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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・237〔むかしむかし……〕

2014-09-10 16:16:00 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・237
〔むかしむかし……〕



 むかしむかし……ではなく、ついこないだまで。

 お爺さんとお婆さんがありました。
 二人は、昭和二十三年に見合い結婚しました。二人とも二十三歳の若さでした。
 お爺さんは、終戦の二十年八月には二十一になっていましたが、あの忙しい戦争にも召集されなかったほど体格が小さく病弱でした。戦争前なら、きっと嫁の来てなどなかったでしょう。
 しかし、当時、若い男に女はトラック一杯と言われるぐらい少なかったのです。みんな戦争に狩り出され戦死したり抑留されたりしていました。
 お婆さんは、近江の国のお寺の九人兄弟の長女でした。通り一遍の女の人がやることは、たいていできました。たいそう働き者でもありました。ただ、色が浅黒く、けして美人とはいえませんでした。

 で、お互いに「こんなものか」と思って結婚することにしました。

 最初の所帯は、神崎川のほとりの六畳一間でトイレも炊事も共同の安アパートでした。でも二人は幸せでした。けして人並みではありませんが、人並みの八割ぐらいには幸せだと思っていました。
 あくる昭和二十四年には、お婆さんは初めて身ごもりました。ただ、七カ月に入ったころに洗濯物を干そうとして転倒。そのショックで陣痛が始まり、アパートのみんなが心配し、産婆さんもがんばりましたが、生まれてきた男の子は三十分しか生きられませんでした。若い二人には幼い死者に葬式をだしてやるお金もありませんでした。産婆さんは死産として届けました。
 子犬ぐらいの大きさの男の子はオクルミにくるまれ、哺乳瓶に一杯のミルクを添えられ、ミカン箱の棺に入れられ神崎川の河川敷に葬られました。目印に大人の頭ほどの石がおかれ、若い夫婦とアパートの人たちが線香を焚き手を合わせてくれました。

 しかし、そのお墓は、秋のジェーン台風で跡形もなく流されてしまいました。若いお爺さんは、うろうろと、そのあたりを探しましたがみつかりません。お爺さんとお婆さんの一生の心の傷になりました。

 あくる昭和二十五年に女の子が生まれました。生まれた時には息をしていませんでした。産婆さんは、今度こそはとがんばり、その子は三十分近くたって、やっと小さな産声をあげました。みんなホッとしました。

 それから三年たった昭和二十八年の春に念願の男の子が元気に生まれました。三畳と六畳の新しい社宅にも入れました。

 やっとこれからだと思った時に不景気がやってきました。そのとき妊娠していた子どもは堕ろさざるをえませんでした。処置が終わった後、お医者さんは女の子だったとだけ告げました。このころからお爺さんとお婆さんは仲が悪くなりました。貧乏なのをお婆さんは、お爺さんの甲斐性がないからだと思いました。お爺さんは、世間や会社が悪いと思っていました。ケンカが絶えませんでした。

 でも、何回かの好景気不景気の中、お爺さんとお婆さんは少しずつ歳をとりながら二人の子供を懸命に育てました。

 死にかけで生まれた女の子は、言い争いの絶えない家が嫌で、二十歳で家を出ていきました。 
 お爺さんは、五十代の半ばで病気になり、仕事を辞めざるをえませんでした。幸い男の子が入れ替わるように学校の先生になれたので、一家は、なんとか路頭に迷わなくてすみました。年金と息子の稼ぎでなんとか平穏といっていい生活を送れるようになりました。

 そうやって、お爺さんもお婆さんの、本当のお爺さんお婆さんになりました。

 お婆さんが七十代半ばで認知症になりました。たった一年で要支援から要介護の五になってしまいました。悲しいことにお爺さんは認知症というものを理解できませんでした。そしてお婆さんに手を上げるようになり、大人になっていた子ども二人に別居させられました。お婆さんは認知症専門の介護施設に入りました。その日お爺さんは子供のように暴れました。介護休暇をとっていた男の子は、まるで暴れる生徒にするようにお爺さんを制圧しました。二人とも泣きながら制圧され制圧していました。

 お爺さんは、2011年11月11日という覚えやすい日になくなりました。介護付き老人ホームで夜中の三時ごろに……突然死でした。
 お婆さんは、2013年7月23日に亡くなりました。多臓器不全で、最後の一週間は点滴も受け付けなくなり、最後の最後は三日間下顎呼吸という苦しい呼吸をしながら逝ってしまいました。

 真夏の一周忌は、お坊さんもみんなも暑いので十月の頭にやることにしました。この時期は、東京オリンピックがそうであったように晴天が多いのです。いま女の子は64に、男の子は61になっています。

 そして、今がすぐにむかしむかしになっていくのでしょう。ふと、意味のないため息をつきました。
  

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