読む本がなくなったのでまたチャンドラーのロンググッドバイを読み直し始めた。昔からの清水訳が省略が多いのに対して村上は全訳だというが、読み始めてかなり親切な訳というか補足的な訳であるなと原文と読み比べて気が付いた。
もっとも、村上氏は文庫本の出版に際してかなり訳を見直したということも聞く。また、改訂版の都度訳を手直ししていると読んだことがある。
あるいは同様なことがチャンドラーにもあるのかもしれない。最初にテキストを特定しておく。村上訳は2007年の単行本初版である。原文はPENGUIN BOOKSでJEFFERY DEAVERの序文がついたもの。村上訳は単行本のあとがきによるとVINTAGEだという。それを前提に書く。
第一章は凝ったというかひねった文章が多い。書き始めは力が入るのだろう。スラングも多く分かりにくいところもある。
泥酔したテリーが車を売り払ったと聞いて女が急に冷たくなった描写に
A slice of spumoni wouldn’t have melted on her now.
とあるのを「彼女の舌の上でアイスクリームは溶けそうもない」としているが、私は最初に読んだ時には彼女の衣服の上におとしても溶けそうもない、と読んだが、なるほど解説的ではあるが「舌の上」のほうが抵抗がないかなと思った。もっとも、口の中のたべものをon her(tongue)というのが慣用で私の英語力がないのかもしれない。しかしon her lips としてもいいような気がする。口の周りについたアイスクリームてな感じでね。いな、むしろそのほうが響きがいいような気がする。ただし英語の場合ではである。日本語では「唇」よりか「舌の上」のほうがすっきりとしているかもしれない。
ちなみに清水俊二訳では「娘の態度がアイスクリームのように冷たくなった」とある。これは意訳だね。
清水訳は依然としてよく売れているらしい。80刷だ。もっともずいぶん前に出ているがそれを勘定にいれても村上訳より売れ足が速そうだ。
同じく第一章から:高級クラブ(高い金を客に使わせる)の駐車係が彼女のセックスアピールをThem curves and all と言うのを「あれだけのそそる身体だもの、酔っ払いの相手をしているひまはないやね」と訳している。原文のまま訳せば「あの曲線美だもの」くらいかな。あとは読者のために親切な補足をしている。
女が「彼は迷い犬みたいなものなの」はいいが「トイレのしつけはできているから」と付け足しているが原文にはまったくない。Vintage版にはあるのかな。40年以上前に出た清水訳にもないが。村上氏のサービスかもしれない。
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