などを見学したのを記憶しているが、それ以外は覚えていない。東京国立博物館では、稀代の名品の数々を、直に手にとって見せていただいて、大いに感激した。特に北宋時代の米芾の書いた「虹縣詩巻」は、大好きな作品というこもあって、感激しながら見ているうちに、ちょっと乱暴に扱ってしまい、近くで見ていた、この時の特別展観の便宜を図ってくださった角井博先生に、ちょっとにらまれてしまった。

学外演習の楽しいところは、単に名品を見ることだけではない。空き時間には繁華街や遊園地などにも出かけた。特に後楽園遊園地に出かけたのは印象深い。当時助教授であった伊藤伸先生が、誰からも相手にされずにいたのか、私達のグループに声を掛けてきて、一緒に遊園地に行くことになったのである。先生はどのアトラクションも一緒に楽しまれ、本当に楽しそうにしていたのが忘れられない。

先生は学外演習から帰って1週間もしないうちに、突然の事故で急逝されたのだった。

私は先生の、師の西川寧譲りの学識の深さ、書に対する姿勢の厳しさを、先輩達から常に耳にしていた。そして、是非先生の授業を受けてみたいと思っていた。先生が作品を書かれる様を目にしたいと思っていた。

亡くなられる直前、先生は私達が授業を受けている部屋へふらりと入ってきて、その時臨書していた「書譜」についてちょっとした話をされ、ご自分の想い出も語られた。その後隣の書室で制作している大学院生のために、皆が見ている前で、清朝中期の文人・包世臣の書風に倣った草書作品をものされた。

亡くなられる直前に、ほんのほんのごくわずかな時間であったが、先生の学識や書に触れることができた。そして、遊園地での楽しいひとときを持つことができた。先生はとかく難しい面もお持ちだったが、やはり我が書コースの一つの柱だったし、日本の書壇の次代のホープの一人だったことは間違いない。その急逝による損失は余りにも大きいものがあったが、もし先生がご存命だったら、私のその後の立場はどうなっていたことだろうか。かなり難しいものであったことは容易に想像できる。

ちなみに先生が亡くなられた後、後任には東京国立博物館の角井博先生が着任されたのも、不思議な縁であった。

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