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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・24『緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える』

2022-10-24 16:22:11 | 小説3

くノ一その一今のうち

24『緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える』 

 

 

 佐助に脅かされ、服部課長代理に皮肉をとばされたわりには平穏な日々が続いている。

 緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える。

 

 今日も表面的には無事に『吠えよ剣』の収録が終わり、無事にまあやを送り届けたので事務所である総務二課の部屋でお茶を飲んでいる。

「ほい、どっちだ?」

 力持ちさんが両手をグーにして突き出した。

「え、なんですか?」

「コンビニで買い物して、お釣りを握ってるんだけど、どっちだと思う?」

 なるほど、デスクの上にはレジ袋が置いてある。

「あ、わたしボンヤリしてました?」

 佐助の一件以来、まあやのガードには少し……いや、けっこう気を遣っている。

 マネージャーに引き継ぐところで、わたしの仕事は終わりなんだけど、今日は事務所まで送り届けた。本当だったら、事務所どころか、まあやの家まで付いて行きたいところなんだけど、お互い事務所の顔もあるし、課長代理も「今のところは、それでいい」と言う。

「さあ、どっち?」

「……右です」

「ち、当たっちゃった」

「丸わかりです」

「そうなの?」

「はい、表情に出てます」

 お祖母ちゃんに仕込まれ、この手の事はお茶の子さいさい。

 お祖母ちゃんは、自分で握ったり、お茶碗の下に隠したり、いろいろやってくれたけど、六つの頃には、ほぼ完ぺきに当てられるようになった。ただ、お祖母ちゃんの訓練には他の狙いもあったんだけど、それは、またいずれね。

 人間、物を隠すと――ここに隠した――という意識が強くなって、それが出てしまう。

 どういうところに出るかは言えない。

「じゃ、わたしのは、分かるかなあ……」

 伝票処理が終わった金持ちさんがティッシュペーパーを丸めながらやってきた。

「おお、真打登場!」

「ヒューヒュー」

 パチパチパチ

 金持ちさんも嫁持ちさんも、おどけて、金持ちさんのために場所を空ける。

「ええ、どうぞ」

「それじゃあ……エイ!」

 金持ちさんは、わたしの目の前で素早く握った両手を上下左右に交差させて、わたしの前に示した。

「どっちでしょうか?」

「……わたしの後ろ、たぶんデスクの上」

 振り返って、予想通りデスクの上にあったティッシュを示した。

「あれえ、ポーカーフェイスには自信あったんだけどなあ」

「だって、金持ちさんが名乗りを上げると、力持ちさんも嫁持ちさんも、わたしの視界から外れましたよね。それって、わたしに表情を読まれないためです。そして、交差した手は、上下方向に振られた時、大きく、わたしの視野の外まで振られました。視野から外れた時に後ろのデスクに投げたんです」

「ほう……さすがは風魔」

「ティッシュ持ち出した時点で予想はつきましたけど」

「そうだね、落ちても音がしないもんな。やっぱ、読まれてるよ金持ち」

「でも、表情からは読めなかったでしょ?」

「はい、さすがは会計担当です」

「ぬふふふ」

「でも、お風呂でやったら分かります」

「え、そうなの?」

「はい、表情が出るのは顔だけではないですから」

「な、なるほど……」

 

 フフフ……先輩を負かして、ちょっとリラックス。

 ありがたい、先輩たちは、わたしの苦しさを分かって解してくれている。

 さ、社長に報告して、今日は帰ろう。

 

 コンコン

 隣の社長室(百地社長もこっちに来るようになって社長室をもらってる)をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

「おう、ご苦労様。ところで、どっちだ?」

 社長は、握った両手をわたしの前に突き出した。

「え、社長もですかぁ?」

「百地流はすごいんだぞぉ(⊙ꇴ⊙)」

 目を、それこそ目いっぱい開いて、鼻の穴も膨らませて誤魔化したつもりかもしれないけど、丸わかり。

「左です」

「ほれ!」

 社長が左手を開いた。

「ウッ(꒪ꇴ꒪|||)」

 一瞬気が遠くなって、目を開けた時には社長の姿は無かった。

『ワハハハ、見たか、百地流忍法〔握り屁〕じゃ! まだまだ修行が足らぬ! 励め! そのいち!』

 

 わたし、ここに居て大丈夫なんだろうか?

