Nonsection Radical

撮影と本の空間

世の中は求めていない

2014年08月31日 | Weblog
考える事さえムダだと思うようになっています。
日刊ゲンダイの記事によれば、現在では許可なく他人を撮影して迷惑行為と取られると処罰の対象になると言います。
まあ条例を“正しく”行使すれば、そういう事もあるでしょう。
迷惑行為を受けた人を守るための条例ですから。
その記事についてのコメントを見ると、どうやら他人を撮影する行為は「ダメ」と多くの人が認識している事がわかります。
プラーバシー権や肖像権をその理由に想定しているのでしょう。
プライバシー権や肖像権を守るための”権利”なのですから。
ここまで何も問題はありませんね?
以上です。

ここで「自由」とか、まだ確立された権利ではないとかの話をしてもムダという事です。
世間では多くがそう思っている。
勝手に他人を撮影する事は許さない、と。
許されないではなく、許さないと。
まあどんな理由があるのか想像出来ませんが、テレビとかで映されるのは構わない、時には嬉しいし、許されると思う人も多いようです。
そのために”被害”を受けたという人がいても、まあ仕方ないんじゃない?程度の許容力を持っているのでしょう。
でも、個人が、時には”プロ”であっても有名じゃないヤツが、勝手に撮影するのは許さないと思っているようです。
そういう世の中です。
それに逆らおうとしてもムダです。
それでも撮影しようと思う人は、叱られるのを、あるいは訴えられるのを覚悟で撮影しなければなりません。
そこに”正当性”を主張してもムダです。
むしろ自分の行ないを「恥じて」、出来るだけ事を荒立てる事なく、いつも申しわけないと思う気持ちを持って撮影する以外にはありません。
そうやって撮影した写真なり、映像なりも、決して世間では評価しません。
評価出来るのは世間的に名の通った有名人が撮影して、テレビとかで取り上げたものだけです。
それ以外は犯罪者です。
そういうものです。
そういう世の中で撮影するという事を肝に銘じている必要があります。
それでも撮影しますか?




大開通り 5
兵庫県豊岡市中央町
撮影 2014年8月2日 土曜日 10時55分
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