大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記 序・2『北大街のカルチェタラン』

2020-06-10 14:54:10 | 小説4

序・2『北大街のカルチェタラン』    

 

 

 カルチェタラン

 

 初めて看板を見た時は、北大街に店を構えるには抜けすぎていると思った。

 カルチェラタンが正しく、カルチェタランはモジリとも言えないダジャレめいたものだと十二歳の小学生にでも分かる。いっしょに来た東条は「おまえも酔狂なやつだな」と方頬で笑って部隊に帰ってしまった。

 地下への階段を降りると、いつもながらキツネにつままれたようだ。

 地上の『奉天物産公司ビル』から想像していた倍以上の広さがある。

 種を明かせば、隣接したビルの地下部分を買い取って拡充しただけの事なのだが、ちょっと心地いいフェイクだ。

 二十世紀初頭のアールヌーボー風のしつらえと相まって、ちょっと異世界めいた雰囲気がある。

 客はマンチュリアの国是のように多国籍めいている。満州系 日本 ロシア 中国 朝鮮 他にもアメリカやヨーロッパの匂いのする奴もいる。よく見ると、ロシア人が日本人のファッションであったり、日本人が漢族めいたコスであったり、アメリカ人が辮髪にしていたり、雑多でいい加減だ。

 違法な薬めいたものは軍用ハンベ(腕時計型端末)も感知しないので、見かけの割には健全なのかもしれない。

 まあ、地下とは言え北大街に店を構えているんだ、すぐに目につくような違法性があるはずはない。

 私服とはいえ、軍人の匂い丸出しなので、気に障るようなリアクションがあるかと期待したが、そういう面白いこともなくステージ上手側のテーブルに収まることができた。

 酒と食い物は水準以上で、フライドポテトもチキンもレトロな昭和や平成の味がする。

 店のビールを一通り試したころにショ-タイムになって、国籍不明の踊り子たちが素敵なパフォーマンスを披露してくれる。完成度の高さに高水準のホログラムかと疑ったが、軍用ハンベは人間であると教えてくれる。

 おや、ロボットでさえ無いのか。ちょっと感心した。

 今日日の商用パフォーマンスはロボットかホログラムだ。

 もし、二百年前の芸能プロデューサーが居たら、どの子をスカウトしたらいいか目移りがして迷い死ぬだろう。ロボットもホログラムも完成度は高く、かぶりつきのシートで、たまに飛んでくる踊り子たちの汗は、ちゃんと塩辛い。その汗をいちいちハンベで計測でもしない限り人間と変わらない。

 しかし、人間の能力というのは凄いもので、今の時代の人間は、割と見破ってしまう。

 二百年前にCGが完成の域に達したころでも、ゲーマーやヘビーユーザーはたいていリアルとCGの区別はついたという。見破っても非難するわけではない。うまく騙してくれたことを喜ぶのだ。古典であるファイナルファンタジーが映画化された時、アメリカの俳優ユニオンが「どうだい、いっそ彼女のアクター登録をしないかい?」と言って、ソニーもスクエアエニックスも面白がって、ユーザーは喜んだ。

 しかし、それは『よくできている』という賞賛であり、本物に対する評価ではない。

 だからこそ、エンタメの世界ではリアルがもてはやされる。

 ロボットやホログラムにはスピリットが無いのだ。

 スピリット……心ともソウルとも言える、気障に言うと精神そのものだ。宗教者は「人は神との紐帯があるが、作り物には、それが無い」などと云う。

 軍人の目から見ると、ロボットはどこまで行ってもロボット。人間の優れたスキルやパターンは憶えられても独創が無い。一見独創に思えても国家レベルの量子コンピューターに掛ければ、どのデータから演繹したか知れてしまう。

 だから、軍隊のロボット化は2/3が限度だ。日本のように余裕のない国でも10%は人間の軍人、主に指揮官クラスが人間だ。指揮官を人間にすることで、敵に我が方の編成や作戦を予測されないようにしている。

 近代史の冒頭に出てくる第二次大戦。あの戦いでの日本軍は悲惨を通り越して滑稽であった。

 負けても負けても、日本軍は夜襲など型にはまった攻撃しかしてこない。米軍は予測された時間、予測された場所で、予測される倍ほどの装備と兵力を配置しておくだけで勝てた。

 敗因は指揮官たちの固定概念による作戦と指揮。いわば人間のロボット化であったから笑うに笑えない。

 

 夢想している間にステージパフォーマンスもフィナーレに近くなってきた。

 

 気づくと、ロボットとホログラムが混じっている。やはり、この非常時、カルチェタランと云えど、全てをリアルでやるわけにもいかないのだろう。

「そうでもないわよ」

 いつのまにか、店のグランマ(女主人)の美音(ミオン)が横に収まっていた。

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・135「温泉旅行本番!・1」

2020-06-10 09:55:28 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

135『温泉旅行本番!・1』小山内啓介   

 

 

 なにをボーっとしてんの?

