桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

笠ヶ岳

2014-09-01 21:10:43 | 旅行記

以前使用したある教科書会社の国語の教科書の表紙にはどれも山の写真が掲載されていました。その教科書会社の編集者には、山に関心がある人がいたようです。今覚えているのはオプタテシケ山と笠ヶ岳です。笠ヶ岳の写真を使った教科書は、よく覚えています。夏山の写真で、雲が切れ切れにかかった笠ヶ岳を上空から撮したものでした。最初はどこの山かわからなかったのですが、日本百名山の登山ガイドを買ったとき、そこに掲載されていた笠ヶ岳の写真から、表紙の山が笠ヶ岳であるとわかったのです。

笠ヶ岳を実際に目にしたのは、4年前に槍ヶ岳から穂高岳まで縦走したときが初めてでした。槍ヶ岳から穂高岳にかけての山々と、谷筋を挟んで東側には常念岳や蝶ヶ岳などのアルプスの表銀座の山々が連なり、西側には笠ヶ岳と、それに連なる長大な尾根が続いているのです。また、昨年焼岳に登ったときも、快晴の秋空の下、谷を挟んで西側に笠ヶ岳の膨大な山容を目にしました。笠ヶ岳も日本百名山の一つで、こうして繰り返し目にしたからにはどうしても登らなくてはいけないと思っていたのですが、なかなかその機会を得られずにいたのです。

今年はなかなか休みが取れない中、何とか休みを作って7月下旬と8月のお盆前に泊まりで山に行こうと決めました。一つは新穂高温泉から北アルプスの鷲羽岳、水晶岳、黒部五郎岳を回るコース。もう一つは椹島から南アルプスの荒川三山を回るコースです。ところが何ともタイミングの悪いことに、どちらの時期にも台風が襲来した上、今年は異常気象で、梅雨明け後に晴れが数日続くことがなく、晴れても1,2日、しかも大気の状態が不安定で、平地でもどこかで毎日雷雨があるという状況で、結局3泊4日で考えていた山行はどちらも取りやめにしてしまいました。

最後のチャンスであったお盆直前も、結局お盆後の土日が雨の予報ということで、仕方なく何とか晴れの予報が出ている8/13と曇りの予報の14の1泊2日で行ってこられる山に変更することとし、その中で検討した結果、これまでにも山の姿をはっきりと目にしてきた笠ヶ岳に登ることに決めたのです。

笠ヶ岳には、新穂高温泉から登り始め、笠新道というアルプス3大急登に数えられるルートを登り詰め、稜線に出て山頂へ向かい、山頂直下の小屋で泊まり、登頂後同じルートを新穂高温泉まで戻るのが一般的なルートです。他にも双六岳方面から稜線伝いに縦走してきたり、中尾温泉から標高差1,900m以上を一気に登ったりするルートもありますが、一番容易に登頂できるのはこの笠新道とのことで、3大急登のルートを登るのはいささか気が引けるものの、避けては通れないので、登ることに決めました。

8/13
3時半に自宅を出て、お決まりのコースで松本インターへ。そこから上高地へ向かう道路をひた走るのですが、今日は利用しない沢渡の駐車場は既に満車。上高地はお盆で大変な賑わいの模様です。

7時に新穂高温泉に着いたのですが、何と登山者用の駐車場は既に満車。(後で小屋で聞いたところ、深夜には既に満車だったとのことで、新穂高温泉から登る際には注意が必要です。)新穂高温泉から先には車は行けず、普通の道路よりも心配が少ないと考え、やむなく路駐をしていくことに決めました。

7:20に歩き始めます。バス乗り場からは既に笠ヶ岳の山頂が見えており、気分が沸き立ちますが、山頂までは1,900mほどあり、一方では気分も萎えるほどです。最初は林道を歩くのですが、これが長くだるかった!この調子では、来年以降鷲羽岳、水晶岳、黒部五郎岳を登る際は、新穂高温泉から入るのはやめようかと思いました。これらの山に登るには、林道を2時間近く歩かなくてはいけないからです。登るときならまだしも、下山時にこの林道歩きはたまりません。これらの山には、いずれ富山側から登ることに決めました。

