お愉しみはココからだ!!

映画・音楽・アート・おいしい料理・そして...  
好きなことを好きなだけ楽しみたい欲張り人間の雑記帖

コージーミステリを読み耽る愉しみ その12 優しい幽霊シリーズ(ナンシー・アサートン著)

2023年05月05日 | パルプ小説を愉しむ
第8話『ディミティおばさまと悲恋の修道院』では、子育てノイローゼ気味になったロリのことを考えた周りの人々がロリをハイキングへ送り出す。大自然の中を歩いて気分を転換させて心を和らげさせようという計画だったのだが、ハイキングの途中にイギリス全土を猛烈な寒波が襲い、大雪になってしまうという大ハプニングが起きてしまう。しかも、地図を読まず行き当たりばったりの旅程が好みのロリは計画とは異なる道に踏み込んでしまった挙句にレディソーン修道院という名の古い建物に緊急避難することとなった。そこには、ロリの他にも土地に迷った2人のアメリカ人に加えて、ショットガンを振り回す管理人と称する老人がいた。修道院といっても本物の宗教的な修練の場ではなく、修道院に似せて作った金持ち層の屋敷の名残を最近になって有名女優が買い取って改装を加えてところだった。元々の所有者、デクラーク一族の最後の末裔は第二次大戦後にこの屋敷を負傷兵のための病院としており、そこに収容されていた米国兵に対して恨みつらみが残っていたようだ。偶然迷い込んだ2人のアメリカ人のうち女の方は、意地が悪くロリに辛く当たるし、夜中に屋敷内を探索している気配がある。古い屋敷内を漁って金目のものを盗もうという魂胆かもしれない。もう一人も男の方は優しく気が利いて、しかもハンサム。ここ何作か連続でロリのホルモンが異常に発生し、あわやロマンスに発展するかという危機が今回も続く。幸いなことに、いずれの回も相手の男は紳士だったので、何も起こらず今回も同様。

秘密のノートでディミティおばさまと会話したロリは、おばさまもその施設で負傷兵の看護をしていたために末裔のルーカスタを知っていた。治療を受けていたアメリカ兵との間で何かがあったようだ。それが今回のミステリのタネで、ロリは屋敷内を漁っていると思われるアメリカ女性、ウェンディを探りながら自身でも屋敷内の探索を始める。すると2名は実はグルであることが判明し、しかもウェンディは多くの宝石類を持って男の部屋に入ってきたことを見つけてしまう。これは一族に古くから伝わる宝石類、孔雀のパリュールで、ルーカスタはアメリカ兵によって盗まれたことでアメリカ人を毛嫌いしていたのだと判明。しかも、戦後から自分が死ぬまでに、入院していたアメリカ兵に対して恨みつらみの手紙をずっと出し続けていた。盗んだのは2名の父親の2人組。2人は父親たちが盗んだ宝石類を秘密裏に返そうとして大雪の中この修道院にやってきていたのだった。犯罪は犯罪として、残りの人生を悔恨の情にさいなまれつつ過ごした元米兵2名と父親たちの犯した罪のお詫びとして宝石類をそっと返却しようとする2名の若者たちの気持ちを考えて、ロリも返却に手を貸す。問題は、どこからパリュールを盗み出したかだ。大理石でできた箱の中、というキーワードからそれは祖先たちの霊廟の中の棺の中からだと考えてロリたちは、新月の夜に霊廟に忍び込む。幽霊騒動も何も起こらずに、棺の中には宝石類を格納するスペースがあることを見つけて無事に宝石類は一族の手元に戻った。とは言っても、一族はすべて死に絶え、今や館は別の人間の所有物になっているのだが。著者が米国人であるから、同国人の犯罪には寛容なようだ。逆の立場だったら話の展開は全く異なっていたであろうことは容易に想像がつく。悔恨の情を抱いたまま残りの人生を過ごしたとか、子供たちが父親たちのために宝石類を返そうと奮闘しているけなげな姿というもの以上に、同国人という意識が昔の犯罪をなかったものとしてリセットさせてしまってめでたしめでたしという終わりにしてしまったようだ。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

