佐渡の翼

佐渡の観光名所紹介、佐渡の宿泊施設の宿泊記、佐渡の全飲食店と東京都内高級レストランの食べ歩記、ヨーロッパ及び国内旅行記事

i8ロードスターのPR動画を記事の最後尾に貼り付けました

動画に登場するi8ロードスターと全く同じ車体カラー、ホイール、内装、の右ハンドル車が、8月6日に千葉港へ到着し、通関手続きが完了いたしました。そして、新車整備、車両登録も完了し、9月2日に無事納車されました。従いまして、日本上陸第一号となったi8ロードスターの全貌を、9月6日に当ブログ上で公開いたしました。9月18日には、Keiyo BMW千葉北支店のフェイスブック(https://www.facebook.com/keiyo.bmw.chibakita/)でも紹介されました。このフェイスブックには、スマートキーをリモコン代わりに使用して、i8ロードスターの屋根を開閉する動画も掲載されています。更に、7月6日に発売されたホンダS660のcomplete modelである、ModuloXは、9月23日に無事納車となりました。 2018年9月24日現在

i8ロードスターPR動画

https://twitter.com/i/status/988688999794409472

杉の浦の一里塚(佐渡市赤泊)    投稿者:佐渡の翼

2013年04月30日 04時47分57秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット
相川金山の繁栄と共に、小木が金の積み出し港として栄えると、旅人のための道しるべとして、小木と相川を結ぶ街道沿いに、一里毎に一里塚が設置された。塚は土を盛っただけの簡単な造りだが、現存する一里塚は、杉の浦以外には、小木木野浦、羽茂、中山、くらいではないだろうか?羽茂から赤泊方向へ向けて車を走らせると、杉の浦の海岸近くで、道が登り坂となり、その頂上付近の右手にこんもりとした丘のような物が見えて来る。そしてそこを過ぎると左手に駐車場がある。塚へは石段が設置されているが、「一里塚」と書かれた消えかかった標柱があるだけなので、注意して通らないと見過ごしてしまう。塚の背後に回ってみたら、首の無い地蔵や石碑、そして誰かの墓などもあった。

 

承応2年(1654)頃より、明暦元年(1655)にかけて、伊丹奉行親子によって佐渡の一里塚が築かれたとされているが、その後も交通路の発達や距離の修理に伴い築造された。一里塚は通常、街道の両側に-基ずつ築かれるが、杉の浦の一里塚は片側(海岸側)の一基だけが残っている。

http://www.digibook.net/d/2dc4e793a19924796768bfb2ba3bf70c/?viewerMode=fullWindow


鎌倉・箱根           投稿者:佐渡の翼

2013年04月29日 04時52分51秒 | 佐渡の翼の独り言

筆者の第二の拠点、横浜からは、箱根と鎌倉が近い。東海道線に乗り、藤沢駅で下車し、江ノ電に乗る。民家の軒先すれすれを走る可愛い電車である。途中、陸路を線路が走っているので、自動車と併走したりしてスリル満点。鎌倉駅で下車したら、小町通りに行く。通りの両側には様々なお店があり、一大観光スポットになっている。この通りを抜けると鶴が丘八幡宮に到る。地元では八幡様の名前で親しまれている神社であり、数年前には強風の影響で、源の実朝の暗殺現場である大銀杏の木が根本から薙ぎ倒された事があったが、今では無事に再生されている。鶴が丘八幡宮には初詣で何度か訪れた。1月1日の午前0時を回ると、鎌倉警察署の署員が参拝客をロープで規制しながら境内へと誘導する。その際、火災予防と暇潰しを兼ねて、女性警察官が即興で歌を詠む。秀逸だったのは、

「吸うな捨てるなタバコと恋人」であった。

鎌倉には美味しいお店が一杯ある。特に江ノ電沿線にそうしたお店が多い。民家を改造したフレンチレストランだったり、鎌倉野菜を食べさせるお店だったりする。寺院が多い北鎌倉には「鉢の木」を始めとした精進料理のお店が軒を連ねている。筆者のお勧めは、由比ガ浜にある、鰻の「つるや」である。川端康成、立原正秋などの鎌倉文士が足繁く通った名店である。ミシュランガイドでも★が一つ付いた。鰻が焼きあがるまで40分ほど待たされるが、待つ甲斐のある鰻丼にありつける。渡辺淳一の失楽園の舞台となった、鎌倉プリンスホテルのフランス料理「ラ・トリアノン」の海の幸フランス料理は、湘南版「いい店やれる店」であろう。

筆者が横浜から箱根へ車で行く時は、横浜新道を経て、藤沢から新湘南バイパスに入る。このバイパスは茅ヶ崎で再び国道一号に合流し、やがて西湘南バイパスへと繋がる。このバイパスは大磯プリンスホテル付属の大磯ロングビーチの脇を通りながら真っ直ぐ箱根入り口へと伸びている。休日の午後は箱根から都心へと戻る車で渋滞するので有名だったが、近年はそれも緩和されているようである。西湘バイパスの終点は、通称「おだあつ」(小田原厚木道路)と合流し、箱根湯元へと続く。湯元からは箱根駅伝でおなじみのヘアピンカーブが連続する山登りの道へと変化していく。温泉街の混雑を避けたい時は、芦ノ湖を見下ろすスカイラインたる箱根ターンパイクに入り仙石原方面に抜けた事もあった。よくテレビで湖畔に佇む箱根神社の赤い鳥居が映し出されるが、食事にデートにとよく利用した箱根である。筆者を知る佐渡の人々が、筆者に横浜在住経験があるのを疑う人はいない。横浜新道を東京方面に向けて進むと、終点付近で首都高及び第三京浜への分岐点に至るが、その手前に三ツ沢方面へと抜ける道がある。佐渡出身で横浜在住の人なら知っていると思うが、この道を進むと、横浜翠嵐高校を左に見ながら高島屋の駐車場へと抜ける裏道に至る。