 思わないではなかったけど、エレベーターで一階に下りるころには笑いがこみ上げてきた。

 西の空は茜に染まって、思いのほか足どりが軽くなったのに驚いて地下鉄の駅に向かったよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍)
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

 

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せやさかい・353『知ってしまったテイ兄ちゃん』

2022-10-24 08:53:17 | ノベル

・353

知ってしまったテイ兄ちゃんさくら    

 

 

 テイ兄ちゃんの元気がありません。

 

 朝のお勤めの後も、檀家周りから帰って来ても、そのままボーっとしてることが多いです。

「分かっちゃったんだよ……」

「あのことやなあ……」

 留美ちゃんと二人、可哀そうやと思いながらなにもできません。

 

 堺東のスナック『はんぜい』のマスターが、密かにお嫁さんもらったことは前回言いましたよね。

 それが、とうとうテイ兄ちゃんの知るところになってしもたんですわ。

 マスターとテイ兄ちゃんは大学時代からの友だち。

 その友だちが、自分よりも早く、それも、すごいベッピンのお嫁さんをもらった。

「それだけじゃないよ」

 留美ちゃんは、もう一つ深く理解してる。

「内緒にされてたのがショックなんだよ」

「え?」

「ちゃんと、お式の連絡とかあって、結婚式にも出ていたら気持ちの収めようもあると思う」

「ああ……うん……せやなあ」

 テイ兄ちゃんは、檀家周りの最中にマスター夫婦を見かけたらしい。

 彼女いない歴=年齢というテイ兄ちゃんはビビッときた。

 ―― あれは嫁はんや ――

 坊主というのは、檀家さんとの付き合いやら、お葬式、法事なんかで人の内側を覗くことが多くて、自然に勘が良くなる。それに、自分自身もうちょっとで三十代。蜂蜜に飢えたプーさんみたいで敏感になっとうる。

「それに、寺の嫁は大変やさかいなあ……」

 いつの間にか、お祖父ちゃんがうちらの向かいのソファーに座ってる。

「せやねえ」

 お寺の世界では、住職のお嫁さんを『お大黒さん』とか『坊守(ぼうもり)』とかいう。

 お寺は、檀家さんとの付き合いだけやなくて、本山との関係とか報恩講とかから落語会まで、いろんな付き合いやらイベントがある。そういうことの切り盛りしながら、主婦として家の事も並みの三倍以上はある。じっさい、お寺の敷地は300坪もあって、掃除するだけでも大変。

