佐渡の翼

佐渡の観光名所紹介、佐渡の宿泊施設の宿泊記、佐渡の全飲食店と東京都内高級レストランの食べ歩記、ヨーロッパ及び国内旅行記事

i8ロードスターのPR動画を記事の最後尾に貼り付けました

動画に登場するi8ロードスターと全く同じ車体カラー、ホイール、内装、の右ハンドル車が、8月6日に千葉港へ到着し、本日通関手続きが完了しました。今後、新車整備、車両登録後、8月30日に納車予定となりましたので、翌日にはi8ロードスターの全貌を当ブログ上で公開出来るかと思います。それまで楽しみにお待ちください。猶、7月6日に発売されたホンダS660のcomplete modelである、ModuloXも予約注文が完了し、9月1日にメーカー出庫で9月中旬頃に納車予定となっております。 2018年8月10日現在

EOS-1DXで撮影した1000万ドルの長崎の夜景その4

2014年10月29日 05時23分03秒 | EOS-1DXで撮影した国内・海外の夜景

三脚不使用での縦位置アングルでの夜景撮影などは通常のデジイチでは不可能に近いが、EOS-1DXなら楽々である。チャップリン画像の光源部分の詳細については、この画像をコピーしてデスクトップに貼り付けウインドウズフォトギャラリーで開き、拡大してみるとその答えが出て来る。そこは煌々と照らし出されたトラックの荷捌き場であった。チャップリンの真上にはトラックが数台写っていたのだ。通常のデジイチ写真では拡大するとボケてしまうが、EOS-1DXで撮影した写真は解像度が高いためかなりの拡大操作に耐え得る。

突然ですが、10月26日午前11時25分羽田発高知行のNH563便の機内から撮影した全日空機

その機体の後部だが、もの凄い迫力!機内のプレミアムクラスの座席からしか撮影出来ない写真で、華岡清史郎君が泣いて喜びそうな写真である!

離陸時のデジカメ使用規制緩和措置により、今年の9月1日からこういう日本ならではの写真が撮れるようになった

離陸の瞬間を撮影した決定的な写真!単に動画を切り取って静止画にしただけではこんな鮮明な画像にはなりません。

通常のデジイチで撮影すると長時間露光のため、道路は光の帯として写るが、EOS-1DXの凄いところは、道路の中央分離線を綺麗に写し出している点だ。この画像では、稲佐警察署と楕円形にカーブする道路を綺麗に写し出している。

稲佐山の麓の民家の灯りを綺麗に捉えている

下方に写っているのは稲佐山ロープウエイの中継鉄塔とケーブルである。肉眼では全く見えなかったが、EOS-1DXは意外な物を写し出してくれた。夜間の稲佐山ロープウエイの中継鉄塔を写した写真を掲載したブログは当ブログだけであろう。

更に右へ寄ると民家の駐車場の灯りが見えた

撮影した画像を経時的に掲載しているが、周囲はどんどん暗くなるのに、画像は逆に明るさを増し画像サイズが大きくなって来る。つまり、それだけ灯される明りの量が増えている証拠だ。

数秒の違いなのだが画像は微妙に異なっている

船が桟橋近くまでやって来た

大浦天主堂と船が重なった。

長崎造船所

ホテルモントレー

そして女神大橋

最も暗い時間帯の女神大橋

通常のデジイチだと橋だけは何とか写せるが、後は何が何だか訳の分からない画像になってしまう。この画像の出典はこのブログです。

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EOS-1DXで撮影した1000万ドルの長崎の夜景その3

2014年10月27日 08時21分34秒 | EOS-1DXで撮影した国内・海外の夜景

本日は7月20日午後7時45分49秒から7時46分35秒の間に撮影した画像の供覧です。長崎の夜景は、2012年の「世界夜景サミットin長崎」でモナコ、香港と共に世界三大夜景に選ばれた。筆者は約15分間に100枚近い写真を撮影したがそのうち9割はピントばっちりの写真であった。1000万ドルの夜景ゆえ、1画像は1000万円の価値と言う事になる。長崎は港と市街地がすり鉢の底になり、周囲を山に囲まれた構図になっている。そしてその丘陵部に家々が建ち並び、一斉に明りを灯すため、宝石を散りばめたような美しい夜景になる。平地の少なかった長崎では丘陵部に家を建てる人が多く、そこまでの物資の運搬は馬が担ったと言う。それゆえ、現在の長崎の夜景の美しさはこの馬たちのお蔭だと言う。佐渡にも両津の豊岡地区に段丘集落があるが、過疎化ゆえ夜景撮影に耐えるだけの光量はないであろう。

夜景ばかりが続くので、お口直しにどうぞ。そろそろハロウィーンですね。前から撮らなくて良かった

前から撮るならこんな可愛い子にしよう。撮影場所は「よさこい踊り」の本場高知市で、昨日撮影しました。

船が少しずつ移動しているので別の写真である事がお分かり頂けると思う

大浦天主堂のライトアップ姿はXの字型に見える。天主堂の前にあるのが旧香港上海銀行長崎支店で、その前にあるのが長崎水辺の森公園。その対岸にある菱形に突き出た黄金色に輝く岸壁が長崎造船所

大波止ターミナルの第二桟橋には高速船が二隻係留されている

埋立地の対岸はドラゴンプロムナードと呼ばれており、ここにも二隻の船が係留されている

この画像のサイズは4Mを超えており、かなり市街地の明るさが増しているのが分かる

浦上川の川沿いの明かりも増している

左端に稲佐山観光ホテル、そして稲佐山小学校と朝日小学校の校舎及びグラウンド、体育館、プールなどをはっきり捕えている。勿論肉眼ではこれらの建物は見えない。

同じような画像だが、稲佐山観光ホテルの部分が微妙に異なっている

右端に水辺の森公園と大浦天主堂が綺麗に写っている

松が枝国際観光船埠頭前を連絡船が通過していく

長崎造船所のクレーン

ホテルが再び視界に入って来た

ホテル清風へ戻る

船がすこしずつ動いているのが分かる

旭橋

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EOS-1DXで撮影した1000万ドルの長崎の夜景その2

