穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

テリーは若白髪

2017-08-13 04:03:37 | チャンドラー

35歳にもならないのに白髪だから手配写真は要らない。だからチャンドラーはそう書いたのだが、清水俊二訳の「長いお別れ」では

「銀髪だとか、三十五歳以上だとかいうことまでをいう必要もない」(早川文庫80刷83ページ)とある。

 意味が通じないな、と思ってペンギンブックを見ると

Not to mention white hair, and not over thirty-five years old.

とある。Vintage Crime 版でも同じである。村上春樹役でも「三十五歳にもならないのに」と訳している。

 これはここで何回も書いているような翻訳上(演奏上)の解釈の問題ではない。あきらかな誤訳である。この清水訳は1958年初版という。60年間も誤訳を放置してあるわけである。文庫化したのは1976年らしいが、書誌的な興味で言えばオリジナルは正しく訳していて文庫化の際に植字工かタイピストの入力ミスということがありうるのか。私はその手の出版作業の知識はないが。

 清水氏は1988年に亡くなっているから彼自身が文庫化したあとでも間違いに気が付く機会はあったはずだ。これも推測だが現在では版木(正確な言葉は知らない)は電子化されているのだろうから、この種の誤訳は容易に訂正できるはずである。

 それとも、誤訳も著作権で守られていて訂正できないのかな。