第5話の『ディミティおばさま幽霊屋敷に行く』でも人殺し事件は起きない。が、ロリが悪天候ゆえに起きた地すべりに巻き込まれて九死に一生を得るところから始まる。元上司のスタンから依頼されてイングランドとスコットランドの端境エリアにあるノーサンバーランドで稀覯本の鑑定に出かけたロリは、悪天候の中道に迷って軍が管理する演習地域に迷い込んでしまう。突然起きた地すべりに愛車が流され辛うじて逃れ出たロリは大雨の中5マイル歩いて人家に辿り着き、親切な男性に介抱されて一命を取り留める。男の名前はアダム、著作を完成させるために辺鄙な地方の小屋に籠っていたところ。ロリが訪ねるべきウィアードハースト館とは目と鼻の先。夫のビルから救助依頼が出され、軍もロリを探していた。マニング大尉に館に連れられたロリは、そこで主のジャレドと新妻のニコールに会う。ニコールと年が相当離れたジャレドは人を見下した態度をとる男で、ニューカッスルに用があるといってすぐに旅立ってしまう。使用人に囲まれてはいるものの寂びれた館に残された寂しそうなニコールにロリは同情するが、この館には幽霊が出ると村人たちは噂をし、ニコールも幽霊がいるという。ディミティおばさまという幽霊と交信できるロリにとって、幽霊とは恐怖する対象ではないものの、ひょっとした切っ掛けで知った隠し階段で不気味なものに遭遇して倒れて頭を打ってしまう。この屋敷には何か秘密があると感じるロリ。本業の稀覯本の鑑定を始めてみると、100年ほど前の居住者であった10代の娘が村の男と親が許さない恋仲になっており、二人の文通が本によってなされていたことを見つける。二人の運命に興味を持ったロリは文通の残りを見つけようとする。屋敷の中で起こる不思議な出来事、そしてロリもアダムに対して自分で自分を制御できないほどの異常な興味関心を持つようになってしまう。タネを明かせば、この館に悲恋の少女の霊が残っており、その霊がロリに取りついてアダムへの興味関心を沸き立たせていた。ニコールと一緒に秘密会談奥にある秘密部屋に隠されていた本から文通の残りが発見される。地元の男は身分も財産もないが、クレアは令嬢だ。何も持たない男は丁度勃発した第一次大戦に志願し、名誉を得ることでクレアに相応しい男であることを証明しようとしたが、結局は激戦地で死んでしまう。令嬢のクレアは男の子供を身籠っていたが出産後に死んでしまう。生まれた子供の孫がアダムにあたり、アダムは自分のルーツ探しも兼ねてこの地方に来ていたのだった。果たして幽霊は、自分の親と祖母を不幸に追いやったクレアたちに対するアダムの嫌がらせであった。その上、長い間閉じられていた館は地元に住む過激派テロリストたちが武器弾薬を秘匿しておいた隠れ家でもあった。スコットランドへの自治反対を標榜する過激派の地元パブ亭主と家族たちとアダムとが別々に相手のことを知らずに館に忍び込んで幽霊騒ぎを起こしていたという顛末。前作では行倒れの男の身元捜索、今回は訪れた先の館での幽霊騒ぎと、人殺しのような物騒な事件でない事件を面白く読み進ませる著者の力量は認めるものの、今回の過激派テロリストというのは唐突すぎる。作者もちょっと困ったのか、それともこの時期に英国で何かがあったのか。