2014年10月25日 03時39分20秒 | EOS-1DXで撮影した国内・海外の夜景

カメラを構えた瞬間、筆者の右肘がやくざ風おじさんのカメラのレンズフードにかすかに触れた。「貴様、俺の大事なカメラを壊しやがって、ふざけるな!」と凄まれ、胸倉を捕まれ、顔面を2~3度殴られて意識朦朧となりそのまま救急車で病院に運ばれた。かと思いきや、筆者が振り返りざま「あ、すいませえ~ん」と謝ると、このやくざ風おじさんは、意外にも、ほんとに意外にもその強面顔からは想像も付かないほど柔和な顔になり、「どうぞ、どうぞ」と言いながら場所を譲ってくれた。どうやらこのおじさんは地元の人らしく、この一件で筆者の長崎県民に対する好感度が格段にアップしたのは言うまでもない。「おじさあ~ん、このご恩は一生忘れないよ」と筆者は心の中で感謝した。観光客と言う者は、観光地の一断面一側面を見ただけで、観光地全体を演繹結論付ける習性がある。つまり一事を持って万事としてしまうのが観光客なのだ。店内撮影禁止の張り紙を掲示せずに「店内撮影禁止」を言い渡して観光客に不快な思いをさせる佐渡などは大いに反省せねばなるまい。いくら観光戦略だ情報発信だと旗を振ったところで、島民全員で観光客をもてなすと言う意識に欠けた佐渡に観光低迷が続くのは当然の帰結であり、それは行政の問題ではなく、島民自身の問題であろう。

ここからカメラの倍率を最大限にして撮影した

対岸の左端は大波止ターミナル、右端が長崎水辺の森公園でその真ん中が出島ワーフ

左端に埋め立て地が見える

南側斜面と北側斜面を結ぶ旭大橋が見えて来た

旭大橋の入口部分で一際大きな光を放っているのが、アミュプラザ長崎と長崎駅ビル

長崎駅の東側には八千代町と宝町の繁華街が広がっている

再び埋立地辺り。手前に二つ小学校のような建物が見える。肉眼では真っ暗で識別できないが、周囲の明かりのお蔭でEOS-1DXは見事に写し出している。右側が朝日小学校で左側が稲佐小学校

長崎造船所前、船はライトアップされた大浦天主堂の前を通過中

造船所前のクレーンが見えて来た。勿論肉眼では見えない

長崎造船所の三菱のマークがはっきりと視認出来る

対岸のホテルの明かりは、ホテル「モントレ」かもしれない

女神大橋が今度は大きく見える

女神大橋の更に向こうの夜景まで見えて来た


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EOS-1DXで撮影した1000万ドルの長崎の夜景その1

2014年10月23日 03時05分12秒 | EOS-1DXで撮影した国内・海外の夜景

既に展望台の屋上には多くの観光客が陣取り日没を待っていた。当然三脚持参のカメラ愛好家もたくさんいて、写真撮影のベストポイントである双眼鏡脇の好位置は既に彼らに寄って占拠されており、その間に割って入ろうものならトラブルにでもなりそうなほど殺気立った雰囲気を感じた。これはやばいなあ~、「割り込むな」とばかりに殴られでもしたら、一大事だ。それに三脚使用なのに、フラッシュを焚いて撮影するカメラど素人のやくざ風おじさんまでいたので、周囲が真っ暗になるまで様子を見ようと思い、カメラ愛好家達に25分ほど思う存分撮影させる事にし、夜陰に乗じて割り込もうと画策した。筆者の前にはスマホを構えたおばさんと、安いEOSカメラで手持ち撮影を試みる無謀なおにいちゃんがいた。この弱そうなお兄ちゃんなら割り込んで文句を言われても何とか太刀打ちできそうかなと思った。とっぷりと日が暮れ周囲が真っ暗になった7時43分56秒、筆者は意を決してひ弱お兄ちゃんの右横へ身を乗り出しカメラを構えた。ファインダーの中には1000万ドルの夜景が広がっており、上手くピントが合った。と、その時。。。。

日没前の午後7時20分に撮影した長崎港と長崎市の中心部だが、昼間の景色はどうってことはない

ところが日が没すると、このように綺麗な夜景に一変する。左端に写っているのはひ弱そうなおにいちゃんの安物EOSのレンズの先端。猶、当ブログに掲載される、長崎旅行で撮影した夜景画像は全てトリミングを施していない。

左端に案内表示板が写り込んでしまった

真正面が南側斜面で稲佐山は北側に当たる。観光案内本に掲載されている夜景画像は、この地点から撮影されたものである。

コンデジや通常のデジイチでは、光の点の集合体にしか写らないためこの夜景の綺麗さは伝えられない。この画像の出典はこちらのブログ

海上にチャップリン姿のオレンジ色の写り込みが見えるが、ここが長崎大波止ターミナル

更に右手(西側)にカメラを振ると長崎造船所が見えて来る。海上の船は五島列島を結ぶ定期連絡船

一番手前に写っているのは長崎温泉ホテル「アマンデイー」ではないかと思う

一番右手に見えるライトアップされた吊り橋は女神大橋である。橋全体がライトアップされており非常に綺麗だ

更に右へ振ると二番目の橋脚が見えた

再び左手(東側)へ戻したところ。稲佐山側に建っているホテルっぽい建物は、ホテル清風ではないかと思う

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リッツカールトンホテル東京のAfternoon tea     投稿者:佐渡の翼

2014年10月22日 04時40分30秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

お盆休み最後の8月17日は、東京は朝からエアコン不要の涼しい凌ぎ易い一日だった。曇りがちで日が射さない分、気温はさほど上がらず新宿の午後12時の外気温は27度と初秋並みの涼しさだった。暦の上では立秋を過ぎているので、もう秋である。8月末には都心のホテルからお正月宿泊プランが続々と発表される。そうなのだ、もうクリスマス年末年始に突入なのである。やれクリスマスイルミだ迎春準備だとせわしなくなって来るのももうすぐ。お盆が終われば次は年末年始の帰省準備にかからねばならぬ。8月10日から17日までのお盆休みの期間中、当ブログへの訪問者数は例年通り毎日1000人を超えた。佐渡へ帰省して美味しいお店や新規開店のお店へ行こうとする人々が「佐渡の美味い店」をキーワードに検索をかけて当ブログに辿り着くからであろう。当ブログは8月の中旬に「人気ブログランキング」に登録した。新潟県からは108のブログがランクインしており、登録当初は40位程度であったが、わずか1週間足らずで赤丸急上昇で3位に浮上した。どうやら一位と二位のブログは定位置のようで、これらを追い抜くのは容易ではなさそうだが、間もなく頂上を極めるかもしれない。その人気の秘訣は何だろう?その圧倒的な資金力を背景にした高級店の食べ歩き記事と高画質の画像の掲載や、その名の如く、佐渡以外にもANAの翼に乗って国内各地はもとより海外まで飛んで行っての旅行記事の執筆掲載、謎に満ちた独身貴族の生活ぶりの披瀝などなどだが、虚構記事で佐渡を風刺するのも得意だ。