「ねえ、お祖父ちゃん……あれ?」

 振り返ったら、もうおらへん。

「今日はゲートボールだよ」

「あ、そうか」

 お祖父ちゃんは、このごろ婦人部長の田中のお婆ちゃんの勧めでゲートボールを始めた。

 そんな年寄じみた事と言いながら、この頃はチームの役まで引き受けて積極的にやってるらしい。

「いっそ、どっちかがお嫁さんになってあげたら(^▽^)」

「「え!?」」

 すごい台詞にビックリしたら、詩(コトハ)ちゃんが、お祖父ちゃんが座ってたとこに居てる。

「あんたたちだったら、お寺の事も兄貴のことも良く知ってるしさ……パリ」

 そう言いながら、小気味よく煎餅を噛み砕く詩ちゃん。

「うちは従妹やしい」

「従兄妹同士は結婚できるんだよ」

「ちょっとありえへん」

「あはは、冗談だから、そんなマジな顔しないでよ。あ、もう時間だ!」

 詩ちゃん、よく見たら学校行くときの服装。

「え、日曜やのに学校?」

「ちょっとね、進路のことでね、日曜も無駄にできない感じなの。じゃね」

 カーディガンとリュックを持つと、秋やのに春風みたいに玄関に向かう詩ちゃん。

 リビングからはサッシのガラス越し、生け垣の隙間から境内が見通せる。

 パンプスの音も軽やかに山門を出ていく詩ちゃんは、もう大人の貫録。

「詩ちゃんて、あんなにお尻振って歩いてたかなあ……」

「もう、オッサンみたいなこと言わないでよ。さ、朝のうちに宿題やるよ」

「え、宿題って、あったっけ?」

「文化祭のアンケートよ、ペコちゃん先生、月曜には決めるって言ってたじゃない」

「あ、せやったせやった(^_^;)。ちょっと、もうどきなさい!」

 フニャーー

 膝の上のブタネコダミアを床に下ろすと、ドスドスと二階の部屋に戻る日曜のさくらと留美ちゃんでした。

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか     さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・4『第一章 54分30秒のリハーサル・2』

2022-10-24 06:08:44 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

4『54分30秒のリハーサル・2』 

 


 と、いうわけで、今日はコンクール城中地区予選のリハーサル。

 トラック二台には貴崎先生と舞台監督の山埼先輩が乗って先行している。それ以外の部員は学校で道具を積み込んだ後、副顧問の柚木先生に引率されて地下鉄に乗ってフェリペを目指した。


 フェリペ学院も坂の上にある。

 駅を降りて、地上に出て左に曲がると「フェリペ坂」。道の両側が切り通しになっていて、その上にワッサカと木々が覆い被さっている。その木々をグリーンのレース飾りのようにして長細い空がうかがえる……。

 ひとひらの雲が、その長細い紺碧の空をのんびり横切っていく。

『坂の上の雲』 

 お父さんが読んでいた小説を思い出した。わたしは読んだことはないけど、タイトルから受けたイメージは、こんなの。ホンワカとした希望の象徴……ホンワカは、この五月に大阪に越していったはるかちゃんのキャッチフレーズ。

 はるかちゃんは、スイッチを切ったように居なくなってしまった。この夏に一度だけ戻ってきたらしい。それから、はるかちゃんのお父さんが大阪に行って、一ヶ月ほどして戻ってきた……足を怪我したようで、しばらくビッコをひいていた。

「なにがあったの?」

 一度だけお父さんに聞いた。

「よそ様のことに首突っこむんじゃねえ」

 お父さんは、ボソリと、でもキッパリと言った。

 はるかちゃん…………キャ!

 踏鞴(たたら)を踏んだ。ホンワカと雲を見ていて、縁石に足を取られたんだ。

「気をつけろよ、本番近いんだからな」

 峰岸部長の声が飛んできた。

「そうよ、怪我はわたし一人でたくさん」

 潤香先輩が合いの手を入れてくる。みんなが笑った。まだリハーサルだというのに連勝の乃木坂学院高校演劇部は余裕たっぷり。

――あ、コスモス

 踏鞴を踏んだ拍子に切り通しの石垣に手をついて、石垣の隙間から顔を出していた遅咲きのコスモスを摘んでしまった。

――ごめんね、せっかく咲いていたのに。

 わたしは遅咲きのコスモスをいたわって、袋とじになっている台本に挟んだ。コスモスには思い出が……それは、またあとで。

 フェリペの正門が見えてきたよ。

 リハといってもゲネプロ(本番通りの舞台稽古)ができるわけじゃない。あてがわれた時間は六十分。照明の仕込みの打ち合わせをアラアラにやったあと、道具の仕込みのリハをやる。

 本番では立て込みバラシ共々二十分しかない。四トントラック二台分の道具を時間内でやっつけなければならないのだ。

 潤香先輩が階段から落っこちたのも、バラシを十八分でやったあと、フェリペの搬出口を想定した講堂の階段を降ろしている時に起きた事故だったのを思い出す。

 

☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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