かの世界この世界:172
ヒルデと二人で手を繋いだ。
手を繋いでいないと、上下も判然としないカオスの中をグルグル回って、いつ離れ離れになるか分からないのだ。
重力が無いので、髪が大変なことになっている。
ホワホワとタンポポの綿毛のように広がってしまっている。
「ウ……口の中に入った……」
ヒルデの方に顔を向けようとしたら、慣性の法則で顔の前に残った髪が口の中に入ってしまう。
プペ ペッ ペッ
「ジッとしてろ」
ヒルデがわたしを手繰り寄せ、手際よく髪をまとめてくれる。ヒルデは、いつの間にやったのか軽やかなポニーテールにまとめてしまっている。さすがはヴァルキリアの姫騎士だ。
「ありがとう」
「礼なんかいい、とりあえず、ここを抜けなければな。それを考えろ……ここは、どこなんだ?」
「ここが神話の世界なら……」
思い出そうとするが、出てこない……日本神話の初めはイザナギ・イザナミだったはず……その前というと……?
アニメなどに出てくるのは、アマテラスとか高天原とかイザナギは黄泉の国でラスボスのような化け物になり果てて……そうだ、最初はイザナギ・イザナミの二人で島とか神さまとかを産むんだ。
「思い出したか?」
「男神と女神がいるはずなんだけど……」
こんな重力もないカオスの中では、国生みどころか、ヒルデと二人並んでいることもできない。
「あれはなんだ?」
わたしが、あれこれ考えているうちにもヒルデは首を巡らし目を見張っていたんだ。カオスの中に何かを発見した。
カオスの鈍色が凝り固まって、いくつかの澱(おり)のようになったものが浮かんできた。
しばらくすると、澱のようなものはボンヤリと人の形をして来たんだけど、霧の中の提灯のように滲むばかりで、頼りない。
「傍に寄ってみよう」
「だめ、行かない方がいい」
「そうなのか?」
確証はないんだけども、神話の始まりはイザナギ・イザナミだ。それ以前のものに関わってしまったら、永遠のカオスの中に閉じ込められてしまいそうな気がする。
首を巡らすと、澱のようなものは七つあって、目を離さないようにしていると、澱の中に文字が浮かび始めた。
クニノトコタチ、トヨクモノ、ウヒヂニ、スヒヂニ、ツノグヒ、イクグヒ、オホトノヂ、オホトノベ、オモダル、アヤカシコネ、
「なにか意味があるのか?」
ヒルデは北欧神話の神なので、意味を考えてしまう。
ヒルデが彷徨し始めたのも、父であり主神であるオーディンとの関りに疑問を持ったからなのだ。
疑問を持ったヒルデはトール元帥に預けられ、長くムヘンの地に幽閉されていた。
わたしたちと出会わなければ、まだ、ムヘンの荒れ地を彷徨っていただろう。
わたしたちも、転移させられていたムヘンから逃れることは出来なかった。
「見ていれば流れるか消えていくと思う、始まりは男神と女神の二人の神だ……」
「しかし、名前があると意味を考えてしまう……アヤカシコネとかは、妖(あやかし)に関係する神なのではないか……」
そう考えながら、ヒルデの空いた手はエクスカリバーの柄に手がかかっている。
「ヒルデ」
「あ、すまん。未知のものには、すぐに警戒の心が湧いてきてしまってな」
ヒルデの手が柄から離れると、七つの澱はゆっくりと背後のカオスの中に流れていき、代わりに現れた二つの澱は、すぐに人の形になった。男女二柱の神だ。
現れた!
「これが、目的の神たちか?」
「イザナギ・イザナミだ、間違いない」
「眠っているのか?」
「目覚めると思う。これから、二人で国やら神を産むはずだ……」
数十分も見つめていただろうか、二柱の神は目覚める様子もない……なぜだ?
なにか足りない……。
おぼろげな記憶が不足のシグナルを挙げているのだけど、それが何かなのかは、もどかしくも浮かび上がってこない。
二柱の神は……神は……なにかをかき回していた……その雫が島に……そうだ、かき回す棒のようなものがあったはずだ!
首を巡らせると、反対側に、今まさに混沌の中に沈みそうになっている矛を発見した。
アメノヌホコ!
「あれだな!」
察したヒルデは、わたしよりも早く突進していった!
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