西三川の大山祇神社(佐渡市西三川)   投稿者:佐渡の翼

2013年04月28日 05時11分08秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

佐渡には、鉱山の守り神たる大山祇神社と称される神社は4箇所あり、その中で最も創建の古いのは、西三川の笹川集落にある大山祇神社である。国道を真野方向から進み、西三川ゴールドパークの所を左折し、しばらく行くと道幅が狭くなる。やがて医王寺が左手に見えて来る。そこから先は、筆者の愛車のような馬鹿でかい車では対向車とのすれ違いは至難の技になる。それゆえ、笹川集落まで辿り着くのに、レンタルした軽自動車を使用した。笹川集落入り口に観光案内看板があり、それを見たら、大山祇神社の位置が判明したので、地図どおりの道をゆるゆると走行したら、能舞台らしき物が前方左手に見えた。あれが神社だと確信し、車を進めたら、右手にいい風情の茅葺き屋根のお家があり、その向かい辺りに神社の鳥居が見えた。このお家は、金子勘三郎家と言い、金子氏は、西三川砂金山隆盛の頃は、その名主を努めていた。

神社の狛犬や標柱は相当古そうである。能舞台ではもはや能は演じられていないのかどうか分からないが、その扉は全て取り払われ、内部の風通しを良くしていた。西三川砂金山が華やかなりし頃は、その守り神としての鎮守の位置のステータスはかなり高かったのだろうが、現在では往時を偲ばせる物と言えば、立派な拝殿だけである(訪問時は改修工事中だった)。稲刈り真っ盛りの時期に訪ねたら、農家から脱穀機の音が聞こえ、秋らしいたおやかな甘い空気に満ち溢れた、古代西三川の繁栄を彷彿とさせる時間だけがゆっくりと流れて行った。http://www.digibook.net/d/0d9485b7b11e06357bae3d36b028365e/?viewerMode=fullWindow


もしも翼君が佐渡市長になったとしたら    投稿者:ホイチョイプロダクション

2013年04月27日 04時59分18秒 | 佐渡の翼addictiion釣ネタ記事

バービーズゆりあ:面白いだろうな。まず市役所をぶっ壊す、そしてお得意のパクリ才能を発揮して、他の自治体で成功した施策を次々真似して導入する。市役所職員を叩けば叩くほど島民から拍手喝采だから、支持率アップを狙い、大胆に市役所官僚機構にメスを入れるだろう。市役所に、市民も利用できる食堂が無いのはおかしいとして、舌の肥えた翼君が満足するような料理を提供できるレストランを市役所内に作るだろう。佐和田か金井に市長公舎を建てさせて、毎日公用車で送迎させる。車はハイブリッド車では格好悪いと駄々をこねて、黒のクラウンにしちゃうだろうな。週末に奥さんのいる東京に帰京するのが立候補の際の条件だったから、冬に帰京した後、天候の急変で佐渡に戻れなくなったら、新潟のホテルに宿泊して船を待つ。その間、こっそり風俗なんかに行ったりして。

佐渡っ娘:自衛隊基地を誘致し、性風俗店の開設許可を出し、カジノまで作ると言うのだから、それを目当てに島外から大勢の観光客が押し寄せ、島の風紀は乱れ切り、しっちゃかめっちゃかになっちゃうじゃん。

はひふへほ:いや、老人は性風俗やカジノへは行かない。行くのは若い世代と好き者のおっさんだけ。それらの世代の人口が増えれば島に活気が出てくるよ。市長が音頭を取って、美味しい飲食店や快適な宿泊施設をリストアップした、ミシュラン佐渡版を出版してアピールすれば、観光産業が潤おう。翼君が市長になる頃には、佐渡金銀山が世界遺産に認定されているので、島の主たる産業はサービス業になり、「観光の島、佐渡」で売りまくればいい。観光業に明るい翼君にとっては、うってつけのポストだよ。

卓也:現市長はあまり人気なさそうだから、東大卒、海外留学の経験あり、語学堪能の切れ者なら、イメージ選挙を展開すれば、顔と知名度だけで充分勝てるかもな。佐渡の翼教の教徒のみならず、佐渡の翼中毒症患者をも味方に取り込むほど懐の深い男だ、ぶっちぎりで当選する可能性はある!ほっといても、彼らが勝手連的に応援するよ。何しろ、あれだけ可愛い市長は佐渡始まって以来だから、おばさんやあねさん連中が、旦那や彼氏に投票を依頼するから、市長選始まって以来の得票数になるかもな。あれだけの妄想記事が書ける能力は、あきれたを通り越し、むしろご立派と言うしかないよ。

佐渡の老婆心:「冬は雪が降って靴が汚れるから、外に出るのは嫌。だから登庁は週2~3回にしておく」なんて我儘を、翼君、言い出しかねないけどいいの?

市役所本庁:前都知事の石原さんだって、「政権幹部の誰かと会う」を口実に週2~3回しか登庁しなかったくらいだから、「佐渡市のために、大物と密会し、根回ししている」と言えば、島民も大目にみるだろう。それに市長職は特別職だから、定期的な登庁義務はない。

Sudden death:わざわざ服を買うために新潟や東京のセレクトショップに行くのは面倒だとして、佐渡にそれを誘致しちゃうかも。

シンドラーのリスト:ま、翼君が佐渡市長になったら、佐渡市は夕張市と同じ運命を辿り、佐渡は沈没しちゃうだろうな。むしろその方が良かったりして。全てガラガラポンで一から出直せばいいんだよ。

 以上は、すっかり市長気分の翼君が想像した、自虐的かつ無責任な座談会の模様で、全て架空の笑い話です。ご注意下さい。

 


