ライトノベルセレクト№103
『夏のおわり・2』
朝起きたら、リビングのエアコンが入っていなかった。いよいよ夏の終わりか!?
「今日二三日だけよ。週末は、また夏が戻ってくるわ」
朝ご飯を用意しながら、お母さんが言う。
「そ、そうだよね。夏はまだまだだよね」
「そうさね、昔は、盆過ぎにはトンボが飛び始めて、朝晩は秋って感じがしたもんだけどね。今の夏はしぶといよ」
婆ちゃんが、なんの気なしに、「しぶとい」とこは、あたしを見て言った。
婆ちゃんは、十年前まで高校で先生をやっていた。だけど、あたしの成績に文句を言ったことがない。
「成績が多少よくてもね、大人になっちまえば……アハハ、あたしもグチっぽくなってきたね。夏、五分遅れてるよ」
「うん、大丈夫。かっとびで行くから……」
あたしは、急いで朝ご飯をかっ込み、カバンをもった。
「夏、朝のウンコは?」
婆ちゃん、言葉にはデリカシーがない。
「タイムスケジュールを変えたの。そういうのは帰ってから!」
「肌荒れのもとだよ……」
婆ちゃんの最後の言葉をドアで閉めきって、駅に急いだ。今なら当駅仕立ての準急に……間に合わなかった。
電車の中は、東電の影響による節電、そして駅まで努力した結果による体温上昇で、蒸し風呂のよう。おまけに各駅停車。英語ではローカルって言うんだよな……なんて満員電車の中で押しくらまんじゅう。カーブのところで、みんなカーブの外側に押しつけられる。そのとき、後ろから思いっきり体を押しつけられた。一瞬「チカン!」と思った。でも、背中のあたりに膨らみを感じて、女の人なんだ、と安心。
さらに急カーブになって、圧力が増す。後ろの女の人は、思わず前の窓枠に手を着いた。着いたその手は小ぶりだけども、直感的に(女じゃない!?)と思わせるものがあった。
「ごめん。後ろの圧力がすごいもんだから……!」
その声には、聞き覚えがあった。あたしの勘に間違いがなければ、テレビで時々見るニューハーフのコイトだ。思わず振り返ると、紛れもないコイトちゃんの笑顔が間近にあった。
「ども……」
あたしは、引きつった笑顔になった。
あたしは、特段この手の人に偏見はない。と言って、こんなに密着するのも初めてだったけど……あたしは急にモヨオシテきた。きたって言ったら、アレよアレ、婆ちゃんが言ってた三文字!
次の駅で降りたら、次の電車は15分後、完全に遅刻。おまけに一時間目は担任の渋谷の英語だ。学校最寄りの駅まで3駅。ダッシュでトイレに駆け込めば……間・に・合・う~!
あと二駅というところで、手足に粟粒がたち、脂汗が流れてきた。なんとか気を紛らわさなきゃ。
あたしは、追い越していく列車を見た。急行はエクスプレスという……特急は、リミテッドエクスプレス……回送はノット オン サービス。その時反対方向から準急。相対速度230キロですれ違ったが、ジュニアエクスプレスの字は、はっきり見えた。なかなかの動体視力だ。で、忍耐力だと自分でも感心した。
やっと駅に着いた。あたしは人を押しのけて、リミテッドエクスプレスの勢いで、駅のトイレに向かった。
「失礼な子ね!」
よく通るイトコちゃんの声が、後ろでしたが、かまってはいられない。
運良く、トイレは一カ所空いていた……。
「吉田……吉田夏、吉田ア……!」
「は、はい!」
後ろのドアからこそっと入ったあたしは、気を付けをして、返事をした。遅れたのは、あたし一人で、恥をかいた。
「いっそ、遅刻した方がすがすがしいな」
加藤が、そう、あの加藤が、そう言って冷やかした。
「人には事情ってものがあるの!」
「今から、宿題テストをやる。ちゃんと宿題をやって来た者は楽勝。やらなかったものは……それなり」
そう言って渋谷先生は、何人かの顔を見た。その中に、あたしが入っていたのは言うまでもない。
ぜんぜん分からん……と、思ったら、いくつかの単語は分かった。
「夏もおわりだ……って、シャレじゃねえけど、夏、こんなんじゃ入れる大学ねえぞ」
「はい……」
「お婆ちゃんは、立派な先生、お母さんは学校でも指折りの優等生、で、娘がこれか? ちっとは、しっかりしろ」
放課後、職員室で絞られた。
「でも、夏。宿題も提出してない、つまり、やってないお前に、なんでこの単語だけ書けたんだ?」
その単語は、特急、急行、準急、回送、そして普通の三つだった。
つづく
高校ライトノベル
『メタモルフォーゼ・6』
ミキちゃん、AKBの試験受けたって、ほんと?
