桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

行き当たりばったりの北海道④~利尻から塩狩まで

2024-10-27 22:59:38 | 旅行記
うみねこゲストハウスに戻ってからも、早めに寝ることにしました。翌日も好天の予報であるため、同宿の皆さんやスタッフの皆さんも利尻山に登ることにしたそうです。
翌朝は5時前に起床し、簡単に洗顔して車を飛ばして島の南へ向かいました。前日は波立って見られなかった、水鏡に映る利尻山を見るためです。朝日が当たる利尻山の姿は、走って行くにつれて姿を変えていきます。
まずオタトマリ沼へ。予想通り水面には波がなく、朝日の当たる利尻山がきれいに映っています。しかしオタトマリ沼の南の岸には草が生えており、山の姿がよく見えません。そこで沼に沿って付けられた遊歩道を東に回って歩いていくと、ちょうど良く岸に岩が積み重なり、遊歩道からも簡単に降りられる場所がありました。ここから見ると、水面に利尻山全体の姿がきれいに映っています。オタトマリ沼は水の色が黒いため、一層きれいに映って見えます。
オタトマリ沼を後にして、今度は南浜湿原へ向かいます。ここも予想通り、水面に利尻山の姿がきれいに映っていました。南浜湿原の沼の水も黒いため、利尻山の姿がくっきりと映っています。
宿に戻りながらあちこちで車を駐め、朝日の当たる利尻山の姿をカメラに収めました。改めて、架蔵の坂本直行の描いた利尻山の絵は、鬼脇から少し北に行ったあたりから見た利尻山の姿を描いたものだろうと考えました。利尻山が水面に映る姫沼にも行こうと思ったのですが、オタトマリ沼と南浜湿原ですっかり満足したので、姫沼に寄らずに宿に戻りました。
宿に戻って一休みしていると、前日利尻山に一緒に登ったライダーのIさんが利尻島一周をして戻ってきたところでした。他の宿泊客が全員利尻山に行ってしまい、ひとりぼっちで朝食を済ませた後、Iさんを見送り、私も荷造りをして、宿の方に見送られながら出発して港に向かいました。うみねこゲストハウスは良い宿でした。
フェリーでは珍しく、かなり長い時間をデッキで利尻山を眺めて過ごしました。デッキで過ごしていても涼しさも感じないのはやはり異常なことなのでしょう。
稚内に着いてIさんと別れ、再開して間もないプチガラクに向かいました。ここのスープカレーは絶品です。列に並んで開店を待ち、店に入ると間もなく満席となり、人気の高さがうかがえました。かみふらのポークの豚しゃぶと7種きのこの森と、キウイのラッシーを頂きました。ついで稚内で一番のパティスリーであるヒルンドルスティカに向かいました。お目当てのパフェはソフトクリームができるのに時間がかかるとのことで、マンゴーのデザートにしました。カレーもラッシーもデザートも美味しかったです。
この後向かったのは廃止が取り沙汰されている抜海駅。1日数本しか列車がやって来ない駅ですが、廃止が取り沙汰されているためか、一層うら寂しい雰囲気が漂っていました。いたずら防止のためでしょうか、警備の人とおぼしき人が乗った車が止まっていました。もう二度と来ることはないだろうと思いつつ、駅を後にしました。
その後は士別市で会う方がいるため、時間に間に合わせるべく車を走らせました。 その方と会った後、この日の宿である塩狩ヒュッテに向かいました。本来だと富良野や東川の宿に泊まりたかったのですが、いずれも満室。旭川のホテルも調べたところはいずれも高い部屋しか残っておらず、当初の予定より大分北寄りの塩狩ヒュッテがかろうじて1室空いていたため予約を入れました。
塩狩ヒュッテは昔の塩狩温泉ユースホステルとは異なり、新たに塩狩駅前にオープンした新しいユースホステルです。オーナー自らが建てた新しい建物で、小さくても快適な宿でした。この日は個室対応で、食事も美味しく、また泊まり合わせた埼玉の医師の方、宮城の”のる”さん、京都から来た外国人留学生の方と楽しく話ができました。
翌朝はのるさんと2人で医師の方を塩狩駅で見送りました。ちょうど列車の交換があり、久しぶりに”鉄分”の多いひとときを過ごしました。