民宿「たきもと」(佐渡市相川大浦)      投稿者:佐渡の翼

2013年04月26日 05時06分48秒 | 佐渡のお宿評価

昨年の10月7日、筆者は七浦海岸にある民宿「たきもと」さんに宿泊した。7月に、この日の宿泊を、同じ七浦海岸沿いにある旅館「道遊」さんにしようと、予約の電話をかけたところ、生憎満館とのお返事で、止む無く「たきもと」さんに変更した経緯があった。「たきもと」の予約担当者から、当日は、海の見えるお部屋は満員のため、道路側のお部屋になるとのお返事だったが、海などは見飽きていたので、宿泊できれば、どちらでも構わなかった。このお宿、飲み物の持ち込みに際しては、持ちこみ料を取られるとの事前情報に基づき、缶チューハイ二本をバッグの中に隠し持ってのチェックインとなった。だが実際には飲み物の持ち込みは自由であり、それは杞憂に終わった。

午後5時頃にお宿に到着したら、女将さんが出迎えてくれた。お部屋は、海側の十畳間の202号室を割り振ってくれていた。多分、キャンセルがあったために海側に変更してくれたのだろうと思った。大浴場は空いており、シャワーを浴びた後、ゆったりと湯船に浸かる事ができた。夕食は午後6時から1階の食事処に用意されていた。お膳の上には、可愛い小粒のあさりとキャベツ及びエノキのバター鍋、もずく酢、焼き鮭、鰤の煮つけと野菜の煮物、お造りは、鰤、烏賊、しめ鯖、足が一本不足した不良品の紅ずわい蟹、そして白身魚のフライが乗っていた。女将さんは、「今日は、御魚はいいのが獲れなかった」と言ったとおり、鰤の鮮度はいまいちで、鯖の絞め加減も今一つであった。焼き鮭は美味しいものの、量が多いので半分に留めておいた。やがて、山芋、海藻の何かを半熟卵で固めたようなお料理が運ばれて来て、これをかき混ぜて食べてみよとのご指示だった。言われた通りにして食べてみたら、これが一番美味しかったな!例によって、蟹は丸ごと一匹そっくり残し、ご飯と味噌汁は食べずに飲まずに自室へと戻った。宿泊客は筆者以外は6名のおじさんおばさん集団だけだった。彼らには、特別に、煮蛸としただみが別料理で用意されていた。

部屋に戻ると民宿なのにお布団を敷いてくれていた。翌朝は波の音で午前3時に目が覚めた。大浦集落まで往復散歩をして部屋に戻り、窓外を眺めていたら、宿のご主人が慣れた足さばきで海岸の浅瀬をすいすいと歩き、蛸網を仕掛けた岩に登っていく姿が見えた。そして捕獲した蛸を岩場に何度か叩き付けて静かにさせた後、4~5匹を今夜の夕食のおかず用に持ち帰っていた。朝食は7時に同じ一階に用意されていた。夕食を食べずに宿泊した、5人の客のお膳が増えており、全員、筆者よりも年上のおじさんおばさん集団であった。朝食のお膳の上には、茄子とピーマンの油味噌炒め、小かれいの干物、烏賊刺身、目玉焼き、漬物が並び、これに豆腐と若芽のお味噌汁とご飯。お腹一杯食べて終了とした。ビンビール一本込の一泊二食のお代は、7980円。美味しい食事と快適なお部屋、七浦海岸随一のコスパの高さを誇る民宿、それが「たきもと」さんだ。


東大が利用するほどのシステムを構築した男   投稿者:佐渡の翼

2013年04月25日 04時36分11秒 | 佐渡の翼addictiion釣ネタ記事

当ブログは、佐渡なびのブログアクセスランキング月間ランキング一位の座を6ヶ月連続で維持し、「佐渡の太陽」の持つ、5ヶ月連続維持の最長不倒を上回る新記録を樹立した(2012年7月から2012年12月までで)。そして2013年1月から今日までも一位を維持し続けており、多分、12ヶ月連続一位と言う不滅の大記録を達成する公算が強い。もし、そうなれば、これは過去、佐渡島内ブロガーの誰もが成し得なかった前人未到の大記録となる。これで、「佐渡の翼は佐渡の太陽が目の上のたんこぶで、いつまでたっても追い抜けない」とは誰も書き込めなくなった。だが、ブログアクセスランキングに於ける当ブログの総アクセス数はまだ3万台でしかない。しかるに、真野のこさど氏のランキング不正操作により、「佐渡の洋食屋店長の挑戦」ブログの総アクセス数は7万台に達しており、当ブログのアクセス数が現在のペースで推移すると仮定した場合、この数を上回るまでには、あと6年ほどの歳月を要する計算だ。佐渡の負の遺産を掃討する期間としては決して短い期間ではなかろう。こさど氏の犯した罪の重さを今更ながらに実感する次第である。

この、「こさど」氏とやらは、フェイスブックで、以下のような自画自賛の自己紹介文を得々と掲載していらっしゃる。

「佐渡観光振興のお役に立ちたい」、ということで、次々とサイトを立ち上げていく中、当時ではまだ珍しいWEB GISのシステムを構築。東京大学や埼玉大学などにも利用されるようになり、国土交通省の特設サイトでも紹介されました。日本地図学会の方からも絶賛され、いろいろなNPOからも設置依頼が来るようになりました。