いかめしい顔は厳しく強情そうで、ぎゅっと結ばれた口元は頑固そうだ。くちばしのような、横柄そうな花。半眼で睥睨する目。白か黒しかない人生を送った男、神は自分と同じヴィクトリア時代の人物に違いないと信じていた男に違いない。
高慢な英国男を形容するに相応しい表現として「神」まで持ち出すとは、アサートンもよっぽど腹に据えかねているのだろう。

寝室の華美な壁紙を背景にくっきりと浮かび上がった姿は、ラファエル前派の絵から抜け出た乱れ髪の乙女のようだった。
ラファエルやミケランジェロなど、ルネサンス時代の高名な画家を持ち出して女性の美しさを褒めたたえるという行為は、相手の美しさを極上のものとすると同時に口にした者の教養も保証してくれるのだろう。是非使ってみよう。でも、ピカソが描いたようだでは反感を食らうだけだろうが。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

9か月ぶりにこのシリーズの第4話『ディミティおばさまと聖夜の軌跡』を借りた。アメリカのみならずイギリスを舞台にするコージーミステリの多くが殺人事件をテーマとするのみ対して、このシリーズは殺人以外がテーマとなることが多い(もちろん人が殺される事件もあるが...)。今回は、クリスマスシーズンを前に主人公ロリ・シェパードの家の前で行倒れになっていたホームレスの男の正体を探るという地味なテーマの物語。地味ではあるが読んでいて飽きないのは、書き手の力量ゆえだと思う。最初は不潔さゆえに気味悪がっていたのだが、病院に見舞いに行った際にこの男の端正な顔に惹かれてしまい、正体を知りたくて仕方なくなったロリ。病院付近で貧困者向けのシェルターを運営しているカトリック牧師と知り合い、一緒に調べるようになる。夫のビルが親しい友人の葬儀と相続処理のために家を不在にしている間、自然が沸き起こす欲望をこのホームレスの男と牧師両方に感じていることを認めることは作者も正直だ。男は大戦中にあった空軍基地を転々と巡っていたことが判明。しかも、空軍兵士に贈られる勲章をいくつも持っていた。戦争当時の空軍と何らかの関係があると知った二人は各地の元基地を調べる中、男の姉を見つけて正体を知る。男の名前はクリストファー・アンスコーム・スミス。キットと呼ばれるこの男は、ロリの友人であるエマ・ハリスが住むアンスコーム・マナーに住んでいたサー・マイルズの息子で、ご近所さんのディミティおばさまとの知り合いの仲。キットは、父親が戦争中に戦略爆撃という名前で一般民間人を多く殺したことに衝撃を受けて贖罪の旅にでていたのだった。その旅が終わりに近づいた時に次に何をすべきかをディミティおばさまに相談したくてクリスマスシーズンにフィンチまでやって来ていたのだった。一命を取り留めたキットが、やがてアンスコーム・マナーで馬の世話係として働きだすことは第6話をすでに読んでいるので知っている。このように話の輪が繋がっていくことが確認できた。前述したように、地味なテーマではあるが、シリーズ全体を俯瞰してみた際にミッシングリンクが埋まるような上手いテーマ設定であることが分かる。

間隔の広い目や曲線を描く唇は、ミケランジェロに刻まれたものかもしれない。
ロリが心ならずも惹かれてしまうキットの整った顔がこのように紹介されている。顔の美醜が一瞬にして人の好感情のみならずその後の行動までも運命づけてしまうという世の不公平には大変に不満ではあるが、「ミケランジェロに刻まれたもの」という比喩はいただける。「ダ・ヴィンチが描いたかのよう」というのも使えるだろう。ピカソが描いたはダメだろうが。

あなたは最善を尽くしているし、わたしにとっては、最善を尽くしている人は誰だって十分なの。あなたが同志で神は幸運だわ。
一緒にキットの正体探しをしてくれる牧師のことをロリがこういって労う。「神は幸運」というちょっとした一言が決めてだね。