タコウィンナーをお箸で挟んだとき、口が勝手に動いてしまった。
おまけに「ミキちゃん」って呼んでる。昼休みのお弁当の時間。一瞬しまったと思う。
「うん、中学のとき受けたんだけど、おっこちゃった」
「なんで、美紀ちゃんだったら、あの秋元康さんだって一発だと思うのに!?」
あたしの、つっこんだ質問に由美ちゃんも、帆真ちゃんも真剣に耳をそばだてている。ひょっとしたら、タブーな質問だったのかもしれない。
「狙いすぎてるんだって」
「それって?」
「簡単に言うと、カッコヨク見せようとしすぎるんだって。それが平凡で、逆に緊張感につながってるって」
「ふーん……難しいんだね」
あたしは、正直に感心して、タコウィンナーを咀嚼した。俗説の「美人過ぎ」とはニュアンスが違う。
「ミユちゃんの、そういう自然なとこって大事だと思うの」
「あ、仲間さんもミユちゃんて呼んでる」
ユミちゃんが感想を述べる。
「ほんとだ、あたしたちって、なんてっか、愛称で呼んでも漢字のニュアンスでしょ」
「そう、どうかすると、中間さんとか勝呂さんとか、よそ行きモードだもんね」
「アイドルの条件、知ってる?」
あたしは急に思いつかなかった。正直に言えば「あなたたちみたいなの」が出てくる。
「歌って、踊れて……」
「いつでも笑顔でいられて……」
「根性とかもあるかも」
「うん、言えてる」
二人の意見に、ミキちゃんは、おかしそうに笑ってる。
「ねえ、ミキちゃん、なに?」
「根拠のない自信だって!」
そう言うと、ミキちゃんは、ご飯だけになった弁当箱にお茶をぶっかけてサラサラと食べた。
「ハハ、二人ともオヤジみたいでおもしろ~い!」
ホマちゃんが言った。それで自分もお茶漬けしてるのに気がついて、ミキちゃんといっしょに笑ってしまった。
昼からは体育の授業。朝、業者から受け取った体操服を持って更衣室に行く。
ここもまあ、賑やかなこと。
2/3ぐらいの子は、器用に肌を見せないようにして着替える。残りは、わりに潔く着替えている。それでもハーパンなんかは穿いてからスカートを脱いでいる。
気がつくと、みんなの視線。パンツとブラだけになって着替えているのは自分だけだと気づいて笑っちゃう。
まだ進二が残っているのか、美優ってのが天然なのか……でも、女子の着替えのど真ん中にいて冷静なんだから、多分美優が天然なんだろう。
体育は、男子憧れの宇賀ちゃん先生だ。で、課題は……ダンス!?
「渡辺さんは、初めてだから、今日は見てるだけでいいわ。他の人は慣らしにオリジナル一回。いくよ!」
曲はAKBの『風は吹いている』だった。さすがにミキちゃんはカンコピだった。ユミちゃんもマホちゃんもいけてるけど、全体としてはバラバラだった。あらためてAKBはエライと思った。
「じゃ、班別に別れて、創意工夫!」
あちこちで、あーでもない、こーでもないと始まった。班は基本的に自由に組んでいるようで、あたしはすんなりミキちゃん組になった。
「あー、どうしてもオリジナルに引っ張られるなあ」
ミキちゃんがこぼす。
「みんな、表面的なリズムやメロディーに流されないで、この曲のテーマを思い浮かべて。これは震災直後に初めてリリースされたAKBの、なんてのかな……被災した人も、そうでない人も頑張ろうって、際どくてシビアなメッセージがあるの。そこを感じれば、みんな、それぞれの『風は吹いている』ができると思うわ。そこ頭に置いて頑張って!」
「はい!」
と、返事は良かった。
練習が再開された。しかし、返事のわりには、あちこちで挫折。メロディーだけが「頑張れ」と流れている。あたしの頭の中にイメージが膨らみ、手足がリズムを取り始めた。
「先生。あたしも入っていいですか?」
「大歓迎、雰囲気に慣れてね!」
「はい!」
と、言いながら、雰囲気を壊そうと、心の奥で蠢くモノがあった。
二小節目で風が吹いてきた。
哀しみと、前のめりのパッションが一度にやってきた。気づくと自分でも歌っていた。
――これ、あたし!?――
そう感じながら、気持ちが前に行き、表現が、それに追いつき追い越していく。心と表現のフーガになった。
気づくと、息切れしながら終わっていて、みんなが盛大な拍手をしている。
みんな、見てくれていたんだ……。
「えらいこっちゃ、渡辺さんが、突然完成品だわ……」
宇賀ちゃん先生が、ため息ついた。
賞賛の裏には嫉妬がある。あたしの本能がそう言っていた……。
「じゃ、今日はここまで。六限遅れないように、さっさと着替える。いいね。起立!」
そこで悲劇がおこった。
あたしは、放心状態で体育座りしながら、壁に半分体を預けていた。で、その壁には、マイク用端子のフタがあり、そのフタの端っこがハーパンに引っかかっていた。それに気づかずに起立したので、見事にハーパンが脱げてしまった。
「渡辺さん!」
「え……ウワー!」
同情と驚き、そしておかしみの入り交じった声が起こり、顔真っ赤にしてハーパンを上げるあたしは、ケナゲにも照れ笑いをしていた。で、宇賀ちゃん先生も含めて大爆笑になった。
放課後は、秋元先生のところへ直行した。
「先生、一度見て下さい!」
「台詞だけ入っていても、芝居にはならないぞ」
先生は乗り気じゃなかったけど、勢いで稽古場の視聴覚室へ付いてきてくれた、一年の杉村も来ている。
準備室で三十秒で体操服に着替えると、低い舞台の上に上がった。
「小道具も衣装もありませんので、無対象でやります。モーツアルトが流れている心です」
ノラ:もう、これ買い換えた方がいいよ、ロードするときのショック大きすぎる!
