大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

タキさんの押しつけ映画&演劇評3

2012-06-04 21:14:02 | エッセー
タキさんの押しつけ映画&演劇評3

これは、友人の映画評論家ミスター・タキさんが、個人的に身内に流して、互いに楽しんでいる映画・演劇評ですが、あまりに面白くモッタイナイので、タキさんの許諾を得て転載したものです。


(1)「テルマエ・ロマエ」
  結構楽しめましたよ。イタリア製の映画を吹き替えで見ている感覚です。
 本作は原作を知らない方が楽しめます。漫画を読むなら、映画を見てからにしてください。映像は正直 チープなんですが、出演者が皆さん真剣にやってます…まぁ、下手くそで見ちゃおれん人もいらっしゃいますがね、そらまぁご愛嬌ってことで見逃してあげましょう。
 上戸彩とその家族が原作とは違う扱いになっているのと、ケイオニウスがほんまに単なる女好きにされとりますが…許せる範囲です。多少の事は、阿部寛のルシウスが余りに嵌っているので、それでええんじゃないかいなと思います。
 平たい顔の一族としては古代ローマ人の驕りを笑って許してやるくらいの気持ちでゆったりと見てあげましょう。「平たい顔の一族」ってぇと、風呂に入っている爺さん達が素人エキストラかと思っていたのですが、よくよく見れば皆さんプロの役者さんです。程よく力の抜けた、ほんまに銭湯にきているおっちゃん達、この老優さん達にも拍手ですわい。
 パンフレットも良く出来とります。古代ローマと日本の風呂事情の比較、歴史等 面白い読み物になっています。一読オススメであります。

(2) 劇団 新感線「シレンとラギ」 梅田芸術劇場
 実は、前日に見た人から酷評を聞いていたので「ゲゲゲ」と思って見に行ったのですが…と言うのが、この所新感線には失望させられる事が多かったんですよね。まずクドカンの脚本だと、全く新感線の良さを引き出せない(今回は中島君の本です)。
  新感線歌舞伎は、この2年程 方向性を変化させているのですが、未だ試行錯誤中で、演出も役者も乗り切れていない舞台を見せられたりもしたもんで、少々身構えてしまいました。
  結論から言うと、私の感想としては「いいんじゃな~い」 って所です。同時に酷評した友人の言い分も100%理解できました。彼女曰わく「誰が悪いと言うんじゃなく、お話が嫌!感動せえへんかった」 との事、ハイハイよ~お解りますです。
 タイトル「シレンとラギ」は主人公の名前です。芝居が始まって暫くは、いつ頃のどこが舞台なのか良く解りません。またぞろ「楼蘭族の殺し屋」なんてのが登場するんで、「中国?」とか思うのですが、「北の国、南の国、ゴダイ、モロナオ、ギセン」などの名前から、日本の南北朝…太平記が下敷きだなと見当が付きます。もう一つの伏線は、ソフォクレスの「オイディプス」で、これも第一幕の半分位の所で解ります。  これまではシェークスピアを下敷きに、オセロやリア王のストーリーを比較的丁寧になぞる芝居が多かったんですが、路線変更後はそれがギリシャ悲劇になっています。ギリシャ悲劇ってのは、陰惨な話が殆どなので、新感線の底抜けの明るさにそぐわないのですが、脚本家・中島、演出・井上の努力で飲み込みつつあるようです。後は役者達がどう肉体化するかにかかるんだと思うのですが…
 芝居は「ナマモノ」です。生きていて日々変化します。一日二公演だと、昼と夜で微妙にテイストが変わります。私が見た回は、酷評された前日の舞台とは変化していまし
た(見ていずとも明確)。 本作は「オイディプス」が下敷きなので、どうしても陰惨な進行に成りますし、南北朝は後醍醐天皇の怨念の時代です。そりゃあ どうしたって暗く成ります。橋本じゅんと古田新太のコンビが笑わしてくれるのですが、まだ大爆笑には届かない。東京で練習して大阪に凱旋して来いってんです! 大阪の劇団やんけ!…と思うんやけどねぇ。ただ、ゲキ×シネは東京公演の記録になるので、どう変化しているか楽しみでもあります。もっと役者が軽く飛び回る所が見られる筈です。
 さて、感動という点ですが、これはシレン(永作博美)の最後の台詞にかかっています。「蛮幽鬼」ラスト、稲森いずみの「この国を…」という台詞が、たった一言で観客の涙を絞ったように、シレンの一言が、どれだけ観客を痺れさせるかにかかっているのです。私の見た28日ソワレでは、それなりに感動的でしたが、感涙を絞るまでには至っていません。今暫く熟成に時間がいりそうです。こいつは客席とのやりとりの中から掴む以外にありません。
 公演前の練習で90%以上は完成出来ますが、最後の仕上げは客席との一体化からしか出来ません。幸福な例だと、第一日目、幕開け以降 次々に積み重なってどんどん完成して行くのですが、これは極一部の誠に幸福な例です。 28日の観客は温かで、よく反応していました。これも本作を一歩進めたのだと思います。
 新感線の芝居も高くなりまして、今回は13500円です。それだけ払って下手な芝居を見せられるんじゃたまったもんじゃありませんが、井上・中島コンビは、そろそろ掴みかけていると思えます。後、プロデュースゲストもいいのですが、劇団生え抜きのスターがみんなオッサン、オバハンになって、後継者がいないのも問題です。若手を育てる事にも神経を使っていかないといかんのやないでしょうかねぇ。
 話は変わりますが、7月に三谷幸喜が「桜の園」を演出します。チェーホフは脚本の扉に「三幕の喜劇」と記していますが、「喜劇としての桜の園」なんて見た事は有馬線。今までは「喜劇」の表記に対する考察が、左翼的なものでしかなく、文字通りの「喜劇」とは捉えられませんでした。民芸の宇野重吉が「喜劇・桜の園」を作ろうとした事がありましたが、劇団員が真っ赤(?)だった為、途中で失速してしまいました。今度は「笑劇の巨匠」の演出です。さて、どんな芝居になるのでしょうか、楽しみです。
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タキさんの押しつけ映画評2

