ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




横浜松坂屋本館。神奈川県横浜市伊勢佐木町1
左:1988(昭和63)年8月6日、右:2003(平成15)年2月8日

『日本近代建築総覧』では「松坂屋横浜店(旧野沢屋)、建築年=昭和9年、構造=SRC7階建て地下1階、設計=鈴木禎次、施工=竹中工務店、昭和12年増築」という建物。かつては横浜随一の繁華街、伊勢佐木町にあった老舗デパート。元の建物は出浦高介の設計で大正10年に建ったものという。
『ヨコハマ経済新聞(2008.10.17)』によると、横浜松坂屋は野澤屋呉服店が1910(明治43)年に支店として百貨店を伊勢佐木町1丁目に開店したのが始まり。茂木惣兵衛が創業した野澤屋は生糸を中心に銀行、不動産などの事業を展開して、明治期には原家と並ぶ財閥だった。横浜大空襲を免れたビルは、戦後進駐軍に接収されるが、昭和28年に2階以上が、30年に全館が接収解除された。昭和49年に「株式会社ノザワ松坂屋」に、52年に「横浜松坂屋」に改称した。平成15年(2003)年には松坂屋の完全子会社となる。ただし松坂屋の支配はゆるくて、かなり独自の経営が続いたようである。
建物は2004(平成16)年に横浜市によって横浜歴史的建造物に認定された。外観の特徴は既サイトの引用だが「全面が白い四丁掛のタイルで覆われ、かつ要所にきわめて濃密な意匠を施されたテラコッタが配されていることである。その意匠はわが国のアール・デコの代表例とも見なしうる」「外観の主部分は昭和9年に形づくられたものと見なされ」「創建時の設計者は出浦高介であるが、昭和4年、9年、12年の増改築の設計者はいずれも鈴木禎次(1870−1941)であり、(中略)横浜松坂屋は彼の晩年の大作であり、彼の代表作品である」(「横浜歴史的建造物」に認定された時の横国大・吉田教授の意見)ということだ。


1988(昭和63)年8月6日

横浜松坂屋は2008年10月26日をもって閉店した。歴史的建造物に指定した横浜市はあわてたらしい。客がこないのではしかたないだろう。高層ビルに建て替える計画もあったようだが、リーマンショックで立ち消えになった。ネットの情報では跡地に2012年2月8日、「カトレヤプラザ伊勢佐木」というショッピングセンターがオープンした。外観の一部や内部のエレベーターの階数表示機、エスカレーター横の装飾なども再現されているという。

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コメント
 
 
 
伊勢佐木町ブルース (グズグズ)
2012-10-11 22:47:09
繁華街としての伊勢佐木町は大分さびしいものになっているようですね。戦前の絵葉書を見ると伊勢佐木町の繁栄ぶりが垣間見られますが戦後は青江三奈の伊勢佐木町ブルースが流行ったころが最後のスポットライトだったかもしれませんね。青江三奈さんの歌声が聞ける記念碑もあるようですね。
 
 
 
>グズグズ様 (流一)
2012-10-13 10:40:24
『伊勢佐木町ブルース』は1968年の発売。すでに45年も前のことですね。私は20代半ば。日本中が未来を信じて元気いっぱいだった時代の雰囲気を憶えています。その頃の伊勢佐木町は知りませんが、映画館もたくさんあり、さぞかし賑わったのでしょうね。
 
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