佐渡の翼

佐渡の観光名所紹介、佐渡の宿泊施設の宿泊記、佐渡の全飲食店と東京都内高級レストランの食べ歩記、ヨーロッパ及び国内旅行記事

i8ロードスターのPR動画を記事の最後尾に貼り付けました

動画に登場するi8ロードスターと全く同じ車体カラー、ホイール、内装、の右ハンドル車が、8月6日に千葉港へ到着し、通関手続きが完了いたしました。そして、新車整備、車両登録も完了し、9月2日に無事納車されました。従いまして、日本上陸第一号となったi8ロードスターの全貌を、9月6日に当ブログ上で公開いたしました。9月18日には、Keiyo BMW千葉北支店のフェイスブック(https://www.facebook.com/keiyo.bmw.chibakita/)でも紹介されました。このフェイスブックには、スマートキーをリモコン代わりに使用して、i8ロードスターの屋根を開閉する動画も掲載されています。更に、7月6日に発売されたホンダS660のcomplete modelである、ModuloXは、9月23日に無事納車となりました。 2018年9月24日現在

アマゾン・アソシエイト・アフイリエイト投稿開始のお知らせ

本日より、アマゾン・アソシエイト・アフイリエイト投稿を開始いたします。「グルメ、旅行、飛行機、自動車、ファッション」に関するアイテムを選択し、アマゾンへのリンクを貼ります。買い物がより便利になるでしょう。猶、審査には一発で、しかもたった一日の審査期間で合格しました。2018年8月24日

パークハイアット東京デリカテッセン(東京西新宿)  投稿者:佐渡の翼

2013年05月31日 04時25分14秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記
銀座の夜の街(特に西銀座界隈)を歩くと、「MARUGEN」と書かれたネオン看板が林立し、まるで不夜城の如く見える。これらは、川本源司朗なる不動産王所有のビルで、居酒屋、スナック、クラブなどが入居する賃貸ビル群である。この川本氏は、2013年の3月に脱税で起訴されたが、生涯独身を貫いた御仁なのは報道でご存知の読者は多かろう。今では齢80を超えたじいさんだが、金持ちで、お洒落でイケメンなのにどうして女に縁が無く、そして興味が無かったのか?不思議に思えるが、女遊びはしても「結婚」と言う形で女に束縛されるのを嫌う人物だったのだろう。筆者にはその心情は良く理解できたが「言い寄る女のほとんどは、その資産が目当てで、結婚したくなるほど好きな女に出会えなかった」、あるいは「女に騙され過ぎて女性不信に陥った」と言うのが真相なのではないかと思っている。筆者には結婚したい女性が居るが、ハードルが高く、実現までには数年はかかるかもしれない。こう書くと、「去年まではまるで婚約真近みたいな事を言ってたくせに、何かあったのか?」と、訝る読者は多いかもしれないが、誰しも「人生一寸先は闇」である、順風満帆な人生などあろうはずもなかろう。

丸源ビルのネオン

筆者は時々、恋人とのデート予定を記事に書き込む。すると、佐渡の翼中毒症患者達は、「本当にその記事は掲載されるのか?掲載されなかったら、嘘ばかりつく中途半端な駄目な奴」と書き込んでやろうと虎視眈眈と毎日このブログを覗きにやって来る。それこそが当方の思うつぼである。当方は、そんな記事を、じらせながらいつまでも掲載せずに様子を見る。それこそ1年以上もわざとほったらかしにする。じらせばじらすほど連中は血眼になって覗きに来る衝動を抑えきれなくなる。その間、佐渡の翼中毒症患者達は懲りずに当ブログを訪問せざるを得なくなり、当ブログのアクセス数は不動のものとなる。連中は、他人の不幸を願う、誠に御苦労さんな輩と言いたいが、そういう環境下に彼らを引っ張り込むのに成功した翼君は誠にお利口さんである。。

