大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・セレクト№24『走れケッタマシーン!』

2017-08-22 17:13:00 | ライトノベルセレクト

ライトノベル・セレクト№24
『走れケッタマシーン!』
初出:2012-10-30 11:11:04



 名古屋弁で自転車のことをケッタという。

 このケッタイな言い方を知ったのは、信一が転校してきてからだ。
 最初の一週間は分からなかった。
 信一は、転校してきたころは、きれいな標準語だった。みんなは東京弁だと思っていた。
 転校の挨拶は、この見事な東京弁に気を取られ、信一の出身が名古屋であることに気づかなかった。ひょっとしたら、信一自身言ってなかったのかもしれない。

 標準語は上手いはずで、信一は、名古屋では演劇部に入っていたんだ。で、当然のごとく、わたしたちの演劇部に入ってきた。そして、わたし吉里真優美は、クラスもクラブもいっしょなので、自然に友だちになった。

 信一は、人付き合いも芝居の勘もよく、クラスでもクラブでも、すぐに溶け込んだ。

 一週間目に信一は、電車通学を止めて自転車に切り替えた。

 あれから、帰りの電車がいっしょになるのことが、ちょっとだけ嬉しくなってきたところだったから、ちょびっとがっかりした。

「え、電車やめたん?」
「うん、ケッタでも時間同じぐらいだし、体力づくりにもなるし」
「え……ケッタてなに?」
「あ、名古屋弁で自転車のこと。正式にはケッタマシーンっていうんだ」
 これで、信一が名古屋人であることが分かった。
「アハハ! ケッタてケッタイやなあ!」
 思わず、わたしは笑ってしまった。
 大阪では、自転車はチャリだ。ケッタはまさにケッタイで、それにマシーンがつくと、なんだか吉本のギャグだ。
 わたしの笑い声に、クラブのみんなが集まってきた。
「なんやなんや?」
「なにがおもろいねん!?」

 信一は、一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になって、自分をフォローした。
「アハハ、大発見。大阪じゃ自転車のこと、ケッタとは言わないんだ。で、真優美が、ケッタがケッタイってつっこんで、さすがは、大阪!」
 そして、みんなも笑った……。

 わたしは、あのとき、軽くでいいから、謝っておくべきだったんだ……それは、とんでもない結果が出てからの、わたしの後悔……。

 わたしたち、御手鞠高校演劇部は、大阪の高校演劇でも有数の伝統の演劇部だ。部員数は三十名、この二十何年かは、コンクールで負け無し。近畿大会でも常連で、全国大会にも何度か出ている。
 顧問の野中先生は、大阪の高校演劇では有名な先生で、浪速高等学校演劇連盟でも、自他共に認める指導者である。毎年先生の創作劇で、コンクールに出られることは、わたしたちの誇りでもあった。

 しかし、信一は、そのクラブのありように少しずつ疑問を持ち始めた。

「どうして、大阪は、こんなに創作劇が多いんだ?」

 部室で、過去のコンクールのパンフレットを見ながら、信一が聞いた。
 わたしは、一瞬どう答えていいか分からなくなった。
「常識ちゃうのん、高校演劇のコンクールて、創作劇……」
「そうなんだ、大阪って……」
 信一は人間関係が上手く、争いになりそうなことからは、さっさと話題を変えるか、ボケてごまかしてしまう。それでも、名古屋にいたころの常識とは、かなりかけ離れているようで、次第に無意識に問題提起をするようになってきた。
「……これ、みんな野中先生の台本なんだ」
「あ、生徒が書いて、先生が手を加えはっただけのんもあるよ」
「でもなあ……」
 それ以上は言わなかった。
 
 夏の、ハイスクール・ドラマフェスタは、信一は裏方に徹した。
 稽古中は、自ら手を上げてスクリプターをかってでた。ちなみにスクリプターは、演出の記録係で、将来演出を目指すものが、よくこれをやるらしいが、高校演劇で、これを置くことはまれだった。