2012-06-04 09:23:57 | 評論
タキさんの押しつけ映画評2

 これは、友人の映画評論家ミスター・タキさんが、個人的に身内に流して、互いに楽しんでいる映画評ですが、あまりに面白くモッタイナイので、タキさんの許諾を得て転載したものです。





(1)ダークシャドウ
  一切文句抜き、面白いのは100%保証、映画館に急げ~!
  元作は66年~71年の5年間放送されたソープ・オペラだそうで1200以上のエピソードがあるとか……当初、コリンズ家にやって来た家庭教師ヴィクトリアが主人公のミステリアスメロドラマであったが、徐々に幽霊や魔女が出てくるゴシックホラーとなり、コリンズ家のご先祖様・吸血鬼のバーナバス(ナーバスの組み換え?BAが一つ邪魔ですねえ、英語に詳しい方、解るなら教えて下さい。
 BARNABASがフルスペルです)が主人公となるや人気爆発、ストーリーはホラー・SF何でも有りの大暴走であったらしく、言ってみれば「スタートレック」「シービュー号」なんかのホラー版と考えれば良さそうです。 ティム・バートンの“さぁすがぁ~”と唸らされる所は、荒唐無稽ながら大真面目だった(らしい)元作をコメディタッチでリメイクしている所、元作を知らなくとも、その雰囲気が伝わってくるから不思議です。 コリンズ家の次期当主バーナバスは小間使いの女に手を付けて捨てる。所が、この女がとんでもない力を持っていて……バーナバスは鉄の棺桶に閉じ込められる羽目に……。
 200年後、ひょんな事から解き放たれて屋敷へと戻って来る。一族は没落していて、彼は家業を立て直そうと奮闘する。子孫たちと屋敷にいる面々はそれぞれ問題を抱えており、町にはまさかの(当然?) の存在も……という映画。一々荒唐無稽なエピソードの積み重ねながら、無理なく納得して見ていられる。久々に見た後「面白ェ~」と大満足出来る作品でした。
  キャストも文句無し、ジョニー・デップの怪演作として間違いなくNo.1、現当主エリザベス・コリンズのミシェル・ファイファーは必見!(いろんな意味で…個人的にはアカデミー助演女優賞を献上したい)。 エリザベスの娘・キャロリンのクロエ・グレース・モリッツもさすがの怪演、ただ これだけ怪作続きだとストレートプレイが出来なく成るんじゃないかと、いらぬ心配をしてしまう。 とんでもない小間使い・アンジェリークのエヴァ・グリーンはこれまでキャラクターに恵まれず、今作が最高アピール作、間違いない演技力に裏打ちされているので怪演にも余裕有り。 ヘレナ・ボナム・カーター、お可愛そうに またこれですか……いや、見て確かめて頂きたい。
 傑作なのはクリストファー・リーが出演している事で、どんな役かはお楽しみ。他には元作の出演者が出ているらしいがこればかりは誰が誰やらサッパリですけどね。バーナバスが戻って来るのは1972年、丁度元作が終わったころで、今から40年前の風俗も懐かしい。ティム・バートンの異形ファンタジーも此処に極まる。今後、これ以上の作品が出来るのか…楽しみなような、不安なような、次回作を見るのが怖い。

(2)ファミリーツリー
 さすがアカデミー脚色賞…と褒めたい所ながら、ちょっと待った!
  原題THE DESCENDANTSは「子孫」と言う意味、原作は未読だが、映画を見ていて、単に家族再生の映画だとは思え無い。家族再生を縦糸だとすると、主人公の一族がハワイに持っている土地の処分が横糸。恐らく原作は人間が生きる環境と商業主義への批判が最重要テーマだと思われる。
 邦題を「ファミリーツリー」なんぞと付けて、さも家族再生の作品だとコマーシャルするから見る側の焦点がぼけてしまう。
 ジョージ・クルーニーの等身大の父親という初めての役柄は見応えあったが、恐らく、これが上手すぎてメインテーマが霞んでいる。
 ラストシーン 子供二人に挟まれてテレビを見ている画は感動的なのだが、今一胸に迫って来ない。原作を読まないと確答できないが、脚色も家族愛に偏重しているのだと思われる。パンフレットもそちら側の評価しかしていない。試写会に行って「家族を抱きしめたく成った」と書いた人がいたが、私にはそんな感慨は浮かばなかった。
 あるいは私の見方が間違っているかもしれないが。
 だとするとこれは映画としては失敗作だと言わざる得ない。構成が中途半端で、焦点の合わせようが無い。残念
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