さて、そんな心境の中、筆者は、4月14日、西新宿の、パークハイアット東京1階のデリカテッセンにあるイートインコーナーを訪ねてみた。2階はスイーツを販売するペストリーブテイックになっている。デリの奥に、20席ほどのイートインスペースがあった。スープ、ベーグルサンド、デザートがセットになったランチボックスなる物もあったが、これではデザートを選べないので、筆者は、デリに陳列されてあった、「季節野菜とフロマージュブランのバジル風味ピザ」(画像2)と「苺とピスタチオのタルト」(画像1)を選んだ。店内にはパークハイアット特有の民族ポップミュージックが流れており、イートインとは言え、ピザは温めてから供されたし、デザートにはクリームソースが敷かれていた。しかもこれらに上乗せ料金はなく、合計で1330円と言う安さであった。お味のほどは、さすがのパークハイアットで、どちらも文句無しの出来栄えであり、佐渡両津のクレアーレさんではこうはいかないと思い知らされるレベルであった。もう一個ケーキが食べられるほどの分量だったが、ぐっと我慢し、このデリを去った。

デリカテッセンのガラスケース内のスイーツ

ピザ

店内の様子

デリの入口

下畑玉作遺跡(佐渡市畑野)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月30日 04時20分36秒 | 佐渡の神社仏閣及び史跡

俗に言う金畑線(金井と畑野を結ぶ道路)を金井方向から進むと、その中間点あたりで左手に、下畑玉作遺跡と書かれた茶色の標柱が目に入る。玉作遺跡とは何ぞやとそれに関し、四の五のごたくを並べても考古学者以外の人にとっては面白くも何ともないので割愛させて頂く。要するに歴史上価値のある考古遺跡なのだが、夏に訪ねたら、そこには遺跡のいの字も無かった!あるのは耕されていない土地だけ。遺跡があるから耕せないので、そのまま草木が生えるに任せておくしかないのである。遺跡の片隅にはその説明文を掲示するためのガラスで覆われた、何も記載されていない掲示板が設置されていた。この遺跡、筆者同様歴史に興味のない者にとっては猫に小判でしかないが、国仲平野のど真ん中にそんな遺跡がある事を知っておくのも悪くはなかろう。この遺跡から数メートル畑野方向に進むと、左手に新塚原跡と妙満寺に到る道が見えてくる。

この遺跡、11月上旬のとある日に訪ねてみたら、草木が全て刈り取られ、遺跡の全貌がその姿を現していた。、

http://www.digibook.net/d/d245ed77b05f0e35ffe93d36d028360c/?viewerMode=fullWindow


小田急「カフェナチュレ」のパンケーキ(東京新宿)  投稿者:佐渡の翼

2013年05月29日 04時29分39秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記
パンケーキとは、小麦粉、ベーキングパウダー、卵、牛乳を溶かして混ぜ、それをホットプレートの上に乗せて焼いたシンプルな代物で、欧米の朝食の定番である。日本では、ホットケーキなどと呼んでいるが、パンケーキとの違いはその厚さだけで、薄っぺらい物をパンケーキと称し、厚さが2センチ程度の物をホットケーキと呼んでいる。ハウス食品を始め、幾つかの製菓会社から「ホットケーキの素」などと言う簡便なセットが販売されているので、それらは、家庭でも手軽に作れるお料理で、何も行列してまで食べる代物にあらずなのだが、佐渡にも、それを行列して食べたがる田舎者丸出しおっちょこちょい輩がおり、上京した折に、「1時間ちょっと待ってようやく食べられました」などと自慢げに得々とフェイスブックに書き込んだ、いい年こいた某ホテル従業員までいたくらいだ。パンケーキ生地の材料に加える砂糖の量で甘さ加減を調節するため、それを提供するお店毎に独自の味付けになっているが、リコッタチーズをたっぷり加えたホットケーキは、表参道原宿にある東急プラザビルに入居する「ビルズ」とホテルニューオータニの「サツキ」で食べられる。筆者は、表参道の「カフェカイラ」で大して美味くもないパンケーキを2時間以上も待たされた挙句に食べさせられた苦い経験から、田舎者が行列を作るお店には二度と行かないと心に誓った。それゆえ待たずに食べられるパンケーキ屋として、小田急百貨店2階にある「カフェナチュレ」を選んで訪ねてみた次第だ。訪問当日の4月7日は爆弾低気圧の通過の影響で未明にはバケツをひっくり返したような大雨と強風に見舞われたが、午前中にはすっかり雨は上がり、筆者は車ですいすいと伊勢丹駐車場へと向った。この4月から伊勢丹新宿本店の開店時間は10時半になったが、伊勢丹広報の言い分は「開店時間を30分遅らせる事により、人員配置に余裕が生まれ、その分、接客が手厚く出来る」だそうだ。伊勢丹の論理はよく理解できなかったが、夏の10時半開店はちと厳しいかなと思った。

