5/24(土)
大峰山の次に目指したのは大台ヶ原山です。大台ヶ原山は富士山のような独立した峰がすっくとそびえ立っているわけでもなく、また大峰山のようにいくつもの峰峰が連なっているわけでもなく、1,600m超の平らな峰峰が広範囲に広がっている、まさに「大台ヶ原」の名の通りの山容なのです。その最高峰は日出ヶ岳で、しかも道路が山頂直下まで通っており、広い駐車場もあって、山頂までは40分ほどで到達できてしまうという、百名山の中でも1,2を争う簡単に登頂できてしまう山なのです。ですから、大峰山同様、とにかく登頂するだけで取り立てて興味も抱かないまま登ることにしていました。
大台ヶ原山は山頂近くに宿があるのでここに泊まりました。翌日の朝7:30には宿を出て出発しました。登山道は平坦で、見通しのきかない樹林帯の間をのんびりと進みながら、ほんの少しずつ高度を上げていきます。登山客と言うよりも、ハイキングやバードウォッチングの人が多いのが、他の山と異なるところでした。
鞍部が近づくと、その向こうが開けているのがわかります。鞍部の手前の斜面を登ると、目の前がいきなり開けました。テラスが設置してあり、そこに出て見下ろすと、下には熊野灘が広がっています。手前には尾鷲の町の一部も見えます。百名山の山で、海が見下ろせる山は限られますが、太平洋をこれだけ間近に見下ろせるのは、この大台ヶ原山だけなのではないでしょうか。テラスに上がってきた人達は、この景色を目にして皆一様に歓声を上げています。
テラスから左手を見上げると、最高峰の日出ヶ岳が見えます。ここから先は木製の階段が付いており、山頂には大きな展望台が建てられています。テラスを後にして、階段を上り始めましたが、とにかくきつかった!登りやすくするために作った階段の方がかえって疲れるというのは困ったことです。どの登山客も、ここまでの緩やかな登山道と異なる、斜度のきつい階段に息を切らしながら登っていました。そして階段を上りきると山頂でした。
日出ヶ岳の山頂に着き、まず三角点のところで、近くにいた人に写真を撮ってもらいました(ただし写りが悪かったので、帰り際に再度撮ってもらいました)。その後、山頂に建てられている大きな展望台に登り(百名山の中で、山頂にこのような立派な展望台が建てられている山はここだけでしょう。)、四方を眺めました。雨が多いので有名なこの山ですが、この日は雲一つないすばらしい天気で、南には熊野灘が広がり、北には大峰山の嶺嶺が並び、東西には熊野の山々が並んでいます。秋冬の空気の澄んだ日には、富士山や南アルプスの山も見えるとのことでした。
山頂にはシャクナゲがあちこちに咲いており、ちょうど見頃でした。大峰山といい、大台ヶ原山といい、両山ともシャクナゲの見頃に登ることができたのは幸いでした。ちなみにシャクナゲの見頃がこの時期であるとは全く知らずに登っていました。
山頂では結局1時間半ほど滞在したでしょうか?山頂からそのまま来た道を引き返そうかとも思ったのですが、時間にゆとりもあるので、ガイドブックにも書いてある周遊コースを巡って帰ることに決め、まずは日出ヶ岳を下山しました。鞍部から今度は正木嶺への登りにかかります。正木嶺から振り返った日出ヶ岳の写真を写しました。
このあたりからは笹原に付けられた木道を歩いていきます。あたりには枯れ果てた針葉樹の倒木が目につき始めます。これは昔伊勢湾台風によって倒れたものだということです。さらには、鹿の食害や酸性雨で枯れた木も多いとか。生えている木が、どれも一様に地面から1.5メートルほどのところから上に枝葉が残っているのは、鹿が首を伸ばして枝葉を食べられるのがこの高さまでであることも案内板で知り、鹿の食害のひどさを改めて思い知らされました。
正木ヶ原、尾鷲辻、牛石ヶ原と、倒木が立ち並ぶ笹原や、樹林帯の中を続く平坦な登山道をのんびり歩いているうちに、大蛇嵓への分岐点に着きました。このあたりからまたシャクナゲが見え始め、大蛇嵓への道の左右にはちょうど見頃のシャクナゲが数多く見られます。下の写真は中でも最大の株でした。このように色の淡いものと色の濃いものが混じって生えているのが不思議でした。