とまあ、いつもの自慢話はこのくらいにして、筆者はこの日東京ミッドタウン内にあるリッツカールトンホテル東京のラウンジを訪ねてみた。リッツカールトンホテル大阪では食材偽装が発覚しているが、東京ではそんな事は無かった。その高級さは、一歩ロビーに足を踏み入れれば容易に分かる。ほのかにお香の香りがする日本風なロビーとまぶしいほどに磨き上げられた大理石の床がゴージャス感を掻き立てる。このラウンジには13,000円もするWOWバーガーなるバブリーなメニューがあり、金持ちの間では隠れた人気のあるバーガーだそうだ。何でも国産和牛100%のパテにトリュフを混ぜてあるそうだが、いずれ食わねばなるまい。窓を背にした二人掛け席へと案内された筆者は、4000円のheavenly teaを注文した。Afternoon teaの軽食は三段に分かれており、上段にはスイーツ類、中段には二種のスコーン、下段には一口サイズの洋風おつまみが並んでいた。英国人は午後3時以後にこんな軽食をつまみながら紅茶を飲む習慣があるそうだが、こんな重い物を食べたらまともに夕食などは食べられまいにと思う。筆者はまず下段のおつまみの方から食べてみた。画像は反時計周りにプレートを90度ずつ回転させながら撮影した物であるが、まずは下段のおつまみ類から食べてみた。トリュフを十字型にして浮かべたとうもろこしの冷製スープ、アスパラガスをパルマ産ハムで巻いたスペイン風ピンチョス、南仏野菜のマリネのミニサンドイッチ、赤すぐりのトリュフ風味ムース、鮪と水菜をトルティーヤで巻いた物などで、すぐに食べ終えてしまった。中段のスコーンはレモン味とレーズン味の二種で、お好みでクロテッドクリームを付けて食べるようにと言われたが、その必要はなかった。スコーン二個を食べるとかなり腹持ちが重くなった。上段のスイーツは、カップに入った白いムースがライチで、その上にはペパーミントのゼリーが乗せてあった。この他にバナナチョコケーキ、ピーチムース、ピスタチオのマカロンなどがあり、全量を食べたらかなりのボリュームになった。これに、リッツカールトン特製のSocial teaを飲んで終了。店内にはやたらスマホで店内を撮り捲くる眼鏡おばさんや、LCCでトルコのカッパドキアに行った旅行の自慢話をするおばさんなどが居たが、バブリーバーガーを頬張る客もいて、客層の所得水準は玉石混合であった。筆者はサービス料込みの4882円を支払い、次回訪問時は一万円バーガーに挑戦しようと思いながらリッツカールトンホテル東京のロビーラウンジを後にした。

相川祭りを見学する二人の女性。手前が10月から人気ブログランキングに登録した「そこいらへん佐渡子」さんで奥の美人はBSNのレポーター役のおねーさんです。

と言うのは嘘で、二人ともBSNのレポーターです。

猶、真野の寿司の名店「寿司正」さんが9月に閉店しましたが、息子さんが後継となり、洋風のお店を新規に開店するとの情報が入りました。


まずは、東京ミッドタウン内に飾られたねぶた像から

床が大理石のロビーラウンジ

左手に日本料理の「ひのき坂」が見える

ロビーラウンジ入口

ロビーラウンジの内部

本日の足元は夏らしく蟹さんと船の操舵輪

大理石のテーブル

椅子はゴヤールの柄そっくり

入口方向を見たところ

テーブルセッテイング

リッツカールトンの紋章入りおしぼり、ミントの香りがした

紅茶

オレンジマーマレード、苺ジャム、オーストラリア産蜂蜜など

下段の真ん中がアスパラをハムで巻いたピンチョス

夏野菜のマリネサンドイッチと赤すぐりのフォアグラムース風

トルティーアで巻いた鮪と水菜

これでぐるりと1週した。

トリュフを十字型にして浮かべたとうもろこしの冷製スープ

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速報:平成26年度(2014年)佐渡相川祭りハイライト    投稿者:佐渡の翼

2014年10月21日 06時00分33秒 | 佐渡相川祭り

一昨日の10月19日、筆者は極秘裏に佐渡相川を訪ねていた。ヨーロッパ旅行から帰国して4週間も経たないうちでの佐渡への訪問である。頭の中はまだベルリン、プロチダ、パリで撮影した面白い写真画像で埋め尽くされており、何だか佐渡の風景が異質に写る、そんな気分であった。ところが相川祭りでは、ヨーローッパで撮影した画像に引けを取らないほどの面白い写真がたくさん撮れた。全てが連写で埋め尽くされ、その枚数の総数は軽く4000枚を超えた。よく、65GBのCFがフルにならなかったと不思議に思うくらいだった。さすがにEOS-1DXであるが、実は祭りの主会場たる善知鳥神社にはEOS 7DやEOS 5Dを手にしたプロカメラマンが二人ほどいた。だが彼らのレンズを見たら、筆者のレンズよりも安い機種だったので、筆者は写真機材だけはプロに勝てた。ま、そんな事は自慢するほどの事ではないが、以下にお見せする画像の数々は、自分でも充分満足出来るほどの出来栄えで、とても素敵な仕上がりになった。これらの画像が撮影出来たのは、決して撮影技術の賜物ではなく、その被写体の素晴らしさのお陰である。だから筆者のような写真下手の素人でもプロ級の写真が撮れた!相川祭りは基本的に男のお祭りなので、今回はいい女ではなく、いい男の写真ばかりを厳選してみた。どれも皆さんいいお顔で写っていらっしゃる。祭りに参加した相川集落の男衆が「おお、俺はこんなにいい男に写っていたのか?」と感心するほど惚れ惚れする写真ばかりであった。従って今回は当ブログの女性愛読者に対し、「穴が穿くほどいい男の画像を得とご覧頂きたい」と申し上げたい。相川祭りの本格レポートと未公開の秘蔵の素敵な写真の数々の掲載は、ヨーロッパ旅行記が佳境に入る来年2月頃になる予定であり、それまで楽しみにお待ち頂ければと思う。最後に、撮影時にご配慮ご協力を頂いたお祭り実行委員会のスタッフの方々と棒組の皆さん、並びに写真のモデルを務めてくれた、凄く素敵な翁さん並びに神輿の担ぎ手の男性氏さん達にこの場を借りて厚くお礼を申し上げたい。3年連続でお天気に恵まれた相川祭り、今年も無事に無事故でその終焉を迎えられた。筆者は重い神輿が善知鳥神社を出発する際、注連縄が切られた後の境内の階段を神輿が下り降りた時に聞こえて来た、どこからとも無く上がった「よお~し、出て行ったあ~」の地元民の声が忘れられない。涙が出るほど感極まった神輿の出立!この長い歴史と伝統に裏打ちされた佐渡島最大規模を誇る光輝くお祭り、それが佐渡相川祭りであった。