筆者は、午前11時5分前に小田急カフェナチュレに到着した。お店に入ると、7割ほどの客の入りで、さほど混んではいなかった。店内は横に細長い、まるで鰻の寝床のような構造のカフェで、好きな席に座れとの御指示だったので、筆者は入り口にほど近い、青い布製のソファー席に陣取ってみた。窓の外はバスターミナルで、右側に小田急ハルクが見えた。いかにも「キャバ勤めです」と言わんばかりの顔立ちの女の子二人組みやご老人カップルなどが窓際席に座っていた。筆者が「ベリーベリーパンケーキ(1200円)」を注文したら、ウエイトレスは「当店のパンケーキはお客様の注文を受けてから一枚一枚丁寧に焼き上げますので、少々お時間を頂きますがよろしいでしょうか?」と決まり文句の断りを入れた。見ていたら、お料理の出来上がりまで、全ての客が最低15分は待たされていた。筆者もご同様に、18分待たされた揚句、ようやく待望のパンケーキにありつけた。ベリーベリーとは、ストロベリーとブルーベリーの意味のようで、これらとフランボアーズがお皿に乗っていた。パンケーキの厚さは2センチ弱ほどあったので、ホットケーキと言った方が正確かもしれない。パンケーキの上には蜂蜜味の生クリームとシャーベットが乗っかっていただけで、甘味には乏しかった。パンケーキそのものは、帝国ホテル製のようなしっとり感は無く、ややパサついており、食事用にも転用するため、砂糖は含まれてはいなかった。あの、馬鹿臭い「カフェカイラ」のパンケーキの方がまだましだと思えた、小田急カフェナチュレのパンケーキだったな。

お店の入口

メニュー

こんな掲示が店内にあった

目の前はバスターミナル

右手に小田急ハルクが見える

正一位稲荷大明神(佐渡市相川)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月28日 04時53分54秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

県道を沢根から相川方面に向けて走行すると、沢根と中山トンネル入り口の丁度中間あたりで左手に赤い鳥居が見えて来る。いつも何の神社かなあ~と思いながら通り過ぎていた。さほど有名な神社ではないし、訪ねたところで、それほど感動するほどの代物でもあるまい。いつだって行けるし、ま、いいやと言う感じでいつもやり過ごしていた。

だが筆者は急に思い立って5月初旬にこの神社を訪ねてみた。県道に車を停め、砂利道を鳥居に向けて歩いてみた。赤い鳥居の右手には「秋葉山」の石碑があった。そして鬱蒼とした杉木立に囲まれた小山があり、石段を登りつめたところにこじんまりとした拝殿があった。ひさし部分に掲げられた額の文字を見たら「正一位稲荷大明神 不動明王」と書かれている。この神社の近くには民家などはなく、村社と言うよりも、山岳信仰の麓神社と言った趣きである。拝殿には鍵がかかっていたので不動明王への拝謁は叶わなかったが、どういう由来のある神社であろうか?

歴史的事実を曲げる事はできないが、史実の解釈は個々の研究者の自由である。さればこそ歴史学なる学問体系が成り立つのである。筆者はそれらを自由に解釈し、その見解をブログに記述しているが、その歴史的解釈に異論のある方は堂々とメッセージ機能を通じて論戦を挑んで頂きたい。http://www.digibook.net/d/8184c5df901ea408af82a865d228ae62/?viewerMode=fullWindow


清月堂本店(京王百貨店内)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月27日 04時13分31秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