大蛇嵓は谷に向かって深く切れ落ちた岩場です。目もくらむ光景とはまさにこのことでしょう。高所恐怖症でありながら、山ではあまり怖さを感じない私ですが、さすがにここは足がすくみました。しかし、正面には前日に登った八経ヶ岳と弥山が聳え、右手には遠く中の滝と西ノ滝が落ちているのが見え、とにかく胸のすくようなすばらしい光景が広がっています。
大蛇嵓にはこれまたちょうど見頃のアケボノツツジもありました。アケボノツツジは大台ヶ原山では急斜面などにしかなく、今回の登山ではここで初めて目にしました。特に大蛇嵓のすぐ手前にある株は花の色が濃くて見事でした。
大蛇嵓を後にして分岐までの道をシャクナゲを眺めながら戻りました。分岐からはシオカラ谷へと下るのですが、シオカラ谷を下った後は駐車場まで一気の登りがあるので、いささか憂鬱な気分で歩き始めました。
歩き始めるとシャクナゲの数が一段と増えた気がします。きれいな株があったので写真を撮ろうとすると、そこで休んでいたカップルが、「この先はシャクナゲの回廊になっていてとてもきれいですよ。」と教えてくれました。そんな話は初耳です。期待しながら歩いていくと、まもなく道の左右にシャクナゲが立ち並び始めました。どれも花は見頃です。ここに咲いているシャクナゲはツクシシャクナゲという種類とのことですが、この種類は葉がかなり茂るようで、その分花はあまり目立たず、辺り一面花のピンクで埋まる、という感じではありませんでした。それでもこれほどたくさんのシャクナゲが一面に咲いているところに遭遇したのは初めてで、感激しました。
シャクナゲの群落を過ぎた後は、樹林帯の中の単調な下りでした。シオカラ谷まで下り、吊り橋を渡ると、後は駐車場までかなりきつい登りが続きました。登りがやや緩やかになってくると旧山の家が見え、汗を拭きながらもうひと登りすると、ひょっこり駐車場に出ました。駐車場は満車。手前の道路にまで路上駐車の車があふれていました。朝の出発の時点では考えられないことでした。下山後は前日同様上北山村の薬師の湯に入って汗を流し、熊野本宮に向かって車を走らせました。
登る前は大台ヶ原山には魅力を感じておらず、ともかく登頂さえできればいいと思っており、日出ヶ岳に登頂後に駐車場に引き返そうとも思ったくらいですが、引き返さなくて本当に良かったと思いました。引き返していたら、熊野灘や大峰山、大蛇嵓やシャクナゲの群落、アケボノツツジも見られなかったわけです。さらに、こうした花の見頃に登ることができた上、山の上からの展望も素晴らしく、大台ヶ原山は魅力あふれる山だということに初めて気づかされました。
5/23(金)
百名山完登を目指す者として、西日本にある山は登りやすい反面行きにくいのが難点でした。しかし8年前の鹿児島行きで霧島山と開聞岳、一昨年の熊本行きで祖母山と久住山、昨年の四国行きで石鎚山と剣山、島根行きで大山と、少しずつ登り、さらに昨年は、岐阜の伊吹山と福井の荒島岳も登り、残るは奈良の大峰山と大台ヶ原山でした。
この二つの山は登るのに問題はないのですが、何しろ登山口までのアプローチが悪く、車は必須でした。しかし、関西まで自分の車で行くのはかなりハードで、もちろん日帰りはできず、出来れば二ついっぺんに登ってしまいたいと思いました。幸い昨年の伊吹山と荒島岳の時に自分の車で運転して出かけ、何とか無事に行って帰ってこられたので、今回思い立って出かけることにしました。日程としては、木曜午後に出発して奈良に泊まり、翌日大峰山、次の日に大台ヶ原山、最後の日は熊野三山に詣でようと考えました。
ただし、宿泊地には困りました。どちらも奈良の山深くにあり、まともなホテルもありません。ネットを数日にらめっこしてよく探し、初日は650㎞ほど運転した後なので、五條市にあるビジネスホテルでゆっくり疲れを取り、二日目は大峰山を登った後で大台ヶ原まで移動し、大枚はたいて山頂近くの山荘で個室を取り、三日目は新宮市の新しいビジネスホテルに泊まって、翌日の再度の650㎞の運転に備えることにしました。