猶蛇足であるが、以下の画像は商用個人利用を問わず、全て無許可及び出典の記載無しで自由に転用転載して頂いてけっこうである。ただし、画像には著作権保護を施してあるので、残念ながら盗用(他人が撮影した画像をさも自分が撮影したかのように装う事)は出来ない。何故なら画像情報の中に、撮影者として「wing of sado」と明記されているからです。

午前10時頃に相川柴町の民家前で撮影した豆撒き翁

翁(祭り用語では豆と言う)が正面を向いてくれた

その横顔!日焼けした精悍な首筋の肌に血管が浮き上がっている

蜜柑を握った彼の左手にご注目あれ

蜜柑投げスマッシュが決まった瞬間!

往年の翁の名役「中川けんぱ」さんによく似た男性に付き添われ、次の門付けの家に向かう翁

本番の善知鳥神社の拝殿前の奉納豆撒きの際に翁の後方で大工町太鼓組の頭として控えていたのが中川けんぱさん。この画像は拝殿前での翁の三度撒きの場面です。

中川けんぱさん、暑さと疲労で少し老けているように見えなくもない。

踊り(祭り用語で豆撒きと言う)が終了し、神様に一礼をした場面

翁の後見役は「けんぱ」さんで、翁役は柴町で豆撒きをした翁に付き添っていた男性との事です

夜のお神輿っす。場所は相川神明神社から出立して奉行所前へと向かう小路。撮影時刻は午後7時26分、垂れ目が可愛いお兄ちゃん!女性なら「やだ可愛い」と叫びそう猶、神明神社の御旅所には、二人の島内有名ブロガー(華岡清史郎さんと藤枝善行さん)さんがいて、華岡清史郎さんは高感度カメラであるソニーα7Sで撮影していらっしゃいました。だが、この場面は、ソニーα7Sが持つ最大ISOと夜間連写能力では撮影出来ないと思う。

二番目、三番目もいずれ劣らぬいい男!!、でも四番目の男性氏は完全に顎が上がっている。神輿の出発から5時間余りが経過しており、そろそろ疲れがピークに達する頃だ

最後までいい男っす!最後の2枚はライトアップされた佐渡奉行所前を神輿が通過する頃に撮影しました。

追記:この記事の写真の説明文は、中川けんぱ様から頂いたメール内容に基づき2014年10月23日午前5時に書き改めました。

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長崎ロープウエイ    投稿者:佐渡の翼

2014年10月19日 05時18分42秒 | 国内旅行記

長崎あじさい病院を後にして再び電停通りに出て、セブンイレブン前を通りかかったら、時刻は6時43分を指していた。そこへ運よくタクシーが来たので捕まえて、稲佐山展望台へ向かうロープウエイ乗り場まで運んでもらった。実は稲佐山展望台に辿り着いた後に分かったのだが、ロープウエイになど乗らなくとも、展望台まで直接タクシーで乗りつけるのは可能だったのだ。タクシーに乗り、15分ほどでロープウエイ乗り場に着いた。何故か、淵(はし)神社の鳥居を潜り、左折して境内を通り抜ける感じでロープウエイ乗り場に辿り着くしかけになっていた。筆者は、「神社でロープウエイの道中安全祈願をしてから乗ろう」と言う意味の洒落ではないかと思った。ロープウエイの山頂までの所要時間は5分ほどだが、冷房がないため、窓の上半分が開いており、風が吹き通ると揺れて非常に怖い!当日は無風だったが、標高差333メートルを一気に登るので、途中で揺り戻しのような感じでゆっくりぐらりと前後に揺れた。もしも何かの拍子でロープが切れでもしたら、マレーシア航空機のように撃墜墜落で山肌に激突して木端微塵になってしまう。そんな不安が脳裏をよぎり飛行機には強いさすがの筆者も、思わずへっぴり腰状態になり車内の手摺に両手で捕まり、ひたすら頂上到着を待った。無論乗り合わせた中国人観光客のように車内撮影などをしている余裕は無かった。この時の5分間が今までの人生の中で一番長く感じられた恐怖の5分間であった。筆者は1230円を払い、往復切符を購入していたが、帰りはバスで帰ろうと固く心に決めた。稲佐岳駅で下車し、LED電球が灯された通路を通り、7時16分に稲佐山展望台の一階に到着した。展望台は螺旋階段で屋上まで上がる構造になっており、屋上に到着したのは当日の長崎の日没時刻である、7時30分の10分前であった。

何故か神社の鳥居前がロープウエイの入口になっている

淵神社の拝殿

前を左折するとロープウエイ乗り場に至る

下りのロープウエイがやって来た

これに乗る

いよいよ出発

月のしずくと言う名前だそうだ

稲佐岳駅に到着

LED電球の灯った通路を抜けると展望台だ

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孔子廟・中国歴代博物館とオランダ坂    投稿者:佐渡の翼

2014年10月17日 04時22分33秒 | 国内旅行記

「ラ・ベルビュー」で食事後は、日没まで1時間半ほどの時間があったので一旦部屋に戻り、態勢を整えた後に、孔子廟・中国歴代博物館とオランダ坂を見学がてら稲佐山に向う事にした。孔子廟とは、論語でお馴染みの孔子様を祀ってある廟で、 明治26年に時の清朝政府が建てた海外唯一の廟であり、華南と華北の建築様式を合体させた珍しい様式。現在の建物は荒廃した孔子廟を昭和42年に在日華僑が再建したものである。 真っ赤な柱、朱塗りの壁に黄金色の屋根が、いかにも中国風な建物。孔子廟は、午後5時で閉館してしまったため、内部見学は叶わなかったが、塀の外から垣間見える中国風の屋根が見事で、他を圧倒している。論語をはめ込んだ壁面や、前庭にずらりと並んだ72体の等身大の賢人像などが見所であり、全て中国から取り寄せた大理石製で、ひとりひとり違う思索の表情で立っているそうだ。本堂の奥にある中国歴代博物館には、青銅器や陶磁器など中国の国宝級の文化財も展示されているとの事だ。