昨年の10月下旬のとある日、その日は午後から雨との予報であったが、早くも午前10時頃から雨がパラつきだした。今までは、車で伊勢丹駐車場へ乗り付けていたが、この頃は電車を利用するようになった。何らかの心境の変化があったからだ。デパートやセレクトショップ巡りはもう飽きたので、雨の日は昼飯を食べたらさっさと帰宅しょうと、ふらりと京王百貨店のレストラン街を覗いてみた。すると、小田急百貨店のレストラン街に、そのフレンチ部門を出店している銀座清月堂本店が、和食・甘味部門を出店しているのを見つけた。店の外の看板に、清月堂弁当(1470円)の写真が掲載されており、まずまずの感じだったので、このお店に入る事にした。午前11時の開店と同時にお店にお邪魔した。好きな席に座るように言われたので一番奥のソファー席に座った。清月堂弁当を注文したら、わずか3分でそれを運んできた。「わざとでもいいから5分程度は客を待たせるのが高級店の矜持だろう」と思ったが、どうやらこのお店は高級店ではなく、中流店のようであった。煮物、切干大根、和え物などは全て冷たく、秋刀魚のもみじ煮とやらは、秋刀魚の水煮の缶詰をレンジでチンしたような代物であった。秋刀魚のような臭みのある魚は生姜煮にすべきであろうが。。白菜の浅漬けと香の物でご飯を食べ、焼き栗の餡蜜で腹ごしらえをした。「安い料理に美味いもの無し」である。後からやって来た客は全員70歳以上の高齢者ばかりで、敬老百貨店の面目だけは躍如だ。お店を出た後、地下の惣菜売場を初めて覗いたが、ろくなお惣菜が無い!高級百貨店伊勢丹の惣菜を食べ付けていると、この種の百貨店の惣菜は見る気もしなくなるんですよお~。しょうがないので、小田急百貨店で惣菜を購入し、帰宅した。雨が降ったり止んだりの、うっとうしいお天気だったが、レインシューズと折り畳み傘が非常に役に立った一日であった。

清月弁当を注文した。

お店の入り口

巡礼坂(佐渡市相川)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月26日 03時43分17秒 | 佐渡の神社仏閣及び史跡

水金遊郭の跡地は更地になっており、その隣にある家は空家であった。金山華やかなりし頃には、この辺りには遊郭が建ち並び、昭和の初期まで賑わっていたそうである。今でいう高級ソープ街だが、金山で一山当てた山師や奉行達など比較的裕福な客達が足繁く通った遊郭街である。そんな遊郭だった家を民宿に改装して営業していた「たまや」さんが、廃業してからかなりの年月が経過した。後を継ぐ人はいないらしく、家は空家となり、エアコンの室外機がはずれて宙ぶらりんの状態となり、今にも落下しそうであった。歳月は人の心にお構いなしに過ぎていく。かつて「たまや」さんが繁盛していた頃は、佐渡観光もまだ明日への希望がもてる日々であったが、今や落日、斜陽と化した佐渡観光は見る影もないくらいに寂れ切ってしまった。

水金遊郭跡から続く細い道が登りになっており、ここを巡礼坂と称しているようである。巡礼坂と言うからには、その先に、キリスト教会や神社仏閣などがあると思われたが、そのような宗教的な施設などは全くなく、ただの坂道で、最後は行き止まりになっていた。巡礼坂とはどういう謂れから命名されたものなのだろうか?