「目の前を横切る人を、誰ひとり透明人間にしないこと。」
その牧師がロリに言う。これから他人に対して暖かい目を向けて欲しいと。他人に親切にするというありきたりの言葉ではなくて「透明人間にしない」という台詞がなんと印象的なことか。そして、こんなことも言っていた。
まともな世界は、ちょっとした親切の積み重ねでできる。

邪悪な存在と戦うときにはいかなる手段も許される、と決めた時、人々にとっての善は滅ぼそうと決めた悪と区別がつかなくなった。(クリストファー・ドウソン「国々の審判」)
この警句は使える。是非覚えておこう。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

直前の投稿が今年の4月9日。ということは、2か月ちょっとしか経っていないというのに、頭の中では何年ぶりかのような感覚だった。今回は第7話『ディミティおばさまと貴族館の脅迫状』。貴族館というのにそそられました。

隣人の親友、エマの旦那、デレクが実は伯爵家の直系男子であることが判明。本人は、若いころから父親である伯爵と仲たがいしており、貴族としての暮らしではなく歴史的建造物修復の職人として幸せに暮らしている。伯爵も年老いて、しかも心臓に爆弾を抱えている。しかもデレクの長男はもうすぐ21歳になって相続権を獲得できる年になるし、長女のネルは祖父の秘蔵の孫娘。ランチを食べさせるために、自家用ヨットでモンテカルロまで行く、という台詞すら登場していた。しかもロリの旦那、ビルは数か月前から伯爵家の法律問題を扱うようになっており、デレク夫婦とビル・ロリ夫婦も伯爵のカントリーハウスに招かれる。登場人物は、伯爵含めてこの4人プラス、デレクから見ると甥と姪にあたる人物、そして使用人たち。事件は、親族の一人であるサイモンが得意なはずの乗馬で落馬してけがを負うというところから始まる。殺人ではないのですね。うっかりの事故かというと、サイモン宛に脅迫状が来ていたことから事件性を帯びてくる。警察沙汰にしたくない伯爵とそれを慮る親族。そこでロリの出番となる。

結局は、デレクが幼少の頃に乳母がデレク可愛さのあまりに相続権を横取りしようとしていると勘違いしてサイモンを脅迫するのみならず、落馬事故に見せかけて殺そうとしたもの。この乳母は最後の最後、謎解きのシーンで突然現れるという唐突な設定だが、それでもコージーミステリーだからOK。何よりも、読んでいて何の引っ掛かりもなくスムーズに読み進められるという作者のうまさがある。事件解決の糸口をくれるのは、ロリとは秘密のノートを介して会話できるディミティおばさまという幽霊。こんな設定もOK。なぜなら、読んでいて楽しいから。特に今回は、伯爵家のカントリーハウスという想像を絶するスーパーリッチな暮らしの中でも物語だったのだから。

ヘイルシャムのエントランス・ホールは、ローマの寺院のように格式と冷ややかさを感じさせるものだった。乳白色の大理石の壁、大理石の彫像、そして黒い鍛鉄に金線をあしらった手すりがついた広々とした大理石の主階段。二階の廊下は寒々とした大理石ではなく、壁は薄桃色の漆喰、床は矢筈模様のチーク材で、壁に並ぶブロンズの燭台にはやわらかい光が灯っていた。(中略)壁は深紅のダマスク織で覆われ。金張りの額縁に入った油彩の肖像画がかかっている。大窓に掛かった金色のベルベットのカーテンは、両端にいよせられて房飾りのある紐でもとめており、窓の上部も房飾りのついたスワッグ・カーテンで装飾されている。(後略)
到着後に執事に部屋まで案内されたロリがカントリーハウス入口と自分にあてがわれた部屋を形容するのに5段落、1ページと2行を要している。この超がつくほどの贅沢さが読者を夢見心地にさせてくれる。作者は、この非現実的な状況をイメージが膨らむように分かりやすく描写してくれる。これがこの著者の上手なところだ。