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久しぶりの四阿山

2024-10-16 19:48:47 | 旅行記
四阿山はかつて嬬恋側からゴンドラを使って登ったことがありますが、尾根筋は眺望に恵まれず、また山頂はガスの中で何も見えなかったので、いつかもう一度登りたいと思っていました。この3連休はいずれも好天の予報なので、14日(月)に登ることに決めました。
菅平は昔仕事で数回来たことがあります。その時には「こんな良い天気の日は仕事なんかしないで四阿山に登れたら良いのに。」と思うことがたびたびありました。それをようやく今回実行できました。
菅平牧場の入り口で入場料300円を支払い、駐車場で準備をして登り始めます。体力のあるうちに根子岳から四阿山への登り返しを登ってしまいたいと思ったので、時計回りで登ることにしました。
青空の下で登りながら後ろを振り返ると、背後には遠く北から妙高山から高妻山の山並、その南に北アルプスの山々がずらりと勢揃いしています。東屋に到着して山々を眺めました。その多くの山に登頂しているのは、毎度のことながら感慨深いです。
東屋からは白樺やダケカンバの林の中を徐々に登っていきます。樹林帯を過ぎるとあたりは笹原となり、遠くに山頂が見えてきます。南には先週登った八ヶ岳の山々が聳え、蓼科山の左には遠く北岳も見えます。その東側には雲の上に浅間山が頭を覗かせています。その右には中央アルプス(宝剣岳がはっきりとわかりました)、御嶽山、乗鞍岳も見えます。
間もなく根子岳の山頂に着きました。南には四阿山が聳えています。いったん鞍部に下り、四阿山に登り返さなければならないのですが、かなりの下りと登りがあるようで、この先がちょっと不安になります。
周囲の山々を眺めながらしばらく休憩し、まずは鞍部への下りにかかります。大きな岩をよけるように付けられた道を下りながら、時に岩の上に登って眺望を楽しみました。そこを過ぎると登山道は一面の笹原の中を通っていきます。
そこを過ぎると鞍部に到着し、そこからいよいよ四阿山への登りにかかります。樹林帯の中に笹が生い茂り、木の根に足を取られそうになりながら登っていきます。ここの登りは距離は短かったものの斜度はかなりきつく、やはり時計回りにして正解だと思いました。
登り切ると目の前に分岐のある広場が広がりました。ここで菅平牧場から登ってくるルートと合流します。ここから東の方を見上げると、木の階段が続いているのが見えます。これを登り切ると山頂のようです。登りにくい階段を登りきり、さらに進むと人の声が聞こえ、山頂に到着しました。
最高点の横にある山頂標の前で記念撮影をします。前回と異なり青空の下です。祠の裏側の石垣の上に登って、背後に連なる山々を眺めます。これまでも繰り返し眺めてきた、妙高山~高妻山の山並と白馬三山~穂高岳の山並が一望できます。四阿山の山頂からはこんなにも素晴らしい眺望を得られるのかと驚かされました。浅間山方面は雲海となっており、雲の上に浅間山の頭がちょっとだけ見え、時折雲の切れ間から嬬恋村のキャベツ畑が見下ろせるだけでした。
山頂は狭いので、30メートルほど西にある別の祠の前で昼食にしました。八ヶ岳での反省を生かし、今日は朝食もしっかり食べ、水分も十分に取ります、昼食も普段より少し多めに食べました。おかげで今回は最初から最後までずっと同じくらいの足取りで歩くことができました。
昼食後は下山するばかりです。正面遥か遠くに穂高連峰を眺めながら、一歩一歩下っていくのは何とも気持ちが良いものでした。中四阿山、小四阿山の小ピークには登ることはできませんでした。徐々に下っていき、最後は牧場の縁を回るようにして歩いていくとアスファルトの道に出て、駐車場に到着しました。
牧場とくればソフトクリームでしょう。甘党の私には牧場で食べるソフトクリームは最高でした。ここのところ甘いものを控えめにしているので、なおさら美味しく感じました。
3週続けて百名山に登りました(平ヶ岳・八ヶ岳・四阿山)。今年は10月28日が天気が良ければ近場の山に行こうかと思っていますが、私の今シーズンの山は恐らくこれで最後になるのではないかと思います。




























