ダーク レディ イン ブラック(ショートショート)
夕方オートロックの入り口で彼の後から踵を接するように入って来た女性がいた。黒いワンピースなのだろうが、色がかすれたように濃いネズミ色に変色している。顔色が悪いのか黒っぽい。夕方の薄れゆく光の中で顔と服がひとつながりになったような印象がした。
おなじマンションの住人だろうと彼が会釈をしたが、女は挨拶もしない。メールボックスを開けていると女も入って来て郵便物のチェックをする。年齢は四十歳代と見た。
見知らぬ顔だ。印象に残らぬ無愛想で地味な女だ。時刻からして主婦ならスーパーの白い買物袋を一つ、二つ下げているものだが、その女性は何も持っていない。小さなハンドバッグくらいは下げていたかもしれないが、彼は気がつかなかった。会社勤めのOLが早めに帰宅したのか。知らぬ顔であった。このマンションも入居者が長いあいだには大分入れ替わっていて、知らぬ顔も増えてきた。服装からすると葬式の帰りかもしれない。
珍事はその夜起こった。ベッドに入ると、その女の夢を見た。それが妙でなんだかいやらしい、いろっぽい変な場面が出てくる。女は相変わらず無表情なのだが、状況は極めて迫真的で、彼の意志でどうにも抜けられない状況に陥っている。まるで壊れた映写機のように執拗に同じ場面をリプレーする。かれがベッドの中で身をもがいてどうにか夢魔をふりはらって起き上がった。時計を見ると午前四時だった。
彼は午前三時過ぎには飲まないことにしているのだが、寝ると又彼女が出て来そうなので表象機能をマヒさせようとロンググラスに人差し指の第二関節までワイルドターキーを注いだ。胃のことを考えてコーラで割るとクイクイと喉に流し込んだ。すこし考えて、バーボンを今度は直接口に放り込んだ。そのまま、舌の裏でしばらく転がすとのど口に送りこんだ。嚥下しないように注意して食道の上部に滞留させる。
こうすると胃から吸収するよりか、早くアルコールを吸収する。胃にも負担をかけない。舌下錠と同じ原理だ。アスピリンでも、あの写真の現像液のような酢酸の臭気を我慢して口の中で噛み砕き舌下から吸収させると、二錠もやればスピードと同じようない効果を発揮する。
温かみがじんわりと体内に放射していくのを確認すると彼はベッドに戻った。夢魔は去り今度眼を覚ました時にはカーテンを通して差し込む朝日で室内は明るくなっていた。正八時であった。