「18世紀の生まれにしては、ずいぶん保存状態がいいのね」
「ぼくが時代遅れだっていうのは、率直に認めるよ。いつだって田舎の方が都会より好きだし、手作りのほうが大領生産より好きだ」

幼いころにメヌエットを習っていたという親族の一人、サイモンとロリの会話。時代遅れという代わりに18世紀の生まれだって。

「今はお好きじゃないんですか?」
「好きですよ。乗らなくていいなら、ですけど」
これまた親族の一人との会話。英国貴族らしく乗馬をすることが当たり前のように考えている親族の一人との会話。

「実にエリート主義的な考えだな」
「そうかもしれないけど、別にいいでしょう?どんな貧しい人だって木を彫り、粘土を焼き型に入れ。石を刻むー人の精神は美を貪欲に求めるものだからよ」
もし、私が自分の意見をエリート主義的だと言われたなら、どう反論するだろう?ロリは一旦そうだと認めた後で、人として美を追い求める本能に言及することで見事な反論をしている。勉強になるなぁ。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

このシリーズを最後に呼んだのが2020年7月。ということは、2年近い歳月が流れた後で今回『ディミティおばさまと村の探偵』を読んだ。4話と5話を飛ばしてシリーズ第6話になってしまったが、たまたま図書館で見つけのがこれだったから仕方がない。

イギリスのコッツウォールド地方にあるフィンチという村で人が殺される事件が起きる。村での殺人は1世紀ぶりのことと。殺されたのは、村人たちから目の敵にされていた初老の女性。目の敵にされるのは無理もない。当人自身が他人を誹謗中傷、根も葉もない噂をばらまいて貶めることに快感を感じる異常人物だったから。警察が介入しても村人たちは互いを庇い合って情報を漏らさない。少ない情報の中で目をつけられたのが、主人公のロリが守護天使のような役割で守っている傷つきやすいキットという青年だった。キットを救うためにロリは事件の究明を始めるが、たまたま訪れていた村の牧師夫人の甥御が手伝うこととなった。この甥御、ニコラス・フォックスという30男は、繊細な心根と外見、禅と格闘技を身に着け、女性に対する優しいマナーと物言い、人に対する気遣いなど、なかなかの好男子。ロリもニコラスに好意を超える感情を抱くようになり、それが噂好きの村人たちの注目の的になってしまう。この二人の関係がただならぬものにならないであろうことは、この物語がラブロマンスではなくコージーミステリーという範疇であるから安心してできる。

殺された女性に恨みを抱く村人は数多くいて、それぞれがなぜ恨みを抱いたのか、何をネタに誹謗中傷されていたのかが次々と分かってくると、だれでもが犯人になりそうだが、この手のお話では犯人になりそうな人間が犯人になることはない。一体だれが殺してのか?最後の最後には、ひょっとしてニコラス自身が殺したのでは?という疑いももってしまった。

ネタを明かせば、事件は殺人ではなく、死んだ女性が部屋に飾っていたゼラニウムの鉢が頭蓋骨の脆いところにあたって死んだという単なる事故。田舎の警察が不十分な現場検証しかしないために事が大事となってしまっただけ。そして、なんとニコラスはロンドンで刑事をしていた人物。だから人を誘導したり問いただしたり、真相にグイグイと迫っていることが得意だったというおまけつき。潜入捜査で相棒が殺されたことがトラウマになって療養中だったニコラスが、叔母の牧師夫人に頼まれてロリを手伝うこととなった。ニコラスが繊細な人物として描かれていたのは、トラウマを抱えて葛藤しているという設定だったから。ニコラスとロリの関係も清らかなままで、ロリと夫のビルはトラウマ解決を手伝う存在になることで物語は無事に終わる。

このシリーズは、不要な料理が長々と書かれることもなく、事件を追っている中での主人公ロリの気持ちの流れがごく自然に描き出されているところに読みやすさがある。事件解決は二の次にして、主人公や友人が作る料理やクッキーなどがこれでもかというくらいに出てくる他シリーズとは異なり、安心して読めるコージーミステリであることを再確認した。