翼君の真意?    投稿者:勝手連

2013年05月25日 04時05分36秒 | 佐渡の翼addictiion釣ネタ記事

このブログの多くの読者は、その真意を測りかねている。翼氏の頻回なる佐渡来島の目的のだ。それは、本当に市長選立候補を狙った事前キャンペーンなのだろうか?幾ら翼氏でも、ネット世代の支持は得られたとしても、果たしてドブ板選挙に勝ち抜けるだろうか?佐渡は昔ながらの地縁血縁の社会だ、田舎集落のじいさんばあさんにとっては、「佐渡の翼?何それ、朱鷺の一種かい?」程度の認識かもしれない。市長選で勝利するためには、別動隊たる市議の支持を取り付けるのが先決である。ネット世代の市議は、翼氏の怖さを知っている。怖さとは知名度の高さと言う意味だ。昨日今日のポット出ではない、足かけ9年に及ぶネット活動を利用した知名度浸透戦略を推し進めた武士(もののふ)だ、その成果は徐々に実を結びつつある。本人が意図するしないに関わらず、既に周りがそういう雰囲気を作り上げてしまっている。ネット上では誰も何も言わずに、ひたすら沈黙を守り黙殺を装い、事の推移を見守っている。いや見守るしかないのだ。ネット上で誰かが「過去の経歴に関する記事内容は全てでっちあげだ」と言えば、氏は次々にそれらが真実である証拠を暴露し続けている。こうなると、今まで半信半疑だった人々も、その思いは確信へと変わっていく。旧制七帝大卒(ひょっとしたら東大かも)で、3年の米国留学経験、その後の国家公務員生活を経て年収2千万超の民間会社の役員勤務へ転身と、絵に描いたような、佐渡島民の憧れの的たる華麗なる経歴!もうそれだけで、甲斐市長などは霞んでしまい吹っ飛ぶだろう。もし、こんな人物が佐渡島に舞い降りたとしたら、それこそ芸能人の来島どころの騒ぎでは収まらないし、仮に翼氏が佐渡出身だとしたら、佐渡市議の大半が雪崩を打って翼氏支持に走るかもしれない。そうなれば、完全に政策論争は二の次のイメージ選挙になるのは間違いない。だが、最初に連携ありきで政策の不一致を棚に上げ、ひたすら野合に走った、直近の総選挙に於ける第三極の伸び悩みを見れば、「やはり行政経験のない新人など恐るるに足りず、選挙は経歴の華麗さを競うものにあらず、見識と経験と政策本位で判断されるべき」と現市長派はたかをくくり、強がるかもしれない。三年後の今頃は結果が出ている、誰が市長の座を射止めるのだろうか?


来迎寺(佐渡市羽二生)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月24日 04時43分46秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

宝珠院を出た後、羽二生の来迎寺を通り過ぎていたのに気付き、Uターンをし、羽二生バス停の近くから集落内へ入り、お寺の屋根を目指して登り坂を登ってみた。屋根を目印に探して行き、ようやく本堂に辿り着いた。境内はけっこう狭く、本堂の外観写真を撮るのに見上げながらの撮影となった。本堂内の内陣の欄間部分に真ん中に龍が描かれ、両端に獅子が描かれた彫刻板があった。これが微妙な金色で誠に味のある作品であった。来迎寺の寺名の由来は「このお寺に来た人々を歓迎する」からだろうか?あるいは極楽浄土へと誘う意味もあるのかもしれない。

開基は延徳二年で、浄土宗の寺として出立したが、弘治元年に真言宗に宗旨替えをした。境内の観音堂では、毎月18日に講中が集まり真言念仏が唱えられる。檀徒には、仏師、仏厳の末裔がいるそうだ。

http://www.digibook.net/d/34c5e1df90982e38ff2ead143e29761e/?viewerMode=fullWindow


頻繁に佐渡へ行くのはもう止めた       投稿者:佐渡の翼

2013年05月23日 05時24分24秒 | 佐渡の翼addictiion釣ネタ記事

筆者は、毎月のように佐渡を訪ねていたが、今年から、佐渡へ行くのは5月のGWと8月の夏休みだけに限る事にした。これで年間約60万円が浮くので、その時間とお金を彼女とのデートに振り向けようと思う。佐渡の主だった飲食店評価は終了したし、主だった史跡、神社仏閣の探訪も一巡した。加えて、これ以上、誹謗中傷輩が跋扈する汚い島へはもはや行く気がしなくなったと言うのが、その理由だ。他人の足を引っ張り、臆面も無く掲示板に中傷を書き込む精神病患者で溢れ返る後進島、佐渡。こちらが精神病に罹りそうになるくらい、いやらしい島である。ほとほと愛想が尽きたと言うのが本音で、よくぞ五年も通い続けたなと言うのが偽らざる心境である。無論、佐渡には素晴らしい人はいっぱいいるが、それらは極く一握りの中傷輩の陰に隠れてしまっている。誠に中傷輩の犯した罪は深くて重いのだ。こうした連中はもう死刑に処する以外に手立てはあるまい。いや、そう遠くない将来に彼らは死ぬだろう。たとえ生きながらえたとしても、教祖様のご命令で地獄の果てまで追い詰められ、市中引き回しの上、打ち首獄門になるだろう。軽い気持ちで中傷しても、それらは全て、いつかは自分に跳ね返ってくる、ブーメラン効果なのだ。彼らは、無教養、無分別輩で世の中の役にはまったく立たない虫けら同然の存在なので、ペンの力で殺しておいた方がよっぽど佐渡のためになる。中傷輩よ一日も早く死ね!死に絶えよ!馬鹿は死ななきゃ治らないのさ。中傷輩共よ、佐渡の翼が人気者になるのがそんなに気に入らないのか、そんなに羨ましいのか?

