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ドイツからの教え

2010-07-11 11:27:12 | サッカー

 ドイツという国は緻密で、精密な物を造るのが得意なイメージがあります。メルセデス・ベンツやBMWやフォルクス・ワーゲン(日本代表の長谷部キャプテンが所属するクラブ、VfLヴォルフスブルグのスポンサーでもある)やアウディやオペルなどの自動車。ライカやカール・ツァイスなどの光学産業(カメラ・レンズ)。精密な物を造るのが得意というのは、日本人と共通するイメージであるから、ドイツという国は日本にとっても親近感を持てる国でもある。
 だからという訳か、日本のサッカーを国際舞台にある程度通用するよう鍛えた外国人の元祖的存在であり、日本サッカーの父と言われている人物もドイツ人です。デットマール・クラマー氏がその人。
 クラマー氏は1964年の東京五輪に備えて日本サッカーの強化にあたるために招聘された人物。彼は日本を初歩的練習から鍛え上げて、東京五輪ベスト8、次のメキシコ五輪ではなんと胴メダルを獲得する快挙へと、日本を育て上げたのでした。
 そのクラマー氏が日本に残した提言があります。
 1. 国際試合の経験を数多く積むこと。
 2. 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
 3. コーチ制度を導入すること。
 4. リーグ戦を開催すること。
 5. 芝生のグラウンドを数多くつくること。
 いずれも現在は実現されています。3番については、サッカーは監督をするのにライセンスが必要で、そのライセンスは少年サッカーからJリーグまで各段階毎にランク付けされています。
 この提言を受けた後、1965年からサッカー日本リーグが始まりました。日本の社会人の全国リーグは当時どのスポーツにもなく、サッカーが初のアマチュア全国リーグでした。そして、芝生のグラウンド、これは現在totoの売上からの助成金で全国の学校の校庭の芝生化が行なわれています。

 クラマー氏はドイツに帰ったあと、バイエルン・ミュンヘン(ドイツで一番のリーグ優勝回数を誇る名門)で監督を務め、UEFAチャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ。昔は各国の優勝クラブによる完全トーナメント大会だった)で優勝した際、「人生最高の瞬間ではないか?」と問いかけたインタビュアーにこう答えたそうです。
 「最高の瞬間は日本がメキシコ五輪で銅メダルを獲得したときです。私は、あれほど死力を尽くして戦った選手たちを見たことがない」

 クラマー氏の指導した日本代表がオリンピックで胴メダルを獲得してから25年後。日本にサッカーのプロリーグが誕生しました。Jリーグです。
 そのJリーグが模範として参考にしている外国のプロサッカーリーグはドイツのブンデスリーガ。「連邦リーグ」という意味のそのドイツのプロリーグは、リーグ加盟にあたっては経営状態や資金力も審査され、他の国のリーグのようにただ昇格するための順位を満たせば上のリーグに上がれる訳ではないシステムを採用しています。チームを強くするために多額の借金を抱えて経営を圧迫するような事がないよう、まずはクラブが存在していく事を第一とするリーグ哲学です。
 このようなリーグ運営も、ドイツ人の緻密さが現れているような気がして、それを導入したJリーグの日本人らしさと照らし合わせて、改めて親近感をおぼえるのです。

 日本にはずるく汚いプレイをしてまで勝ちを求めない気質がありますが、クラマー氏はこんな事も言っています。
 「サッカーは子どもを大人にし、大人を紳士にする」
 勝つためには綺麗事だけでは勝てないのがスポーツですが、私はドイツの合理的で緻密なサッカーが、過去のW杯でたくさんの輝かしい実績を残しているのを知る度に、勝利を掴むためのプロセスは色んな形があるのだと改めて思うのです。


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