いつもはかすかに見えるだけの額の皺は峡谷のように深く刻まれている。
いつものことながら、ありふれた情景を印象深くさせる比喩の使い方が見事だ。教養とは手間暇かけた装いと正しい日本語と言っていた台詞があったが、良い意味で裏切る比喩や言葉遣いも教養に含まれるのだと思う。

互いに強い気持ちを掻き立てられているは明らかで、目が合う旅に火花が散っている。この気持ちは、どうすればいいのだろう?
こういう台詞を入れることで、ロリとニコラスの関係の深さを読者に心配させるように持って行っているのですね、作者も罪作りです。


   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

立て続けに、シリーズ第一作『ディミティおばさま 現る』を手に取った。それだけ、読み物として面白い。特に次がどうなるのかを気にさせる展開の組み立てとストーリーの流れの心地よさとがそうさせるのだと思う。

母親に死に別れ、夫とも離婚して失意と貧乏のどん底にあるロリの元に、ある日立派な封書が届く。ウィリス・アンド・ウィリスという弁護士事務所から届いた手紙で、
クリーム色の封筒と便箋、厚みのある紙、光にかざすとすかしとすの目が入っている

という稀覯本専門家のロリの目ならではの観察結果がさりげなく披露されてつつも、物語がここから展開するぞ!という予感を醸し出してくれる。実際、ここからロリに幸運が舞い込むことになる。

指定されたオフィスを訪れたロリは、子供の頃に母親から御伽噺として聞かされていた”ディミティおばさま”が実在していたこと、ディミティおばさまとロリの母親は大親友で、おばさまの物語は二人の間の手紙の遣り取りから生まれていたこと、そしておばさまが亡くなってしまった今、ディミティおばさまが暮らした英国フィンチ村の家に一か月滞在しておばさまが創作した物語を出版するためにロリが序文を書くことが遺言で求められいることを告げられる。必要経費は実質的に自由に認められ、仕事が無事に終了した暁には一万ドルが手に入るというロリにとっては天からお金が降ってきたような”たなぼた”な申し出だった。二つ返事でOKしたロリは、弁護士事務所のパートナーである息子のビルとフィンチ村へ旅立つ。

村では往復書簡を読み耽る合間に、ディミティおばさまが抱える悩みであり苦悩を解き明かそうと、いろいろと村人から情報をとったり、ロンドンとの往復をする。そして暴き出された悩みは、第二次大戦中におばさまを襲った不幸せな恋とその結末にあることを見つけ出し、恋人との間の些細だが大きなかけ違いを生んでしまった誤解を解くことに成功する。

こうして、ロリはディミティおばさまの物語の序文を完成させただけではなく、遺言に書かれたようにフィンチ村の家と財産を相続し、その上同行していたビルと恋に落ちて結婚することになる、という目出度しめでたしのエンディングを迎える。

冒頭でロリが訪れる弁護士事務所、ウィリス・アンド・ウィリスはボストンの富裕階級を顧客に持つ成功した名門事務所で、どれだけ成功しているのかが建物や家財の描写で描かれている。
ここにあるのはオフィスではなく邸宅、それも両側をオフィスビルにはさまれて小さく見えるものの、まったく位負けしていない風格漂う豪邸だった。そにかくそこには、コンクリート砂漠のただなかの美しい荘重なオアシスがあった。


グレイの大理石でできたシャワーストールとジャクージバス、たっぷりとした収納、流線形をした革張りのリクライニングチェア、マッサージ用ベッド、全身が映る大型の鏡、電話、オーディオ、テレビ、ビデオ、トレーニングマシンが置かれている。(中略) この更衣室をそこいらのバスルームと比べるのは、タージ・マハールを”村の小さな教会”と比べるようなものだ。

