姿見の池から裾合平までは1時間ほどかかる。けっこうぬかるんでいるところもあった。裾合平への分岐まで来ると、前方の山々には雲がかかっていたが、右手にある旭岳は、山頂部分に雲がかかっているだけである。
裾合平はチングルマが満開であった。曇っていたせいか、閉じている花が多いように思えたが、それにしても見事である。まさに一面に、という感じである。ぬかるみはやはりすごい。スパッツを付けてきちんと装備して歩いているおばさん達が、ジーンズ姿の私をいぶかしげな表情で眺めながら、挨拶をしてすれ違っていく。まぁ、登山らしからぬ格好なのだから、無理もない。
ふと旭岳の方を見ると、山腹で何か動いている。ヒグマか、と思ったがそうではない。雪渓に曲線が何本も引かれている。そう、スキーヤーが雪渓で滑っているのである。こんなところまでやって来て滑るとは、と思った。しかし、その後その雪渓で滑っているのを見たことはない。禁止されたのか、温暖化で雪渓がなくなったのか、あるいは滑る人がいなくなったのか。
しばらく登っていくと、ガイドにも書かれていた中岳温泉があった。さすがに服を脱いで入浴している人はなかったが、足だけ浸かっている人が何人もいたので、私も真似をしてみた。ここでも私はいぶかしげな目を向けられてしまった。温泉は結構気持ちよかった。ところが、この時の露天風呂は、その後大水で流されてしまい、現在ではその後再び整備されたものになっているそうだ。
中岳温泉からしばらく登ると、お鉢の肩に出る。ここからは風との戦いであった。しかも、ついに雲の中に入ってしまい、髪が湿気で濡れ始めた。傘はとても役立たないので、300円カッパを出して着た。登山道はお鉢の縁に付いているのだが、お鉢の中までガスが立ち込めていて何も見えない。しかも高山植物などなく、ひたすら砂礫の道が続く。この辺りでは、こんな所まで来たことをちょっと後悔していた。
北海岳を過ぎた辺りから急に高山植物が増え始めた。チングルマ、エゾノツガザクラに加え、エゾツツジやウサギギク、エゾコザクラなども咲いている。知らない花も多い。相変わらずガスは立ち込めているが、黒岳に向けての下りにかかると、ガスもだんだん晴れてきた。大きな雪渓の横を通り過ぎたり、大きな沢を渉ったりするうちに、黒岳石室に着いた。時間はまだ3時頃だったが、私は今日はここで泊まることにした。シュラフを借り、荷物を置いた。まさに石室である。既におばさん達が寝床を整えていて、にぎやかにしていた。裾合平の話をしてあげると、おばさん達は明日行くとのことで楽しみにしていた。それにしても夜まで時間があるので、すぐ横にある桂月岳に登った。15分ほどですぐに登れてしまった。初めての大雪山なのに、何ともしぶい山に登ったものである。戻ってきて、パンとクラッカー、缶ジュースだけの質素な夕食を済ませ、早々に寝た。
翌朝は5時過ぎに石室を出、黒岳を下った。リスやキツネが出てきたのも北海道らしかった。夕べの食べ残しのクラッカーをリスにあげた。下りながら、以前黒岳を層雲峡側から雨の中、今回同様カッパを着て登ったのを思い出していた。
リフトとロープウェーを乗り継いで層雲峡に下りた。バスで旭川に出、電車を乗り継いで小樽まで戻った。初めての大雪山は、天気にあまり恵まれなかったが、北海道の山の雄大さと、お花畑のスケールの大きさを知ることができたと思う。