ドン・ウィンズロウ著『サトリ 上・下』 早川書房 2011.3.20 第1刷 各1,600円+tax
オススメ度:★★★★★
1979年にトレヴェニアンが書いた『シブミ』の前日譚ということで、かねてより話題となった作品がとうとうウィンズロウの手によって上梓された。
『シブミ』が世に出た当時、同書を熱狂的に読んだというウィンズロウであるが(同じ頃舞台となった東京の端っこで僕も読んで狂喜したのだが)、作品の出来をみると彼でしかなしえない快挙であると言っても過言ではない。
原作の『シブミ』の中ではさらりと触れられたCIAとの“取引”がかくも極上の冒険小説となって誕生しようとは夢にも思わなかった。
著者が東洋及び東洋思想にも深い知識と経験を持ち、原作『シブミ』への理解度が100%を超え、ここに新たなるニコライ・ヘルの伝説が生まれたと言える。
作品を読んでみると、やはりトレヴェニアンとは違った表現法であることは否めないが、プロットの内容、展開のはやさ、発想の豊かさにおいては原作者トレヴェニアンを凌駕したのではないだろうか。
『シブミ』におけるニコライ・ヘルの人物造形がどのようであったか、もう30年近く前の感想を思い出すのは無理といえるが、作者がドン・ウィンズロウということが頭から離れることも無理で、ヘルが中国の雲南省の山奥に隠遁するシーンでは図らずも『仏陀の鏡への道』で登場するニール・ケアリーを想起してしまった。
そのほかにも『犬の力』におけるアイルランド系青年と美人娼婦との逃亡劇もオーバー・ラップして、やはりウィンズロウ風味付けのニコライ・ヘルが形成されたと言えるのではなかろうか。
本作を読む限り続編がある余地を残すエンディングとなっており、著者本人もあとがきでその可能性を示唆しているようなので、これは続編を楽しみにして良いのではなかろうか。