8:10に笠新道の分岐に到着。わき水を一口口にして、いよいよアルプス3大急登の一つに登り始めます。このルートは約50年前に岐阜で国体が行われた際の登山競技のルートとして整備されたので、登山道そのものはとても歩きやすく、アルプスの山によくあるはしご場やロープもほとんどなく、またほとんど同じ傾斜で登っていきます。約1時間で1,800m地点、さらに約1時間で2,250m地点、急登の終わりである杓子平には11:25に到着しました。

杓子平からはこれから歩く稜線と、その先に聳える笠ヶ岳が一望できました。杓子平はちょうど木曽駒ヶ岳の千畳敷カールのような感じの場所ですが、千畳敷カールよりも遙かに大きく雄大な場所でした。しかし、写真を写している間にみるみるガスがかかってきてしまいました。それにしても、穂高岳や焼岳から笠ヶ岳を眺めたときには、こうした場所があるとはわからず、笠ヶ岳の東側にはべったりとした斜面が広がっているだけだと思っていましたが、こうしたカールの地形があるとは、登ってみなければわからないことでした。

杓子平で軽く食事をした後稜線へのルートを歩き始めましたが、ここからの登りが実に長かった!登っても登ってもまだ着かないという感じで、しかもこれまで歩いてきたルートと異なって、岩を乗り越えたりするところも多く、結局時間にして70分、稜線には12:45に出たのですが、稜線上の分岐点に着いたときにはすっかりへばってしまいました。

稜線に出ると素晴らしい光景が目の前に広がりました。稜線のずっと先には、今まで図体ばかりでかくてとらえどころのない山容としてしか見えていなかった笠ヶ岳の主峰が、左右にのびのびと稜線を引いた、鋭い姿で天に聳えているのです。「日本百名山」の記述からすると、深田久弥も双六岳方面から稜線の向こうに笠ヶ岳を目にし、稜線を歩いて笠ヶ岳に登頂したものと見えます。しかし、スマホやカメラで写真を写しているうちにみるみるガスがかかってきて、稜線を歩いている間は、この笠ヶ岳の美しい姿を目にすることはできませんでした。

稜線歩きは約1時間ほど。途中抜戸岩という、岩が門のような形に並んでいるところがあり、岩の間に見えた笠ヶ岳を撮そうと、カメラを出している間に、笠ヶ岳は完全に雲の中に入ってしまいました。

笠ヶ岳山荘の下にテン場が設けられており、既にいくつものテントが張られています。しかし、張る位置をよく見ていないため、登山道の真横に張られていたり、ひどい場合は登山道にかかって張っているものもあり、確かにテン場周辺は平たい石がたくさん敷き詰められていて、どこを歩いても問題はなく、また登山道を表示するペンキも消えかかっているので、こうした間違いが起こってしまうのもやむを得ないと思いますが、基本的なマナーはやはり守るべきだと思わずにはおれませんでした。

山荘直下のひと登りも実にきつく、山荘の受付に立ったときにはすっかりへたばってしまいました。登山口からは6時間35分。コースタイムは7時間半なので、あのきつい登りの割にはよく健闘したと思いますが、こんなにへばったのは多分五竜岳に登った際、遠見尾根を登ったとき以来ではないかと思われました。そして、こういう時に限って受付にはいろいろ手間のかかる先客がおり、10分ほど立って待たされたのにはいささか腹が立ちましたが、仕方がありません。

山荘は平日ということもあって、布団1枚に一人で寝ることができるのは助かりました。ただ、男女構成を聞いている割には部屋には老若男女が混じっており、男性の単独行の人は一部屋にまとめるなど、もう少し考えても良いのかな、と思いました。また、山荘は数年前に新築されたようで、施設はきれいで変な臭いもなく、また乾燥室も立派なものが設置されていました。山小屋によくある図書コーナーも、ここは文庫本よりも漫画が沢山置かれており、今回は久しぶりに「美味しんぼ」などを読みました。