この建物に向って右手に路地があり、「オランダ坂及び南山手洋風住宅群」との案内看板があった。ここを進むとレトロな銭湯、長崎協会、医院などがあり、やがて左手にオランダ坂が見えて来た。「オランダ坂とは、その昔オランダ人(その昔、長崎の人は東洋人以外は全てオランダ人と呼んでいた)が通った道で、ただの石畳でしかなく面白くも何ともない」と、ウエブ上には書かれていたが、筆者はこんな面白い観光名所は他にないと思った。石畳を登ると道が二手に分かれているが、右手を進むと長崎の野球の名門校「海星中高」や、活水女子大に至るが、左手の小さな路地に入ってみた。すると水色のいい風情の洋館があり、薄暮の頃なので、燈ったばかりの電燈を綺麗に撮影する事が出来た。この洋館を過ぎてから左折して石段を下ると右手に旧相川地裁のような煉瓦塀があったが、何とそこは民家の庭先だった。この塀を過ぎると、石垣のような塀も見えて来るし、更に右手には相川の長坂そっくりの石段まであった。丁度、旧NTT西日本長崎病院(現在ではあじさい長崎病院と改称されているようである)の周囲を一周した感じになるが、この病院の病棟は修道院のような外観で、誠に長崎らしい光景であった。

孔子廟は塀越しに眺めてもその全容は他を圧倒している

この黄金色の屋根が印象的

長崎あじさい病院の

病棟はまるで修道院のようだ

これは、ドイツの世界遺産の街「クベトリンブルク」にある木組みの家。9月15日の13:59分に筆者が撮影しました。

同じく、聖セルヴァティウス協会のテラスから見たクベトリンブルクの可愛い家々!

この路地を行くとオランダ坂に至る

レトロな銭湯

長崎教会

出口医院

煉瓦塀の家がある

Sの字は何を意味するのだろう?

左手方向を進んでみた

何とも言えない風情の洋館があった

電燈が灯り始める頃だ

綺麗に電燈が撮れた

この煉瓦塀は

ある民家の庭を囲っていた

石垣がある

佐渡相川の長坂にそっくりである、相川も長崎も坂の街だから似たような景色に出会うのは当然かもしれない。

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フレンチレストラン「ラ・ベルビュー」(ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル内)

2014年10月15日 03時08分48秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

お部屋で休憩した後、午後5時半になったところで、2階にあるフレンチレストラン「ラ・ベルビュー」へ行ってみた。このレストランはカジュアルレストランの「パヴエ」の隣にあり、「パヴエ」がビュッフェ料理主体であるのに対し、こちらはコース料理とアラカルトを提供している。開店直後であり、両レストラン共先客はいなかった。長崎は四方を海に囲まれているため、新鮮な魚介類が豊富である。それゆえ東京の百貨店の惣菜売場には必ず「長崎産の鯵」などと、「長崎」の名を冠した惣菜が多い。筆者はアラカルトを選択し、前菜として、「ガスパッチョとクールジェットで包んだ手長海老」(1800円)を、そしてメインに「海の幸のヴァプール、シメジと浅利貝のシュー、バジリコ風味」(2200円)を注文した。

ガスパッチョとはスペインのアンダルシア地方の灼熱の大地が生んだ傑作スープである。要するに冷製のトマトスープだが、旬の夏野菜などで簡単に作れ、暑いときの体力回復に効果抜群。このガスパッチョ、使う野菜は誰に聞いても同じでしっかりと決まっている。しかし、作る人によって入れる野菜の比率はまちまちである。トマトがたっぷりで他の野菜はほんの少ししか入れない人もいれば、タマネギやキュウリをたくさん入れる人もいる。トマトの他には胡瓜、ピーマン、たまねぎ、ニンニクなどを混ぜて仕上げるが、ちょっぴり辛みのある独特な味だ。クールジェットとはイタリア語でズッキーニを意味するが、これで茹でた手長海老を巻いてあり、海老にはほんのり甘味があって美味しいスープだった。

メインのヴァプールとはコンベンションスチーマーで蒸し焼きにした料理の事で、具材は、帆立と真鯛と浅利貝で、これにしめじを入れてバジリコ風味のスープでまとめていた。前菜もメインもスープ系だったので、ほどよい腹具合になった。さすがに長崎フレンチは美味しかった。9月のヨーロッパ旅行の際の夕食もこんな感じで、前菜を二品だけかあるいはメインを一品だけ選んで食べるに留め、アルコール類は飲まずにおく。すると夜景撮影が終了する午後10時頃にはお腹が空くので、バーへ行き、ソーセージかミートボールをつまみにしてジントニックを二杯飲んで〆ると、いい心持ちになってぐっすり眠れる。

長崎は四方を海に囲まれているので海の幸が豊富だし、長崎牛もありお米も美味しいので、グルメにはたまらない観光都市である。同じように豊富な食材に恵まれながら、それを調理する技術に長けていないがゆえに知名度が今一つ上がらない佐渡は、飲食店を育てる島民の舌の訓練度が足りないからだと思う。島だけに留まり、島外の飲食店を食べ歩かない島民が多いので、せっかくいい食材が豊富にあるにも関わらず、美味しい飲食店が育たないのであろう。

メニュー

テーブルセッテイング

ちゃんぽんミュージアムが見える

長崎港と稲佐山も見える

店内の様子

先客は皆無

お水

前菜

パン

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ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル    投稿者:佐渡の翼

2014年10月13日 03時42分21秒 | 国内旅行記

浦上天主堂を出た後、松山町の電停まで戻ろうとセントポーリア通りを歩き始めたら急に陽射しが強くなって来た。浦上天主堂から東に真っ直ぐ進むと長崎大学医学部とその附属病院があり、そこへ至る道は医大通りと呼ばれている。原爆資料館の前を過ぎた辺りで、暑さとEOS-1DXの重さに耐えかねて、どこかで休憩したくなり喫茶店を探してみたが、観光地の割りにそうしたお店は平和公園界隈には皆無であった。暑さをこらえながら何とか電停通りに出たものの、最早電車でホテルまで戻る気力は失せており、タクシーを捕まえ早々にホテルへと戻った。長崎市はタクシーを利用する人々が日本一多い都市なのだそうで、市内のどこを歩いていてもタクシーが頻繁に通りかかるため、移動にこれほど便利な観光地はない。その事を事前に知っていれば電車の一日乗り放題券なんて買わなかっただろうに。長崎市にタクシーが多いのは、多くの家々が山の斜面に建てられているため、自家用車を所有しない住民の貴重な足になっているからだそうだ。車内のエアコンで一息付いたところでホテルに着いた。筆者は喉がかわいていたのでホテルの1階にある喫茶&バーのラウンジ「トレビ」に入りアイスコーヒーを注文して飲んだ。お代は700円だったが、ANAカードで支払ったらグルメマイルを付けてくれた。