次期佐渡市長選まで3年余りとなったこの時期、あまりにも佐渡の翼待望論が強すぎるので、少しほとぼりを冷ます必要がある。筆者が表題のような気持ちになったのには、そうした判断が働いている。何せ、ブログ人気で散々ポピュリズムを盛り上げておいてから市長選に打って出るような奇抜な選挙戦術を取った候補者はいまだかつて佐渡には存在しなかったからだ。断っておくが、翼君は、次期佐渡市長選に立候補する意思があるとは一言も言ってはいない。単に、取り巻きがそう言いふらしているだけの話だ。だから、3年後の市長選に翼君が出馬しなくとも、「散々ブログで立候補をほのめかしながら、不出馬なんて有言不実行、がっかりしました」「翼君やっぱり立候補しなかったんだね」「やつはどうせ口先だけ、期待した俺達が馬鹿だったのさ」などと書き込まないで欲しい。立候補すれば当選確実な翼君だが、市長の低給料に加え、厳しい佐渡の冬に、女房候補者が難色を示しているので、島民からの熱い翼君コールは、一まず沈静化させておこう。


宝珠院(佐渡市両津真木)     投稿者:佐渡の翼

2013年05月22日 05時07分15秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

東海岸道路を両津方向に向けて走行し、真木のバス停のすぐ手前に左へと折れる道がある。ここを真っ直ぐ進むと、やがて前方左手に椎の木の群落が見えてきた。これがかの有名な宝珠院、別名「椎の木寺」である。久地殿の長女の菩提寺であり、その法名を寺名とした。この椎の木が茂る一帯は、昔はお殿様の牧場(まきば)だったそうで、これが真木(まき)の語源となったと言う説もある。椎の木を見ながら境内の裏手へと向かう「巨椎の小経(こみち)」なるものがあり、ここを通って本堂へと進んでみた。椎の巨木が並ぶ姿は圧巻であり、この様な寺は佐渡ではここだけであろう。境内には地蔵堂があり、ご本尊は不動明王である。大師堂は、近くの宝光寺境内にあり、ここへも行ってみた。宝珠院境内から椎の木越しに見える真木集落の海岸線は綺麗であり、その昔は、牛や馬が草を食んだのどかな牧草地帯だった事が窺い知れた。

http://www.digibook.net/d/ed45859b80992e706fe8af909023b74e/?viewerMode=fullWindow


Fish&Oyster Bar(渋谷西武A館8階)   投稿者:佐渡の翼

2013年05月21日 05時10分42秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

「立てばシャクヤク座れば牡丹、いずれが菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」とは美人の形容によく用いられるが、5月の中旬から下旬にかけて、佐渡の長谷寺では牡丹の花が見頃を迎える。筆者は、9月中旬にこのお寺で百日紅(さるすべり)の花を見た事があるが、牡丹の花はいまだかつて見た事がない。

さて、いつもお高い都心の一流ホテルのフレンチや和食ばかりでは少々食傷気味になってきた。そこで、たまには庶民的な値段のお店でもと思い、繁華街の中華料理屋へ行く事にした。筆者は、5月中旬のとある日、渋谷は宇田川町の交番近くにある、安くて美味いと評判の兆楽さんにお邪魔する積もりだった。だが、当日は暑い上に、安い店の椅子に座って服が汚れるのも嫌だしい~と思い、予定変更で、渋谷西武A館8階のレストラン街に行ってみた。午前11時の開店と同時にレストラン街に到着した。相変わらず回転寿司の美登利寿司の前には行列ができていたが、その他のお店には客の数はまばらだった。代官山に本店がある中華料理屋などもあったが、「野菜ソムリエ」っちゅうのがわざとらしくてそこは止めにし、隣を見たら、「500kcalでフルコースが食べられるダイエットレストラ」、つうのがあった。予約して訪れたらしき40代のおばさん連中がいそいそと中に入って行ったが、「ダイエットしたきゃあ~、夕食のカロリーを削れよ」と心の中でつぶやいてあげた。

