桑の海 光る雲

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礼文島・初めての礼文

2005-03-02 19:48:21 | 旅行記
初めて礼文島へ渡ったのは、大学3年の7月下旬、2回目の北海道旅行の時だった。その時は、友人と3人で、利尻島に車を持っていき、島を一周した後1泊、礼文へ渡って島の南を半日見て回り、ウニ丼を食べて利尻へ戻る、というプランだった。今思うと時間を有効利用できていないとも言えるのだが、当時は事情をよく知らなかったのだから仕方がない。

利尻の宿は鴛泊にあったが、礼文行きの朝のフェリーは、島の西の沓形から出る。宿の朝食をおむすびにしてもらい、沓形の港へ車で向かう。港に車を置き、フェリーに乗り込む。乗客もまばらで、のんびりとおむすびをほおばる。雲一つ無い空。穏やかな海。利尻島が海上に美しく聳えている。礼文島がだんだん近づいてくる。

フェリーが香深港に着いた。現在、香深港には立派なターミナルがあるが、その当時は建設前で、仮ごしらえの小さな建物しかなく、その後ろにはこれまた小さなお土産店が立ち並んでいるだけで、利尻島に比べるとずいぶん地味な印象を受けた。しかし、利尻とは違い、客引きの人達がすぐに近寄ってきた。私たちは礼文ではレンタサイクル(これまた事情を知らなかった)でゆっくりまわるつもりだったので、客引きのおじさんの後についてレンタサイクル店に向かった。レンタバイクを強く勧められたのだが、学生の貧乏旅行なのと、時間が限られているために、レンタサイクルを借りることにした。おじさんの「自転車じゃ大変だよ~」という声が気になった。

ひとまず桃岩に行こう、ということになったのだが、早くもおじさんの言葉を身をもって感じることになった。桃岩に行くには、香深の町から島を半ば横断して行かなくてはいけないのだが、平坦に見えた礼文島も実は起伏に富んでいて、大変な坂道なのである。体力のない私はすぐにへばってしまい、自転車を押して登り始めた。横を、時折レンタバイクが悠々と通り過ぎていく。(現在であれば観光バスに乗ったツアー客の視線にさらされるところだろうが、当時はツアー客はほとんどいなかった。)

心地よい風は吹いているが、汗が噴き出してくる。息も絶え絶えという状態で、ようやく桃岩展望台に着いた。ガイドブックで見てはいたが、素晴らしい眺めだった。疲労も吹っ飛ぶようだった。海風は心地よく、カモメの声が風に乗って聞こえてくる。振り返れば利尻島の眺めも素晴らしい。しかも、人がほとんどいない(現在では信じられないことだが)。残念だったのは、当時から高山植物に関心のあった私からすると、花の島と聞いていた割には、ほとんど高山植物の花を目にすることが出来なかったことである。でも、当時は礼文島の花の時期は6月だということさえ知らなかったのだから仕方がない。

お昼までにはまだ大分時間があったので、遠くに見える灯台まで歩いて行ってみようということになった。現在ではきれいに整備されている登山道も、当時はけもの道程度だった。起伏のある道を進んでいくと、海岸の光景は次々に姿を変え、カモメが海風に乗って飛んでくる。利尻山の姿は相変わらず雄大で、美しい。灯台まで、海と山の景色、そしてカモメの姿と声を楽しみながらのんびり歩いた。その間、現在では信じられないことだが、1人のライダー以外は誰にも会わなかった。

のんびりと展望台へ戻り、後は自転車で香深まで戻った。帰りはほとんどこがずに帰れた。香深の町で、1杯3,000円のウニ丼を食べ、午後のフェリーで利尻島へ戻った。初めての礼文島行きはそれだけだった。友達はウニ丼に感動したらしい。確かに私も、生まれて初めてウニというものを食べ、こんなに美味しい物があるのか、と驚いた。でも、それ以上に、桃岩から見た海岸線、そして利尻島の姿が私の記憶に刻みつけられたのである。

この後、礼文島に毎年通うことになろうとは、この時は全く思いもしなかった。

コメント (2)
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