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2週連続の百名山は八ヶ岳へ

2024-10-09 16:05:23 | 旅行記
先週の日曜日に平ヶ岳に登ってきて、また今週の日曜日も登山となりました。若い友人と八ヶ岳に登ってきました。この友人との登山は2回目。八ヶ岳はもう5回目で、これまでの4回はいずれも少しずつ違うルートを登ってきたので、今回も検討した結果、まだ登ったことがない阿弥陀岳に登ることに決め、美濃戸口から入り、行者小屋~阿弥陀岳~中岳~赤岳~文三郎尾根~行者小屋と回って美濃戸口に戻ることにしました。下山後も長時間のドライブが控えているので、一番短いルートを選択した次第。
10日ほど前から4種類ほどの山の予報とにらめっこしましたが、めまぐるしく変わるのには正直言って困りました。結果、てんきとくらすの予報が一番正確でした。
登り初めは曇り空。それが次第に雲が切れ始め、青空が広がり、日が差し始めました。行者小屋までは苔が美しい沢沿いの道が続きます。登山道が河原のようのところを通るようになると、ナナカマドの紅葉越しに目の前に横岳の絶壁が立ちはだかるのが見え、間もなく行者小屋に着きます。
行者小屋でも紅葉越しに赤岳の絶壁を見上げることができました。小屋の前のベンチではたくさんの人が休んでおり、テントも並んでいます。予報がいまいちだったせいか、以前10月頭に登った時よりも人が少ない気がします。
小屋からは初めてのルートを通って阿弥陀岳に向かいます。赤岳に直登する文三郎尾根のルートより斜度は緩やかですが、距離は長いです。途中、紅葉の向こうにかつて登った硫黄岳が見えました。
次第にガスがかかり始め、阿弥陀岳と中岳の分岐に着きましたが、本来なら南に立ち並んでいる富士山や南アルプスの山々は雲に覆われて見えません。しかし、遠くには雲海が広がり、手前には南八ヶ岳の山々が立ち並んでいました。尾根の北側もガスに覆われ、さっきまで遠くに見えた硫黄岳や、下に見えるはずの行者小屋も見えなくなってしまいました。
荷物をデポし、阿弥陀岳への登りにかかります。とても急で、手で岩をつかんで登るところが半分以上だったでしょうか?でも30分もしない間に登頂できました。山頂から正面に眺める赤岳の姿は荒々しく目前に迫ってきましたが、実は今回初めて、赤岳と阿弥陀岳の間に中岳という別の山が聳えていることを知りました。
分岐までも急な崖のような登山道ををヒヤヒヤしながら下りました。分岐まで戻ってふと顔を上げると、何と富士山が雲海の上に顔を覗かせているではありませんか!すぐさまカメラのシャッターボタンを押しましたが、間もなくまた雲に隠れてしまいました。
実は阿弥陀岳の登りあたりからシャリバテ気味で、分岐でパンを頬張ってから中岳の上り下り、赤岳への登りにかかったのですが、これがきつかった!少しふらつくこともあり、シャリバテの怖さを実感しました。若い友人は体力もあるので先に行ってもらい、申し訳ないことに長時間待たせてしまいました。それでもなんとか赤岳山頂直下の岩場を登り切って、予定通り昼前には登頂できました。
4年ぶりの山頂は残念ながら雲の中。やはり予報のせいか人は少なめです。たまに雲の切れ間から青空や太陽が顔を覗かせます。風は少し吹いていますが寒くはなく、風をよけて昼飯にしました。
天気が回復する様子もないので、昼飯後はすぐ下山することにしました。山頂でエネルギー補給をしたためでしょう、行きには山頂まで30分以上かかった文三郎尾根分岐まで、下りは15分もかかりませんでした。
文三郎尾根には通称“マムート階段”というのがある他、急な尾根にたくさんの階段が付けられており、登る時はとても苦労します。ここを今回初めて下りに使いました。辛い登りとは反対に、下りはスタスタ下っているうちに降りきってしまいました。
行者小屋では、行きに確認しておいた、水場の水に浸かっていたCCレモンを大枚はたいて購入し、2/3くらいを一気に飲み干しました。酒飲みならビールと行きたいところですが、私も若い友人も下戸です。このCCレモンを飲みたくて足早にマムート階段を降りてきたと言っても良いでしょう。
行者小屋からは今朝通ってきた道をそのまま下りました。それほど疲れは感じていませんでしたが、意外と時間はかかりました。帰りには、ちょっと遠回りにはなりましたが、八ヶ岳登山時には毎度おなじみの縄文の湯に入って汗を流して帰途に就きました。

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