荷物を置いて山頂に登ることにしました。翌日の天気予報は曇りで、山頂からの展望が望めないと思われたからです。幸いに空は高曇りで、ガスが流れています。待っていれば展望も開けそうです。カッパを着てカメラを持って山頂に登りました。

山頂までは山荘から約10分で着きました。山頂は2つに分かれており、低い方には薬師仏がまつられており、高い方には三角点が設置されています。山頂に登ったときにはまだガスがかかっていたのですが、小一時間いるうちにガスがどんどん晴れてきて、高曇りながら槍穂連峰が一望できました。北には薬師岳、黒部五郎岳、鷲羽岳、水晶岳、赤牛岳、さらに遠くには立山、剱岳も見えました。南には先頃登った乗鞍岳も、雲の上に山頂をのぞかせていました。

特に槍穂連峰、立山と剱岳はかつて登頂した山であり、いつものことながら、あの山頂にかつて立ったことがあるかと思うと、感慨もひとしおでした。

山頂では毎度のように写真を撮してもらったのですが、何と今回はお願いした人が皆撮すのが下手で、気に入った写真がなく、時間をずらして5人の別の人に頼んだのですが、全部ダメでした。そんなハイレベルな写真を望んではいないのですが、どうも山の上では人選が難しいです。あるいは私に見る目がないのでしょうか?

山頂ではアルプスによく登りに来ている新潟のおじさんと九州の男性(それぞれ単独行)と30分ほど山談義に花を咲かせました。特に九州の男性は、いずれ登ろうと思っている水晶岳や鷲羽岳に昨年登っているとのことで、参考になる話を聞かせてくれました。新潟のおじさんもいろいろ面白い話を聞かせてくれました。九州の男性はテント泊でしたが、新潟のおじさんは小屋でも一緒になり、二段ベッドの上段に行かされたことに腹を立てていました。小屋に戻る頃にはガスもすっかり晴れ、登山中には全く見えなかった杓子平からの稜線もくっきり見えました。

さすがに小一時間もいると、たとえカッパを着ていても肌寒さを感じ始めたので小屋に戻りました。漫画を読んでいると夕食時間になりました。夕食は天水を使っているというハンデがありながら、味も内容もまずまずレベルが高いものでした。蕎麦が付いているのも珍しく、美味しくすすりました。(それを思うと、昨年木曽駒~空木岳縦走の際に泊まった木曽殿山荘の、業務用レトルトばかりの食卓の寂しさが思い出されてなりませんでした)

夕食後は部屋や談話室で過ごしました。消灯時間は山小屋にしては珍しく21時。耳栓を忘れて不安だったものの、幸い部屋にはいびきをかく人もなく、寝付きはあまり良くありませんでしたが、何とか起床時間まで寝続けることができました。

8/14
翌朝は一面のガス。朝食を済ませて6時に出発。1時間で稜線分岐に着きましたが、ガスは濡れるタイプのもので、全身が濡れはじめ、予報通り雨に降られるなと思っていたところ、分岐近くでいよいよ雨が降り始めました。杓子平まで1時間、笠新道取り付きまで、雨の中苦行とも言える過酷な下りを続けること3時間、左膝の裏側に痛みを感じ始め、笠新道取り付きに着いたときには片足を少し引きずっていました。新穂高温泉には11時45分着。下山はコースタイム4時間50分のところ、5時間45分かかってしまいました。確かに私は下りは苦手なのですが、このコースタイムはいくら何でも速すぎ。コースタイムは間違っていると思います。ともかく、左膝をすっかり痛めてしまったようです。左足をかばいながら新穂高温泉に着くと、南の方には空が見えていました。路駐していた車には幸い問題はありませんでした。(翌日はまた大雨となり、ニュースでも報道されたあの遭難事故が起こってしまいました。)

帰りには平湯温泉で温泉に浸かりました。昨年入って笠ヶ岳を見て感激したのと同じ風呂でしたが、空は見えているものの、笠ヶ岳には相変わらず雲がかかっていて見ることはできませんでした。

左足を痛めたために、翌週登ろうかと考えていた薬師岳はキャンセルにしてしまいました。ここでこれ以上痛めたら、今後山登りそのものに支障を来しそうな気がしたからです。
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