銀河太平記・238
ここからはアルアル語は封じる。
なぜか……テムジンとは、アルアル語など使って自己韜晦する以前の付き合いだったからアル。
いや、だからアルアル語は封じる。
児玉元帥を相手にしていても時々出てしまうアルアル語、少し苦労するかもしれないが、このモンゴル平原でテムジンと駆けるなら青年孫悟兵に戻らなければならないアル。
アル?
いや、だからアルアル語は封じる! 使ったら罰金!
「罰金て、ちょ、ここで実戦とかやる気なの!?」
見かけよりも広いゲルに通され、お茶の用意にテムジンが出ると、春鈴が目を三角にする。
「テムジンと出会ったのは運命だ。テムジンとは運命の付き合いをする」
「なに、その運命の付き合いって!?」
「大丈夫だ、テムジンも一族の長。仲間を生かし、このモンゴルの草原を守るのが定め。命は粗末にはせん」
「でも」
「春鈴は筋斗雲で奉天に戻れ、ここが片付いたらすぐに戻るから」
「昔の遊び相手が見つかったらお払い箱ってわけ?」
「いや、だから……」
「だれが戻るかぁ!」
「声大きいアルぅ」
「あ、罰金、100元」
「ひゃ、百元!?」
「さっさと払う」
「し、仕方ないア……」
「ア?」
「ア……明日があるさ(^_^;)」
ハンベで百元を送金する。
「そうそう、ジャキーン(右目に100,左目に元)」
「目をレジスターにするのはヤメテ」
「明朗会計よ、ストックが無くなったら円とかドルとかでもいいから……あ、来たわ。え、二人?」
春鈴の言う通り、テムジンは聞かん気の強そうな若者に馬乳酒を持たせて戻ってきた。
「出撃前でもてなしもできんが、馬乳酒で乾杯だ。これは末息子のゴルジンだ。俺の跡はこいつに継がせようと思っている。挨拶しろ、ゴルジン」
「ゴルジンです、お見知りおきを」
折り目正しく礼をするが、目に刺すような光があって、一から付き合うには骨の折れそうな若者だ。馬乳酒の盃を置く動作も馬に鞍を載せるように無駄が無い。
「若いころのテムジンに似ているな」
「ああ、棘はあるが腹は座って、統率力も兄たちに勝っている。今度の戦は、こいつにとってもいい経験になる。こっちは嫁か?」
「いや、儂の助手だ。春鈴という」
「シュンリン、いい響きだ……義体率は半分以下だな」
「いや、春鈴は100%だ」
「ん……この美しさで、どこも義体化していないのか?」
「いや、逆だ」
「え……ロボットなのか?」
テムジンは、ただ驚いただけだが、ゴルジンは無表情なまま目を尖らせる。テムジンも昔は似たような目をしたが、その後は、高い確率で殴り合いになった。
「助手だが、口うるさい女房……いや、娘みたいでもある。春鈴」
「春鈴です、よろしくお願いいたします」
「うむ。では、さっそくだが……」
テムジンは、無駄口をたたくことも無くモンゴルとその周辺の状況を説明してくれる。どうやら声明を発表する以前から漢明もロシアもモンゴルには手を伸ばしていて、政府の意志決定がなされたら一挙に行動に移せるようになっていたようだ。
チンギスハンの末裔らしく10分ほどで概略を説明すると、儂と春鈴をうながして外に出た。
ゲルの外には、いつの間にか先ほどの50騎に加え、1000騎近い騎馬部隊が揃っていた。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー
- テムジン モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
- 朱 元尚 大佐 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