 

 先にロビーに向かった須磨先輩が引き返してきた。

「え、あ、いや、なんでも」

 焦って応えると、ちょっと軽蔑した一瞥といっしょにルームキーを渡された。

「あたしたち、部屋に行ったら、とりあえず温泉に直行だから。食事までは自由時間てことで。部屋出る時は、必ずキー持ってね。閉じ込めなんて情けないことにならないように」

 それだけ言うと、クルリと踵を返してロビーの女子組に合流する先輩。いつになく「キャハハ」とか笑ってるし、先輩なりにリラックスしてるんだろうな。

 まあ、降ってわいたような温泉一泊旅行に、女子たちはウキウキしている。

 オレは、福引コーナーに張り出されていたもう一組の当選者『船場女学院演劇部』に気をとられていた。

 気をとられるだけじゃなくて、彼女たちも一緒になるに違いないと思い込んでしまっていたのだ。

 だから、玄関前の『歓迎~御一行様』の札の列に気をとられていた。

 

 そこには、うちの『空堀高校演劇部御一行様』しか見当たらなかった。

 

 バカだよなア~(^_^;)

 いっしょに当選したからと言って、同じ日に来るわけがない。

「小山内君、館内の説明とか受けるから、来てえ」

 朝倉先生に呼ばれる。

「いま、行きます」

 千歳の事があるから、動線とか館内の様子は事前確認と言われていた。

 今年きたばかりの新任だけど、こういうところは、やっぱり先生だ。ちょっと見直す。

「「あ、すんません」」

 入れ違いに出てきた番頭さんとぶつかりかけて同時に謝る。

 すぐにロビーに行ったんだけど、番頭さんが手にした『歓迎~御一行様』の札がチラリと見えた。

 どうやらかけ忘れていたので、慌てて掛けに行くところのようだ。

 

 お!?

 

 ほんの一瞬だけど見えた『船場女……』の歓迎札。

 番頭さんの体に隠れて上半分だけだけど、間違いない!

 オレは、やっぱりツイテいる!

 

 担当の仲居さんから、一通りの説明を受けて、オレと朝倉先生とで動線の確認をしておくことになる。

「先生、やっぱり、しっかりしてるわ」

「当たり前でしょ、引率のイロハだわよ」

 仲居さんに先導されて、あちこちの確認。

「一応、お風呂も確認しますか?」

「え、女湯も!?」

「うん、万一というときは小山内君の力も借りなきゃだからね」

 仲居さんが『準備中』と札を返した女湯に続く。

 準備中だから、当然無人なんだけど、数分後か数十分後かには船場女学院御一行様がお入りになるのかと思うと、ちょっとだけ脈拍が早くなる。ちょ、ちょっとだけだからな、ちょっとだけ(;^_^。

 リフト付きの入浴用車いすとか、あちこち付けられた手すりやスロープに感心する。万一の場合のAEDの場所やら通報ブザーの場所など、やっぱり、確認しておかなければ役に立たない。

「担架は、男女共用なので廊下にございます」

 廊下に出ると、入り口の向かいの壁に『👇担架』の標がある。

「事前に見ておきませんと、いざという時は、この字が見えないものなんです」

 仲居さんは、以前、必要になった時役に立たなかった話をドラマチックに話してくれる。この仲居さん、演劇部向きかもしれない。

 

 ア エ イ ウ エ オ アオ……

 

 どこからともなく、演劇部の定番発声練習の声がしてきた!

「同宿の演劇部の方たちですね、裏の丘なんですけど、風向きによって聞こえてくるんでしょうけど、ハツラツとなさって、いいものですね」

 仲居さんは、それとなく「お騒がせします」のエクスキューズを言ってるんだろうけど、オレは『船場女学院演劇部』のロゴ入りジャージを着て発声練習に勤しんでいる美少女たちの姿がアリアリと浮かんでくるのであった! 