午後4時を回ったところで、預けておいた荷物をピックアップし、チェックインの手続きを行った。お部屋は4階の452号室で、お土産通りの豚の角煮屋の真向かいにあるツインルームの部屋であった。部屋の広さはANAクラウンプラザホテル新潟と同じような感じだ。部屋に入るとまずはシャワーを浴びて汗を流した。ホテル内のレストランが開店するのは午後5時半からなので、まずはレストランで早目の夕食を食べた後、ホテル近辺の観光スポットを撮影して回る事にした。そして日没後の稲佐山展望台からの夜景撮影と言う一大イベントに臨む。

このANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルは、居留地時代の名門ホテル「ベルビューホテル」(美しい眺めのホテルと言う意味)の跡地に建てられており、大浦天主堂とグラバー園が至近距離にあるため観光には非常に便利なホテルである。しかも一泊朝食付きで10,700円と言う安さであり、コスパは非常に高いと思った。しかもホテル内の三軒のレストランと喫茶・バーでの飲食時にはグルメマイルが貰えるし、宿泊マイルも貰えるので、長崎への旅に往復ANA便を利用する場合は、このホテルでの宿泊をお勧めしたいと思う。

浦上天主堂を出て

セントポール通りを南下した

ホテルサンシテイ

長崎原爆資料館

中華料理屋のような外観の喫茶店だが生憎とお休みだった

ラウンジ「トレビ」

でアイスコーヒーを飲んだ

今日はたくさん観光したな

ツインルーム

デスクから入口方向を見たところ

ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルは

ベルビューホテルの跡地に建っている

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浦上天主堂    投稿者:佐渡の翼

2014年10月11日 02時52分50秒 | 国内旅行記

平和公園から歩いてすぐの所に浦上天主堂がある。この天主堂は、原爆の爆風に耐えたアンジェラスの鐘が一日3回美しく鳴り響く、2度の試練をくぐってきた大聖堂である。現在では、緑濃い浦上の丘に建つ赤煉瓦造りの美しい天主堂だが、幕府に寄る228年に及ぶ厳しいキリシタン弾圧の苦難の時代を乗り越えて浦上の信者たちがひそかに信仰を貫き通したというシンボルでもある。1865年(慶応元年)以後、続々とカトリックに入信した人々を幕府は黙認できず、2年後に3414名を捕えて津和野や鹿児島の地へ流罪の刑に処した。明治6年にようやく許されて戻った彼らは、30年もの歳月をかけて煉瓦造りの天主堂を完成させた。だが、不幸にも原爆で崩壊し8500名もの信者がその犠牲となった。

現在の建物はローマ法王を迎えるに当たり昭和55年に再建されたものである。内部は写真撮影が禁止されているが、ステンドグラス越しに青い光が刺し込み、まるで海の中にいるようで神聖にして荘厳な雰囲気に満ちていた。天主堂へ上る坂の左手には、原爆で黒く焦げた天使像や首の無い天使像の姿があった。そして天主堂の下の川沿いには原爆の時に崩壊した天主堂の鐘楼の一部がそのまま残されており、筆者はこれらを見た時に、原爆投下は現実の物であったことを実感させられた。

なお、大浦天主堂や浦上天主堂などの長崎の教会群は佐渡よりも早く世界遺産に認定されそうである。

平和公園から見た浦上天主堂

平和公園から浦上天主堂へ向かう途中で見つけたお家の花壇

この建物は

カトリック長崎大司教館であった

原爆で破壊された天主堂の鐘楼の一部が残存していた

天主堂前のマリア像

焼け焦げた天使像

首のない天使像

天主堂入口

正門

ローマ教皇ヨハネパウロ二世

ここにも首の無い天使像があった

何となく

沖縄の狛犬っぽい

首の無い天使像の

首がこれだろうか?

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長崎平和公園     投稿者:佐渡の翼

2014年10月10日 04時21分09秒 | 国内旅行記

69年前の8月9日午前11時2分、長崎市浦上地区に原子爆弾が投下され、14万9千人の尊い命が一瞬にして失われた。米国では、狂信的な日本軍の抵抗を抑え、米軍兵士の犠牲を少なくして早期に戦争を終結させるためには原爆投下は止むを得なかったと、その投下の正当性が主張されているが、罪のない一般市民を巻き込んでの大量殺戮は到底許されるものではなく、平和の尊さ命の大切さはいつまでも語り継いでいかねばならない。原爆投下時は、今後70年間は草木も生えないだろうと言われたが、同じ被爆地の広島同様、見事に復興を果たした。これぞ日本人の底力であろう。筆者は長崎の地を訪れた時、この地に原爆が投下されたなどと言うのは嘘ではないかと思ったくらいの見事さであった。

松山町の電停で電車を降り北へ向かうと、右手に原爆落下の中心地(米国人旅行者はここをグラウンドゼロと称していた)があり、左へ向かうと平和公園に至る。原爆落下中心地の北側にある平和公園は世界平和への祈りを込めて造られた公園である。この公園内に、原爆犠牲者の慰霊と世界恒久平和の願いをこめて、被爆10周年にあたる昭和30年8月9日に平和祈念像が完成した。この像は、北村西望 (島原出身)作の、 9.7M・重さ30トンの青銅製で、強い姿で世界に平和を訴えている。天を指す右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和をそして軽く閉じた目は犠牲者の冥福を祈る気持ちが、それぞれにこめられているそうである。その他、水を求めてさまよった少女の手記が刻まれた平和の泉などがあり、世界各国から贈られた平和のモニュメントも多数建ちならび、世界恒久平和を願う長崎市のシンボルゾーンとなっている。筆者は原爆資料館には立ち寄らなかった。時間的な余裕が無かったのも一因だが、そこに展示されている、あまりにもむごたらしい被爆者の姿を写した写真などを正視する事ができないと思ったからだ。

平和公園入口

案内図

階段の花壇

平和の泉

浦上天主堂

観光客の一団

和平の碑

旧ソビエトから贈られた像

チェコスロバキアから贈られた像

平和の鐘

外国からの旅行者もいる

横から見た平和祈念像

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EOS-1DXで撮影した2014年10月8日の皆既月食   投稿者:佐渡の翼