以上は原文のままであるが、レストラン&バー「こさど」のフェイスブックでは、基本データーを以下のように記載している。

「いらっしゃいませ。マニアックな店長のいる当店にようこそ♪これを見ているあなたも、きっと仲間に違いありません。facebookで「こさど」で検索してみてください。とりあえず、佐渡牛のステーキは一度ご賞味ください。手作りケーキと自家焙煎珈琲も堪能して欲しいです♪では、ごゆるりと・・・。」

iPS細胞の人への臨床応用の一番乗りをでっち上げた森口某を東大病院の特任研究員として雇っていた東大である、さすがと言おうか、やはりと言おうか、こさど氏の将来のいかさま癖までは見抜けなかったようである。こさど氏が構築したと言う、WEB GISのシステムを、東京大学が本当に利用したのかどうかについては、東大に照会して頂きたい。彼の自己紹介文に寄れば、こさど氏は、高校卒業後は専門学校に進学し、その後は、新潟や佐渡のホテルに勤務したとの事である。別に大学で、コンピュータープログラミングを専門に学んだわけでもないのに、独学で、ブログランキングの不正操作技術を修得したのだから、ウイルス遠隔操作の犯人並みの頭脳の持ち主と言う他あるまい。そうしたハッカー技術を含むIT関連技術を「佐渡観光振興のお役に立て」る方向だけに利用していれば、彼に対する評価は180度変っていただろう。「罪を憎んで人を憎まず」と言う言葉がある。彼の犯した罪は、向こう6年間は消える事はないが、当ブログは佐渡の翼中毒症患者のように、いつまでも他人の過去の過失をほじくり返す事はしない。是非とも反省・更生した上で佐渡観光振興のお役に立てるようご努力される事を願う次第である。

ところで、佐渡なびのブログアクセスランキングに注目する佐渡人はけっこう多いらしい。このランキングの日々のランキング順位は少しづつ変化する。当ブログは、月間アクセスランキングの第一位だが、週間ランキングではリセットにより、土曜日に三位となり、その後、日・月・火と一位になり、水・木・金は10位前後に落ち、これを繰り返している。そして土曜日に一時的に一位に躍り出るブログがかつてあった。「レイコの赤玉日記」と言う女性ブログがそれである。訪問者数は、二年半年弱で65,000程度の、しがない弱小ブログなのだが、一日天下になっただけでも佐渡島民の嫉妬を買ったようだ。誠にご同情申し上げたいのだが、その程度のブログでも、怨嗟や嫉妬の的になるのが佐渡島であり、以下のようなコメントを投稿されていた。

「投稿者:佐渡んもん2012/11/24  18:52
 正直言わせてもらうと、前から知っとたけものー、「佐渡なび」のアクセス一番になって、のさばっているんじゃねーのんか。その後どうなるかは、もつけねーけも誰も判る。書いて悪かったかのー、すまんや。」

何も、こんな弱小ブログをいじめなくとも、当ブログのような強大なブログをいじめれば良いのにと思うのだが。。。もっとも、嫌がらせを書き込まれたブログの書き手自身は、そうした嫌がらせコメントをさほど気にしていないように表面上は装っている。この調子で行くと、次なる標的は「モモ」何とかと言う小学校教諭が書いているらしいブログである。万が一にも学童まで巻き込んだいやがらせコメントが投稿されでもしたら、PTAが問題視する可能性はゼロとは言えまい。調子に乗り過ぎると必ず足元をすくって来るのが佐渡だ!佐渡に限らず「出る杭は打たれる」、のだが、当ブログのように、「出過ぎた杭はもはや打たれない」。

 


医福寺(佐渡市金井吉井本郷)   投稿者:佐渡の翼

2013年04月24日 05時06分16秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

医福寺は金井方面から行くと、国道沿いの横谷バス停を過ぎたあたりで左折する。そのまま真っ直ぐ北上し、道なりに進むと左手に医福寺の標柱と慈母観音像が見える。特に山門などは無く、そのまま境内に入って行く感じである。薬王山の山号と医福寺の寺名から医療を連想させるので、諸病平癒祈願を目的に建てられたのではないだろうか?本尊の薬師如来は高さ3尺に及ぶ。寺伝に寄れば、行基作と伝えられている。門前には石碑と背丈の違う地蔵像がある。境内には石造りの三十三観音像があり、一箇所で三十三観音のお参りが出来るお寺である。そのうち三体は多分地震の影響だろうか、仰向けに倒れていたので、そのうち一体を元に戻しておいてあげた。なお、実際に数えてみたら観音像は三十五体あった。境内には、安産祈願のための弁財天などもある。

http://www.digibook.net/d/a8c5cdd3815a24356b8b37b6b838f65e/?viewerMode=fullWindow


グランドキッチン(パレスホテル東京)   投稿者:佐渡の翼

2013年04月23日 04時32分46秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記
「東京は田舎者の集まり」なのであり、特に東京駅周辺を歩くと、その感を強くする。何せ、佐渡島内のブロガーの中には、「東京へ行って来ました」とはしゃぎながら得々とブログに書き込む人がいるくらいである、久しぶりに上京すると興奮するのは無理からぬ話である。東京の雑多さ、刺激の強さは新潟の比では無い!筆者ですら、曇天がちな冬の佐渡滞在から晴天続きの東京へ戻ると生き返った心地がするのだから、冬季は毎日そんな暗い天気の下で暮らす佐渡の人々に取っては、冬晴れの東京は天国かもしれない。

さて、そんな冬が舞い戻ったかのような気温となった3月3日の雛祭り、筆者は丸の内にあるパレスホテル東京へ向かい、1階のオールデイダイニング「グランドキッチン」を訪ねてみた。このホテルは、折しも来日中のIOCの評価委員達の宿泊ホテルになっているらしく、「2020年東京オリンピックを実現させよう」と書かれたポスターがホテル内のあちこちに張られていた。オリンピック特需を期待する「電通社員」達は、早くも「2020年のオリンピックは東京で決まり!」と、捕らぬ狸の皮算用をしているようだが、強敵イスタンブールとの決戦は9月である。午前11時半の開店と同時にお店にお邪魔したら、生憎室内席は満席のご盛況との事で、「屋外のテラス席へのご案内になりますがよろしいでしょうか」と告げられた。訪問当日は最高気温が10度と、3月初旬にしては肌寒い天候だったが、無風で、太陽の陽射しがあれば暖かく感じるくらいの陽気だったので、屋外でランチを楽しむ事にした。テラス席は南側の和田倉壕に面しているので、パラソルヒーターを点け、足に毛布を巻けば、さほど寒さを感じなかった。筆者は、前菜、パスタ、デザート、紅茶がセットになったexpress lunch(3190円)を注文した。筆者の前のテーブルには、9ヶ月の乳児と小学生の男児を連れた母親とその両親が座っていた。この乳児がその可愛い顔で筆者を見つめ続けたが、当方はそれに構わず食事を続けた。0歳児とて、この気温の中で離乳食を頬張っているのだ、この程度で寒いなどと言っていては、赤ん坊に笑われるではないか。