 

☆ 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

 

 

 

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小説学校時代・10『コミニケーション論・2』

2020-06-10 06:51:07 | エッセー

 10

『コミニケーション論・2』     


 

 スキンシップは、人間関係において重要なファクターですね。

 保育所や幼稚園では、当たり前に実践されています。
 お遊戯で手を繋いだり、落ち込んでいる時にはハグしたりしてあげたり。幼児は、この肌感覚で、相手への信頼感を育んでいるのですね。

 中学高校と進むに従って、スキンシップが無くなってしまいます。

 このご時世、教師が下手にやったらセクハラを取られます。

 遠足などで盛り上がり、生徒と一緒に写真を撮ることがあります。盛り上がり方によっては肩を組んだりすることも、決めポーズでは接触することがあります。

 某先生は、女生徒の肩に手を回して、数名でにこやかにスナップ写真を撮りました。

 で、セクハラにとられました。

 ある先生は、教科指導をしていて「この問題はやなあ……そうそう、そうやるんや。がんばれよ」と肩を叩いてセクハラをとられました。

 一つのスキンシップが問題になると、尾ひれが付く。こんなこともあった、あんなこともあったとあげつらわれます。

 あたかも魔女裁判のようになり、この二人の先生は退職に追い込まれました。

 わたしの経験上、スキンシップはあったほうがいいと思っています。

 弟に自殺された生徒がいました。
 真っ先に、担任のわたしに電話してきました。
「直ぐに学校に来い!」と返事してやりました。

――大橋先生、〇〇君が来ました――

 校内電話で聞いて、相談室に直行。
「〇〇!」
 とだけ言って、椅子に座っていた〇〇を後ろからハグしてやりました。ちなみに男子生徒です。それまでにも、いろいろ問題行動があった生徒で、肩や背中ホタホタと叩いてやったことがあります。弟とプロレスごっこをやったりすると言うので、技を掛けてもらったこともあります。

 指導の局面において、生徒の体に触れることは有ってもいいと思っていました。

 父子家庭の三人姉弟で、お母さん代わりをやっている女生徒がいました。

 あちこちへの支払いのため10万余りの現金を持ってきていて、それを盗まれました。月末のため、忙しい父に代わって振り込むためです。二クラス合同の授業の後だったので、二クラスの生徒を会議室に集め「知っていることがあったら、無記名で良いから書いてほしい」と紙に書かせました。何人かの生徒には質問もして、学校としてはできうる限りの調査をやりました。

 会議室に隣接する応接室で書かせたものを精査し、生活指導や学年の先生たち、教頭とも話し合いました。
 
 結果何も出てきません。
 会議室前の廊下では、先生たちに見守られるようにして本人が待っています。
 
「すまん、学校としては、やれることは全部やった。そやけど分からへん」

 女生徒は目に一杯涙を溢れさせ、わたしに突進するそぶりを見せました。すがり付いて泣きたかったのが痛いほど分かりました。

 わたしは、ハグしてやるために手を差し伸べるべきでした。が、ためらわれてしまった。
 つい先月、セクハラをとられた同僚のことが頭に浮かんだからです。
 女生徒は瞬時に悟って、身を引きました。

 ためらった自分も情けなかったのですが、そういう空気を作った学校も……まあ、仕方がありません。

 手相を見るというささやかなスキンシップで、必要な時には触れ合いができるように。ぼんやりと、そんな思いがあったのですが、わたしに度胸がなかったこともあり、それ以上のことはできませんでした。

「センセの手相、よう当たったよ! で、センセ、なんの教科のセンセやったっけ?」

 同窓会で、ン十年ぶりの卒業生の弁。ま、いっか……。

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メタモルフォーゼ・19『そして……あの声が聞こえた』

2020-06-10 06:15:00 | 小説6

メタモルフォーゼ・19
『そして……あの声が聞こえた』           

 


 年が明けて、成人式の日、メンバー最年長の堀部八重さんが卒業した。

 突然の卒業宣言に驚いたけど、八重さんの卒業の言葉で、あたしの人生が変わった。

「KGR46も、もう八年目になります。わたしは二十歳で第一期生になり、もう、今年の春には二十八になります。古いといわれるかもしれませんが、KGRとして、みなさんに夢をお届けするには、少し歳をとってしまったかな……メンバーもそれなりに歳を重ねて、少し大人びた表現をすることも多くなってきました。あ、みんながババアになったって意味じゃありませんので、怒るなよナミミ(KGRのリーダー)ナミミは永遠の少女だよ……て言ったら、今度は泣くだろ。勘弁してよ。わたしは、次のステップにすすみます。一人のアーティストとしてがんばります……で、わたしの後釜のポジションを指名していきます。あとは、チームRの渡辺美優に任せたいと思います」

