
夏井先生の解説は以下の通り。
1位 朝月の アザーン 砂漠の空港へ 森迫永依(特待生3段)
【自 解】アザーンとは、イスラム教における礼拝への呼び掛けのこと。
モロッコ旅行に行った時、モスクがたくさんあって、どこにいてもアザーンが一日5回は聞こえていた。
帰国の日にホテルをチェックアウトして表に出ると、夜明け前の月が残っていて、静かな街にアザーンが聞こえてきた。
寂しい気持ちと神聖な感じを季語に込めた。
【解 説】こうした海外の光景を詠んだ俳句を「海外詠」と言う。
それに果敢に挑んでくれた。
海外詠の難しさは季節感の薄さと違和感だが、これは実体験なのだと納得させられる。
有明の月が想像され、アザーンでイスラム圏の国へワープしていく。
アザーンと砂漠がちょっと近いように感じるかもしれないが、街中のアザーンの声を耳の奥、胸の中に抱きながら砂漠の空港へ出発しようとしているのだから、光景の齟齬はなく映像がしっかり描けている。
2位 月白の ワーディー渡る ヌーの群れ 藤本敏史(永世名人)
【自 解】ワーディーとは水の枯れた川のことで、年に数回雨が降った時だけ一時的に水が流れて川になる。
そこを渡って行くヌーの群れの情景を詠んでみた。
【解 説】これも海外詠。季語の「月白」を選んだのがよかった。
月が出る前に空がほんのり明るくなる情景のことである。
水の枯れた川を野営地を求めて渡って行くヌーの群れ。そこには土埃も立つだろう。
季語「月白」の色合い、枯れた川、ヌーの群れ、全ての色合いが無彩色の濃淡の映像になって、印象的な陰影が描かれている。
【自 解】兼題写真をもらった後、本物の月を見ても難しく、ありとあらゆる月の写真を見た。
三日月の写真を見た時、角の尖った部分がフルーツの、例えばパイナップルみたいで酸っぱそうに思え、この一句になった。
【解 説】みんながなかなか思いつかないから、そこに詩がある。
こんな句に出会ったのは初めてである。
上五中七でいい意味での違和感、意外性がある。
それを「かど」で着地させ、映像として押さえているのが良い。
それはまた作者の尖った心情とも接点を持っている。
読む人には好き嫌いが分かれるかもしれないが、恐れることなく自分の感覚を率直に書いていくと共感する人は必ずいる。
自分を信じて果敢に挑戦して欲しい。
【自 解】季語「良夜」とは、中秋の名月の夜のこと。
食べる行為は生きている証しであり、「死」との距離を良夜の日にいい感じで取れたという思いを詠んだ。
【解 説】上五に「かな」を付けるのはとても難しい手法である。
なぜなら、先に詠嘆すると中七下五の内容とのバランスが取りにくくなるから。
しかしこの句は、際どいところでバランスが取れている。
成功の理由が最後の「食ふ」の着地。
お茶漬けは食べるものだから、本来「食ふ」は不要。
「香典返しなる茶漬け」としてもよいが、そうするとお茶漬け入りの箱でも見ているような感じにも解釈される。
作者は哀しみが落ち着いて日常が戻り、生きる行為として「食ふ」を言いたかったのが理解できる。
【自 解】気象予報士の資格があり、小笠原諸島にある父島気象観測所を見たくて船で行ったことがある。
そこは360度水平線で、日の入りとほぼ同時に月の出が見られた。
その時見た月を一句にした。
【解 説】兼題写真に真正面から取り組んだ作品である。
海の広さ、月の大きさが感じられる。
「父島観測所」という固有名詞の力も効いている。
作者のお話を聞い後で言うなら、季語は「名月」ではなく「満月」かもしれない。
「名月」は月を愛でる心情に軸足があり、日本の端の孤島で愛でる月がなんと美しいことか、ということになる。
「満月」は、まん丸な月が360度の水平線に上ってくる光景を気象予報士として心打たれた俳句になる。
添削 満月は 東に 父島観測所6位 良夜のノーヒッター 肘の手術痕 横尾渉(永世名人)
【自 解】野球のナイトゲームで、ピッチャーがノーヒットノーランを達成した。
その肘には手術痕があった。
彼の努力を月は見ていたのだろうという句である。
【解 説】月の良い夜の勝利。月に向かって握りこぶしを挙げる映像が見えてくる。
ただ、必要な情報を17音に詰め込みすぎた感がある。
それによって、季語「良夜」がちょっと脇役に行ってしまった。
詩としての調べも窮屈になっているが、どの言葉も外せないのでこのままで。
【自 解】中学生の頃、何かのことで夜に家を飛び出したことがあった。
空には月が出ていて、イライラして睨みつけた記憶がある。
【解 説】上五中七に生々しい言葉叩きつけるように持ってくるのはいいと思う。
だが下五の着地が問題になる。選択肢は2つある。
1つは、「月煌々」とか「月明し」のように月を映像化する方法。
しかし「睨む」という動作に作者の思いがあるので、外せないのなら「月睨む」とする。
さらに、前半が強い言葉なのでこうしてはどうか。
添削 あんな家 二度と帰るか 月に吼ゆ
8位 桂月や キャラメルの香の 満ち満ちて 梅沢富美男(永世名人)
【自 解】桂の木はいい香りがする。桂の林を歩くと砂糖の焦げたような甘い香りが漂ってくる。
満月を見ると黄色く、月にもその香りが満ちているに違いないと思われた。
【解 説】月には桂の木が生えているという中国の伝説があり、季語「桂月」は月の別の呼び名である。
また陰暦8月を「桂月」とも言い、どちらの意味で詠んだのか悩んだ。
むしろ陰暦8月なら悪い俳句ではないが、兼題写真は「月」である。
だとすると、上五の季語を中七下五で説明しているだけの一句になっている。
もっとわかりやすく言うと己の知識だけで作った、知識をひけらかしてみた句。そこがもったいない。
添削 キャラメルの香か 桂月の甘からん
【自 解】つきあっていた人と別れると決意して会った夜、あまりに月が綺麗で気持ちが揺らいでしまった。
本心はまだ愛しているという女性を詠んでみた。
【解 説】夏目漱石が英語教師をしていた頃、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという逸話があり、月が綺麗 = I love you が隠されている。
この機知はとてもいい。
しかし「のに」と説明する言葉になっていたのが惜しい。
添削 別れるはずだった 月が綺麗だった
【自 解】実体験で、夜空を観察している時に三か所蚊に刺されたことがあった。
それを俳句にした。
【解 説】「残り蚊」とは涼しくなっても出る蚊で秋の季語。
「細月」も月で秋の季語。
どちらの季語が主役かがはっきりせず失敗した。
細い月とはいえ、探すほどの時間が経つだろうか?ということもある。
「細月」のサ、「探す」のサ、「三箇所」のサで韻を踏もうとした意図はわかるが、「残り蚊に刺された」を主役にした方が整いやすい。
添削 月さがす 間を残り蚊に 刺されけり
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