前菜は、パルマハムと野菜のサラダだったが、この日は猛烈にお腹が空いていたので一気にこれを食べ、大好きなミルクパンも一個食べてしまった。パスタは、桜海老と季節野菜のスパゲッテイで、ぜんまい、菜の花、グリンピース、空豆に加え、旬の桜海老がふんだんに入っていた。有頭海老も二匹入っており、ほどよい塩加減のパスタだったが、かなり分量が多かった。結局空腹に任せて全量を完食したら、オリーブオイルを食べ過ぎたのか、後で、少し気持ちが悪くなってしまうほどであった。デザートは、クレームブリュレ。クレームブリュレとは、早い話が、軟らかプリンの表面をオーブンで焼いた物である。ところがこのブリュレ、物凄く美味しくて、皿の隅々までスプーンで拭って食べてしまった。雲の切れ間から時折太陽が顔を覗かせるとポカポカして来た。4月や5月の頃ならば絶対テラス席に陣取るべきだなと思った、パレスホテルの「グランドキッチン」だった。

テーブル席

パラソルヒーター

前菜

大好きなミルクパン

テラスの二人掛け席

和田倉壕

デザート!

甘ったれるな新人よ!    投稿者:佐渡の翼

2013年04月22日 04時37分22秒 | 佐渡の翼の独り言
例年4月は、入職した新人が職場に溢れ返る時期である。誰しも就職仕立ては希望と期待で満ち溢れ、その瞳が輝いている。だが、数か月も経つと、やがてそれは失望に変わり、瞳もどんよりと曇り、転職を考える者も出始める。そうなるのが5月から6月頃で、所謂5月病と言うやつだ。大企業ですら、昔のような、終身雇用、年功序列、定期昇給を維持できなくなっている昨今である、その会社には不向きとされた人材を再教育して、医療・介護・福祉・再生エネルギーなどの成長が見込める分野へ転職させ、人材の適正配置で大企業の人減らしを防ぎ、成長戦略を後押ししようと目論む、「雇用流動化促進法案」が俎上に登ろうとしている。「雇用流動化促進法案」と言えば聞こえはいいが、早い話が「解雇規制撤廃法案」と同じようなもので、安易な解雇を野放しにしかねない法案である。一旦会社から無能と見なされたら、即座に首を切られ、追い出し部屋のような訓練所に入れられて、介護士やヘルパーなどになるための教育を受けた後に、老健施設などに派遣される。それを促進しようと言う法案なのだ。中には技術者として入職したはずなのに、老人の下の世話をさせられる毎日に変換となれば、何のために理工系の学部で勉強してきたのか?と言う思いにもなろう。もし、こんな法律が成立したとしたら、無能の烙印を押された若者は、不本意な人生を歩まねばならなくなる。いや、若ければまだいい、幾らでもその人に合った働き口は探せるからだ。深刻なのは中高年の働き盛りの人々が、こんな仕打ちを受けた場合だ。それまでは、大企業の部長職にあった者が、医療・介護・福祉の底辺を支える職場へ配置転換となれば、それまでの人生設計は全てぶち壊しになるだろう。「いやあ~、私は20年間ソニーの技術畑で働いていたんですけどね、アベノミクスの成長戦略とやらのお陰で、こうして慣れない老人介護をさせられているんですよ」と言う嘆き節を聞くのも時間の問題かもしれない。

景気が好転したかのような報道に明け暮れる毎日だが、かように雇用情勢は厳しさを増しているのが実情である。過日、新人女性が筆者の職場に新任挨拶に来た。彼女はこう言った、「新人なのでご迷惑をおかけする事が多々あろうかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」と。彼女は謙遜のつもりで何気なく言ったのだろうが、筆者は「お前、プロだろう?金もらってるんだろう?だったら、新人もベテランも関係ないよ。顧客には勿論の事だが、同僚にだって迷惑をかけて仕事の足を引っ張るようなへまはすべきでは無い!よく考えろ!」と一喝してやった。多分、こういう根性の無い輩は数カ月で退職するだろう。「新人だから、ミスをしても大目に見て欲しい」と、甘ったるい事を言った新人で長続きした試しは無い!飲食店も同様である。「開店直後で不慣れゆえご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」などと言う掲示を店内に掲げたお店で長続きした試しは無いし、「佐渡だから多少不味くても大目に見て欲しい」とこぼした店主の店は例外なく潰れている!佐渡にも身につまされる飲食店主はさぞかし多かろう。

「龍吟」のジビエとデザートにびっくり   投稿者:佐渡の翼

2013年04月21日 04時12分54秒 | 恋人とのデート記事
7品目は、蝦夷鹿を藁で蒸した後にグリルした一品で、季節野菜の細切れにからませた生姜風味の餡がかけられていた。鹿肉に臭味はなく、ジビエ特有の香りの強さがあったが、柔らかくて美味しいお肉料理であった。ジビエを日本料理の素材として使用する、この大胆さこそが、「龍吟」の山本征治氏の真骨頂であろう。このお料理には本物の鹿の角が添えられており、彼女に、この鹿の角を持たせて写真を撮ると言う座興にぴったりの小道具であった。最後は、龍吟名物の季節野菜を炊き込んだ山椒飯である。しらす入りの蕪漬物と、蟹でダシを取った味噌汁が付いていた。二人とも全てを完食し、次なるデザートを待った。

