彼女は冷蔵庫を開けると「卵は切れているのね」と落胆したような声を出した。冷蔵庫には、ある時でもタマゴ、時にミルク、缶ビールくらいしか入っていない。いまはなにも入っていない。青い照明が何もないがらんどうの庫内を冷たく照らしている。
「朝食はどうするの」と彼女は口を尖らせながら彼を見た。
「オートミールがどこかにあるから、それにしようよ」
「だけとミルクがないじゃない」と彼女は指摘した。
「どこかにクリープがまだ残っていたと思う。それを使えば」
「しょうがないな」と言いながらシリアルのパックの中を覗いた「どのくらいいれるの?」
「シリアルは大匙で五杯、クリープは三杯か四杯がいいだろう、勿論好みで調節して」
「ふーん」と彼女は眉を顰めながら呟いた。
「お湯を沸かすのね」
「いや電子レンジでいいよ、一分半」
彼女がこの間買ってきた自分用のティーパックで紅茶を入れた。「あなたはインスタントコーヒーをスプーン大盛で三杯ね」と彼女は彼の朝のスターター処方を心得て言った。食べ終わると彼女はハンドバッグを取り上げるとあわただしく会社に行くために出て行った。
しばらく意味もなく、興味もなく、朝のニュースやワイドショーを眺めていたが、『そうだ、俺の夢パターンにはコネクティングルームというのもあったな。最近よく見るようになった』と思い出した。
ホテルによっては二部屋が内部のドアで行き来できるようになった部屋がある。大家族とか訳ありのカップルが廊下に出ないで行き来できる仕組みの部屋だ。普通のマンションには無いように思うが良く知らない。とにかく夢の中でそういうマンションに住んでいるのだ。勿論二つの部屋は内壁のドアで仕切られている。必要に応じてドアにカギをかければ独立した部屋になりプライバシーは確保される。
彼の夢ではどこか全く記憶にない棲んだこともない部屋に暮らしているのだ。しかもコネクティングドアがあるということにまったく気づかない。それがある晩、隣の部屋に行けるということに気が付いて不安に襲われる。なぜなら隣の部屋の住人がいつでも自分の部屋に入って来られるからだ。それでぞっとするという夢だ。しかも妙なのはその部屋に住んでいるという現実感は鮮明なのに、思い出そうとしてもそんなマンションに住んだ記憶はないのだ。
彼女にはさっき話さなかった。その時には思いださなかったからだが、彼女の「フロイト式解釈」でこじつけるとこの夢はなにを意味しているのだろうか。要点はなにかと彼は思案した。つまり、知らない間にプライバシーが侵されているという不安を表しているのか。もっと突っ込めば、なにか他人の考え、霊と言ってよければ、そんなものに憑依される不安を表しているのだろうか。