 夏の盆休みに、御手鞠駅前で、信一に偶然出会った。
 駅前の交差点を渡ろうとしたら、運悪く赤信号に掴まった。
「クソッタレ……」
 思わず下卑た言葉が口をついた。すると、直ぐ横の車道で停車していた。ゲンチャリのニイチャンが笑い出した。
「ハハハ……」
 失礼なやつだと思って、横目でチラ見したら、それが、信一だった。

「信一、ゲンチャに乗るねんねえ」

 わたしたちは、駅前のコーヒーショップで向かい合って座った。
「うん。オレ新聞配達のバイトやってんの」
 いまどき偉いと思うとともに、なにか生活に困ってるのかなあとも思った。
「別に、生活に困ってる訳じゃないぜ」
 見透かされたような答えが返ってきた。
「高三にもなったら、自分の自由になるお金持っといたほうがいいからな」
「ふーん、信一て大人やなあ」
「大人は、基本信用しない。担任や顧問も含めてね」
 信一は、他の生徒の前では、こういう物言いは絶対しない。
 わたしを信用してくれていることもあるんだろうけど、わたしには面食らうことも多い。
「こういう話、迷惑かな?」
 また、先を越された。
「ううん、ちょっと面食らうけど」
「真優美は、なんだか話しやすくてさ。けして、他人とのヨタ話のタネにもしないし。にぎやかなわりに冷静だしな」
「信一、ひょっとして、わたしのこと、グチのゴミ箱やと思ってへん?」

「思ってる」
「アハハハ」

 あまりの正直さに、笑ってしまった。
「大阪って、270ほど高校があるけど、連盟に加盟してる学校は百校ちょっとしかないんだな。で、コンクールにきちんと参加できてるところは、八十ほど。ちょっとたそがれてるよな」
「よう、知ってんねえ」
「部室のパンフ見て、ネットで検索したら、すぐに分かる。野中先生のことも」
「え、先生のこと?」
「おれ、スクリプターもやったじゃん。なんとなく分かった。オレ、ひょっとしたら野中先生とはぶつかるかもしれない。そん時は、ブレーキかけてくれよな」
「うん。一つ聞いてええ?」
「なに?」
「名古屋弁で、ゲンチャリのことは原付ケッタマシーンとかいうのん?」
「ゲンチャはゲンチャ」
 そういうと、信一は伝票をつかんで、レジに向かった。

 コンクールに向けてのレパ会議で、信一は岸田国士の『なよたけ』を推薦したが、あっさり却下。トミー部長の提案で、創作劇に決まった。東日本大震災をモチーフにして。
「プロットも無しの、アイデアだけで決まるんだもんなあ。どうかと思うよオレ……」
 信一は、わたしにだけ、愚痴をこぼした。

 話は、ボランティアに行った大学生と地元の女子高生の淡い恋愛がもとになり、その過程で、女子高生は震災のトラウマを乗り越えていくという美しい話だった。

「え、もう稽古に入るんですか!?」

 信一が驚いた。

 台本は野中先生が大幅に手を加え、それでも2/3ほどしか書けていない。ま、うちの演劇部は、こんなことはよくあることだ。
「キャスト発表するぞ」
 野中先生は、信一を無視して話を進めた。信一は準主役の大学生の役だった。
――どや、これやったら文句ないやろ――文字通り、野中先生はドヤ顔で話を進めた。
「先生、お願いがあるんですけど……」
 信一は、万一のときのためにアンダースタディー(代役)を置いて欲しいことと、フィールドワークのため、次の土日の稽古は休ませて欲しいと願い出た。
 みんなは、面食らい、野中先生は渋い顔。
 でも、AKB48でもアンダースタディーは置いていて、被災地には何度も足を運んでいる。と、信一が説明、あっさりと通ってしまった。

「被災地の子供たちは、もっと明るいですよ」

 これが、最初の衝突だった。
「芝居は、これでええねん」
 信一は、野中先生の、その一言で黙った。芝居のチームワークの大切さを分かっているからだ……わたしも、それぐらいは、信一のことは理解できるようになった。
 しかし、秋に入って、信一と野中先生の衝突は頻繁になってきた。
「おまえなあ、オレの台詞、ちゃんと聞けよ。台詞のここんとこ聞かなきゃ驚けねえだろうが、なんで、台詞聞く前に驚き顔になるんだよ!」
「まあ、さき進め。芝居は勢いや」
「こんな、型にはめるような、稽古じゃだめですよ!」
「演出、さき進め!」
 名目上の演出のノンちゃんがせかされた。