筆者は、デザートの前に、ゆきちゃんに3月のデイナーデートの訪問レストランの予定を提示した。3月5日の、マンダリンオリエンタルホテルの中華レストラン「センス」、26日の、ペニンシュラホテルの中華レストラン「ヘイフンテラス」の提案に対し、ゆきちゃんは「まあ素敵!いいですね」を連発し、全身で喜びを表現し、目をキラキラと輝かせた。こういう反応を見れば恋は成就したも同然で、後はゆっくりと、熟した柿が地面に落ちるのを待つ心境になればよい。筆者と彼女の休日は異なっているが、筆者がわざわざ彼女のために休暇を取り、5月の歌舞伎座公演を見に行こうと誘ったら、二つ返事でOKしてくれた。恵比寿ガーデンプレイスのミシュラン★★★のジョエルロブションでランチを食べた後に歌舞伎を見て、夜は、同じくミシュラン★★★の鮨の「よしたけ」で食事の計画だ。これで3月から5月までのデート予定が完璧に埋まった。このブログをご覧の読者は、「そんなにうまく事が運ぶのか?」と訝るかもしれないが、時系列でデート記事を追って頂ければ、それが事実であることを認識せざるを得ないだろう。

さて、デザートの一品目は、「昔懐かしい冷凍ミカン」。これは、ミカンを瞬間的に凍らせて作製したのではなく、ミカンパウダーを飴で包み、それを凍らせた物のようであった。ウエイター氏は、「それをスプーンで割れ」と命じた。割ってみると中からミカンパウダーが零れ落ちた。するとすかさずウエイター氏が温かいミカンシロップをその上にかけた。冷と温で食べるミカンデザートはそのサプライズ感と相まって、実に面白い酒興であった。最後のデザートは、「吟醸酒のおやきと塩ソフトクリーム」。前者は、蒸しパンのような食感で、甘酒の味がしたし、後者は、塩気がほどよく甘さを引き出すアイスで、どちらも抜群の美味さである。そしておやきの底にはあんこが隠されていると言う芸の細かさをみせた。デザートを食べ終えた後は抹茶が出され、これを飲み干して本日の宴はお開きとなった。本日のデートの総額は57,530円。筆者とゆきちゃんが食事にかける時間はいつも3時間。今日、東京で受けられる高級サービスの基本単価は10分1000円であり、その意味では、ゆきちゃんとのデート費用は二人で36000円が妥当なのだが、いつも大抵5万円を超える。つまりそれだけ付加価値のある店を選んでいると言う事なのである。

お店を出ると、山本シェフ自らがお見送り。二人でシェフの写真を撮影した後、龍吟さんを後にした。地下鉄六本木駅の2番出口から地下に入り、ヒルズへのエスカレーターへと向かう通路を仲良く歩いてヒルズの駐車場へと向かった。行き交う人々が筆者のロイヤルブルーのチェスターコートに目を向けるので、ゆきちゃんは「あざやかで素敵な青ね」と叫んだ。吹きっさらしのヒルズの2階では強風で体が吹き飛ばされそうになった。まだ二人で肩を組んで歩くほどの親密さではなかったので、筆者は前傾姿勢を保ちながらゆっくりと歩いた。ヒルズの駐車スペースは箱型で広く、横から車が横滑りで駐車スペースに移動して来る構造で、それを初めて見たゆきちゃんは盛んに凄いを連発していた。ゆきちゃんは、この1月に用賀から高井戸に引越したばかりで、筆者は、愛車を首都高に向けて走らせ、中央道の高井戸ランプで降りて右折したらそこが彼女のマンションの近くだった。所要時間はわずか30分。車の中での会話も大いに盛り上がり楽しいデートの一日だった。

蝦夷鹿のグリル

山椒飯

冷凍ミカン

それを割った後、温かいミカンシロップをかけたところ

吟醸酒のおやき

塩ソフトクリーム

お抹茶

山本シェフ

本日のお代の総額!

「龍吟」如月の御献立    投稿者:佐渡の翼

2013年04月20日 05時54分50秒 | 恋人とのデート記事
ゆきちゃんは「このお店は隠れ家的なお店なんですね」と言った。そうなのだ、意外なそして秘密めいた場所にある店を知る男は、女の目には、未知の楽しみへの扉を開いてくれる頼り甲斐のある大人に映る。女はそういうお店に「トキメキ感」「どきどき感」「ワクワク感」を感じ、もし、出されるお料理が美味しくてサプライズの連続ならば、男への信頼度はぐーんとアップする。佐渡ではそういうお店は両津の「清助」くらいだが、東京には西麻布界隈に、その手のお店は幾らでもある。こういう所謂、「やれる店」を何軒か知っていれば女の2~3人は簡単に落とせる。

コース料理の最初は、「色々野菜の松の実和えと牛蒡のすり流し」で、上品で「繊細な味わいの一品である。次いで、ふぐ尽くしが始まった。まず、白子を二通りの調理法で味わう趣向。一つは、焼き白子を聖護院蕪の磨り流しの上に浮かべた物で、もう一品は、白子のフライである。いずれもクリーミーな白子の風味がチーズさながらで抜群の美味さだ。三品目は、車海老の真蒸。若芽と筍を浮かべてある。このお店では鰹節は客の注文があってから削ると言うこだわりがあるが、これにより、鰹の旨みと風味が一層引き立つ。ゆきちゃん相手にそんな講釈を垂れた後、ダシ汁の塩味の薄さに関し、織田信長のお抱え料理人「石斎」のエピソードを織り交ぜながら再び講釈を垂れた。四品目は「海の幸の盛り合わせ」である。真ん中に、のれそそれ(アナゴの稚魚)とあおり烏賊の耳の部分をヌタで和えた珍味が乗り、向かって左から時計回りに、煽り烏賊、蒸し鮑、ふぐポン酢、サワラの炙りがっこ、ゲソの木の芽和えである。煽り烏賊以外は全て味が付いており、どれも一手間かけたお造りであった。5品目は、ふぐの唐揚げで、衣にほんのりとした塩味が付いていて、美味しい!6品目に、鯨の舌である、所謂「サエズリ」の煮含めが登場!このサエズリ、関西ではおでんタネとして珍重されるが、食べてみたら、スポンジのような弾力で、味がしっかり滲みこんだ噛みごたえのある、豆腐でもない、油揚げでもない、そんな食感の不思議な食材であった。