佐渡では冬季しか牡蠣を味わえないが、春牡蠣と言うのは産卵前で身に栄養を蓄えていて美味なのをご存知だろうか?東京には全国各地から牡蠣が集まるので四季を問わず牡蠣を味わえるオイスターバーがあちこちにある。そんなオイスターバーが渋谷西武にもあった。店名はそのものずばりで「Fish&Oyster Bar」と言う。11時10分にお店にお邪魔したら先客は皆無だった。筆者はオイスターランチ(1980円)を注文した。まず、牡蠣のエキスが滲み込んだプチスープが出てきた。う~ん、いいダシが出ているぞ。次いでシーザーズサラダと「生牡蠣、牡蠣のマリネ」(画像)が出てきた。牡蠣は長崎の九十九島産だそうだ。どれもいいお味である。これを平らげると、牡蠣とじゃがいものクリームグラタンのご登場!小振りの牡蠣が2個入っていたがこれも美味だ!最後は牡蠣ときのこのペペロンチーノパスタ(ハーフサイズ)だが、これは佐渡の佐和田のどこかのレストランで提供されるパスタ同様田舎パスタで不合格!ま、1980円である、文句は言えまい。


晃照寺(佐渡市両津河崎)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月20日 03時59分29秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

東海岸道路を両津方向に向かって進み、真木のバス停を過ぎたあたりで、右へと入る道がある。ここを進み、しばらく行って右折する、そして最初の十字路を左折すると、下り坂になり、晃照寺へと続く石段へと移行していく。この十字路の場所に「真更城本郭跡」と書かれた白い標柱を見つけた。本郭跡の向こうには「二の郭跡」の標柱が立っている。ここを真っ直ぐ下ると、車両通行不可の石段へと続いて行き、やがて左手に晃照寺の入り口が見えた。見ると「久知殿氏寺」と書いてある。このお寺は、元は城の腰の寺屋敷にあったが、久知殿の後期居城である真更城の築城に伴い、この地に移転してきた。境内に入ってすぐの左手に豊川稲荷から分霊されたと言う河崎稲荷神社があった。神仏混合の名残であろう。

県道を走行中、吉峰神社の付近を通過すると、「晃照寺」と書かれた大きな看板が見える。この看板は、既に廃寺となった川崎薬師堂の壁に掲示されている。河崎集落の方からこのお寺に入ると、川を渡った左手に河崎神社があり、右手に善宝寺龍神信仰祈願と書かれた石碑、寛延一揆の義民の供養塔、出羽三山登拝記念供養塔などがある。寺には特に山門などはなく、石段を登り切ると真木集落に至るので、「津波の際は真木集落へ逃げろ」と言う看板が立てられていた。

http://www.digibook.net/d/d6d5c39ba01d0439eb6a25849828761c/?viewerMode=fullWindow


大学教授     投稿者:佐渡の翼

2013年05月19日 04時00分34秒 | 佐渡の翼の独り言

大学教授と言えば聞こえはいいが、医学系を除けば、ほとんどが教育職、名誉職で、高級取りとはいいがたいのが現実だ。毎月の給与は私大の方が国立大(独立行政法人)よりも若干高目である。国立大の教授職の給与の低さ、これはもう馬鹿馬鹿しいくらいで、特に医学系などは、一般勤務医よりも遥かに低い給与で、特に臨床系などは、教育、研究、診療を全てこなさねばならず、その忙しさを考えれば割の合わない職業だそうだ。だが、医局講座制の頂点に君臨する医学系臨床教授は、所属する医局員や関連病院に対し、絶大な権力をふるえる。関連病院に医局員を派遣すれば派遣料がもらえるし、医局員の博士号取得の際は謝礼ももらえる(これを禁止している大学もあるようだが)。これらに、医局員の結婚式の仲人料、講演料、著書の印税、などなどの給与外収入はかなりの額になるらしく、誰もが医学部教授になりたがるのだそうだ。

