桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

書道について⑫

2007-02-24 23:49:16 | 日記・エッセイ・コラム

○運命の出会い5

今井先生の「書道に親しむ」が終わって少しして、今度は「書道に親しむ」の新しいシリーズが始まった。「書道に親しむ・かな」である。講師は村上翠亭先生と言った。今井先生と同じく関西弁の優しい口調で話す方で、しかも今井先生と同じく、筑波大学の先生をしているとのことだった。つまり、今井先生の漢字書道講座に代わり、今度は同じ関西出身で、同じ大学にお勤めの村上先生による仮名書道講座が始まったわけである。

仮名書道については、当時私が所属していた会の競書雑誌にも仮名書道のコーナーが設けられ、毎月半紙に和歌を書いた手本が掲載されていたから、その存在は知っていたが、漢字と違って文字を読むこともできず、正直何がどのように良いのかさっぱりわからなかった。

だから、この「書道に親しむ・かな」も、正直言ってあまり期待するところはなかった。しかし、村上先生も今井先生同様の関西弁の優しい語り口、しかもアシスタントは前回同様若月純子アナ、さらに講座も前回同様3人の受講生を先生が指導していくという形式である。となると、前回受講生になったつもりでテレビを見て、本格的な書道の世界を知っていったのと同じく、現時点で全く知らない仮名書道も、この番組を見ることを通して、受講生と共に少しずつ理解していくことができるのではないかと思われた。

これが「書道に親しむ」を通しての運命の出会いの二つめである。この番組を見た5年後、今度は私自身が実際に筑波大学で村上先生に仮名書道を教わることになるのである。

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書道について⑪

2007-02-23 19:19:05 | 日記・エッセイ・コラム

○運命の出会い4

「書道に親しむ」は毎週欠かさず見た。今井先生の筆先から生まれる文字の見事さ。しかも、文字も筆運びも少しもぶれない。また、草書や篆書、隷書と言った、自分が初めて目にする書体を、いとも容易く書いてみせるのにもびっくりした。自分にも書けるのではないかという気さえしたくらいだった。

ある時「山林」という言葉を、日本各地の山林の映像を見て、そのイメージで書く、という企画があった。映像には、吉野山、屋久島、北海道の雪山が出てきたが、書かれた作品は、いずれもその山林のイメージを十分に反映したものであったのにはびっくりしてしまった。書道とはお手本その通りに書けばよいと思っていた私には、こうした書道とは無関係のことと書道を結びつけることは想像も付かないことだったのである。

また、回を重ねるごとに、生徒役の人達の腕前が、先生が指示したとおりに上達していくのもとても興味深かった。しかも、書風も先生の影響を受けつつ、生徒一人一人の個性はちゃんと残っているのが不思議だった。

他にも、篆刻や刻字、陶器に文字を書いて焼いたりして、半年にわたった「書道に親しむ」は終わった。一緒にテレビを見ていた家族も、今井先生と司会の若月純子さんのファンになってしまった。しかし、その時は、まさかその約10年後に、実際に今井先生に師事することになろうとは、予想だにしていなかったのである。

そして、運命の出会いは、これだけにとどまらなかったのである。

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書道について⑩

2007-02-02 21:57:46 | 日記・エッセイ・コラム

○運命の出会い3

番組の中で、私はびっくりする光景を目にすることとなる。先生とアナウンサー、生徒役の人達が立ち上がり、スタジオの真ん中にやってきた。床には見たこともないくらい大きな紙が広げてある。畳1枚くらいはあるだろうか?半紙と書き初め用の長い紙しか見たことのない私には、この髪の大きさは衝撃だった。

先生はおもむろに大きな筆を持ち、床にかがんだかと思うと、紙に筆を押しつけ、いきなり巨大な文字を書き始めた。たっぷり墨を含んだ筆は重々しく紙の上を滑り、なんだかわけのわからない文字が書き終えられた。やたらとにじんでいて、何という文字が書かれているのかわからない。そして先生は再度筆墨を付けたかと思うと、その左隣にまた大きな文字を書いた。これまた文字はにじんでいて、何と読むのかわからない。

すると生徒役の人達はその文字が書かれたボード(紙に書いたのでなく、紙を貼り付けたボードに書いたのだった)を起こしてカメラの方に向けた。そして先生がこのボードには「塗鴉(とあ)」と書いてあると話した。この言葉の意味をその時話したのだが、私は記憶していなかった。後になって、書を好むことを「塗鴉癖(とあへき)」と呼ぶということを知った。つまりこの「塗鴉」は、書道の学習を始めるにふさわしい、オープニングテーマだったわけである。

そして何より、私はこの大書された作品に度肝を抜かれてしまったのだった。書道にはこんな世界もあるのか、と。では、今まで私がやってきたのは何なのだろうか?書道ではないのか?いったいこの先生は何をして見せてくれるのか。私の興味は尽きなかった。そして私は毎週「書道に親しむ」を見るようになった。

先生の名前は今井凌雪と言った。今、私は今井先生に師事している。テレビの中で見た先生が、今はわが師なのである。

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