午前中で仕事を終えて午後休暇を取り、自宅にいったん戻ってから13時半頃出発しました。高速に乗って間もなく眠気を催したので、吉井PAで仮眠を取った後は眠気も催しませんでした。佐久インターで高速を下り、和田峠を越えて岡谷インターから再び高速に乗り、ひたすら小牧を目指します。ところが小牧インター付近で工事による大渋滞にはまってしまいました。ナビの示すとおりに来たためにはまってしまったのですが、反対に名古屋インター方面に下り、湾岸道方面へ出れば渋滞にはまらず、恐らく30分は早く到着できたのではないかと思うと、後悔することしきりでした。
第二名神に入ったところの御在所SAで夕飯にしました。名古屋企業のレストランがフードコートに入っており、味噌カツにきしめんに味噌煮込みうどんと、どれも食欲をそそります。結局味噌煮込みうどんにしました。かなり久しぶりに食べたのですが、うどんが好きな私には、とても美味しかったです。
高速を下りて東名阪に入り、4月頭に来たばかりの長谷寺の前を、今度は自分の車で走り、この後GSがない地域を長く走ることになるために、桜井でようやく見つけたセルフGSで給油、さらに橿原、御所を通過して五條市のホテルに着いたのは22時でした。ナビでは当初23時半到着と出ていたので、1時間半短縮できたわけですが、ホテルには22時到着を連絡してあったので、予定通りと言ったところでした。ホテルは施設もまずまずで、翌日は4時半起きということで、風呂に入ってすぐに就寝しました。
大峰山を平日に登ることにしていたのは、最短ルートの登山口の駐車場が狭く、休日ではすぐにいっぱいになってしまうという情報を入手していたからでした。
4時半に起床し、5:20にホテルを出発、一路天川村を目指します。天川村までは道路もさほど狭くなく、また対向車も少なく進めましたが、天川村の中心を過ぎると道路が一気に狭くなり、対向車とのすれ違いが困難な狭い道路が続きました。幸いに登山口まで対向車が一台もなかったので、スムーズに走行できました。林の中を縫う道路の目の前が突然開け、目の前に行者還トンネルがぽっかりと口を開けているところが登山口でした。
駐車場は私有地を数年前に整備したところで、使用料1,000円が必要でした。早朝から管理人が来ており、駐車場にはすでに十数台の車が停まっています。トンネル入り口の横には美しい滝が落ちており、滝の周囲には白い花が咲いた木が並んでいます。
出発した時にすでに山は雲に隠れていたので予想はしていましたが、周囲はガスが立ちこめており、展望はきかず、どうやらこのままガスの中の登山になりそうです。でも、紀伊半島の山々は常に雲の中で雨が降っているというイメージがあったし、むしろガスの中の登山の方が、宗教の山と言っていい大峰山には、かえって幽邃という言葉がぴったりで、ともかく登頂さえできればいいと、気を取り直して登ることに決めました。
沢沿いの新緑の美しいなだらかな登山道を少し登り、沢に架かる橋を渡ると、尾根筋に出るまでの急登が続きます。まもなく木に真っ白な花が咲いた木が次々に現れます。これがシロヤシオで、大峰山はその群生で知られたところです。木に真っ白な花がそれこそ鈴なりに咲いています。シロヤシオが見えなくなると、それと入れ違いに今度はシャクナゲの花が見え始めます。シャクナゲの花の群生で知られていることは知らなかったので、次々に目の前に現れる見頃のシャクナゲに、何度もシャッターを切りました。ガスの立ちこめる中、露に濡れたシャクナゲの花は何とも美しいものでした。
きつい登りが終わり、尾根筋に出ました。ここは世界遺産の熊野古道の一つである大峰奥駈道の一部で、かつて修験者が大峰山の峰々を修行してまわった際に通った道とのこと。あちこちにお札がおかれた場所があり、大峰山は本来は宗教の山なのだということを改めて実感しました。尾根筋に出るとシロヤシオもシャクナゲもなくなり、木々はまだ芽を出したばかりです。一方で空が明るくなり始め、山頂はひょっとすると雲海の上なのではないかと予想されました。
