ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




カラープロセス。文京区小石川3-27。1988(昭和63)年3月13日(2枚とも)

千川通りが南に折れて白山通りと平行になる辺り。現在、「カラープロセス第2」の看板の家から左側はマンション(コスモ小石川)に替わった。写真右手の三好弥は洋食屋だと思う。家は今もあるが看板はなくなっている。カラープロセスとの間に路地が、裏通りに通じていて、 清水折本のところに出る。マンションが建って、この路地はつぶされてしまったらしい。



柳町小学校入口交差点の銅板貼り建築。文京区小石川3-28

千川通りの柳町小学校入口交差点。写真右手の飲み屋は店名が読み取れない。銅板貼りの壁の上部に残っている字もやはり読めない。現在はマンション(ステージコート文京小石川)に替わっている。
千川通りはいつ頃通されたのだか知らないが、千川(小石川)の暗渠化が完了したのは1934(昭和9)年だというから、千川通りの開通も同じだろうか。
明治16年測量の「 日文研所蔵地図 小石川表町近傍」を見ると、柳長小学校の西の道路が千川を渡るところに千川橋が架かっている。千川はその橋の上流でクランク状に折れ曲がっている。写真右端から通りの裏手に入っていく道路は昔の地図にもあり、その先には流路を埋めた跡の道路も認められる。

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コメント
 
 
 
小石川柳町 (KN)
2021-11-05 20:05:23
そのカラープロセスとオレンジの建物の間に入ったところに親戚が住んでいて子供の頃よく泊まりに行きました。
この路地の両脇に長屋があって、たしか全部で6件ぐらいだったような記憶です。小石川柳町の面影を残していました。ここの家屋が写った写真も持っています。
45年前ぐらい前ですが懐かしいです。
 
 
 
>KN様 (流一)
2021-11-07 15:27:47
今はマンションが建って路地はなくなっていますね。オレンジの建物は三好弥ですが、建物は残っていますね。裏に並んでいる古い建物が一列にほとんどが残っているのが不思議です。
45年前ですか! 私の手元に1974年の住宅地図があるのですが、そこにはすでに「食堂三好弥」と「KKカラープロセス」が記載されています。
2枚目写真の飲食店はその地図で「桜万盛」でした。袖看板の文字はそれですね。
 
 
 
Unknown (KN)
2021-11-08 21:25:27
返信ありがとうございます。
グーグルマップでみたら三好弥さん確認できました
でも自分が遊びに行ってるころは営業はしていなかったような記憶でした。というか何屋さんだかよく見なかったです。ここの家を拠点に小石川植物園や後楽園によく遊びに行きました。余談ですが親戚は巨人ファンだったので誇張しているかもしれませんが、長嶋茂雄選手の引退試合の時の観客の歓声がここら辺まで聞こえたらしいです(ほんとでしょうか?)。ブログのほうまた訪問したいと思います。今回はありがとうございました。
 
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