2014年10月09日 05時09分58秒 | EOS-1DXで撮影した国内・海外の夜景

満月が地球の影に入って暗くなる皆既月食が、昨日の10月8日午後7時25分ごろから日本全国で観察出来た。全国で皆既月食が起きたのは2011年12月10日以来約3年ぶりである。佐渡でも皆既月食は観察可能との予報だったので、さぞかし島内の写真ブロガーや写真愛好家達はこぞってその写真撮影にチャレンジした事であろう。昨日から今日辺りにかけては、赤茶けた月の写真をブログやフェイスブックに掲載する人々が佐渡でも数名は出現するかと思うが、時事通信が昨晩の午後8時頃に配信したような見事な写真を供覧出来る人は少ないだろう。彼らのうちの何人かがトリミングをしない月食画像をブログやフェイスブックに掲載している理由は、トリミングをすると画像のボケやザラツキや暗い部分が露わになり、見せられる代物にはならないからだと思う。

筆者は、昨晩の午後6時頃に帰宅した。するとマンション7階の廊下部分から東方向に明るく大きな満月が見えた。そして、そうだ「今日は月食が観察出来る」と確かテレビで言ってたなと思いながら、月食開始時間が午後6時過ぎだと言うのをおぼろげながら思い出した。筆者は、この10日間の海外旅行にEOS-1DXを持ち歩き、夜景撮影に抜群の威力を発揮するその高感度振りと連写能力の高さに舌を巻いていたが、まだまだ荒馬にしてかつ駿馬たるEOS-!DXの潜在能力を100%引き出せている訳ではなかった。三日月をバックにした、佐渡相川の新五郎町の夜景撮影などいとも簡単にこなすEOS-1DXである、皆既月食の撮影などは造作もない事であった。

筆者は、5月の連休時に佐渡を訪問した際に使用して以来、ほこりを被っていたままのスリック社のカーボン製の軽量三脚を箱から取り出し、それを組み立てた。そしてマンションの共用部分の廊下にそれを設置し、その上に、両津港に接岸する、ときわ丸を撮影した時に使用した高倍率ズーム望遠レンズを装着したEOS-1DXを据え付けた。「月は午後6時15分に欠け始め、皆既食が始まるのは 7時25分で、皆既食が終わるのは8時25分、そして月食の終わりは9時35分」との新聞報道を頼りに、午後6時20分頃から撮影を開始した。フルムーンを撮影したら、まるで太陽のように明るい丸に写った。それは高感度ゆえの現象なのだが、その能力は月食に突入し、月が赤銅色に変化する際に遺憾なく発揮された。当ブログの愛読者様に於かれては、赤く染まった神秘の月の画像の数々をご覧頂ければ幸いである。画像はトリミングを施したため、くっきりとした仕上がりにはなっていないが雰囲気だけはお伝え出来ると思う。

筆者が撮影中に、隣室に住むおじさんが部屋から出て来て、「綺麗ですね」と言いながら、コンデジで皆既月食の撮影を試み始めた。筆者は「コンデジでは無理ですよ、第一ピントが合いません」と言ってあげた。するとおじさんは階下を指差しながら「ほら、皆さん月食を見ていらっしゃいますよ」と言った。階下を見たら、低層階のマンション住人が安物デジイチを構え手持ちで月食にレンズを向けていた。「馬鹿だなあ~、そんなんで月食を綺麗に写せる訳がないじゃん」と心の中で叫んであげた。皆既月食などと言うものは、三脚使用でなければ、そこそこの写真は撮れても人様にお見せ出来るような写真は撮れっこないのだ。この神秘の天文ショーは、筆者の住む東京地区では雲が月を覆い隠し始めた午後7時47分に終焉を迎えたが、お台場では雲に覆われ終始観測不能だったそうである。

フルムーン、まるで太陽を撮影したかのようだ。

午後6時20分に撮影。月が左端から欠け始めた

午後6時55分、月の半分以上が欠けた

完全に月が地球の影に隠れた7時25分に撮影。

午後7時25分44秒に撮影した。隠れた後も、太陽の光が地球の大気で屈折し、弱く月を照らすため、月は赤銅色に輝く。

午後7時34分に撮影。トップ画像はその3分後に撮影されたものであるが、ややザラツキ感はあるものの、月の南半球部分は読売新聞の一面に掲載された画像よりは明るく写っていると思う。だが、月の周囲にフレアー現象が出ているため、くっきりとした仕上がりになっておらず、やはりプロには敵わない。

ちなみに国立天文台研究所が写すとこういう素晴らしい画像になる。筆者が撮影した画像とは月とすっぽんほども違う!

午後7時46分撮影。雲がかかり始めたため月の下方がボケ始めた

雲で覆われたため、午後7時47分に撮影を終了した。

お口直しに、「ペック」の浅利とオリーブのトマトソースペンネの画像を供覧しよう。

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オーシャングリル東京(新宿高島屋内)   投稿者:佐渡の翼

2014年10月07日 04時05分09秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

8月10日は台風11号の通過で首都圏は大荒れの天気となった。台風本体は日本海へ抜けたものの、台風の中心に向って流れ込む雨雲の影響で、この日の午後から夜にかけて雨風共に強まるとの予報だった。午前9時半頃までは何とかお天気は持ちこたえたが、それを過ぎると雨がパラパラと降り始めた。筆者は、昼食を食べ惣菜を買ったらすぐさま帰宅する積もりで新宿高島屋へ向った。新宿を午後1時半に出ないと台風に巻き込まれる恐れがあったので、ランチは午前11時開店の高島屋のレストラン街で食べようと心に決めていた。高級店が入居する14階は全て制覇していたので、比較的低価格帯の庶民向けのお店が並ぶ13階へレベルダウンさせてのランチとなった。この日は洋食と決めていたのでどこにするか散々迷った末に、海鮮グリルのお店「オーシャングリル東京」へ行く事にした。二週連続で高級感のかけらもないお店に行く羽目になったが、ま、たまにはいいだろう、そう思いつつ、開店時間の午前11時丁度にお店にお邪魔した。案の定お店の中は狭く、客層も高島屋で少額の買い物を済ませたと言う風体の庶民ばかりであった。筆者は、窓際の二人掛け席へと案内されたが外は大雨に付き、窓を背にして座った。前菜、メイン(10種類の中から選ぶ方式)、デザート、紅茶がセットになったコース料理(1950円)があったので、それを注文した。安いお店だけあって、ナイフ、フォーク、スプーンは前菜からデザートまで使い回す方式であった。