人気の山、しかも花と新緑の季節ということもあって、平日でも結構な数の人が登っています。また、中高年の人だけでなく若い人も多いのは、この登山道が熊野古道の一部だからでしょうか。トレイルランの人がいなかったのは幸いでしたが、例によっていろいろな人と抜きつ抜かれつしているうちに、ガスに覆われた弥山の小屋の前に到着しました。
実は弥山の手前で空が明るくなり始め、雲の切れ間から青空がのぞくようになり、これは山頂付近は雲海の上ではないかと期待していました。実際その日の天気予報は午後になるにつれて晴れるというものであり、ますますその期待が高まりました。
弥山の山頂で休憩がてらしばらく晴れるのを待たものの、結局ガスは晴れず、またガスの中で少し肌寒さも感じ始めていたので、やむなく最高峰の八経ヶ岳に向けて出発しました。弥山からはいったん下るのですが、道の脇には雪も残っていたのには驚きました。そう言えば、4月頭に室生寺に行った時、前日に降った雪が日陰に残っていたのを思い出しました。大峰山の上ではそうとう積もったことでしょう。だからこそ5月末でもまだ雪が残っているものと思われました。
登山道が登り始めると、登山道の左右がフェンスで囲われるようになり、さらに目の前に扉が現れました。何でも天然記念物のオオヤマレンゲを鹿の食害から守るためのフェンスとのことでした。このあたりから斜度がきつくなりはじめました。もう一つの扉を出てオオヤマレンゲの群生地を出て、針葉樹林の中をひたすら登っていきました。空はますます明るくなり、ついに日が差し始めた頃、山頂に到着ました。山頂まで約2時間半でした。
山頂は比較的広く、すでに数人の男性が休憩していました。このまま待てば間違いなく晴れると思われたので、大休止をとることに決めました。果たして昼飯の天ぷらそばをほおばっているうちに雲が切れて青空が見え、山頂だけが雲の上に出たことを知りました。八経ヶ岳の西側に続く山は一面枯死した針葉樹が並んでおり、ちょっと異様な光景です。これも酸性雨や鹿の食害によるものでしょうが、本来なら鬱蒼とした針葉樹林に覆われた幽邃の山々であるはずなのに、こうした荒れ果てた姿を見せられるのは何とも切ないものです。
山頂では1時間ほど過ごしたでしょうか。すっかり雲海の上に出て、南側の原生林や、北隣に聳える弥山の姿が見えるようになってきました。下から団体客の声が聞こえてきたのをしおに下山を始めました。弥山からの八経ヶ岳の姿をカメラに収めたかったので、かなり急ぎ足でした。
弥山からの八経ヶ岳の姿は美しかた。雲海の白い雲を背景に、やや頭を左にかしげた三角錐が、針葉樹と古木をまとってすっくと聳え立っています。かつて役行者がこの山頂に経典を埋めたのも宜なるかなと思わされるほどの、”崇高”という言葉がふさわしい山の姿でした。
弥山からはシャクナゲとシロヤシオをカメラに収めながら下山しました。登る時に見たガスに覆われ、水滴をまとったシャクナゲも美しかったのですが、木漏れ日に照らされた、青空をバックに見るシャクナゲもきれいでいた。シロヤシオも日が差して気温が上がり、花を大きく広げ、満開の花で全体が真っ白に見える木もあるほどでした。それ以上に印象深かったのは新緑の美しさ。新緑の黄緑、シャクナゲの濃いピンク、シロヤシオの白、空の青のコントラストは見事でした。
登りの時にも渡った沢の橋を渡るとまもなく登山口でした。登山口の駐車場はさほど混雑しておらず、平日に登ってよかったなと思いました。トンネルの横には美しい滝が落ちており、その上にもシロヤシオの木が並んでいました。
登る前は大峰山に対してはほとんど魅力を感じておらず、登頂できればいいというくらいに考えていました。しかし、実際に登ってみると、ちょうど時期が良かったこともありますが、シャクナゲとシロヤシオ、新緑の美しさに感動させられた、いい登山であったと思います。