悲しい話題が多い。
アルジエリアからはじまり、この大雪でたくさんの人が亡くなっている。
3.11が近くなり、マスコミは一斉にこの話題である。
でも、どうなのだろう。
新聞やTVはいかにも悲しい話題を持ち出して、これでもかこれでもかと視聴者に伝えようとする。
泣いているのは記者ばかり。
当事者も読んでいる方もそうなのだが、悲しいには違いないが、それでもそれぞれ毎日の暮らしのなかで、次第に思い出になっているのではないか、と思うのである。人間は悲しい体験をして泣き暮らすこともあるが、それでも、また、立ち上がって生きていくのである。
毎日新聞で、フクシマの取材時にカメラはマスクをつけている子どもを探して、記事にしたというようなことが書いてあったが、子どもたちはマスクなんかつけていなくて、たまたま風邪をひいてマスクをしていた子どもの写真をとったとのこと。わかるなあ。
取材側に記事にしたいモデルがあって、それにあった人をさがし、世に問う。
リアリズムからは程遠い取材。
最近の朝日、NHKはこの傾向が強いように思う。
ゆがんだレンズでなにを訴えようとしているのか。
記者の自己満足みたいな記事はやめてほしい。
われわれは、もっと、前にすすむための、未来を考えるための記事を求めているのだ。
お涙ちょうだいだけでは物足りない。
思想のない取材はいらないのである。
アルジエリアからはじまり、この大雪でたくさんの人が亡くなっている。
3.11が近くなり、マスコミは一斉にこの話題である。
でも、どうなのだろう。
新聞やTVはいかにも悲しい話題を持ち出して、これでもかこれでもかと視聴者に伝えようとする。
泣いているのは記者ばかり。
当事者も読んでいる方もそうなのだが、悲しいには違いないが、それでもそれぞれ毎日の暮らしのなかで、次第に思い出になっているのではないか、と思うのである。人間は悲しい体験をして泣き暮らすこともあるが、それでも、また、立ち上がって生きていくのである。
毎日新聞で、フクシマの取材時にカメラはマスクをつけている子どもを探して、記事にしたというようなことが書いてあったが、子どもたちはマスクなんかつけていなくて、たまたま風邪をひいてマスクをしていた子どもの写真をとったとのこと。わかるなあ。
取材側に記事にしたいモデルがあって、それにあった人をさがし、世に問う。
リアリズムからは程遠い取材。
最近の朝日、NHKはこの傾向が強いように思う。
ゆがんだレンズでなにを訴えようとしているのか。
記者の自己満足みたいな記事はやめてほしい。
われわれは、もっと、前にすすむための、未来を考えるための記事を求めているのだ。
お涙ちょうだいだけでは物足りない。
思想のない取材はいらないのである。