翻って、文科系や理学系の教授の給与外収入は、民放のワイドショーのコメンテーターなどを務めねば、講演料や著書の印税程度であり、年収は1千万を切る人々がほとんどであろう。かくいう筆者も、さる私大の教授職を提案されたが、民間会社の年収の半分にも満たない現実を知り、丁重にお断りした後に現在の会社に就職した。これだけ大学の数が溢れ返っている現状では、大学教授の肩書きなどは珍しくも何ともなく、実利を伴わねば、民間会社から教授職へ転身する人は、そうはおるまいと思う


赤泊城の山公園(佐渡市赤泊)    投稿者:佐渡の翼

2013年05月18日 03時24分36秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット
赤泊城の山公園は、別名、赤泊城跡公園と言うくらいだから、その昔は、この地に赤泊城があった。そしてその天守閣に見立てた5階建ての展望台が、村政100周年の記念事業として建設された経緯があった。展望台の内部は民話の里をテーマにした展示館になっており、麓にある赤泊郷土資料館の展示内容と重複しないようにと無理やり箱物を作り上げたような代物であった。何せ、入ってすぐの右手に、既に引退し、一時期格闘家に転向した元横綱曙関の等身大の優勝記念パネルが何故か陳列されているのだ。曙は赤泊とは何の縁もないのにだ。。。のっけから妙な展示館に入ったと思った、更に靴を脱ぎ、スリッパに履き替えろとの指示まである。内部には空調設備はなく、維持管理のための係員も常駐していない。春や秋ならば構わないが、気温の高い夏や逆に凍えそうな冬に来る観光客などは皆無だろう。

 

1階には、越後の上杉景勝が佐渡へ攻め入った際に、腰細城主がこれを迎撃したが、その際の戦いの様子をブロンズ像にした物が展示されていた。腰細城主は大切にしていた、金の握り観音像が敵軍に渡るのをおそれ、愛犬「夜叉丸」に、城主が自刃した事を書き記した書状を食わせさえ、羽茂城主に届けさせた。ところが夜叉丸は敵の攻撃に遭い、追いつめられた後に、犬落の滝に落ちて死んだと言う。だが、肝心の握り観音像がどういう運命を辿ったかについての記載は無かった。2階は、寺泊と赤泊の力自慢同士が春と夏に互いの地を訪問して相撲を取ったと言う民話の紹介展示場。3階は、小牛会いたさに、越佐海峡を泳いで渡り、赤泊の海岸に到着するや否や力尽きて死んだ悲しい母牛の伝説を紹介する像が展示されており、4階には、瓜の沢に出現した蝶ねえと村男の恋物語の民話を紹介する青銅色の像があった。5階部分は、展望台になっており、ここから晴れた日には遠く、信州の白馬岳まで見渡せるそうだ。

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曽里地山帰郷観音(佐渡市赤泊地区:真浦)   投稿者:佐渡の翼

2013年05月17日 05時12分43秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

曽里地山帰郷観音は、佐渡西国三十三観音の一つで、本尊は正観世音だ。佐渡1周線を小木方面から赤泊港を目指して走り、日蓮波題目の碑を過ぎたあたりで、左手に「佐渡西国5番 帰郷観音入り口」という案内柱があるのでそこを左折し、山へと入って行く。まず、左手に真浦神社が見えた。次いで道は右へカーブするように続いて行き、やがて右手に電気部品製造会社(司精研と書かれていた)とおぼしき建物が現れた。その後、柿畑を脇に見ながらどんどんと登って行くと、急に開けた駐車場のような場所に着き、そこから帰郷観音へと続く石段が見えた。

元々、この観音堂は、漁に出た漁師の無事帰還と航海の安全を祈願するために建てられた。佐渡へ配流された、藤原定家のひ孫、大納言京極為兼卿が、毎日必死にこの観音堂をお参りしたところ、無事に京都に帰郷できたと言う逸話が残されている。その後、大戦中は、兵士の無事な帰還を、そして戦後は、出稼ぎに出た人々の安全帰郷を祈るとご利益があるとされた。本尊は聖観音だが、うっかりして写真を撮り損ねてしまった。

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