 一瞬の静寂の後、会場いっぱいの拍手。

 あたしは実感のないまま、メンバーに背中を押されて八重さんと並んだ。

「美優は、わたしが見込んだんだから、しっかり頼むわよ!」

 そういってハグされてやっと八重さんと、そのポジションの重さ。そして、あたしに託された思いが伝わって、涙が溢れてきた。

 あたしは、この数ヶ月で、進二(だったと思う)から、美優という演劇部の女子高生になり、県の中央大会で、最優秀をとり、KGRのオーディションに受かってしまい、とうとう八重さんの後釜に指名された。まるでおとぎ話。

 高校演劇の関東大会は、急遽武道館に会場が変更された。予定していたS県のホールでは観客が収まらないからだ。
 予選のときは、ただの女子部員だったけど、今は、KGRの選抜メンバーだ。で、実行委員長の先生から、こう言われた。
「悪いけど、渡辺さんはプロなので、審査対象から外します」
「は……それは、仕方ないことですね」
「で、君の受売高校の作品は『ダウンロ-ド』……一人芝居だ。で、上演作品そのものを外さなければならない、分かってくれるね。受売の替わりには県で優秀賞をとったM高校に出てもらう」

 承知せざるを得なかった。

 最初と終わりにKGRの選抜メンバーによるパフォーマンスをやった。そうしないと、観客の九割が受売高校だけを見て帰ってしまうからだ。
 会場費は放送局が負担した。そのかわり放映権を獲得し、半分以上あたしの『ダウンロード』に尺を費やした。事実上の渡辺美優の『ダウンロード』と、KGRのコンサートみたいなものになった。 
 なんだか申し訳ない気がしたが、運営の先生方も気を遣ってくださり、貢献賞という例年にない賞を臨時に作ってくださった。

 そして、それが事実上の高校生活の終わりだった。

 県立の受売高校では、とても必要な出席日数をこなせず。三年からは芸能人が多く通うH高校に転校して、芸能活動との両立をはかった。
「オレのことなんか、直ぐに忘れてしまうかもしれないけど……これ、受け取ってくれ」
 健介が、制服の第二ボタンを外して、あたしにくれた。あたしはカバンで隠してそれを受け取った。どこでスクープされるか分からないからだ。

 健介は、いろいろ芸能記者や、週刊誌の記者に聞かれたようだけど、第二ボタンの件も含め、ネタになりそうなことは、いっさい喋らなかった。

 あたしのKGRの活動は、八重さんと同じ二十八才まで続け、卒業した。

 卒業し、ピンでの仕事も順調だった。二十九で大河ドラマの主役もやり、主演映画を含め四本の映画に出て、どうやら、女優として生きていくんだ。

 そう自覚したときガンになった、脳腫瘍と言った方がいいかもしれない。

 二年間治療しながら、仕事もこなした。

 そして……あの声が聞こえた。

「あなたは、二人分の人生と、その運命を背負っているの。進二と美優。だから、人生を半分ずつにした。どちらか一人にしても、あなたの寿命はここまで。よくがんばったわね」

――そうだったんだ……――

 そのあと、もう一言、そう思った。

 そうして美優と進二は永遠になった……。


 メタモルフォーゼ……完

 

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あたしのあした18『トンボが二匹……』

2020-06-10 06:04:40 | ノベル2

・18
『トンボが二匹……』
      


 

 学校の東に西川という一級河川がある。

 東なのに西川、入学当時は変だと思ったけど、変だと思うのは学校を中心に考えるからだ。
 グーグルの地図を大きくしてみればすぐに合点がいく。

 このあたりは旧城下町を中心に発展してきた。

 城下町の西を流れる川だから西川。で、学校は西川のさらに西にあるから西川は学校の東側になる。
 要は、うちの学校は、まだ新しい。だから学校の設置が決まった時は、こんな街の西のはずれにしか建てられなかった。
 新しいと言っても、やっと十六年のあたしたちの人生の倍以上の歴史はある。

 あたしたちって、時間的にも空間的にも世界が狭い。

 狭い自分の世界を基準に考えるから、学校の東側に西川があるのが釈然としないんだ。
 
 そう納得したのは、たった今、西川の土手で腰を下ろして説明してくれた智満子のお蔭。

 昨日の約束で、あたしと智満子は西川の土手で待ち合わせたんだ。

「智満子って、物知りなんだね」
「親が不動産関係の仕事してるからね」
「この土手って、お気に入りなんでしょ?」
「うん、ほんの小っちゃいころから、遊びに来てたから……あたしね、向こうの橋の下で拾われたんだ」