以上でコースの半分が終了した。店内は、会社帰りらしいサラリーマン風のおじさん集団、似非食通家の業界人や米国女性の一人客など六本木らしい客層ばかりで、ゆきちゃんのような20代女性は皆無であった。ワインでかなりきこし召したおじさん集団の嬌声がやや煩かったものの、愛を語り合うには適度なスペースが確保されており、口説きの店としての条件は全てそろっていた。ただ、同じコースで進行するため、先客への料理内容の説明が漏れ聞こえてくるので、サプライズ感がやや薄まると言う難点もあったが、これはこれで止むをえまい。

前菜

牛蒡の磨り流し

白子のフライ

焼き白子

海老しんじょ

御造り

ふぐのから揚げ

「サエズリ」の煮含め



新日本料理「龍吟」    投稿者:佐渡の翼

2013年04月19日 04時57分08秒 | 恋人とのデート記事
2011年にミシュラン★★★に昇格した「龍吟」さんに関する記事は、当ブログでも2008年3月3日に佐ガット覆面調査員さんが取り上げている。今回筆者は、恋人ゆきちゃんと共に、このお店を初めて訪ねてみた。訪問当日の2月19日は、時折小雪が舞い散る極寒の一日だった。午後7時に地下鉄日比谷線の六本木駅の2番出口でゆきちゃんと待ち合わせていたはずだったが、約束した7時になっても一向に彼女の姿が現れない!無断で約束を破るような女性ではないので、電車のトラブルで遅れているのかもしれないと思い、7時10分過ぎまで待ってみたが一向に待人来たらず。じりじり焦りが募ってきたが、予約時間を15分過ぎたらお店に連絡せねばならない規則になっていたので、諦めて一人でお店へと向かった。ゆきちゃんには事前にお店の地図を渡しておいたので、「ひょっとしたら直接お店へ行っているのかもしれない」、そう考えながらお店に向かった。すると、案の定、店の前にゆきちゃんの姿が見えた!ゆきちゃん曰く「六本木駅には6時半に到着していたので、お店の周辺を30分ほどうろうろしてお店を探しまくり、7時丁度にお店に到着した」そうだ。今後、こういう行き違いが生ずるのを防止するために、お互いの携帯電話の電話番号を交換しておいた。これで次回のデートからは携帯電話を持参せねばならなくなった。

店の引き戸を開けると受付になっており、ここでコートを預けた。ほのかに香の香りがする中を暖簾をくぐると、そこは正(まさ)しく「龍のワールド」!壁面には昇龍の絵が描かれ、テーブルの中央部には龍があしらわれた布が横断していた。店内には随所に龍の模様が嵌め込まれており、「龍吟ずれば雲湧き立つ」の中国の禅の教えを体現するかのような内装であった。店内はさして広くはないが、席間のスペースは充分採られていたので、ゆったりと食事が楽しめる空間になっていた。ほどなくしてウエイター氏がやって来て、飲み物の注文を聞いた。筆者は車ゆえ、台湾の高山茶「金龍」(6500円もする)を注文し、彼女は、「甘くてフルーテイーな日本酒」として山形産の「十四代」を所望した。そして、20個はあろうかと思われる、綺麗な江戸切子のグラスが納められた箱の中から彼女は赤い絵柄の物を選んだ。この日本酒、筆者は味見など出来ぬが、彼女は盛んに美味しいを連発し、まるでジュースでも飲むかのように、ぐいぐいと杯を重ねていたのには驚いた。中国茶も大き目のワイングラスに注ぐと言うエスプリの効かせ具合で、お洒落度は満点であった。コースは23,000円の一本のみで、全国各地から取り寄せた旬の食材を丹念に調理し、予め計算され尽くした温・令と味の濃淡のバランスの間合いを微妙に図りながら絶妙のタイミングでお料理を運んで来る様は、ミシュラン★★★の名に恥じないベストパフォーマンスであった。ゆきちゃんは、「龍吟」のロゴ入りの茶色の封筒に入った本日の御品書きが非常に珍しかったらしく、これを何度も眺めていた。ゆきちゃんの今日のいでたちは、黒のヨットパーカーに花柄(パーカーのフードの裏側の花柄と同じ)のカットソー、茶系のパンツとバッグ、カーキのモッヅコートであり、赤い口紅と薄い頬紅でのメークアップは、彼女を控えめでしとやかな美人に仕立て上げていた。

龍吟のロゴ入りおしぼり

江戸切子の酒グラス


小川のまるばしゃりんばい(佐渡市小川)   投稿者:佐渡の翼

2013年04月18日 05時16分24秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット
バラ科に属する、海岸常緑低木マルバシャリンバイは、厚っぽい円みの葉を枝先に車輪状に付け、白い五弁の花が梅に似ているため、“円葉車輪梅”(まるばしゃりんばい)の名が付いた。暖地の九州、四国の海辺を北上し日本海側では山形県の温海町を北限とする花だ。佐渡では鷲崎、北狄、小川の海岸に分布するが、群落規模が大きく群生の見事なものは相川地区の下小川の岸壁のものである。夏に、一度この地を訪ねたが、まるばしゃりんばいの花は咲いてはいなかった。帰京後、事典で調べてみたら、まるばしゃりんばいの開花期は4月で、結実時期は10月頃との事だったので、筆者は10月上旬のとある日に再びこの群落地を訪ねてみた。

 

