ここは世田谷豪徳寺・27(さくら編)
《白石優奈って覚えてる?》
白石優奈って覚えてる?
ほら、終業式の日の大掃除で屋上から飛び降りようとして、あたしが救けた子。
自分には前世があって、それまでろくな事してこなかった。だから、ここで一生を終わるのって、ちょっと頭のぶっ飛んだ子。
その白石優奈からメールが来た。
――放課後カフェテリアで待ってる――
優奈は、年末に家に来たときに宿題を出してある。
不登校の友だちを復帰させられたら、あなたの人生は無駄じゃない。
どうやら、それに答が出たようだ。
「おひさ、うまくいったの?」
「うん、結果オーライ……かな?」
「なんだか、ハンパね」
「まあ、聞いてよ」
そう言って、優奈は、ホットミルクコーヒーを取りにいった。ちなみに、この食堂がカフェテリアなどという小粋な名前でいられる言い訳が、このホットミルクコーヒー。
ここのオーナーは帝都の大学の学食も引き受けていて、大学では、キチンとしたカフェテリアがある。そこで出た大量のコーヒーの出がらしを煮詰め、シロップとミルクをしこたま入れてミルクコーヒーにしている。アカラサマに言えば再生品なんだけど、脳みその活動に必要な糖分の摂取にはもってこい。夏はアイスで、冬はホット。300CCで80円というのも嬉しい。
優奈は、それを二つ持ってきて、テーブルに置いた。
「どうぞ」
「ゴチです」
そこから始まった。
「ねえ、新学期から来た森本先生って知ってる?」
「ああ、トンボメガネの?」
社会の先生が介護休暇になっちゃったんで、三学期だけの講師できたオニイサンとオジサンの中間ぐらいの先生。
「その森本先生が、初日の授業の終わりで、あたしと、その子を廊下に呼び出したの」
「なんか、やったの?」
「ううん。オーラを感じたってのが理由『君は学校辞めたいと思ってるだろう。で、きみは、この子のことが心配でならない』って、ズバリ当てちゃうので、放課後その子呼び出して、一発で直しちゃった。その子、新学期始まってずっと来てるし、授業もちゃんと受けてる」
「なんか魔法みたいね!?」
と、いうわけで、森本先生に話を聞くことになった……と言うより優奈が一人で行く勇気がないもんだから、あたしをうまく道連れにしたわけ。
「簡単な話だよ」
森本先生は、呼吸するような自然さで言った。
「あの子の出席日数は、三学期の半分もくれば足りる。成績は一見悪いけど、どれも30点台の欠点だ。期末で50点も取れば、ギリギリ2の成績で上がれる。高校生の成績には平生点というゲタがあるからね」
「それは、あたしも知ってるから、言ってあります。他に……」
「ああ、将来のこと心配してたね」
「ええ、成績悪くて、欠席が多いと特別推薦受けられませんから」
「そりゃ、問題なし。選ばなきゃ、いける大学はいっぱいある」
「でも、ある程度の大学出てなきゃ……」
「ナンセンス。おれP大だぜ」
びっくりした。P大と言えば東京では底辺三大学と言われている最低大学。
「それも、卒業に五年かかった。高校だって留年して四年いってたし。それでも先生やってる」
「でも……」
「ハハ、講師だっていいたいんだろ?」
「いえ……」
「顔に書いてあるよ」
そのとき、部屋にもう一人いた三年担当の先生が出て行って、部屋は三人になった。
「あの先生は、東京大学を出ておられる。ボクは臨時の講師だけど……そう、もう一年残って居られれば専任になれるだろう。ね、東大出てもP大出ても結果はいっしょ」
なんとも気楽な先生だ。
「それから、あの子の手相を見てやった。いい運命線してたよ」
「先生、手相みるんですか?」
「うん。なかなかいいコミニケーションツール。女の子の手を握ってもセクハラにならないからね」
「アハハ」
あまりのお気楽さに、優奈と二人で笑ってしまった。ついでに二人で手相を見てもらったけど、結果はナイショ。
「それから、優奈君が言ってた前世と来世ね……」
優奈は、まだこだわっているんだ。
「有るとも無いとも言えない。だって、ボクは見たことないから。ただね、人間死んだらゼロだよ」
「それじゃ……」
「答えになってない。ちがうね、ちゃんとした答だ。ゼロというのは概念でしか認識できない。見ることも触ることもできない。でも、ゼロの存在って、みんな疑わないよね?」
「え、ええ」
「ゼロには、全ての可能性が秘められている。無限記号といっしょ。だから、来世や前世も含まれてもおかしくない……だろ?」
「ええ……」
「ただ、ゼロにこだわっていちゃ、今を生きられないからね。今をどうするかだ。優奈君は、期せずして友だちの今を気に掛けてやった。最初の授業で分かったよ。優奈君は大した人だ。そして、優奈君を命がけで助けた佐倉君もね」
お母さん以上に頭がいいんだか、口がうまいんだか、面白い先生ではあると思った。
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