「え……?」

「手島さんのお母さんがお姉ちゃん連れて遊びに来てさ、橋の下で赤ちゃんの泣き声が聞こえるんで行ってみたら、バスケットに入れられたあたしが居たってお話し」
「ハハ、それって、子ども叱る時の定番でしょ『お前は橋の下で拾って来たんだ!』って」
「そだよ。でも、十歳くらいまではホントだって思ってた。だって、お姉ちゃんとあたしってすごく違うじゃない。血の繋がり無いって思う方が自然なくらい」
「でも、きのうお目にかかったら、姉妹だってピンときたわよ」
「あたしってピンが甘いのよ。甘いから、ねじ伏せるみたいにしてしか人間関係持てないのよね。ねじ伏せた人間関係って、いったん誰かにねじ伏せられたら全部失ってしまうもんなんだ……今度のことでよく分かった」
「でも、みんな、まだ友だちだと思ってるわよ。そうでなきゃ、あんたが誘っても食堂に付いて来やしないわよ」
「……でも、あたしってボス的な対応しかできないからさ……みんなボコボコにしちゃったし……ね、田中さんさ」
「恵でいいわよ、あたしも智満子って呼んでるし」

「じゃ……恵」

「うん?」
「あんたって男って感じがするよね……」
「え、そう?」
「あたし凹ませたときもだけど、対応の早さとかこだわりの無さとかさ。なんだか、よくできた管理職とか議員秘書とかって感じ。そんなに可愛いくせしてさ」
「ハハ、んなことないわよ。智満子こそ、自分で思ってるよりイカシてるよ。まだ、なんか迷いがあるみたいだけど、吹っ切れたら完璧になると思うわよ」

 智満子はくすぐったそうに小鼻の横にしわを寄せた。なんだか青春ドラマのヒロインみたい……それが通じたのか、両手で顔を洗うようにしてクシャクシャにした。
 土手道の上をトンボが二匹よぎって、秋が静かに下りてきたような気がした。

 だというのに、まだプールの補講が残ってるんだよね……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・37《💀 髑髏ものがたり・6》

2020-06-10 05:55:56 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺37(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・6≫     



 

 そうニイは休暇の大半を髑髏の調査にあててくれた。

 陸軍第79連隊の阿部忠中尉であること、当時の住所、複顔したCG画像、DNAの鑑定結果まで付いていた。

「できたら、オレの手でご遺族を特定して、お返しできたらと思うんだけど。もう明日は出港だ、あとはさつきに頼めるか?」
「うん、ありがとう。あとはあたしの手でやるわ」

 あたしは、その足でバイト先の雑誌社に行った。編集長はじめご一同が喜んでくれて、中井さんという記者が担当して特集記事をくむことになった。
「これは良い記事になるよ。戦時中の悪いことは、みんな日本のせいみたいに言われてきたからね、日本人もこんな目に遭ってきたという証明になる。ちょっとキャンペーンを張ろう」
 あたしも同感だった。従軍慰安婦や南京のことで日本は言われっぱなしだ。日本の汚名を晴らす反証としてもやるべきだと思った。
 中井さんは、当時の住所から遺族を割り出そうと、横浜の○区の区役所まで電話で調べてくれたが、○区は戦時中の爆撃で、全域が焼失していて、そこから割り出すのは不可能だった。

 中井さんは、なんと、その日のうちに記者会見を開いた。

「……えーと言うわけで、この陸軍第79連隊の阿部中尉のご遺族を探すとともに、阿部中尉を始めとする日本人将兵が受けた残虐な仕打ちを世に問いたいと思う次第です」
 そして、阿部中尉に関する資料の写しが新聞社や放送局の記者に渡された。ケイサン新聞を始め、慰安婦問題では味噌をつけた日日新聞まで、こぞってこのニュースに飛びついた。

 その夜、夢に桜子さん(ひい祖母ちゃん)が現れた。

「さつき、この三日間ほど、本当にありがとう。お蔭で、あの兵隊さんが阿部中尉さんだってことも分かったわ、これでご遺族が分かって、先祖代々のお墓に入れれば、全て丸く収まると思うの。さくらといっしょに歌も歌えるし、阿部中尉さんのお役にも立てる。死んでから、こんなに望みが叶って、人のお役に立つとは思わなかった。ほんとうにありがとう」

 桜子さんの手が伸びてきて握手した。小さな手だったけど、ほんのりとした温かさが愛おしかった。

「桜子さん、二輪さんが言ってたけど、もう一つ望みがあるって……?」
「それはまだまだいいの。阿部中尉さんのことが決着して、全てが済んでからでいいわ。あ、阿部中尉さんが……」
 ベランダのサッシのところに、阿部中尉が立っていた。今日は鉄兜もとって空白だった顔も分かった。阿部寛の若いころによく似たイケメン。

 そのイケメン中尉さんが、戸惑ったような顔して、桜子さんのやや後ろに周った……。

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