穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

虐げられた人びと2、ドストエフスキー

2009-11-21 18:46:15 | ドストエフスキー書評

公爵から娘と金をだましとられた工場主はスミスというのだが、これが冒頭死ぬ。この場面はいささかホフマン調だ。話が進むとすでに何日か前に娘が野垂れ死にをしていることが分かる。

そして小説の最後で老人の孫娘ネリーが死ぬ。この少女ネリーが最高に印象的だ。カラマーゾフのコーリャ少年など比較にならぬ。

この小説の語り手は一人称の私で、新進の小説家である。ドストエフスキーの自画像だというが、そこまで感情移入はしていないと見るのが穏当だろう。平均的な新進作家という描写だ。

この語り手の小説家の幼友達ナターシャが例の色仕掛けで金をスミス親子から巻き上げた公爵の息子と恋仲になるというわけだ。

ナターシャも印象的だが、とびきり印象的というわけでもない。ドストの小説によく出てくる気の強い女である。こういう女たちにとって愛するということは相手を支配して思い通りに動かすのと同義である。がゆえに常に現実とのギャップに悩む。

つまりうまくいくときには幸せの絶頂にいると思い込み、相手がフラフラしだすと地獄にいるような焦燥感を味わう。いささか神経症的な女だ。カラマーゾフにも二人ほどいるだろう。

公爵の息子で娘の恋人はアリョーシャ、あとで「白痴」の主人公につながっていくキャラだ。純真無邪気で大人になりきっていない。無責任そのものだが悪意はまったくない。言っていることがその時々で矛盾してもなんとも思わない。

要するにAという美女の前にいけば彼女にメロメロ、1時間後にBというグラマーの前にいけばAのことを忘れて夢中になる。その一時間後にAのところに戻ればAしか目に入らないといった男だ。考えてみると女だとかなりこういうのがいるね。男では珍しい。悪党でそういう男はいるが、アリョーシャは純真無垢でこうなのだから、男では珍しい。

このキャラもそこそこというところだ。少女ネリーとともに圧倒的な存在感をあたえるのが父親のコワルスキー公爵である。「小悪好き」公爵だね。もとは日本語だったかな。

この類型は罪と罰のスヴィドリガイリョフ、悪霊のスタブロ銀次、カラマーゾフのイワンで、みなその仲間である。いわば堕天使ルシファーである。しかし、私は初出のコワルスキー公爵こそ、このキャラ造形の最高傑作と断じる。

なかでも「私」を深夜レストラン、日本でいえば終夜営業の居酒屋か、に連れ込んで得々と自説を披歴するところは他作品の同様の場面に比べて最高だ。罪と罰にしろ、カラマーゾフにしろ、こういう堕天使が居酒屋に相手を連れ込んで自説を披歴する。まったくおなじパターンである。

豊崎某女によればネタの使いまわしだ(彼女が書評で村上春樹に難癖をつけたときの言い草)。いいではないか。使いまわし大いに奨励する。

小説としてはドストのなかでもっとも脂の乗り切った傑作ではないか。通俗小説に弱いわたしはそう思うのであった。

星五つ半。


虐げられた人びと、ドストエフスキー

2009-11-21 08:46:25 | ドストエフスキー書評

虐げられし人びと、と覚えていたが「虐げられた人びと」なんだね。昔は「し」だったような記憶があるが。学生時代に読んだ粗悪な紙に細かい活字の本でね。誰の訳だったか忘れた。

この頃、文庫本の活字が大きくなった。それなのに、厚さは変わりがない。あれは大変な技術革新だ。

新聞のインクが手に付かなくなったのに匹敵する技術革命だよ。技術開発社にして者に一票。ノーベル文化賞に推薦する。

先鞭をつけたのは新潮文庫かな。それで改訂版が出るとあがなって、再読することが多い。此処で触れたドスト本のすべてが大型活字改訂版で再読した後に書いた。

光文社の「カラマーゾフ」も「罪と罰」もそうだった。

そこで「虐げられた人びと」も新潮社文庫32版で最近再読した。

これは「カニ工船」ではない。虐げられた、なんていうと社会主義的な内容を想定するがそうではない。貧困は例のドストエフスキーの納豆性のある筆力でこれでもか、これでもかと描かれてはいるがね。ま、貧困と広い意味でのドメスティック・バイオレンスが描かれている。

もっとも親の意思に逆らった結婚をして家を出奔した娘が乞食にまで落ちて、病死するなんて話が現代の日本の馬鹿娘に理解できるかどうか。

親の意思に逆らって駆け落ちした二人の娘の物語である。一方の家庭は詐欺師の公爵に色仕掛けで娘と財産をだまし取られた父親。そして娘は捨てられる。

もう一方はロシア版ロメオとジュリエットだ。親同士が経済問題で裁判を争っている二家の息子と娘のはなし。

二人の娘は江戸っ子みたいに誇りが高くてやせ我慢する。これも日本の現代娘には理解できないだろう。

つづく