日本武道館の高い天井にアンコールを求める観客の声が響いた。満員の観客は力の限り叫んでいる。いつの間にかステージは白い幕で覆われていたが、やがてスピーカーからは日本最高のベーシストの一人でである江川ほーじんのチョッパーが流れてきた。
いつの間にかステージの白い幕にはメンバーのシルエットが浮かんでいる。数えるとそれは8人分あった。いつもより長いベースラインに引っ張られるように甲高い声が会場に響いた。宴の合図である。
いつの間にかうたた寝していたようだ。自宅の最寄り駅を過ぎてしまった。やれやれと思いながら次の駅で降りて引き返す。少しだけまだ肌寒い4月の夜のホーム。スマホを取り出しツイッターの画面を開くと、そこには℃-uteが日本武道館でコンサートをやるというニュースが躍っていた。
910の日が毎度毎度抽選で参加資格を得られるシステムである事に不満があった。第一回目の時のように大きな会場で開催すればみんなハッピーになれるのにと思ってきた。910の日は℃-uteヲタにとって特別な日であるのに、だからこそか、その日が販売促進に利用されている事に不満を感じ続けていたから、日本武道館公演が910の日である事に安堵した。そんな事をほんやり思っていると電車はやってきた。
率直に言ってしまえば武道館公演は資金力で開催出来るから、やろうと思えばいつでも開催できただろう。何と言ってもアップフロントは大手芸能事務所なのだ。お金持ちなのだから。
だからこそ、武道館でコンサートを行なう事に物語が必要だった。ももクロがNHKホールの横で路上ライブをやってきて、いつかはこのホールで歌いたい、つまり紅白に出たいという夢を持っていたという物語が描かれてあったように、℃-uteが日本武道館でコンサートを行うための物語。
八年前、℃-uteがモーニング娘。の前座として日本武道館のステージに立った。それは招かれざる客であったのかもしれないけれど、モーニング娘。ヲタの多くは温かい拍手をステージに送った。しかし、客席からはメンバーの名前が力いっぱいに叫ばれた訳ではなかった。私のような少数派が「めぐー!」などと叫んでいたに過ぎない。その境遇から物語を作り出す事は容易であるかもしれない。
本来は「目標日本武道館」というキーワードは成り上がり者がかざすものであり、℃-uteのような資金力をバックボーンに持つものが掲げるのは一種の芝居なのだろう。℃-uteはインデイーでもなければ、ローカルでもない。
しかし、あの日の℃-uteはまだ紛れもなくインデイーであった。CDすら出していないメジャーの集合体の中のマイナーだった。月日が流れて、あの頃とは違い成り上がりを示す必要もない今、何を武道館公演に求めるのかと言えば、何かしらのドラマなのではないだろうか。それを実現するために八人もの人数は必要ないかもそれないけれど、いや必要はないのだけれど。
電車が降りるべき駅に着いた頃、ふと思った。「物語もドラマもなくていいから、ただ真っ直ぐにやりきってくれるたけでいい」のだと。
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