「これは、津波のイメージじゃないですよ」

 芝居の最初に、ドーンという重低音で、津波の音を表現し、観客の心をいっぺんに掴もうと、野中先生が、苦心の音響を聞かせたとき、信一が反射的に反論した。
「これは、ただのコケオドシだ。津波ってのは、まだ大丈夫、これくらいなら大丈夫と思っているうちに、やってくるものなんです。イメージはソヨソヨ、あるいはザザザーです」
「演出効果は、これやねん。リアルと劇的はちゃう!」
 野中先生は、つっぱねた。
「それから、信一、役者が稽古止めるな。止めるのは演出や!」
「それは違います。本の骨格ができていないのに、表現が先行するのは邪道です」
「うちの本を信じろよ!」
「すり替えないでください。この本は、アイデア以外は、先生の作品です」
「あかんか、コンクールの本選に出てくるような学校は、みんなこんなもんやで」
「先生は、仮にも、大阪の高校演劇のリーダー……だ、そうですね」
「……それが、どないした」
「そのリーダーが、こんな本しか書けないんですか。まるでドラマになっていない。型と勢いのコケオドシで、観客が付いてきますか。先生の本が、他校の見本になって再演されることってあるんですか。ネットで検索しても野中広務じゃ、昔の政治家しか出てきませんよ。演劇部を自分の劇団にしてしまっちゃ、生徒が迷惑なんです!」

「信一、やめとき!」

 野中先生は、顔を青白くして、小刻みに震えていた。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
 わたしは、もっと早く止めるべきだったと後悔した。
「……すみません。出過ぎました」
 信一は、痛々しいほど素直に頭をさげた。

――どうして、こうなんのよ!

 コンクール予選の帰り、予定通りに、わが御手鞠高校は最優秀。信一は個人演技賞。幕間交流でも、講評会でも、誉め言葉だらけだった。
「他に、どなたかありませんか?」
 MCの生徒が言ったとき、信一が手を上げた。
「こんなので、いいわけないでしょう。穴だらけの芝居だし演技だ。なんで、みんな歯の浮くような誉め言葉しか言わないんだ。誉め殺しにはしないで欲しい!」

 会場はシーンとしてしまった。野中先生が飛んできて、信一に耳打ちした。一瞬信一の目がけわしくなったが、すぐに力無く席に座り、ちょっとした交通事故を無視する群衆のように、講評が続いた。

 またやってしまった……。
 
 その帰り道、ボンヤリ自転車で車道を走っていた信一は、本当の交通事故をおこしてしまった。苦しい息の中、信一がスマホをかけてきた。
「ごめん、ガチ事故ってまった……」
 あとは、苦しげな息づかいしか聞こえない。
「信一、信一、どこにおるのん。どこで事故ったん!?」
 スマホの向こうで聞き慣れた商店街のアナウンス、オバチャン達らしきガヤの声。間違いない御手鞠商店街前の道路だ。
 わたしは、自転車で……ケッタマシーンで、走った。

――がんばれ、がんばれ、信一! 死んだらあかん、死んだらあかん!

 本選は、信一のアンダースタディーが無事に勤め上げ、御手鞠高校は最優秀校三校の一校に選ばれた。
 しかし、そこには、信一はもちろん、わたしもいなかった。

 それから、四カ月後の卒業式。信一とわたしは、ケッタマシーンを漕ぎながら、校門をあとにした。怪我に響かないように、信一はゆっくりと漕いでいく。わたしも、それに合わせてゆっくりと。
 この半年で、学校でいろんなものを失った。でもかけがえのないモノを手に入れた。ケッタマシーンと、それにのっているお互いを。

 二人の退部届は受理されなかった。何事もなく引退と処理された。

 教育的配慮であったと、みんな納得。そんな学校を、わたしたちが振り返ることはなかった。


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