前菜4種盛りは、手前から時計周りに小海老といんげんのフリッター(イタリア風天麩羅)、蛸のカルパッチョ・ラビオリソース乗せ、南瓜のマリネ、パルマ産の生ハム。どれも卒が無くほどよく美味しい。メインには真鯛と帆立のグリル(野菜のポタージュソース添え)(300円増し)を選んだ。グリルした真鯛の下にはじゃがいもが敷いてあり、周囲には二個のムール貝と帆立、三個のあさりが散りばめられていた。魚介はいずれも塩胡椒をした後に調理されていた。鯛は一応炭火で焼いてあったが、お味のほどはホテルグランドハイアット東京の「オークドア」のような高級感がないので、それなりである。デザートはチーズケーキとりんごのシャーベット。ま、総計2250円である、多くを期待しない方がいい。庶民が食べたら美味しいなと言うレベルにしか過ぎない。

タイムリミットの午後1時半まで1時間半ほどあったので、ルミネエストのハッピーソックスをチェックしてみた。すると、11月販売予定のレゲエのグループとコラボした海賊柄の可愛い靴下が受注生産される予定との事で、そのサンプルがdisplayされていた。筆者はすぐさま予約注文を済ませた後、お盆の帰省で、心なしか人出の少ない新宿の街を後にし、車へと向かった。帰宅してテレビを見たら、羽田発の空の便は軒並み欠航で、東海道新幹線にも遅れが出ていた。だが、羽田発の国際線は、強風にも関わらずフランクフルト行も含め、20分程度の遅れで運航されていた。

10月7日の日記:プロが撮る写真について

これは、美味しい洋風弁当を読者に紹介するためのお料理写真である。だからお弁当の全体像を伝えるためにいつも真上から撮影している。

これをプロが撮るとこういう写真になる。これは写真ではなく作品と呼ぶ。美味しい所だけに焦点を合わせ、他はボカして斜めから撮影したりして立体感を出す工夫をする。それがプロの手法だからだ。筆者のカメラ自慢や撮った写真の出来映えをウェブ上でうんぬんかんぬんと騒ぐ人々がいるが、言いたい人には言わせておく。筆者は素人の写真愛好家であり、写真撮影を生業とする者ではない!自身が感動した景色や美味しいと感じたお料理を自身の心が訴えるままに撮影している。それをカメラ界の専門用語では心象的写真と呼んでいるが、プロがそんな写真を撮っていては商売にならない。プロは何かを読者に語り掛ける写真を撮らねばならないからだ。現在、10日間の海外旅行中に撮り貯めた20,000枚にも及ぶ画像の山を整理中であるが、見返すたびにその時の思い出が瞬時に蘇って来る。帰国後2週間が経過したが、まだ頭の中には飛行機のエンジン音ががんがんと耳鳴りのように響いている。旅行中は、佐渡訪問時同様嫌な事もあったし、危険な目にも遭った。だが、それらを帳消しにするような多くの親切な人や美しい人や可愛い子供達にも出逢ったし、素晴らしい景色もたくさん鑑賞出来た。早くそれらの写真を読者にご紹介したい気持ちはやまやまなのだが、何せ書き貯めた未掲載の記事が山のように残っている。今しばらくお待ち頂ければと思う。筆者は、島内某ブロガーのように、ネタ切れ間近になると、その種の写真を小出しに前倒しで公開するような姑息な真似はしない主義に宗旨替えをしたからだ。

メニュー看板

お店の入口

店内の様子

ナイフ、フォーク、スプーンは使い回し方式

前菜4種盛り

パンは胡麻パンとバゲット

デザート

紅茶

今日の靴下はタビオのジュース柄!


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眼鏡橋(長崎市賑橋近く)    投稿者:佐渡の翼

2014年10月05日 03時25分10秒 | 国内旅行記

昼食を食べ終えた後、筆者は、路面電車乗り場(大浦天主堂下)へと向った。この電車は距離に関係なく1回の乗車料金は120円である。筆者は今回の長崎旅行で3回乗っただけなので一日乗り放題券(500円)の購入は結果的には不要だったが、いちいち小銭を出す煩わしさから解放されたので、購入したメリットはあった。大浦天主堂下から電車に乗り、6駅目が賑橋電停で、筆者は中島川に架かる眼鏡橋を訪ねるためにここで電車を降りた。路面電車は中央部から乗車し、前方部から降車する決まりになっている(東京の都電荒川線はこの逆の乗降方法である)。眼鏡橋とは二連式のアーチ型の石造りの橋で、皇居の二重橋と同じ構造だが、川面に橋の姿が写り込むとその名の通り、眼鏡のように見える事からこの名が付いた。だが、冬の寒い時期以外は川面にその姿が写り込む事は稀で、夏に眼鏡型に写真を撮る事は非常に難しい。筆者の訪問目的は橋そのものを見る事ではなく、橋の袂の石塀に埋め込まれたハート型の石を見つけて撮影する事であった。案の定橋の裏側へ行くと、観光客らしき若者集団が、このハートストーンを指差しながら記念写真撮影に興じていたので場所はすぐに分かった。グラバー園ではハート型の敷石を発見出来なかったから、これでようやく重荷が降りた気がした。

この眼鏡橋は1634年(寛永11年)に、興福寺2代目住職・黙子如定禅師(もくしにょじょうぜんし)によって架けられた、長さ22m幅3.65mの日本初のアーチ型石橋である。国の重要文化財で、昔は、江戸の日本橋、岩国の錦帯橋と並び、日本三大名橋と呼ばれていた。昭和57年の水害で一部が崩壊したが、見事に復元された。

昔、中島川には14のアーチ式石橋が架かっていたが、昭和57年の大水害で8橋が流失したりその一部が崩壊したりした。完全に復元された橋もあるが、一部はコンクリート橋や昭和の石橋に変化し現在に至っている。岸辺には柳も植えられていて、たのしいプロムナード公園になっている。ローマで考案されたアーチ式石橋技術はポルトガル船によって日本に伝わり 貿易商末次一族の手で長崎の石橋郡として定着したとされている。

路面電車の運転席

蛍茶屋行き

正覚寺下行き

賑橋電停で降りて眼鏡橋へと向かう


人だかりがしているのですぐに場所は分かった

これが眼鏡橋

冬なら眼鏡型に写るはず

眼鏡橋の由来

観光客の集団が石塀を指さしながら写真を撮っている

ハートストーンだ!

ハートはここ一か所だけ

中島川の石橋群

眼鏡橋の裏手にこの石がある

この階段を下る

川に置かれた飛び石を渡る女の子

こちらは兄弟かな?

ハートストーン前に居た鳩

長崎観光地図

先ほどの兄弟

木陰で休む観光客

長崎は鯨でも有名

ここも老舗のお店っぽい

中島川の石橋群案内図

シーボルトの桜

長崎銀行本店

石橋行きの路面電車

横から撮った路面電車

こちらは青色の電車

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i8ロードスター動画1

i8ロードスター動画2

i8ロードスター動画その3

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