最初の台詞が出てくると、あとは自然に役の中に入っていけた。
先生と杉本が息を呑むのが分かった。演っている自分自身息を呑んでいる。
これは、やっぱり優香だ。そんな思いも吹き飛んで最後まで行った。
「もう、完成の域だよ。あとは介添えと音響、照明のオペだな」
「それ、ボクがやります!」
杉村が手を上げて、演劇部の再生が決まった。
帰りに、受売(うずめ)神社に寄った。ドラマチックなことが続いて、正直まいっていた。
「こんなんで、いいんですか、神さま……」
もう、声は聞こえなかった。
「いまの、こんなんと困難をかけたんですけど……」
神さまは、笑いも、気配もさせず。完全に、あたしに下駄を預けたようだ。
明くる日、とんでもない試練が待っていることも、受売命(うずめのみこと)は言ってくれなかった。
つづく
ぜっさん・19
『要ちゃんの秘密』
「実は……お父さんが、このお店のオーナーなんです」
「「「うっそー!」」」
休憩室だからよかった。
要ちゃんが、メイド服着て見習いさんをやっていたので、驚き、休憩室で真相を聞いてぶっ飛んだ!
「土曜日にホワイトピナフォーってメイド喫茶に行くって言ったら、事情を説明してくれたんです、お父さん」
「え? え? お話しが見えないんですけど、お嬢様?」
狼狽えながらも毒島さんは、言葉遣いが変わった。お嬢様のニュアンスが、お客様へのものとは違ってガチという感じだ。
「ミナミにお店を何軒か持っているのは知ってたんですけど、その……風俗とかだと思っていたんで、今まで聞いたことなかったんです。ここがお父さんのお店って分かったら『任せておきなさい!』って言われて、今朝車でお迎えが来て……こうなってるわけです。エヘヘヘ」
はにかむところが可愛くてイキイキしてるんだけど、こちらはぶっ飛んでいるのでオタオタするばかりだ。
予定では、あたしたちがエスコートして要ちゃんを楽しませるつもりだった。それが……。
「「「へーーーーーーーーーーーーーーー」」」
三人揃って感心した……ビビりながらだけども。
ゆっくり話せるところに行こう……と言ったら「それなら!」と言うことで、ミナミタワーホテルの最上階のペントハウスみたいなところに連れていかれた。
「お越しいただけるとは思いもしませんでした。分かっていましたら、いろいろ準備したのですが……今から支度いたしますお嬢様」
フロアーに着くと、青い目のオネエサンが、いかにも秘書って感じのスーツに身を包んで出迎えてくれた。
「あ、いいのケイトさん。静かにお話ししたいだけなんだから」
「でも、お嬢様が初めて来られたんです。要グループ総帥のお嬢様が、その気になられたのですから、相応しい雰囲気をつくりませんと」
「その気になったわけじゃないんです、あ、偏見はミニマムになったけど……あ、そういう話はごめんなさい、ただ、こちらの先輩方とお話しがしたいだけなの」
「……承知いたしました。それではプライベートラウンジの方へ、さ、こちらへ」
通されたのは、学校の視聴覚教室ほどもある、フカフカ絨毯のラウンジだった。応接セットみたいなのが二組と、本格的なバーが付いていて、隅には高そうな白いグランドピアノが鎮座している。
「今日は、わたしが生まれ変わる日かもしれません!」
ソファーに座ると、要ちゃんは声を震わせながら、そう切り出したのだった……。