毎年4月頃には、冬の季節風を遮るように原の崎が300mほど西へと伸びる、この南むきの傾斜45~60度の急勾配の岩壁の岩肌は、マルバシャリンバイで隙間なく埋め尽くされ、それは見事な景観となる。「まるばしゃりんばいは、潮風に強い木で、陽の木だ。岩の亀裂にそって根をのばし、自分で岩を割り養分と水を吸う」と村の古老は言う(佐渡の文化財のHPに寄れば)。確かに訪問時にマルバシャリンバイの実はなっていたが、残念ながら花にはお目にかかれなかった。折りしも佐渡では桜が満開である、読者諸氏に於かれては、是非とも4月の開花時期にこの地を訪ね、この見事な群落を桜と共に堪能して頂きたいと思う。http://www.digibook.net/d/6494e73fb199047d7b2d3522c030f61c/?viewerMode=fullWindow


和光テイーサロンのフレンチトースト   投稿者:佐渡の翼

2013年04月17日 05時34分03秒 | 可愛いスイーツ達

1月20日、筆者は二週連続で銀座へ出かけた。お目当ては、先回食べ損ねたフレンチトーストである。筆者はフレンチトーストが大好き!パンケーキは貧乏人用の朝食メニューであり、セレブは断然フレンチトーストである。毎週日曜日の朝はロイヤルホストでこれを食べているし、ホテルオークラ、ミキモトラウンジなどの有名所のフレンチトーストは既に制覇した。残るは、和光テイーサロンのフレンチトーストだけである。フレンチトーストとは、パン生地を、卵、牛乳、バニラ、グラニュー糖などを混ぜた液体に一晩漬けた後、フライパンで焼いたフランス風のトーストで、欧米高級ホテルの朝食の定番メニューの一つだが、和光ではデザート扱いになっている。午前11時丁度にお店にお邪魔したら、開店を待ち侘びたおばさん二人組みが最初に店内に入り、次いで筆者が先回訪問時と同じ席へと案内された。筆者は、まず、クロックムッシュ(1260円)を注文し、食後にフレンチトースト(1890円)を出すようお願いした。クロックムッシュとは、ハムとチーズを挟んだパンをトーストしたものを言うが、このお店のそれは、パン生地の表面にもチーズを乗せてオーブンで焼き上げてあった。サラダも付属していたが、軽食に過ぎず、量的には物足りなかった。クロックムッシュを食べ終えたら、すぐさまフレンチトースト(画像)が運ばれて来た。

このフレンチトーストのためだけに焼くと言う、卵黄とバターたっぷりの筒状のパン・オ・ブールにカスタードソースが滲みこんでおり、これに自家製の蜂蜜味のアイスクリームと苺・フランボアーズ・ブルーベリーが添えられていた。フレンチトーストをつまむと、中からカスタードソースがジュワッと溢れ出てくる。甘さは控えめで、蜂蜜味のアイスクリームと一緒に食べると絶妙のコラボレーションで、オークラのフレンチトーストとは違うし、ミキモトラウンジのそれとも少し違う、和光独特の個性的で上品な味である。フレンチトーストは、ファミレスから高級ホテルの物まで全て味わってみたが、いずれもそのお店の特徴が滲み出た味で、それぞれに美味しいと思う。和光を出た後、筆者は地下鉄銀座線で外苑前まで行き、そこから徒歩で渋谷まで歩いた。渋谷に辿りついたところで、少し小腹が減って来た。どうにも我慢が出来なくなり、東急本店へ行き、地下の「ダロワイヨ」で「シャルム」と言う苺ケーキを注文して食べた。フランボアーズのジュレ、バニラのムース、スポンジ生地が層になったショートケーキで、小振りなのでペロリと食べてようやくお腹が膨らんだ。今日も甘い物を一杯食べて幸せを満喫した休日だった。

クロックムッシュ。

渋谷東急本店の「ル・スフレ」でマカロンを購入

ダロワイヨでケーキを注文して食べた。

 

 

 

 

 

 

 


絞張のヤマモミジ群落(佐渡市羽茂大崎)   投稿者:佐渡の翼

2013年04月16日 05時07分07秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

ヤマモミジはカエデ科カエデ属の落葉高木で、主として近畿地方以北の日本海側の山地に分布している。秋の紅葉の美しさから古くより紅葉狩りの代表的な樹木である他、庭木・盆栽として植えられるなど身近で人々に広く愛されている樹木の一つである。紋張のヤマモミジ群落の中で、大きなものは樹高9m、幹囲2.45m、根回3.05mになる。このような大木の群落は珍しく、その植生を知る上で貴重である。

以上は、佐渡市の文化財のHPの文言を引用改変したものであるが、この紅葉群落の場所を探すのに苦労した。佐渡市世界遺産推進課に電話で尋ねたところ、担当者は「絞張山荘から更に東へと進むと三叉路になっており、ここを右へと進み、しばらく行くと駐車スペースのような膨らんだ場所があり、そこに右手に入る道がある。その先に紅葉の群落があり、目印は注連縄のようなものがぶら下がっている所」と答えた。後に担当者がメールを送付し、更に詳しい道案内をしてくれた事に対し、ブログ上で謝意を述べた件は御存じの事と思う。このメールのお陰で、「マピオンのHPの左上方にある検索部分にマップコードを入力すれば、文化財の場所特定が容易に出来る事」を初めて知った。

さて、筆者は、秋のとある日にこの天然記念物を訪ねてみた。確かに、注連縄がぶら下がった道があり、小道の入り口には「ここから徒歩5分」と書かれた案内看板があった。歩いて行くと、「絞張のヤマモミジ」と書かれた白い標識が倒れている平たい場所に出た。そして、休憩台のような木製の構造物があり、その周囲に絞張ヤマモミジの巨木群が並んでいた、まだ紅葉には早かったが、圧巻の光景であった。http://www.digibook.net/d/e885eb13a11f2e70670d3fb28028f75e/?viewerMode=fullWindow


i8ロードスター動画1

i8ロードスター動画2

i8ロードスター動画その3

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