弁護士でロリの遺言執行人であるウィリアム(ビルの父親)は、
資本主義の暴君

と呼ばれながらも、有能である弁護士がそうであるように威厳を持ちつつ手際よく仕事を進める一方、ロリに対して非常にやさしく親身に接してくれる。
正直申しあげて、その気持ちを癒すためにわたくしにできることは、ほとんどありません。ですがあなたの法律顧問として、持てる能力のすべてを投じて職務を果たすことは、お約束できます。

とロリの境遇に深い理解と同情を示し、常にロリのために考えて行動してくれる。事務処理を任されている弁護士ではなく、親しい友人か親族であるかのような親密さをもって。

一方、実在していたディミティおばさまは、手紙の中で
平凡な美徳がもっとも粘り強く、穏やかな勇気は大胆不敵さより価値があることをしっていたからです

だったり、
小学校教師の報酬は、お金ではなく愛で支払われる

といった心の琴線に響くような言葉をロリに投げかける。

また、とてもロマンチックな台詞もあちらこちらに見られる。例えば、
何十もの流星がベルベットのような夜空に銀色の筋を引いて消えていく眺めは、まるで神様たちが時のかなたから送ってくるウィンクのようだ。

雨が二、三粒、ポーチにかかった屋根に当たったかと思うとにわかに土砂降りになり、ポーチをきらめく透明な壁で囲んだ。

といったような素敵な言葉がある一方、ロリのかつての上司であり恩師のことを
どうしてウェイトリフティングやワニと格闘するような職業には就かずに稀覯本という分野を選んだのか

といったユーモラスで温かい目線で紹介してくれるところも、コージーミステリでありつつも上質な読み物だと思う。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

『ディミティおばさまと古代遺跡の謎』はシリーズ3作目。前作が面白くて一気に読み上げてしまった記憶が新しいので、ついつい3作目も手にとってしまった。

前作の最後で待望の妊娠が分かった主人公のロリに、ウィルとロブという男の双子が誕生している。待ちに待った子供を授かって育児に奮闘するものの、育児ノイローズが高じてしまったロリが家の内装や家具をめちゃめちゃにしてしまっているところからお話が始まる。テーブルの角を始めあらゆる家具には緩衝材をつけ(双子が頭をかち割らないため)、扉には留め金をつけ(もちろん鍵の置き場所は忘れてしまう)、挙句の果てに下敷きにならないようにベッドからマットレスを下ろそうと奮闘しているところで我にかえる。そんなロリの前に現れた救世主の子守がフランチェスカ。子沢山の家庭で育ったために、育児も料理も掃除選択も文句なし。やっと、ロリとビルの家庭に安らぎがもどった。

と思いきや、村の外れで古代ローマの遺跡発掘作業をしている大学教授と学生グループをめぐって騒動が沸き起こる。発掘賛成派と反対派に分かれる中、牧師館から古文書が紛失するという事件が起こる。その古文書には、村はずれのローマ遺跡は他地方で発掘されたものを埋めたものだと書かれたものであったから、騒動がいっそう大きくなる。牧師夫婦に頼まれて、古文書探しを始める。

このシリーズは他のコージーミステリとは異なり人殺しのような重大事件は起きない。盗難や失踪といった、ひょとしたら犯罪ではなく何かの間違いかもしれない程度の事件なのでスリルはないものの、それでもどんな展開になるのかを愉しませてくれる作者の腕はそれなりのもの。仲の悪い村人の生い立ちと関係が話の展開とともに次第に明らかになってくることで、謎解きミステリのユルさを目立たなくしてくれる。

村一番のうるさ方である雑貨店主兼郵便局長で台風のようなエネルギーと意地の悪さを持つペギーは村の鼻つまみ者だが誰も逆らえない。そんなペギーの裏の顔を知って恋してしまったジャスパーが、ペギーのためを思って牧師館に盗みに入ったことが最後の最後で明らかになる。そして、それを切っ掛けに仲の悪かった村人たち同士に協力の輪が生まれてくる、という目出度し目出度しの物語でした。

   ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

ほとんどの記憶はあいまいで、まるで雨に濡れた水彩画のように、区切りも区別もなくつづく日々のものだった。
「区切りと区別なく」と畳み掛ける表現がいいね。

子供たちはすこぶる元気だ。同じ頃に生まれた赤ちゃんに追いつくどころか、ホーキングズ先生が考えうるどんな成長曲線をも逸脱する勢いで成長している。
成長曲線というビジネス用語がこんな風に使えるのかと一瞬考えてしまったが、子供の成長にも使える当たり前言葉なんですね。自分の脳みそがいかに仕事に偏っていたかが良く分かりました。

大枝の深緑を背景に、木漏れ日を受けた金褐色の髪が燃え立つような赤銅色に輝いていて、このうえなく美しい。まばゆい白のシャツドレスと草の染みのついたフラット・シューズを身に着けたフランチェスカは、小麦色の肌をした光り輝く女神だった。
こんな女性にめぐり合ってみたいものだ...

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

『ディミティおばさま 旅にでる』を読み始めて2ページ目の冒頭で頭の中に??マークが浮かんでしまった。なぜなら、

ディミティおばさまが亡くあってから、わたしの願いはすべて現実になった
という一文で、思わず表紙に戻って本の題名を見直し、「じゃあ旅に出るディミティおばさま」って誰? と読書に急停車がかかってしまった。

これが、シリーズの2作目から読み始める時に時たま起きる障害。気を取り直して読み進むうちに、ディミティおばさまは死んではいるが、幽霊として出没して主人公のロリ・シェパードを様々な困難・苦労から救い出すお手伝いをする役だということが分かって一安心。この幽霊であるおばさまは、ロリに何らかの危機が訪れそうになると出てきて、日記帳に文字を記すことでロリと交信し、アドバイスだったり状況説明をしてくれる便利な存在。

今回は、結婚1年目にして弁護士である夫と過ごす時間がなくなってしまったロリが、2回目のハネムーンとして英国旅行を企画したところ、あんにたがわず土壇場で行けなくなった夫の代わりに義父が一緒に来ることになったものの、その義父が失踪してしまうことから物語が始まる。失踪した義父に、幽霊のディミティおばさまが付き添うことで、ロリたちは義父の行方と失踪のキッカケとなった事件を調べることになる。

義父と夫の一族は、ニューイングランド地域で指折りの高名な弁護士事務所を経営しており、一族の片割れはロンドンで同じく弁護士事務所を営でおり、そもそも英国と米国に分かれることになったキッカケが事件の鍵を握っている。そのことを知った義父は、一人で真相究明に乗り出し、それを失踪と思ったロリたちが跡を追っかけるという展開が続く。何代か前に、双子の兄弟が英米に分かれることとなったのは、一族の事務所を英国でもトップを争う有名事務所にさせたいと願う母親の大それた野望と、双子の兄弟の間で奪い合いとなった一人の美しい女性が関わる悲劇にあることが暴かれていく中で、昔の因縁が今の一族の問題にも投影されてくるという時間を超えた絡み合いがストーリーを盛り立ててくれる。

このシリーズには大した期待はしておらず、興味本位で図書館から借りてきた(だから2巻目からのスタートとなった)のだが、読みだすと展開が気になって途中で止めることなどできないほどのめり込んでしまった。結局、一日で読了。ミステリーそのものではなく、「次はどうなるのか?」という期待を上手に煽ってくれる書きぶりがそうさせたという点で、なかなかの力量がある作者とお見受けしました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ルネサンスとは何であった... | トップ | 『おだやかに:、シンプルに... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

パルプ小説を愉しむ」カテゴリの最新記事