コッペリア・18
栞は、このごろAKP48の『恋するフォーチュンキャンディー』に凝っている。
きっかけは、トモタのCMだった。
レトロなトランクが開くと、そこは小さなステージになっていて、萌絵と中学生ぐらいの女の子たちが元気に歌って踊っていたのが『トモタ』の重電プリワスのコマソン。やがて、それがAKP48の『恋するフォーチュンキャンディー』であることを知ると、アイポッドに曲を取り込み、一人で踊るようになった。
栞は、すぐに歌も踊りもマスターした。
「栞ちゃん、なに楽しげなことやってんの?」
十分音は落としていたのだが、ボロアパートの良さ(?)で、栞が無意識で口ずさんだ歌が隣のセラさんに聞こえてしまったのだ。
「あ、ごめんなさい。音漏れてました(^_^;)?」
「ううん、いいのよ。いい目覚ましになったし、うちのお店でも流行ってんのよ。お客さんがノッテくるとね、みんなで『恋チュン』踊って、平和でいいのよ。お客さんが悪酔いしてカランできたりケンカすることもなくなったしね。お店のカラオケでも、これがまだまだベストワンなのよ」
颯太は神楽坂高校に提出する胸部レントゲンを撮りに都の医療センターに出かけている。万事平和を好む颯太がいれば、その後の発展はなかったかもしれない。
「ねえ、公園行ってやってみようよ。きっといっしょになってやりだす人がいるから!」
陽気なセラさんが調子に乗ってしまった。
栞は、気を付けないとAKPの矢頭萌絵そっくりになってしまうので、そこは十分気を付けてやった。
二人の歌と踊りは鍛え抜かれていたので、公園にいた子供連れのママさんや、得意先回りに一息ついているサラリーマン、起き抜けの浪人生、店の開店準備中の商店街の人たちに来々軒の飼い猫悟空もやってきて、調子に乗った商店街が恋チュンを流し、期せずして集団恋チュンになった。
「えー、次回は明後日の10時から始めますので、どうぞよろしく」
商店会の会長が勝手に決めて、栞とセラが二人でセンターを務めることになった。
「あたし、プロだから、タダじゃやらないわよ(ー_ー)」
セラさんが足許を見る。
「じゃ、二人にはMCも兼てもらうってことで、5000円ギャラ出すから」
「オーシ!」
そういうことで、突然楽しいバイトの話に替わってしまった。
アパートに戻ってパソコンを開くと、さっそく誰かが『恋チュン公園公演!』とダジャレのようなタイトルでユーチューブに投稿していた。
「ひょっとしたら評判になるかもね(^▽^)/」
セラさんは、面白そうに鼻をひくつかせた。どうやらセラさんがノッたときの癖らしく、オチャッピーな女子高生のようになる。
そこに、ひょっこり颯太が帰ってきた。
「ちょうど下で宅配さんに会って、ほら栞、おまえ恋チュンに凝ってるみたいだから、オレからのプレゼント」
「え、なになに?」
包みを開けると、それは恋チュンのセンターのコスのレプリカだった。
「うわー! さっそく着替えてみるわね!」
栞は、さっそく奥の部屋で着替えだした。あまりに嬉しいので襖を閉めるのも忘れて、着ている物を脱ぎだした。
「ちょっと、兄妹とはいえ女の子なのよ、襖くらい閉める。フーちゃんも見てるんじゃないわよ!」
颯太には人形にしか見えないが、セラさんたちのような並の人間が見れば、栞は年頃の女の子である。
二分で着替えると「ジャジャーン!」と言いながらコスに着替えた栞が出てきた。
「ウワー……!」
と声が上がったが、後が続かない。そのコスは、いささかダサく、栞は胴長短足に見えてしまった。
これが、新しいゴタゴタの始まりだった……。